表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-70.人身御供、蒼染の鳥(ブルートバード)
11/436

70-(3) レナの涙

「……何だ。てめぇら」

 行くべき先へと立ちはだかるように現れたのは、三柱円架の黒衣に身を包んだ二人の神官

騎士だった。

 あの装束には見覚えがある。リカルド達と同じものだ。加えて左右へと、部下らしき同様

の格好をした者達がぞろぞろと現れ、展開する。

 その数、三十弱。

 鋼車に戻ろうとしたジークは、仲間達と共にこれを睨みながら向き直る。腰に背中に、既

に各々の得物にも手が伸びている。それだけ相手が明らかな害意を纏っている証拠だ。

「そこのお嬢さん──レナ・エルリッシュを引き渡して貰いたい」

「俺達が誰だか解るだろう? 無駄な抵抗は止めておくことだ」

 隊長格らしき二人、ヴェスタとダーレンが問いに答えず言った。

 一方的である。だが二人ともそれがさも当たり前で、任務であると言わんばかりだった。

ジークだけではない。ダンやステラ、エトナがむすっと唇を尖らせ、眉間に深く皺を刻んで

いた。皆を代表して、怯える鋼車の運転手らを後ろ手に遠ざけながらダンが前に出る。

「いきなりだな、おい。一応史の騎士団あんたらとは手を結んである筈だが」

「残念ですが、もう共闘関係など無理ですよ」

「ハロルド・エルリッシュも、リカルド・エルリッシュも、同じく確保します。今頃総隊長

らが押さえているでしょう」

 二人の名前、そして総隊長というフレーズに更なる緊張が走った。

 史の騎士団──クリシェンヌ教団。そのお偉いさんまでもが出張って来ているのか。

 血の気は一旦そこで退き直すかと思った。既にホームを押さえられてしまっているとした

ら状況は一層不利だ。辛うじて自分達と彼らを結んでいた拠り所も、どうやら先方の側から

ぶん投げてこようとしている。まるで全てハロルドの所為、とでも言いたげに。

「大体、何でレナなんだ? ハロルドさん達なんだ? やっぱレナの色装が」

「“聖女”クリシェンヌと同じだからですか?」

『──!?』

 だから次の瞬間、ジークが問いかけた言葉にリュカが更なる情報を乗せたことで、ジーク

達は勿論、当のレナ自身までもが思わず彼女へと目を見開いて振り向く。

『……』

 サフレやアルス、或いはクロム。

 尤も仲間達の中でも魔導や歴史に明るい者は、魔都ラグナオーツで受けた件の報告と帰路の途中で、

薄々勘付いていたようだったが。

「……答える義務はありません」

 たっぷり間を置いて、ヴェスタがそれだけを答えた。

 表情は優男なそれから殆ど変わっていない。だがそんな言い方では、言外に肯定している

のも一緒である。

 レナの瞳がぐらぐらと大きく揺れていた。ステラやマルタ、エトナ。女性陣らを中心に仲

間達が渦中の彼女を見遣り、心配するが、今はそれ一本に掛かっている場面でもない。

「レナ……」

「レナさん……」

「……。ふん」

 動揺が、一同の動きを鈍らせていた。

 そしてそんな様子も意に介さず、ダーレンが怯えた表情の彼女へと手を伸ばす。

「止めろよ」

 パシンッ。だがそれを、他ならぬジークが止めていた。

 伸ばしてきた手を払い除けて、彼女を守るように前に立ったジーク。

 その顰められた面持ちは、静かな深い怒りに満ちている。

「ほう?」

 数拍驚き、しかしニタリとダーレンは嗤った。ギチギチとその一度は払い除けられた拳を

握り締め、持ち前の体躯でもって見下ろして言う。

「いいのか? 俺達に手を上げるという事が何を意味するか、理解しているのか?」

「そ、そうよ、ジーク。相手は教団直属の──」

「ごちゃごちゃ五月蝿ぇな。てめぇらは看板を背負ってねぇと喧嘩もできねぇのか」

 リュカが拙いと止めようとした。しかしジークの売り言葉に買い言葉は止まらない。

 ダーレンの眉間の皺、血管がみるみる内に浮き上がっていくのが分かった。間違いなくキ

レている。パキパキと拳を鳴らし、隣のヴェスタは静かに小さく肩を竦めていた。

「知るかよ、んな事。何の説明もなしにてめぇらに何の権利がある? ……ハロルドさんと

リカルドさんの件も、きっと何か理由があった筈だ」

 体格差に臆することなく、ジークが彼らを見上げる。睨み返す。

 ガチャリと腰の鞘を握って軽く傾け、言う。

「……レナは、渡さない!!」

 そして、それが合図ゴングだった。二人の内ダーレンも、言外に何処かで待ってましたと言わん

ばかりに大きく嗤い、拳を引く。慌てるレナ。ジークが剣の柄に手を掛け、同じくクロムが

──かつて信仰に絶望した元信仰者として構えを取り、主への危機を察したオズまでもが

その掌の砲門を開こうとする。

「はい。無駄」

 だが……次の瞬間だったのだ。ジーク達は全員、そこからピタリと動けなくなってしまっ

たのだった。

 ヴェスタが白手袋の両手を、黒衣のポケットに突っ込んだまま哂っている。

 あたかもこうなる事を分かっていて、準備をしていたかのように。

「既に君達の“影”は掌握済みだ。最初に言ったろう? 無駄な抵抗だと」

「ぐっ……!?」

 見れば確かに、彼はジーク達から伸びる影を踏んでいた。更にそこにオーラの気配を感じ

て慌てて見氣を走らせると、そこには彼から広がるオーラが、まるで触手のように各々の影

を掴むようにしてうねっている。

「てめぇ……。まさか……」

「ああ。これが私の《影》の色装。影を晒した時点で、君達の敗北は決していたのだよ」

 ダンが皆が、必死にもがく。

 だがヴェスタが語るように既に影を掴まれたジーク達は一歩も動けなかった。更にそこへ

拳にオーラを込め、気合いの咆哮を放つダーレンが叫ぶ。

「ダーッ、シャァァイ!!」

「ぐぶっ!?」

 それは一瞬の出来事だったのだ。彼がオーラを込めた拳を一度ジークの方へ向け、引いて

やると、それまで一歩も自分で動けなかったジークの身体がぐわんと猛烈な勢いで引っ張ら

れたのだ。ダーレンはそんなジークを、さも釣り上げた魚を捉えるように全力で、殴る。

「ジーク君!」「ジーク!」「兄さん!」

「どういう事だ? ジークだけが、急に……」

「……ふん。どうだ?これが俺の《寄》の色装──オーラに引力を追加する。つまり今お前

達は自分からは動けないし、俺の拳からも逃れられないって事だよォ!」

 そしてもう一発、もう一発。引力で引き寄せ、殴って引き離し、ダーレンはジークを繰り

返し繰り返し殴打した。

 ジークの眼が白目になりかけて揺らいでいる。仲間達が、レナが叫んでいた。しかし彼女

らはヴェスタの《影》によって身動きすら取れない。

「……身の程知らずが。この俺達に、教団に歯向かうからだ。なぁ? 調子に乗ってんじゃ

ねえぞ。英・雄・クン?」

 くはっ──!? 数度目、ダーレンの拳がジークの腹にめり込む。

 やめて……。動けぬレナの目に涙が溢れた。

 何故?

 皆が苦しんでいる。皆が私の所為で、こんな目に遭っている。

(……どうして?)

 私が、聖女様と同じ?

 何故?

 何故、私が──。

「どっ……せいッ!!」

『っ!?』

「ぬぅッ?!」「ッ、しまった! 影が──」

 だがその時だったのだ。刹那、頭上から目にも留まらぬ速さで“電撃”が降ってきた。

 閃光。故に影はその光に引き剥がされる。

 思わずジーク達が眩しさに仰け反った。ダーレンもヴェスタも、左右を包囲していた部下

の神官騎士達も手で庇を作り、しかしその爆風じみた威力の前に吹き飛ばされる。

「……ふう。何とか間に合いましたかね、お兄さん?」

「アルス、無事!? た、助けに来ましたわよ!」

 そしてそこに立っていたのは臨戦態勢のフィデロとシンシア。両腕に電撃のエネルギーを

迸らせる迅雷手甲ヴォティックスと、自身の持ち霊・カルヴァーキスと融合した姿である戦姫態ヴァルキリーモード。雷と炎、

二つの力が両者の間に割って入る。

「痛つつ……。フィデロ……。それに……じゃじゃ馬女」

「シンシアです! シンシア・エイルフィード!」

「助けに来たって……。だ、駄目だよ! この人達は──」

「はん。分かってらあ」

「でも私達にだって、通す筋ってものはあるでしょう?」

 更に加勢に躍り出たのは、インパクトの瞬間炸裂する大剣と、強力な磁気に巻き上げられ

る神官騎士達の得物だった。

 正義の剣カリバー副司令グレン・サーディス及びライナ・サーディス。状況は思いもしない形とメン

バーによって一気に覆される。

「ちっ……。てめぇら、本気か?」

「厄介ですね。追い掛けて来ましたか。総隊長とミュゼ君は、一体……」

 部下達があちこちに倒れ伏した中で、ダーレンとヴェスタがのそりと起き上がっていた。

 黒衣が所々破れている。ダメージが無かった訳ではない。だが相手も相手で、この奇襲の

みで仕留められてはいなかったようだ。

 忌々しく、ぶつぶつと。状況の変化に、二人の隊長格はじっとこちらと距離と取り直して

身構える。

正義の剣カリバーの……。あんたらも来てたのか」

「ああ、特務軍の件で諸々な。こっちのガキどもは途中で拾った」

「ホームはヒュウ兄や“青龍公”がいるからまぁ大丈夫でしょう。加勢するわ。そっちの非

戦闘員は下げて」

「お、おう」

 ダンの呟きにグレンとライナが、武器を魔法陣を構え描いて言った。──始まる。どうや

ら先程のフィデロの一撃で影自体が消え、ヴェスタの呪縛が解けたようだ。肝心のレナは勿

論、レジーナやエリウッド、運転手らをジーク達は急いで逃がし、構える。

「……後悔しますよ?」

「全く。嬢ちゃん一人連れて来るだけの筈が、こんな事に……」

 まだ動ける部下を叩き起こし、再びヴェスタとダーレンが襲い掛かった。それをグレンと

ライナ、及びフィデロとシンシアが迎え撃つ。

「おい学生コンビ! 足引っ張んなよ!」

「分かってますって!」

「それよりそっちの優男に気を付けてください。影、捕られますよ!」

 ぶつかる互いの剣戟、オーラ。

 実質四対二だが、それでもヴェスタとダーレンは粘っていた。見るにおそらく、フィデロ

の雷光がヴェスタの《影》を掻き消せているのが大きい。

『……』

 ジーク達が、レナが、その激戦のさまを唖然と眺めていた。

 思いがけぬ援軍が来てくれたものだ。一方で学友ともがそこに加わっている分、アルスの表情

はやはり複雑だったが。

(……どうして)

 だがこの場で、最も動揺し、恐怖していたのはレナであったろう。

 きゅっと胸元を、強く強く掻き抱いていた。

 聖女様と同じ──。本当にリュカさんのあの言葉が、自分が急に狙われ出した理由だとし

たら、お父さんやリカルド叔父さんはこの事を知っていたのだろうか?

(私の所為なの? 全部、私の所為なの? 私が、聖女様と同じ色装──魂だから……)

 目の前の現実が、戦いが、それ所ではなくて焦点が定まらずにハレーションする。

 痛いぐらいに鳴り響く心臓の音。その一打一打が、まるで自分を責め立てているかのよう

な錯覚すらある。

「──もう止めて」

「? レナ?」

 ジークが、ステラが、皆が自分を必死になって支え、庇ってくれる。

 だがそんな目の前の事実が、矢継ぎ早な出来事が、彼女の精神をズタズタにしていた。

「もう止めて! こんな戦い、必要ないのに!」

 親友ともが目を見開いている。リンファやイヨが思わず押し留めようとしている。

 それでもレナは叫んでいた。目的を通り越し、最早ただ戦っているように見える目の前の

争いに胸が引き裂かれそうになりながら。

「お願い、止めて! 教団でも何処でも行くから、これ以上酷いことしないで……!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ