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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-70.人身御供、蒼染の鳥(ブルートバード)
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70-(4) 嵐止める嵐

「──急げ! 急げ急げ急げ!」

「おい、もっと魔導師を呼んで来い! 余所のクランからも掻き集めろ!」

 時を前後して、ブルートバードの本拠ホーム

 当初は何とか内々で事を済ませようとしていた団員及びリカルド隊士達だったが、ミュゼ

が空間結界で自分達を遮断、内部へと消えてしまったことで事態は一気に急を要するものへ

と変わっていた。

 団員も隊士も、正義の剣カリバーの兵もない。

 結界の外に取り残された彼らは慌てふためき、何とかこの中からそれぞれの上司達を救い

出そうと手を組んでいた。酒場内はにわかに殺気立って騒がしくなり、そのやり取りや出て

は入っていく面々の物音は今やすっかり外にだだ漏れとなっている。

「くっ……。あの女、敢えて複雑な式を使ったな」

 中心にいるのはガラドルフ以下、魔導の心得がある者達だ。彼らは一列一心になって結界

のこちら側と向こう側の境界に触れ、何とかこの結界を解こうとしている。

 力ずくで壊すのはリスクがあり過ぎた。空間自体が捻じ切れて壊れ、最悪結界内の者達が

グチャグチャの挽肉になる。あの女騎士二人だけなら構わないが……クラン幹部とその弟、

それに七星の一角までもを道連れにする訳にはいかない。

 ガラドルフは珍しく脂汗を垂らしながら、憎々しげにごちた。

 こういう場合、結界を解く方法は一つだ。

 張られた結界を構成する、その構築色の「真逆」を打ち込んでやればいい。そうすれば術

式の効果は相殺され、綺麗に結界を剥ぎ取ることができる筈だ。

 ……しかし、それにはどうしても時間が掛かる。ただでさえ流動しがちな式の状態を正確

に捉えるには相当の技術がなければ不可能だ。何より“大盟約コード”が世に広まって以来、普段

魔導師は「既製品」な術式を使っている。その場その場に合わせて構築式を組み上げる機会

など、皆無に近い。

「た、隊長。無理ですよぉ」

「こんな高度な技、どれだけ頭数を揃えても……」

「口を動かす暇があれば手を動かせ。全面でなくともいい。一部でも掌握できれば、即座に

相殺用の式を打ち込める……!」

 部下達が、応援に引っ張り出されてきた魔導師らが弱音を吐いていた。

 しかしガラドルフは諦めない。正義の剣カリバー隊の術師達が息を呑みながら必死に協力してくれ

ている中、仲間達が見守る中、必死にその見氣でもって刻一刻と微調整される術式に目を凝

らしてメモを走らせている。

「──これは、一体何が起きているんです?」

 ちょうど、そんな時だったのだ。酒場の扉が開けられ、クランの面々には聞き覚えのある

声がした。

 ルイス・ヴェルホーク。鷹系鳥翼族ウィング・レイスの少年で、アルスの学友。

 眉間に皺を寄せ、場にいた様々な勢力の面々を見渡しているルイス。半開きになった扉の

向こう、街の通りでは助けを求めにクランの面々が駆け出したのもあり、既に多くの住民や

野次馬が集まってこちらを見ている。

「む? お主は……」

「ルイス君ですよ。アルスの友達で学院生の」

「す、すまない。今はちょっと取り込み中なんだ」

「いや待て。この子も卵とはいえ魔導師なんだろう? 手伝って貰ったらどうだい?」

 邪魔をするなと言わんばかりに睨もうとしたガラドルフを、周りで心配そうに見守ってい

たアスレイや団員、リカルド隊士達が諭した。更にテンシンが思いつき、彼にも手伝って貰

おうと皆に提案する。

「……? もしかしてそこに在るのは空間結界、ですか」

「あ、ああ。そうなんだ」

「実はだな──」

 そしてややあって目敏く気付いたのを皮切りに、事情を聞かされる。

 ルイスはじっとこの結界の境目──ガラドルフらが横一列に並ぶそこを見ていた。

 するとどうだろう。彼は数拍迷ったような素振りを見せたが、次の瞬間、申し出てきたの

である。

「だったら僕に任せてください。僕なら、すぐに剥がせます」

「えっ……?」

「ほ、本当か!?」

「しかし、一体どうやって……」

「……」

 安堵と怪訝。それでも面々の大よその思いは藁にも縋るそれであったのだろう。

 ルイスは黙したまま、ガラドルフらの横まで進み出た。見氣で一度両眼にオーラを集中さ

せ、指で触れた空間にビリッと小さな反発が起こるのを確認する。

「皆さん、一旦離れてください。“こいつ”は乱暴者なので」

「? 何を──?」

 面々が言い、されど指示には従って此処から距離を取り始める。

 静かに深呼吸をし、ルイスはその全身にオーラを練り始めた。ガラドルフら、同じ魔導の

徒がそっと目を見張っている。まるで渦巻く風のようだった。彼がゆっくりと右掌に集めた

オーラは、まるで言葉なき不穏を湛えるようで……。

「──」

 触れる。刹那、辺りに猛烈な旋風が巻き起こった。

 いや、ただの風ではない。ルイスの掌から広がったオーラが結界の境、ハロルド達を閉じ

込めている向こう側との隔たりに触れた瞬間、場に作られた魔流ストリームが突然荒れ始めたのである。

 風圧。店内の備品が次々と飛び、団員達も一人また一人と吹き飛ばされる。

 そして堰を切ったように剥がれ始めたのだ。ルイスが自身のオーラと共に触れた部分から

順繰りに、内と外を隔て分けていた空間結界が鱗を剥がすように自壊していく。

「……何と。お主、まさかこれは」

「……」

 勘付かれたか。でも仕方ない。ルイスは内心心苦しさと、一方でやっと役に立てる事がで

きたという一抹の喜びも覚えていた。

 操作型《嵐》の色装。それがルイスの、この二年間で密かに習得した能力である。

 その効果は自身のオーラに触れた魔力を暴走、自壊させるというもの。撹乱者の性質。

 故にルイスは長らく、この能力をアルス達を含めた誰にも明かせなかった。友を案じ、自

分にもできる事をとエマに無理を言って修行をつけて貰った末の力だが、その性質上、今日

まで中々日の目を見ることはなかった。

『──っ!?』

「け、結界が……」

「ミュゼ!」

「も、申し訳ございません。きゅ、急に制御が効かなく……」

 だが一度発動、披露してしまえば効果は覿面であった。空間結界はものの一分も経たぬ内

に崩れ去り、中で戦い続けていたヒュウガとリザ達の姿を露わにした。

 外の皆も中の面々も、あまりの事に驚愕している。

 ひび割れ損われた魔導具の指輪を押さえながら、ミュゼが顔を顰めてよろめいていた。

 リザがヒュウガと鍔迫り合いをする中で彼女に肩越しで振り向き、自身の敷いた策が文字

通り壊されたのだと知る。

「や、やった!」「よく分かんねぇけどすげえ!」

「今がチャンスだ、ハロルドさんをこっちに!」

「隊長~! ご無事ですか~!?」

「せ、青龍公もこちらへ!」

 そしてその隙を突き、団員や隊士達が一斉にハロルド達の救助に向かった。店内は先の風

とヒュウガが結界内で舞わせていた水ですっかりぐちゃぐちゃになってしまったが、彼らが

無事であれば何てことはない。

「ほほう? どうやら思わぬ援軍が来てくれたみたいだねぇ」

「くっ……。貴方達、一体どうなるか分かって──」

 更に、その直後だったのである。

 劣勢に立たされたリザとミュゼに追い討ちを掛けるように、ばたばたと酒場へと踏み込ん

で来る者達があった。

 守備隊である。背後にはバラクら街の冒険者達もおり、どうやら彼らが領主に要請して兵

を連れてきたらしいと分かった。

「そこまでだっ、史の騎士団! 正義の剣カリバー!」

「伯爵様からの命である! この街で狼藉を働くのであれば、たとえ誰であろうとも許しは

しない! 貴様らを連行する!」

 バラク達の機転であった。同じ冒険者達の「力」で押し返そうとすれば、事態は更に複雑

になっていっただろう。そうはせず、少なくとも形式上は公権力による正式な執行によって

場を収める。かつての領主ルシアンでは出来なかった胆力だ。

「総隊長……」

「……。流石に、分が悪いですね」

 故にリザもその理解が早かった。守備隊とルシアン──この国この場所の最高責任者の名

を出された事で、ようやく彼女は剣を収めた。ヒュウガも数歩下がって剣をしまう。尤も彼

もまた、トラブルの片翼として同じく守備隊の面々にホールドされていったのだが。


「伯爵様からの命令であります! 史の騎士団、正義の剣カリバーご両名。貴方達を詰め所まで連行

致します!」

 一方、時をほぼ同じくしてヴェスタやダーレン、グレン達もまた駆けつけた守備隊によっ

て拘束され、連れて行かれた。狼藉を犯したからだという。

 両成敗……だろうか。フィデロやシンシアがぽかんとし、更にその後ろで泣き喚くレナを

必死に押さえていたジーク達も、すぐには状況が飲み込めずに目を瞬いては互いに顔を見合

わせ、只々暫く立ち尽くすしかない。遠巻きに隠れていたレジーナやエリウッド、社員らや

運転手達も同じように少なからず困惑の表情をみせている。

「……。助かった、のか……?」

 ぐすん。

 そうしてまだ幾分、感極まって引き攣りが止まらないレナを皆で抱えてあげながら、一同

はようやく、実感の湧いてきた安堵に息を吐くのだった。

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