70-(5) 融解
駆けつけた街の守備隊らにより、リザ以下史の騎士団は連行された。
今頃は市中狼藉という名目で事情聴取──尋問を受けていることだろう。その際に同じ場
に居合わせたセイオンと、及びヒュウガら正義の剣の面々も半ば巻き込まれるようにして連
れて行かれたが、片方は実際に手を出した訳ではなく、片方は特務軍としての来訪と証明が
あったため程なくして釈放された。
「──全ては教団から、この娘の未来を守る為だったんだ」
そして彼らセイオンとヒュウガの二人を含め、ジーク達はやっとこさ帰還したホームにて
ハロルドのその重い口を開かせていた。
傷付きくたびれ、俯いた表情。椅子に座って酷く疲労したような姿。
彼はいよいよ隠し切れぬと観念し、皆にレナ出生の秘密の全てを打ち明けていた。
かつて教団の司祭をしていた頃、レナの実の両親に不思議な力──のちの《慈》の色装の
兆候を相談され、詳しく調べた結果“聖女”クリシェンヌと全く同じオーラの持ち主である
と判明したこと。即ち彼女の生まれ変わりであること。そしていつかは教団に知られ、その
人生全てが彼らの思惑のままに縛られてしまわぬよう養女として預かり、遂には自らも共に
出奔したのだということ。
かつて自分自身がそうだったように、ただ其処に生まれてきた、それだけの理由で苦しむ
子供を出したくないという強い願いが故に──。
「お父さん……」
「兄貴……」
一度は落ち着いた当のレナが、またうるうると瞳を潤ませていた。事前に彼女の《慈》に
何か関わりがあるらしいとは知らされていたものの、思っていた以上のスケールの大きさに
他の仲間達は概して驚きのまま言葉を紡げずにいる。
「まったく。あれほど色装は学ぶなと言ったのに……。仕方ないな。さぁ、煮るなり焼くな
り好きにしてくれ。どうあれ、私はこのクランを乱した」
吹っ切れた、というよりは自壊したように思える。
ハロルドは深く大きな嘆息をつき、そして一同を見た。バレてしまった以上もう覚悟の上
だとでも言わんばかりだ。
ジークもアルスも、団員達もそこまで言われて、酷く躊躇った。ざわつき、互いに一体ど
すれば良いのか決めあぐねている。
「……」
「? 副団長?」
「ダ、ダンさん……?」
だがそんな中で、誰よりも先に一人進み出る者がいた。ぶすっとした表情をしたダンだ。
皆が戸惑い、声を掛けようとする中、彼は一人ゆっくりハロルドのすぐ目の前へと近付い
ていった。そして。
「──がっ?!」
真っ直ぐにその顔面へとめり込んだ左ストレート。ハロルドは文字通り宙を舞って後方へ
と吹き飛び、テーブルを一つへし折りながら床に叩き付けられた。
ジーク達が呆然としている。ハロルドの眼鏡が粉微塵になり、口から血を垂らしてぐった
りと倒れている。
「は……ハロルドさんー!?」
「だだだ、ダンさん!? 何やってんですか?!」
「……」
ダンは暫く押し黙って見下ろしていた。シュウウ……と、振り抜いた拳にはその本気度を
物語る蒸気がにわかに立ち上っている。
「痛ぇだろ。でも俺達が──レナが味わった痛みはこんなモンじゃねぇぞ」
ドスの利いた声でダンが言った。ガラリ……。粉砕されたテーブルからよろよろと身体を
起こし、ハロルドが焦点の合わぬ渋面で口の血を拭う。
鉄拳。だがそれはただ単純な怒りではなかった。
静かな怒り、哀しみとでもいうべき感情なのだろうか。思わず焦ったジーク達が察し、息
を呑んで見守る中、彼は続ける。
「何でもっと早く相談してくれなかった? 頼ってくれなかった? 仲間だろうが。頭の良
さそうな顔をしといてギリギリまで一人で背負い込みやがって……。俺達の事がそんなに信
用できなかったのかよ」
「……。私に、そんな資格はない」
言って、ハロルドが自身の眼にオーラを集中させた。瞳の奥に文様が浮かぶ。
見氣? いや違う。この二年間で成長したジーク達にはそれがただ練っただけのものでは
ないことくらいは分かった。ハロルドはもう一つ、大切なことを打ち明ける。
「超覚型《識》の色装──これが私の能力だ。オーラを観るだけで、相手の持つ色装を判別
する事ができる。……知っていたんだ。お前達の潜在能力も。もっと強くなれることも。だ
が私は今日まで黙ってきた。伝えなかった。その事で私の色装と、ひいてはレナの秘密に眼
を向けられるのが怖かった。私は……卑怯者だ」
卑怯者だ。しかしその言葉は自虐というよりは、努めての決別に感じた。自ら急ぎ、彼ら
と距離を取ろうとしているように思えたからだ。
偽っていた事への罪悪感。
おそらくこれ以上、自分はクランには居られないのだと。
「……そうして、これからは私達から逃げようというのか?」
だがハロルドのそんな言葉を、誰よりも真正面から掴み止めた者がいた。クロムである。
かつては“結社”の一員として殺し合った魔人の元僧侶が、はたと言い止められ息を呑んだ
彼をじっと見据えて言う。
「……やはりその心算か。貴方も私と同じだな。私と同様多くの失望に触れ、信仰というも
のに絶望し──諦めを抱えて今日まで生きてきたとみえる。……私もそうだった。真の信心
すら蹂躙する組織に絶望し、憎み、故に“結社”への誘いに応じた」
だが……。クロムは言う、それは間違った断定だと。クロム……。ジークやレナ、ステラ
などが驚きつつも、何処かこそばゆくて嬉しくて、苦い微笑みを向けていた。
「たとえ貴方一人で抜けようと、レナ殿を連れて抜けようと、貴方は既に多くの縁に包まれ
ている。その決断はこれらを引き裂き、痛めるだろう。それに……」
「?」
「これはある人物の受け売りだが。『自分の絶望を埋め合わせを他人でするんじゃない』。
貴方は、どうなんだ?」
「──」
ハロルドが静かに目を見開いて押し黙る。それはかつて、大都消失事件の折、ダンが対峙
したクロムに向かって放った言葉だった。
思い出したのだろう。当のダンが「むっ?」と片眉を上げていた。ジーク達も彼とクロム
を交互に見比べ、少なからずが頭に疑問符を浮かべている。
クロムは、更に言い放った。
「貴方が守ろうと思ったものは、所詮貴方自身ではなかったのか。娘では、ないのか」
「──っ?!」
刹那、苛烈な鬼気。
だがそれも一瞬のこと。ハロルドは自らその一切を掻き消し、大きく脱力したかのように
項垂れてしまった。レナが胸をきゅっと掻き抱いてこの養父を見ている。ジーク達もまるで
彼女に促すように、各々誰からともなくその横顔を見遣っていた。
「……私は。私は、このクランが好き。皆が好き。勿論、お父さんも」
ぽつり。今度は彼女が打ち明ける番だった。瞳に涙が込み上げる。哀しい? 悲しい訳で
はないのに、胸が締め付けられるように痛くなる。
「だって、私も知らない私を知っていて、それでも投げ出さずにずっと傍に置いてくれてい
たんだもの。守ってくれてたんだもの。恨める訳、ないよ……」
「……」
ぼろっ。零れる感情、吐き出す想い。そこに嘘偽りはない。聖女の魂を持って再びこの世
界に生まれ落ちた、聖なる少女の抱く願いであった。
「でも……。私が本当に聖女様と同じ色装を持ってる──生まれ変わりだとしても、私は私
だよ。私の生き方は、私が決めたい。皆と……一緒にいたい!」
『──』
レナ……。レナちゃん……。
涙もろい仲間の中には既に貰い泣きし始めている者もいた。にわかに場を覆う空気に、何
だか自分までこっ恥ずかしくなって頬を掻き出す者もいた。
だが誰よりその言葉に驚愕し、絶望し、衝撃を受けていたのはハロルドだったのだろう。
ふ、ふふふ……。自嘲っていた。ジーク達が一瞬怪訝に思うほど自嘲っていた。
「……そうか。そうだったんだな。何て事だ。この子の未来を守ろうとする余り、他ならぬ
私がこの子の意思を閉ざしていたのか。そうだ。何て、何て馬鹿なことを……」
自嘲が壊れたものから、何処か良い意味で吹っ切れ、穏やかなものになっていく。
そこまで至って、ようやく一同は安堵した。
繋がったのだ。本当の意味で、この父娘が。
「……ま、本人がそう言うなら仕方ねぇよな」
「だそうですよ? ハロルドさん。貴方が出ていく必要なんてないんです」
「? いや、しかし──」
「色装を黙ってたのを気にしてんのか? 何てこたぁねぇさ。実際今までずっと、お前のお
陰で俺達は何度も助けられてきたんだ。そうだろう、皆?」
おうよ! 笑うダンの言葉に、団員一同が答えた。
ハロルドが唖然としている。仲間達が笑っている。今回の件は、裏切りの筈なのに……。
「黙っていたというなら、私もだぞ? サンフェルノでの一件まで、イセルナ以外には本当
の出自は隠していただろう?」
「そもそも俺達だって、実は皇子だったしな」
「僕らの場合は、自分達ですら知らなかったけどね……」
「……」
リンファに、ジークとアルス。そう言えば大きな秘密を抱えていた仲間は他にもいた。
ぼうっとハロルドが皆を見渡している。その視線のどれ一つ、自分を責めようという意思
は感じ取れない。
「大体、うちはあちこちから訳ありが集まったクランじゃねえかよ。今更一つや二つ増えた
所で変わりゃしねーって。任せとけよ? これまでも何とかなってきたじゃねぇか。これか
らも……。その為の、二年だったと思うんだがな?」
「イセルナからも今回の件は預かってる。『きっと何か理由がある筈だ。許してあげて』と
言っていたよ。ただ弾き出して終わりじゃあ何も解決しない。それは僕らがこれまで、嫌と
いうほど味わってきた真実の筈だよ」
だから、さっきの一発で終いだ──。ニカッとダンは犬歯を見せて嗤う。ジーク以下仲間
達も、その決定に異存はなかった。
ガシガシ。ハロルドは気持ち逸らした視線のまま、乱れた髪を掴み、掻いている。
そこへリカルドがそっと近付き、片膝を折った。
「……俺からもすまなかった。もっと上手く回れば、こんなに拗れはしなかったのに」
「……お前が謝る事はないさ。殺そうとしたんぞ、私は」
赦されても事実は残る。だからこそハロルドは、結局この弟の顔を最後まで一対一で直視
できなかったのだろう。
やれやれと、リカルドが苦笑してそっと立ち上がった。振り向いた目配せ。隊士らもただ
首肯し、壁際のセイオンとヒュウガも遠巻きに傍観したまま動かない。
「ハロルド」
ダンが、皆を代表して改めて声を掛けた。そっとハロルドが顔を上げる。
仲間達が笑っていた。レナちゃんの事は任せろ──。まるでそう言わんばかりにそれぞれ
が腕を捲くり、拳を握り、やる気に満ち溢れている。
「副団長──団長代理として頼む。もう一度、俺達に力を貸してくれ」
「……。分かった。私で、いいのなら」
よぅっし! 仲間達が瞬間、互いにハイタッチして喜んでいた。ジークもエトナと、アル
ス達と一緒になってその中に加わっていた。
ふっと自嘲う。ハロルドは気持ちまた俯いていた。粉々になってしまった眼鏡を拾いつつ、
そっと細めた瞳でこの喜色を全身に感じている。
「……すまない。ありがとう」
レナが、涙を堪えるようにしながらパァッと微笑う。
緊迫続きだったホームの酒場に、ようやく本来の温かさが戻ってきたような気がした。




