70-(3) レナの涙
「……何だ。てめぇら」
行くべき先へと立ちはだかるように現れたのは、三柱円架の黒衣に身を包んだ二人の神官
騎士だった。
あの装束には見覚えがある。リカルド達と同じものだ。加えて左右へと、部下らしき同様
の格好をした者達がぞろぞろと現れ、展開する。
その数、三十弱。
鋼車に戻ろうとしたジークは、仲間達と共にこれを睨みながら向き直る。腰に背中に、既
に各々の得物にも手が伸びている。それだけ相手が明らかな害意を纏っている証拠だ。
「そこのお嬢さん──レナ・エルリッシュを引き渡して貰いたい」
「俺達が誰だか解るだろう? 無駄な抵抗は止めておくことだ」
隊長格らしき二人、ヴェスタとダーレンが問いに答えず言った。
一方的である。だが二人ともそれがさも当たり前で、任務であると言わんばかりだった。
ジークだけではない。ダンやステラ、エトナがむすっと唇を尖らせ、眉間に深く皺を刻んで
いた。皆を代表して、怯える鋼車の運転手らを後ろ手に遠ざけながらダンが前に出る。
「いきなりだな、おい。一応史の騎士団とは手を結んである筈だが」
「残念ですが、もう共闘関係など無理ですよ」
「ハロルド・エルリッシュも、リカルド・エルリッシュも、同じく確保します。今頃総隊長
らが押さえているでしょう」
二人の名前、そして総隊長というフレーズに更なる緊張が走った。
史の騎士団──クリシェンヌ教団。そのお偉いさんまでもが出張って来ているのか。
血の気は一旦そこで退き直すかと思った。既にホームを押さえられてしまっているとした
ら状況は一層不利だ。辛うじて自分達と彼らを結んでいた拠り所も、どうやら先方の側から
ぶん投げてこようとしている。まるで全てハロルドの所為、とでも言いたげに。
「大体、何でレナなんだ? ハロルドさん達なんだ? やっぱレナの色装が」
「“聖女”クリシェンヌと同じだからですか?」
『──!?』
だから次の瞬間、ジークが問いかけた言葉にリュカが更なる情報を乗せたことで、ジーク
達は勿論、当のレナ自身までもが思わず彼女へと目を見開いて振り向く。
『……』
サフレやアルス、或いはクロム。
尤も仲間達の中でも魔導や歴史に明るい者は、魔都で受けた件の報告と帰路の途中で、
薄々勘付いていたようだったが。
「……答える義務はありません」
たっぷり間を置いて、ヴェスタがそれだけを答えた。
表情は優男なそれから殆ど変わっていない。だがそんな言い方では、言外に肯定している
のも一緒である。
レナの瞳がぐらぐらと大きく揺れていた。ステラやマルタ、エトナ。女性陣らを中心に仲
間達が渦中の彼女を見遣り、心配するが、今はそれ一本に掛かっている場面でもない。
「レナ……」
「レナさん……」
「……。ふん」
動揺が、一同の動きを鈍らせていた。
そしてそんな様子も意に介さず、ダーレンが怯えた表情の彼女へと手を伸ばす。
「止めろよ」
パシンッ。だがそれを、他ならぬジークが止めていた。
伸ばしてきた手を払い除けて、彼女を守るように前に立ったジーク。
その顰められた面持ちは、静かな深い怒りに満ちている。
「ほう?」
数拍驚き、しかしニタリとダーレンは嗤った。ギチギチとその一度は払い除けられた拳を
握り締め、持ち前の体躯でもって見下ろして言う。
「いいのか? 俺達に手を上げるという事が何を意味するか、理解しているのか?」
「そ、そうよ、ジーク。相手は教団直属の──」
「ごちゃごちゃ五月蝿ぇな。てめぇらは看板を背負ってねぇと喧嘩もできねぇのか」
リュカが拙いと止めようとした。しかしジークの売り言葉に買い言葉は止まらない。
ダーレンの眉間の皺、血管がみるみる内に浮き上がっていくのが分かった。間違いなくキ
レている。パキパキと拳を鳴らし、隣のヴェスタは静かに小さく肩を竦めていた。
「知るかよ、んな事。何の説明もなしにてめぇらに何の権利がある? ……ハロルドさんと
リカルドさんの件も、きっと何か理由があった筈だ」
体格差に臆することなく、ジークが彼らを見上げる。睨み返す。
ガチャリと腰の鞘を握って軽く傾け、言う。
「……レナは、渡さない!!」
そして、それが合図だった。二人の内ダーレンも、言外に何処かで待ってましたと言わん
ばかりに大きく嗤い、拳を引く。慌てるレナ。ジークが剣の柄に手を掛け、同じくクロムが
──かつて信仰に絶望した元信仰者として構えを取り、主への危機を察したオズまでもが
その掌の砲門を開こうとする。
「はい。無駄」
だが……次の瞬間だったのだ。ジーク達は全員、そこからピタリと動けなくなってしまっ
たのだった。
ヴェスタが白手袋の両手を、黒衣のポケットに突っ込んだまま哂っている。
あたかもこうなる事を分かっていて、準備をしていたかのように。
「既に君達の“影”は掌握済みだ。最初に言ったろう? 無駄な抵抗だと」
「ぐっ……!?」
見れば確かに、彼はジーク達から伸びる影を踏んでいた。更にそこにオーラの気配を感じ
て慌てて見氣を走らせると、そこには彼から広がるオーラが、まるで触手のように各々の影
を掴むようにしてうねっている。
「てめぇ……。まさか……」
「ああ。これが私の《影》の色装。影を晒した時点で、君達の敗北は決していたのだよ」
ダンが皆が、必死にもがく。
だがヴェスタが語るように既に影を掴まれたジーク達は一歩も動けなかった。更にそこへ
拳にオーラを込め、気合いの咆哮を放つダーレンが叫ぶ。
「ダーッ、シャァァイ!!」
「ぐぶっ!?」
それは一瞬の出来事だったのだ。彼がオーラを込めた拳を一度ジークの方へ向け、引いて
やると、それまで一歩も自分で動けなかったジークの身体がぐわんと猛烈な勢いで引っ張ら
れたのだ。ダーレンはそんなジークを、さも釣り上げた魚を捉えるように全力で、殴る。
「ジーク君!」「ジーク!」「兄さん!」
「どういう事だ? ジークだけが、急に……」
「……ふん。どうだ?これが俺の《寄》の色装──オーラに引力を追加する。つまり今お前
達は自分からは動けないし、俺の拳からも逃れられないって事だよォ!」
そしてもう一発、もう一発。引力で引き寄せ、殴って引き離し、ダーレンはジークを繰り
返し繰り返し殴打した。
ジークの眼が白目になりかけて揺らいでいる。仲間達が、レナが叫んでいた。しかし彼女
らはヴェスタの《影》によって身動きすら取れない。
「……身の程知らずが。この俺達に、教団に歯向かうからだ。なぁ? 調子に乗ってんじゃ
ねえぞ。英・雄・クン?」
くはっ──!? 数度目、ダーレンの拳がジークの腹にめり込む。
やめて……。動けぬレナの目に涙が溢れた。
何故?
皆が苦しんでいる。皆が私の所為で、こんな目に遭っている。
(……どうして?)
私が、聖女様と同じ?
何故?
何故、私が──。
「どっ……せいッ!!」
『っ!?』
「ぬぅッ?!」「ッ、しまった! 影が──」
だがその時だったのだ。刹那、頭上から目にも留まらぬ速さで“電撃”が降ってきた。
閃光。故に影はその光に引き剥がされる。
思わずジーク達が眩しさに仰け反った。ダーレンもヴェスタも、左右を包囲していた部下
の神官騎士達も手で庇を作り、しかしその爆風じみた威力の前に吹き飛ばされる。
「……ふう。何とか間に合いましたかね、お兄さん?」
「アルス、無事!? た、助けに来ましたわよ!」
そしてそこに立っていたのは臨戦態勢のフィデロとシンシア。両腕に電撃のエネルギーを
迸らせる迅雷手甲と、自身の持ち霊・カルヴァーキスと融合した姿である戦姫態。雷と炎、
二つの力が両者の間に割って入る。
「痛つつ……。フィデロ……。それに……じゃじゃ馬女」
「シンシアです! シンシア・エイルフィード!」
「助けに来たって……。だ、駄目だよ! この人達は──」
「はん。分かってらあ」
「でも私達にだって、通す筋ってものはあるでしょう?」
更に加勢に躍り出たのは、インパクトの瞬間炸裂する大剣と、強力な磁気に巻き上げられ
る神官騎士達の得物だった。
正義の剣副司令グレン・サーディス及びライナ・サーディス。状況は思いもしない形とメン
バーによって一気に覆される。
「ちっ……。てめぇら、本気か?」
「厄介ですね。追い掛けて来ましたか。総隊長とミュゼ君は、一体……」
部下達があちこちに倒れ伏した中で、ダーレンとヴェスタがのそりと起き上がっていた。
黒衣が所々破れている。ダメージが無かった訳ではない。だが相手も相手で、この奇襲の
みで仕留められてはいなかったようだ。
忌々しく、ぶつぶつと。状況の変化に、二人の隊長格はじっとこちらと距離と取り直して
身構える。
「正義の剣の……。あんたらも来てたのか」
「ああ、特務軍の件で諸々な。こっちのガキどもは途中で拾った」
「ホームはヒュウ兄や“青龍公”がいるからまぁ大丈夫でしょう。加勢するわ。そっちの非
戦闘員は下げて」
「お、おう」
ダンの呟きにグレンとライナが、武器を魔法陣を構え描いて言った。──始まる。どうや
ら先程のフィデロの一撃で影自体が消え、ヴェスタの呪縛が解けたようだ。肝心のレナは勿
論、レジーナやエリウッド、運転手らをジーク達は急いで逃がし、構える。
「……後悔しますよ?」
「全く。嬢ちゃん一人連れて来るだけの筈が、こんな事に……」
まだ動ける部下を叩き起こし、再びヴェスタとダーレンが襲い掛かった。それをグレンと
ライナ、及びフィデロとシンシアが迎え撃つ。
「おい学生コンビ! 足引っ張んなよ!」
「分かってますって!」
「それよりそっちの優男に気を付けてください。影、捕られますよ!」
ぶつかる互いの剣戟、オーラ。
実質四対二だが、それでもヴェスタとダーレンは粘っていた。見るにおそらく、フィデロ
の雷光がヴェスタの《影》を掻き消せているのが大きい。
『……』
ジーク達が、レナが、その激戦のさまを唖然と眺めていた。
思いがけぬ援軍が来てくれたものだ。一方で学友がそこに加わっている分、アルスの表情
はやはり複雑だったが。
(……どうして)
だがこの場で、最も動揺し、恐怖していたのはレナであったろう。
きゅっと胸元を、強く強く掻き抱いていた。
聖女様と同じ──。本当にリュカさんのあの言葉が、自分が急に狙われ出した理由だとし
たら、お父さんやリカルド叔父さんはこの事を知っていたのだろうか?
(私の所為なの? 全部、私の所為なの? 私が、聖女様と同じ色装──魂だから……)
目の前の現実が、戦いが、それ所ではなくて焦点が定まらずにハレーションする。
痛いぐらいに鳴り響く心臓の音。その一打一打が、まるで自分を責め立てているかのよう
な錯覚すらある。
「──もう止めて」
「? レナ?」
ジークが、ステラが、皆が自分を必死になって支え、庇ってくれる。
だがそんな目の前の事実が、矢継ぎ早な出来事が、彼女の精神をズタズタにしていた。
「もう止めて! こんな戦い、必要ないのに!」
親友が目を見開いている。リンファやイヨが思わず押し留めようとしている。
それでもレナは叫んでいた。目的を通り越し、最早ただ戦っているように見える目の前の
争いに胸が引き裂かれそうになりながら。
「お願い、止めて! 教団でも何処でも行くから、これ以上酷いことしないで……!!」




