70-(7) 再三の出立
「新しい編成表です。イセルナから預かってきました」
「できればこんな総力戦、来ないに越した事はないんだけどね……」
「……了解。では、早速検めさせ貰うよ」
再び、ブルートバード本拠。
宿舎内の一室で、リンファやシフォン、ジークなどが不在のダンに代わって代表を務め、
ヒュウガと相対して座っていた。テーブルの上から差し出された大きめの茶封筒を手に取っ
て、彼は言う。
「ふむ……」
そこにはこの二年間の修行・変化を受けた、新たなクランの部隊構成が記されていた。
言わずもがな、対結社特務軍への正式編入を見越してのものである。
零番隊(本隊)→団長:イセルナ・カートン
一番隊(前衛)→隊長:ダン・マーフィ、副長:ミア・マーフィ
二番隊(前衛)→隊長:ホウ・リンファ
三番隊(前衛)→隊長:ジーク・レノヴィン、配属:オズワルドRC70580
四番隊(前衛)→隊長:グノーシュ・オランド
五番隊(前衛)→隊長:クロムエル・オルダイト、副長:ステラ・マーシェル
六番隊(中衛)→隊長:シフォン・ユーティリア、副長:クレア・N・ユーティリア
七番隊(中衛)→隊長:サフレ・ウィルハート(フォンテイン)、副長:マルタ
八番隊(中衛)→隊長:リカルド・エルリッシュ、配属:史の騎士団リカルド隊一同
九番隊(中衛)→隊長:アスレイ・モレウル
十番隊(中衛)→隊長:テンシン・カザマ
十一番隊(後衛)→隊長:ハロルド・エルリッシュ、副長:レナ・エルリッシュ
十二番隊(後衛)→隊長:リュカ・ヴァレンティノ
十三番隊(後衛)→隊長:ガラドルフ・D・オズマン
十四番隊(後衛)→隊長:レジーナ・ルフグラン、副長:エリウッド・L・ハルトマン
「だいぶ大所帯になってきたねえ。ジーク・レノヴィン。とうとう君もいち隊長か」
「まぁな。いつまでもリンさんに守られるだけじゃいけねぇと思ってよ」
暫く編成表を眺めた後、ヒュウガは満足そうに、何処か不気味なほど微笑を湛えてこれを
封筒にしまい直していた。ジークが事も無げに言う。一方で引き合いに出されたリンファは
まだ心配そうな横顔ではある。
「しかし悪いね。横で用事を済ませちゃって」
「……構わん。確約は取り付けた。俺の仕事はもう半分終わっている」
「そっか」
ごそごそと椅子の傍に置いていた鞄を弄りながら、ヒュウガが壁際に背を預けていたセイ
オンに言う。しかしやはりというべきか、当の本人は淡々としていた。言葉の通り、既に来
訪の目的は大よそ済んでいるのだから、わざわざ邪魔に入ることもない。
「ま、当面は“蒼鳥”と“紅猫”の娘が退院してくるのを待って、その間にディグラード邸
への訪問を済ませておくとして……。ほい、これ。統務院の正式な任命状だ。こっちの目的
はこれを届ける事でね」
「……確かに。承りました」
「んー。別にそういうの、導信網で送ってきても良かったんじゃねぇの? わざわざ司令
官のあんたが足を運ぶのは手間だろうに」
「いやいや、寧ろ逆なのさ。こういうのは変に技術に頼るより、直に渡した方がよっぽど確
実だ。導信網──データのみなら、敵性勢力が何とでも改ざんして市中の者達を撹乱してし
まう恐れもある」
それに……。ヒュウガは一旦言葉を切って、そして声量を落として言った。
「俺達としても、そっちの方が都合が良かったしね」
「うん?」
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
返す手でジーク達に渡された、統務院からの任命状。
書式も判も、間違いなく公的なものだ。リンファが代表して受け取る。その実ちょっと分
厚めな紙でしかないのに、掌から全身に伝わる感触は途轍もなく重いように感じられる。
「……志士十二聖ゆかりの武具の回収?」
「ああ。今回、特務軍に合流するのに当たって、君達には先ず十二聖が使っていた聖浄器を
集めて貰いたい。文字通り君達に与えられる“特務”だ。」
シフォンとジークがその文面を覗き込んだ。そこには確かにそう書いてある。ヒュウガは
鷹揚に頷いた。そっと膝の上で腕を組み、彼は上層部から預かってきたと思われる任務の詳
細を話し始める。
「知っての通り“結社”は何故か世界各地の聖浄器を狙い、集めている。それが奴らの目的
とやらに必要なものらしいが……かといって少なからず王器も含まれるそれを見逃してやる
訳にもいかない。そこでだ。君達には先んじて十二聖達が使った聖浄器を回収していって貰
いたい。奴らも必死になって狙っている筈だ。まだ不明な点は多いが、少なくとも奴らの野
望を挫くには十分な手だと言える。相手が魔人達で占められている以上、有効な戦力となる
ことも間違いないだろうしね。決戦に──備えるんだ」
最後の一フレース。ジーク達はごくりと息を呑んだ。
やはり、最終的には……。解っていなかった訳ではなかったが、どうしても胸奥に暗澹と
した気持ちは残る。どれだけ一個一個の災いを払い除けようとも、元幹部を仲間にする事が
できて解り合う事ができても、世界と時の流れはきっと彼らを許さない。
「本来なら直接“結社”本体と、同調する反分子達を取り締まって貰いたいが……とってお
きである君達を、そんな数が多いだけのリスキーで不毛な戦いに投入したくないというのが
上の判断でね。ならば今まで通り、君達は君達なりに動いて貰おうとなった訳だ」
「……まぁ、そうしてくれるんなら有り難いが……」
「いいんですか? それではあまり私達が加わる意味が」
「いいのいいの。“外堀”を埋めるのはこっちに任せておいてくれよ。……いずれ本丸が目
の前に現れる日が来る。その時、俺達は奴らのことをもっともっと知っておかなくっちゃな
らない。本当の意味で、奴らを駆逐する為にも。そうだろう?」
『……』
そこまで言われてしまえば、食い下がる必要もこともできなかった。互いにちらと顔を見
合わせてから、ジーク達は頷く。ヒュウガもよろしい、と言わんばかりにニッと口角を釣り
上げていた。もう一度、改めて壁際のセイオンを見遣ってから言う。
「決まりだ。具体的なルートは後日詰めていくとして、先ずは聖都や導都──有名所な
ゆかりの地を洗っていくことをお勧めする。ともあれ、先ずは“蒼鳥”達の復帰とディノグラー
ド公への面会を済ませるといい。上には俺から日程を延ばすよう伝えておく」
「あ、ああ……」
「ありがとうございます」
「何、お安い御用さ。これからは友軍だ。元同業者のよしみもあるしね」
さてと……。立ち上がったヒュウガから手を差し出され、リンファらがこれに応じて握手
を交わす。人伝には随分冷徹な人間と思えるが、一度味方(?)についてしまえばこれほど
心強い者はいないという事か。
(……ま、魔人にさえなってなきゃ、七星確実とか言われてたしなあ)
「ああ、それと」
ジークがぼやっと思考を過ぎらせる。
すると去り際、ヒュウガは軍服の上着を揺らしつつ、はたと肩越しに振り向いた。
何だろう? ジーク達が視線を向けると、彼はそれまで繕っていた飄々としたさまを、に
わかに自身の奥へ潜めて言い残す。
「道中、くれぐれも気をつけなよ? 何も君達の敵は“結社”だけじゃない」
それから、数日が過ぎた。
魔都から帰還したのも束の間、旅支度を整え、ジーク達は一路セイオン案内の下、天上層
に在るディノグラード邸へと出発しようとしていた。
場所は梟響の街郊外にある導きの塔。
アウルベ伯やクランの仲間達に見送られ、ジーク達は去り際の挨拶を交わしている。
「いいのか、シフォン? ついでに里帰りをしたっていいんだぞ?」
「いや、遠慮しておくよ。長老達に許された訳じゃないし、何より今はクランが大変な時期
だ。僕が抜ける訳にはいかない」
明け方の森の中。まだ辺りの空気は少しひんやりとしている。ダンはもう一度問うたが、
対するシフォンにはその意思はないらしい。見送る仲間達と共に、彼はその側の中に立って
いた。
「……そっか。まぁ、無理強いはしないが」
セイオンと共に天上層・古界へ旅立つのは、以下の八人だ。
先ず肝心要のレナ、養父たるハロルド。クランの代表としてダン、ジーク、ステラ。加え
てリュカとサフレ、及びマルタ。
ステラは言わずもがな、親友であるレナが心配だから。一方でリュカ以下後者は“生きた
伝説”たるディノグラード・ヨーハンと直接会えると聞き、半ば知的好奇心を刺激される形
で今回の遠出に随伴を申し出てきたクチだ。
「すまないな。あちこちへ行かせてしまって」
「気にすんな。これでも副団長だしよ。それよか、イセルナとミア、あとリオさんが帰って
来たら宜しく言っといてくれや」
「ああ。任せておけ」
少し苦笑いするリンファに、ダンは呵々と笑っていた。代わりに娘達が戻って来た際の出
迎えと体勢の立て直しを頼みつつ、歩き出す。
「気をつけてね。兄さん、皆さん」
「おう。そっちもな」
傍らにふよふよとエトナを漂わせ、アルスが言う。ジークがひらひらと片手を振り、肩越
しにこちらをちらりと見て応えた。
セイオンを先頭に導きの塔へと入っていく。以前はあれだけ揉めた衛門族達も、かつての
上司──竜族の貴族が連れて来たのであれば、これといって拒むような事はしないらしい。
寧ろ一同、軽く胸に手を当てて低頭さえしている。……正直を言うと面白くなかったが、ここ
でまた揉め事を起こす必要もあるまい。
──史の騎士団団長リザ・マクスウェルは、ミュゼら部下の隊長達を街に残し、幾許かの
手勢と共に聖都へ帰って行った。
──ヒュウガも、釈放され合流したグレン・ライナの二人や部下達と共に、用件は済んだ
と言って大都の本部へと発った。
──イセルナとミア、リオが居残る魔都市内の病院には、じりっと密かに迫る不穏な影が
ある。
「では、魔法陣の中から出ないでください。転送、開始します」
セイオンを加えたジーク達九人は、塔を守る衛門族達によって転移装置の上に誘われた。
発動する機構、虹色にグラデーションする溢れる輝き。思わず宙を仰ぐ一行をその光は包み、
やがて彼らの姿を集束の音と共に掻き消し去る。
魔力の余韻。蒙と漂い、四散する塵。
一行はいざ、古種族ら繁栄の地・古界へと旅立つのだった。




