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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-70.人身御供、蒼染の鳥(ブルートバード)
14/436

70-(6) 優先順位(プライオリティ)

 処は変わり、梟響の街アウルベルツ守備隊の詰め所。

 彼らに連行されたリザら史の騎士団、及びグレンとライナは、隊員達から事情を聴取され

ていた。別室からは、追加で連れて来られたみられるフィデロ・ルイス・シンシアの学院生

三人組が、報告を聞いて駆けつけたエマとバウロにこってりお説教されているさまが幾分か

漏れ聞こえている。

「……では、それは教団の総意だと?」

「ええ」

「我々はただ、与えられた任務に忠実であるだけです。ご理解、頂けますか」

『……』

 しかし、いざ命令通り彼女達を連行して来たはいいものの、守備隊員一同はこの狼藉者達

をどうしたものかと内心ほとほと困り果てていた。

 何せ片方は世界有数の宗教、その本山直属の騎士団長に、もう片方は統務院直属軍の副司

令ときたものだ。前者は畑が違うと言えば違うが、後者に至っては指揮系統的にもずっと上

の存在である訳で……。

(ど、どうしましょう? 隊長)

(わ、私に訊くな。法に基づいて粛々と……。経緯を掴んだら伯爵様の権限で街から出て行

って貰う事になるとは思うが……)

 ひそひそ。守備隊長と部下らが時折聴取の後ろで、囁き合いながら相談している。

 一応咎は向こうにある筈なのに、何でこの人達はさも「自分が正しい」を着て歩いている

かのように堂々としているんだ? 遥か高いお偉いさんってのは、皆こうなのか?

「……。こうして我々を連行した事といい、冒険者達を手勢に連れて来た事といい、まるで

クラン・ブルートバードを──ハロルド・エルリッシュやジーク・レノヴィンに肩入れして

いるかのようですね?」

「うっ」

「それは……」

 だからってあんたらの味方をする筈も無かろうよ。隊員一同は思った。

 領主ルシアンを筆頭に、この二年──いやそれ以前から街を護る者としての意識改革が進

められてきた同隊内とはいえ、やはり彼女らを相手にするには力不足だと思えた。実際さっ

きから、ぶらぶらと椅子に踏ん反り返っているグレンとライナが兄だけを行かせて此処に残

っているのは、自分達だけではこのリザ・マクスウェル及びその部下らを抑え切れやしない

と考えているからなのだろう。

「そうですか。そういう街ですか。よく覚えておきます」

「そうですねぇ。教皇様にも、よくよくご報告しなければなりますまい」

『……』

 ぐぬぬ。

 正直もう、誰でもいいから助けてくれと思っていた。

「おやおや、マクスウェル殿。貴女ともあろう方が脅しなどとは意外ですね」

 そんな時である。はたと幾つかの靴音が響き、一同のいた取調室の扉が開いた。

 入って来て開口一番、そう一見穏やかに笑みを作りつつも皮肉を投げたのは、他ならぬこ

梟響の街アウルベルツの若き領主・ルシアンだった。

 ちらとリザが、ミュゼ以下部下達が彼とその取り巻き達を見る。リザは鷹揚とした表情を

変える事なくそこに座っていた。きちんと眼を観ていなければ、そこに込められた威圧感な

ど知りようもないほどに。

「は、伯爵!?」

「どうしてこちらに……」

「お相手がお相手だ。挨拶の一つもなしではいけないだろう。それに私はこの街の領主とし

て、彼女らに然るべき対応を執らねばならない」

 にわかに起立しそうになる隊員達。しかしルシアンは苦笑しつつこれをサッと手で制して

いた。……フッと陰のある笑顔を浮かべてリザ達に向き直る。リザ達も、十中八九値踏みす

るようにじっと彼を上から下まで見つめ、ぴたとその表情に視線を定める。

「初めまして。梟響の街アウルベルツ領主、ルシアン・ヴェルドット・アウルベルと申します。以後お見

知りおきを。この度は緊急とはいえ、手荒な手段を取らざるを得ず、誠に申し訳なく……」

「ああ、全くだ。いち地方貴族がどういうつもりだ? 俺達を敵に回すってんなら──」

「お止しなさい、ダーレン隊長。ここは私が引き受けます」

 ……了解。面子の中で一番血の気の多いダーレンの売り言葉を、リザはピシャと有無も言

わせずに制した。にこりと笑う。だがその秘めた迫力たるや。かつて保身で手一杯だった頃

のルシアンであれば、とうに恐怖に負けて逃げ出していた事だろう。

「アウルベ伯。どうやら貴方は部下達にも贔屓を教えているようですね。この状況をご理解

していらっしゃいますか? 我々と名こそ売れれどいち冒険者クラン。どちらにエネルギー

を傾けるべきか、賢明な貴方であれは分かる筈ですが」

「お言葉ですがマクスウェル殿。私の使命はこの街を、市民の安寧を守ることです。決して

この身分で贅を尽くす為ではありません。……彼らを守る為に託された権力ちからなのですよ。そ

の為ならば、私はどんな相手であろうと闘います」

 それは獣姫襲来の折あのとき、ジークが叫んだ言葉だった。

 小さな街の、小さな価値観の中に囚われていたルシアンはあの時、自身の根本を激しく揺

さ振られ、戦慄した。

 ……だが今、それは何よりの幸運だったと彼は思っている。ただ漫然と受け継いだ、自分

には荷の重過ぎるとばかり感じていたもの達が、一転この身を賭しても守りたい・守らねば

ならない財産になった。使命になった。

 だから、答えるいう

 たとえどんな“嵐”が街を襲おうとも、自分は決して逃げずに民らと立ち向かうと。

『……』

 暫くの間、両者はその位置関係のまま、じっと互いを見つめては動かなかった。

 我慢比べ。そしてやがて先に動いたのは、フッと哂い、僅かに口元を緩めたリザだった。

 ふいっと一度軽く目を閉じて気持ち俯く。部下達が、守備隊やルシアンの取り巻き達が見

守る中、彼女はこの僅かなやり取りの間に何かを掴み取ったようだった。

「……そうですか。この街に“宗教”はあまり要らないのですね。いえ、既に在ると言うべ

きなのかしら」

 含んだ笑い。それは自らの負けを認めたのか、或いは自分達に与しないことへの婉曲な侮

蔑であったのか。

「……貴方がた教団とクラン・ブルートバードの共闘の件は存じ上げております。ですが、

それとこれとは話が別。私がいる内は、私の街で狼藉を働くことは見過ごせません。皆様に

はこれより、街から出て貰います。今回のことは陛下に委細報告しますのであしからず」

 ルシアンはくすりともせずに答えた。だが言うべきことはそれとは関係なく、しかし予め

用意していた手札は全て使い切るくらいの意志で。

「伯爵」

 だがそんな時である。別の取り巻き──官吏の一人が部屋の中へと駆けて来て、ルシアン

にひそひそと耳打ちをした。

 彼は少しばかり目を見開いた。「どうやらあちらから来てくれたようです」。振り返り言

って、この官吏に入って貰うようにと指示を出す。

「ああ何だ、あんたも来てたんだな」

「こ、こんにちは~……」

「……」「ど、どうも。総隊長……」

 現れたのはレナとハロルド、リカルド、そしてダンだった。曰く先刻の取っ組み合いに関

して、クランを代表して詫びに来たのだという。

 だがその内ダンと、何よりハロルドの眼は内心「不服」の二文字で満たされているようだ

った。それでも事態の悪化を防ぐ為にも、形だけでも頭を下げに行くべきと仲間達に説得さ

れたのだろう。彼らはリザ達に進み出て開口一番、ぺこりと頭を下げた。

「……その。お互い災難だった。うちの真面目馬鹿が背負い込んだばっかりに、どうもやや

こしい事になっちまって」

「いえいえ。彼女の存在が明らかになっただけでも、我々としては大きな慶びです。寧ろ今

日まで彼女を育ててくれた彼には、感謝しなければならないかもしれませんね」

 きっとお互い、相手への害意なり敵意はとうに悟っていたのだろう。それでもそこをぐっ

と堪えて体裁を整えるのが“大人”というものだ。……尤もハロルドと、背後のダーレンや

ミュゼが、それぞれを親の仇のように睨み合っていたのは如何ともし難い事実だったが。

「……あ、あのぅ」

「? どうか致しましたか、聖女様」

 するとおずおずと、レナがリザに声を掛ける。そしてそんなナチュラルに向けられる呼び

方に、思わずレナは顔を赤くして身を硬くしていた。

「せ、聖女……」

「違うのですか? あれから大分時間が経っています。当然、お養父ちち上より詳細は聞き出さ

れたと思ったのですが」

「あ、はい。話してくれは、したんですけど……」

 もじもじ。とはいえ、どれだけ言われてもレナ自身、あまり実感はなかった。

 それでも実際、その出自──同じである魂が故にこんな事が起きた。自分の所為だ。だっ

たら他でもない自分がこの問題にけじめをつけなくては。

「その、団長さん達は私を本山に連れて行く為に梟響の街アウルベルツまで来たんですよね?」

「ええ。その為の派遣ですから」

(こっちの留守とゴタゴタに乗じて、か……)

 仲間達が訥々ながら、本題に入り始めるレナを見ている。ダンは内心、しれっとそう開き

直るかの如く答えたリザに、やはりこの女は難物だと思った。

「や、やっぱり……。そ、その、お誘い大変恐縮ですが、私はブルートバードの一員です。

これまでも、これからも皆と一緒にいたいんです。だから、聖女様として教団の中でどうこ

うというのは……出来ません」

「……」

「で、でも、教皇様にお目通りくらいなら……。そ、それでどうでしょうか? ただ、先に

セイオン様からの用事を片付けてからになりますが」

「? “青龍公”の?」

「ディノグラート邸に娘が招待されているんだ。是非とも一度会って話がしたい、と」

「……なるほど。ディノグラード公爵──“勇者”ヨーハンが直々に、ですか」

 少なからず、リザ達は他ならぬ彼女自身からの提案に驚いたらしい。

 セイオンがあの場にいた時点でもしやとは思っていたが、やはり。流石に彼女ら教団も、

開祖と同じ時代を生きた英雄の名を出されるとあまり強くは出られないらしい。

「ですが、いいのですか? 正義の剣カリバーも来ていたでしょう? 特務軍はどうするのです?」

「それも後だ。“赤雨”からも了解は得てる。どのみち、イセルナとミアが魔都むこうにまだいる

以上、特務軍に正式編入する時期は延ばす他ねぇからな」

「……なるほど」

 だがそれは結局は譲歩案だ。ダーレンやヴェスタは、密かながらあまりいい表情かおはしてい

なかった。それでもリザはそっと目を細め、思案する。ちらとミュゼを見、さもお任せしま

すと目を瞑って頷いたのを確認すると、静かに微笑を繕って言う。

「承知しました。その約束、決してお忘れなきよう。但し……それにはこちらからも一つ、

条件があります」

「……条件?」

「何だよ?」

「その時まで、部下達をこの街に滞在させること。そのお話を受けたからには、我々も聖女

様の安全に力を尽くす義務があります。宜しいでしょうか?」

 ちえ、やっぱり喰えない女だ。ダンは思った。

 ちらと横目に見ればハロルドも同じように苦い表情をしている。分かってる。要するに監

視役ってことだ。それがもうリカルドだけじゃ不安ってことなんだろう……。

 どうするよ? ダン達はルシアンに視線を向け、ひそひそと相談し始めた。

 だが実際問題、断るリスクは大きい。教団の神官騎士を追い出した・追い出されたという

対外的な印象を考えれば、寧ろ受け入れる事で双方にメリットがある。

「……いいでしょう。私が許可します。ですが今回のようなことは、二度となきように」

「ええ。勿論です」

 程なくしてルシアンが答えた。リザと、ミュゼ以下部下達は流れるような所作でサッと片

手を胸に当て、小さく頭を垂れる。

「ご英断、感謝致します」

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