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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-83.真相(ことわり)に抗う者達
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83-(1) 魔器

 目の前で起こった一部始終に、思わず唇を噛む。

 ハウゼンを助けるべく突入したジーク達の前に立ち塞がったのは、この二年で独自の力を

つけた元使徒ヘイトと、黒塗りの剣によって大蛇の異形になってしまったハーケンだった。

 思わず見上げるほどの、全身濁った緑色の巨体。

 その体表面のあちこちから、悲鳴のような怒号のような声を吐き出す無数の口と、虚しく

空を切り続ける痩せぎすの腕達。

 目は、頭は、一体何が起こったのかすぐに理解することを拒むようだった。この雑多な叫

びに耳を傾け過ぎていれば、こっちまでおかしくなってしまうような気がして。

 そして雄叫びを上げ、異形と化した王子──サーペント・ハーケンがぐんっと大きくその

尻尾を振り上げた。ジーク達が、ハウゼンがハッと我に返り、この強靭な一撃を飛び退いて

大きく屈んでかわす。

 さして頑丈でもない会議室の床は、テーブルは、あっという間に陥没して粉々になった。

部屋の骨格それ自体が大きく軋み、兵達もすっかり怯えて後退っている。何よりハーケンが

連れていた配下の兵士達も、逃げ遅れた正規軍の兵士の一部も、この一閃で綺麗さっぱりと

消し飛んでしまう。

「……敵も味方も関係なしか」

「何なんだよ、こいつは!? 王子が……魔獣に?」

「いや、厳密には魔獣ではないな。あれは瘴気を内包しているというよりは、瘴気の皮に覆

われていると言った方が正しい」

「やっぱり……さっきの黒い剣のせい?」

「そう考えて間違いないでしょうね。このままじゃ、王子の身体が……」

 ジークが二刀をぶら下げながら、しかし攻撃することも躊躇って叫んだ。イセルナの頭上

に顕れ、羽ばたくブルートがこの異形を観察しながら言う。少なくともヘイトが彼に何か細

工をしたのは確かなようだ。

「予定ではこいつを傀儡に、アトスを僕の物にするつもりだったんだが……まぁいい。順番

が逆になっただけだ。じっくりと味わうがいい。“創世器”の力を!」

「……ソウセイキ?」

 ハーケン! ヘイトが頬にまで延びた傷痕をそのままに、更にサーペントをけし掛ける。

肉塊を尚もボコボコと隆起させながら、その巨体がズザリとハウゼンに向いた。

 本体と無数の口から剥く牙。標的に向かって一斉に伸ばされる、痩せぎすの手──。

「ぬぅッ!!」

 だがその突撃を、他ならぬジークが受け止めていた。

 黒藤──巨大な鎧武者の使い魔を呼び出す六華の力で、サーペントからハウゼンを守る。

咄嗟の判断で二刀をその場に刺し、抜きながら彼の前に割り込んだのだった。

「おい、早く爺さんを! お前らも逃げろ! 一旦このデカブツを外にぶっ飛ばす!」

 えっ? 何を……。

 兵達や場の官吏、ギュンターが戸惑うのもそこそこに、次の瞬間、ジークは黒藤と動きを

リンクさせてサーペントの巨体を壁の向こう側に突き飛ばした。文字通り会議室の一角には

大きな風穴が空き、その巨体は落下してゆく。ジークも急いで二刀を回収し、返す踵で同じ

ようにこの穴から飛び降りてゆく。

 ちょうどそこは、王宮の中庭だった。つい先刻まで丁寧に手入れされた草花や植木が見る

も無惨に押し潰されてしまっている。

 ごめんな、花達──そう呑気に謝る暇さえなかった。ジークと、続いて降りてきた飛翔態

のイセルナやオズ、レナの征天使ジャスティスに乗った仲間達は引き続き相対し、サーペントはすぐにの

そりと巨体を起こし始めていた。ヘイトがふわりと魔力で宙に浮かび、その傍らに控えて哂う。

「ハウゼン王だけでも逃がすか。だがそれも、この城ごと粉微塵になれば一緒だけどな?」

「はん。させる訳、ねぇだろ」

「……来るわよ!」

 場所を中庭、先ほどよりも広い空間に移し、ジーク達はサーペントを取り囲むようにして

地面を蹴っていた。薙ぎ払われる尻尾をかわし、常に走り続ける。氷刃を飛ぶ斬撃を、銃弾

を矢を、砲撃を、魔導の光をめいめいに放つ。

 だがそんなジーク達の攻撃は、あまり効いているようではなかった。巻き上がる土煙の多

さとは裏腹に、これを払ってサーペントは唸る。多少傷は入っていたが、それもすぐにボコ

ボコと隆起する肉塊が覆って塞ぎ、治してしまう。

「……再生力は、下手すりゃその辺の魔獣なんかよりえげつねえな」

「で、でもあまり大きな攻撃過ぎても、王子様まで死んじゃうかもだし……」

 そして何よりも、ジーク達自身が、本気でこれに攻撃していなかったこともあろう。

 瞬く間に塞がってゆく傷を見て、リカルドが小さく舌打ちしながら弾を込め直していた。

クレアも五指の間に魔導のピンを挟んだまま、躊躇いの言葉を口にしている。

 そうなのだ。あの異形の中には、外皮の核には、ハーケン王子がいる。

 ジーク達はそれ故に、下手に火力を叩き込めないでいた。なまじ目の前の巨体は元人間で

ある。その一部始終を自分達は目の当たりにした。何も考えずに攻撃すれば、ブルート曰く

瘴気の皮に包まれた中のハーケンが死んでしまうのではないか? 或いはもう、侵食が進め

ば助からないのではないか?

「相変わらず甘いなあ。こいつはもう、人間じゃないのに」

 ふふっ。ヘイトが哂う。そんな彼を見上げて、ジーク達が憎々しげに眉間に皺を寄せる。

 上階の風穴からこちらを見ていた兵達が、銃を向けるべきか援護すべきかで迷っている。

奥では負傷者と、ハウゼンやミルヒを逃がすべく残りの兵や官吏が走り回っていた。

 もう一度黒藤を呼べばこの巨体ともやり合える。

 だがそれでは、中のハーケンごと斬ってしまいかねない……。

 ジークは腰に戻した太刀を一瞥して小さく舌打ちをした。挑発に乗ってしまっては奴の思

う壺だ。そんな簡単に、諦めはしないしなせはしない

「さあさあ。どうする、どうする?」

 バッと腕を払って、ヘイトはまた再三とサーペントをけし掛ける。

 また振り下ろされた尾が、中庭の地面を抉った。ボコボコと断続的に隆起し、めいめいに

叫び声を上げる無数の口と痩せぎす手の、生えては肉の中に呑み込まれてゆく繰り返しを、

ジーク達は避けながら駆ける。駆けながら、表情を歪める。

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