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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-71.英雄になる者、だった者
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71-(3) 貴女がいるから

「……そう。レナちゃんが……」

 時を前後して地底層・魔都ラグナオーツ市内の病院。

 イセルナとミアは、病院から許可を取った上で携行端末を持ち込み、一足先にホームに戻

った仲間達から事の経過について報告を受けていた。ユリシズの一件で負った怪我も、今で

は退院間近まで治癒している。随分と皆に大事を任せてしまった。声色は努めて落ち着いて

いたが、その内心は申し訳なさと焦りでじりじりと焼き付けられている。

『ああ。ダン達が戻って来たら、今度は聖都クロスティアへ出掛けないといけないね。その時こそ、正念

場だ』

 掌の中の画面越しにはシフォンとグノーシュ、クロム、及びその後ろでこちらを覗き込む

団員達の姿が映っている。

 幹部の大よそがまた不在になっている中、彼らが今の代理だった。イセルナは一度は緊迫

した三つ巴の事態が解消し、エルリッシュ父娘おやこと兄弟が和解した事に、ほっと胸を撫で下ろす。

「その頃には私達も帰って来ていると思うわ。何とか、修復しなくちゃね」

「レナ、大丈夫かな。急にそんな肩書きを付けられて押し潰されないといいけど……」

 自身の不在を狙った史の騎士団の来訪。それを防いだヒュウガら正義の剣カリバーと七星セイオン。

団員達みなが奔走してくれたのも勿論大きいが、彼らを結果的に追い返せたのは、偶然にも居

合わせた強きもの達のお陰と言わざるを得ない。

 イセルナは画面に視線を落としながら呟いていた。ミアもにわかに親友が背負うことにな

った重責を思い、入院服姿のままで気持ちしゅんと頭の獣耳が垂れ下がっている。

『ああ。その辺りは皆気を配ってくれているよ。あんな辛い思いをさせてしまって、ただ成

り行きのままに“聖女”をやってくれなんて虫が良過ぎる』

『まだ検討中だが、教団の聖浄器を代価にある程度教団の要求を呑もうって話もある。まぁ

レナちゃんを向こうに渡すってのはノーだがよ。できれば敵に回したくはねえ。ただでさえ

俺達は厄介極まりない相手と戦ってるんだしな』

「……そうね。その案、私も考えておくわ。向こうがすんなり呑んでくれるとは思えないけ

れど、特務軍としての任務も進めなくちゃいけないし……」

 気掛かりは尚幾つもあった。だが不安を理由に、足を止めてはいられない。グノーシュか

ら告げられたその選択肢も視野に入れ、イセルナは言った。

 とにかく自分達が退院・合流するまでは、特務軍への正式編入も遅れる──延ばして貰う

他ない。その点はヒュウガ・サーディスが王や議員達に直訴してくれるらしいので任せてお

こう。一つずつ、自分達は降りかかる火の粉かだいを解いていくしかないのだ。

「とにかく、何時でもクランとして動けるように各隊の準備は整えておいて? またいつ不

測の事態が襲ってくるかもしれないわ。最悪、隊毎に判断して動いてちょうだい」


「スメラギ様。お時間、宜しいですか?」

 リオが、イセルナ達の病室の前でじっと壁に背を預けて目を瞑っている最中だった。ふと

こちらに近付いてくる気配がしたかと思うと、一人のナースが自分に向かってそう話しかけ

てきたのだ。

 胸元に何枚かの書類を挟んだクリップボードを抱えている。二人の状態について何か具合

の悪いことでもあったのだろうか? リオは頷く。ではと前を横切っていく彼女の後に続き

つつ、去り際にちらと端末越しに通信をしているイセルナ達の姿を確認する。

「……それで? わざわざこんな所にまで呼び出して何の用だ?」

 すると連れて行かれたのは屋上。上って来た階段の建屋の他、空調機材や何列にも干され

た洗濯物がどだい薄暗い魔界パンデモニムの風に吹かれてなびいている。

「ええ。少し」

 ナースは屋上に進んだリオの後ろ、階段建屋の扉の前に立っていた。

 微笑。だがリオはじっと油断なくこの彼女を見ていた。とうに気付いていながら、それで

も少しでも分散させてやれば二人も楽だろうかと思いながら。

「……止めておいた方がいいと思うがな。頭数を揃えた所でどうにかなると本気で思ってい

る訳でもあるまい。……そんな殺気を押し殺した看護婦など、いないぞ」

『──』

 看破の弁を放つ。すると次の瞬間、このナースと周囲の物陰から、ざわっと明確な敵意が

溢れてきた。クリップボードの隙間からナイフを取り出す。物陰から続々と現れた者達は看

護婦から車椅子の患者風まで──その全てがそれぞれに得物を持った刺客として、彼の四方

を囲んでいく。

 リオはそれでも尚落ち着き払っていた。深黒のヤクランを揺らして佇んでいる。

 何処からの差し金か。まぁそれは後でいい。少なくとも自分を知らぬまま飛び込んでくる

ほど馬鹿どもではなかろう。……となると、捨石か。おそらく本命は病室の二人。少々読み

が裏目に出てしまったか。

「流石はかの“剣聖”だな。こうも簡単に見破られるとは……」

「だがもう暫く、お前にはここに居て貰うぞ」

「ここは病院。武器の携帯はご法度だ。刀を差していないお前なら、或いは……」

「手合わせ願おう! 全ては、世界を在るべき姿に正す為に!」

 おぉぉぉッ!! そして一斉に襲い掛かってくる病院関係者──に変装した刺客達。

 だがリオは突っ立っていた。寧ろやれやれと、小さく静かに嘆息をつく余裕さえ持ちなが

ら思う。スッと、オーラを這わせた右手を持ち上げる。

 その熱量を、何故他に活かせない?

 間違っている。多分そう言うのが常道なのだろうが、自分には少々そんなお前達が羨まし

くもある。

「──」

 はたして刹那だった。刺客達が間合いに迫ったその直後、リオは目にも留まらぬ速さで己

が手をぐるりと一閃した。

 一瞬間、まるで世界が止まったかのような静けさが降りる。

 しかしまた次の瞬間、この屋上は轟音と共に真っ二つにされたのだ。

 中空で鮮血を噴き出してぐらりと舞う刺客達。その背後で微塵の狂いもなく横一文字に切

り裂かれる建屋、機材、干されていたシーツや棹。

 彼の《剣》の色装であった。ゆらりとオーラが、再び垂れ下がった右手に宿っている。

「……」

 彼は一人立っていた。僅かな嘆息を残し、あっという間に地面に転がった刺客達の仰向け

やうつ伏せを見下ろして。

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