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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-83.真相(ことわり)に抗う者達
108/436

83-(0) 西からの号令

※旧版(現〔上〕巻)の初回掲載日=2017.3/7

 顕界ミドガルド西方の盟主・ヴァルドー王国。

 その中枢、王都グランヴァールにてとある騒乱が起きようとしていた。現国王ファルケン

に対する大規模なクーデターである。

 玉座の間にて、ファルケンは取り囲まれていた。包囲し、刃を向けているのは、幾名かの

臣下達と見知らぬ黒衣の集団──そして裏切りの元王国武官・グノアだった。

 王を守ろうとする者と、王を倒そうとする者。

 追従勢力と反対勢力が今、文字通り相対している。

「……やれやれ。またお前か」

 城内のあちこちから響く剣戟や銃声。だが当のファルケンは、玉座に腰を下ろしたまま片

肘をつき、あからさまに辟易したようにグノアを見ていた。

 守る側と攻める側が得物を構えて睨み合っている。

 クーデター派を率いるのは造反の臣下達と、今や半人半機の魔人メアとして“結社”に下った

使徒グノア。加えてそのやや左右後ろに、同じ使徒たるアヴリルとフェニリアが控えている。

「ようやく、だ。私はこの日の為に結社かれらの下に降った。鎧戦斧ヴァシリコフを渡せ。王から退き、死んで

貰う」

 グノアの最早隠さない忌々しい眼。彼の半分機械の視線はギロッと、ファルケンの左腕に

巻かれた文様ルーン入りの黒手甲──この国の聖浄器に注がれていた。

 取り巻きの部下達らがギチッと、より一層武器を握る手に力を込める。

 だが当のファルケンは、片肘をついた格好のまま何も変わらなかった。寧ろじっとグノア

ら造反者達を見つめ、小さくため息さえついている。

「はいそうですかと俺が差し出すような人間だと思うか? 少しは学習しろよ。二年前まで

はこの国で働いてた一人だろうが。兵を止めろ。今ならまだ引っ込みがつく」

「五月蝿い! 貴様のような──貴様のような人間がいるから、この世界には要らぬ戦いが

絶えないのだ! 無駄だと知れ。私達はヒトは“摂理”の一部でしかない。屈しろ。無駄な

足掻きは世に混乱を招くだけなのだ!」

 くわっと叫ぶグノア。その声色は間違いなく私怨を含んでいたのだろう。

 ルギスによって改造された義手をぶんっと横に薙ぎ、訴える。自身があの時見せられたも

のの偉大さ、途方のなさ。知ったからこそ、確信を得たからこそ、このかつての主君が突き

進む道に立ちはだかずにはいられない。

「……ふっ」

 にも拘わらず、ファルケンは嗤っていた。まるで取り憑かれたように降伏を迫るグノアを

哂うようにあくまで余裕の態度を崩さず、スッと城内に響く戦いの音に目を細めている。

「な、何がおかしい!」

「何がって……お前のその必死さだよ。お前がこの国を裏切った時にはもう分かってた。ま

さか反発してくる奴がお前一人で終わるだなんて本気で思っていたのか? 一応これでも、

悪役を演じているにくまれやくの自覚はあるんだぜ?」

 何を──。嗤って屈する素振りも見せないファルケンの言葉に、グノアや元臣下達が戸惑

いの表情を漏らした、その時だった。それまで乱雑に響いていた戦いの音が、ふとした瞬間

に一挙に定型のリズムを以って刻まれ始めたのである。

 反撃。その事実にグノア達が気付いたのは、数拍後の事だった。だが状況は既に思わぬ形

でひっくり返されることとなる。

「グノア様!」

「て、敵襲です! 城内の各ポイントを制圧していた部隊が、次々と崩壊を!」

「ヴァルドー軍の新手と思われます! 突然、何もない所から現れて……」

「何……?」

 大慌てで、ボロボロになりながら駆け込んできた黒衣の兵士──“結社”末端の兵達。

 その報告にグノアが、そしてそれまで傍に控えていたアヴリルとフェニリアが眉間に皺を

寄せた。そっと口元に手を当て、指先に小さく火を点し、いつでも戦えるように動き出す構

えをみせた。

『──』

 その、次の瞬間だった。ファルケンの周りに新たに十名ほど──紛れもなく空間転移して

きた武官達が突如として現われ、場のクーデター派配下の兵達を蹴散らしたのだった。堅い

鎧に身を包んだ戦士から大太刀を担いだ剣士、スリットの入ったドレスを着た女魔導師まで

その姿は十人十色である。

「!? これは……」

「紹介するよ。俺直属の将達だ。魔人どうぞくなのは……視れば解るよな? この二年で集めた。名

前はそうさな……“王の牙”って所か。いつまでもお前らの専売特許にしておく理由もねぇ

だろ?」

 眼を見開くグノア達。彼らは皆、使徒らと同じ魔人メアだった。

 斧を太刀を、弓を杖を構えてファルケンを守るように陣形を組む十人の将。少なからずの

味方を弾き飛ばされた黒衣の兵や反乱軍の面々が、じりっじりっと後退する。

 加えて城内──玉座の間以外の戦いの音が更に激しくなった。“牙”達配下の援軍がクー

デター派を押さえ、勢力を盛り返してきたのだ。元より効果的にと、城内の要所へ重点的に

兵力を分配していた作戦が、却って互いの兵力を分断する結果となったのだった。

「ぬぅ……ッ。おのれ、おのれおのれおのれェ!! この期に及んでまだ抗うか!? ファ

ルケン・デュセムバッハ・ヴァルドー!!」

 狂ったようにグノアが叫ぶ。スッと、アヴリルとフェニリアが言葉少なく目を細める。

 ファルケンは嗤っていた。この二年で新たに従えた魔人メア部隊“牙”達を率いて尚も玉座に

着く。

 そして彼はパチンと指を鳴らした。予めこうした事態に備えていたのだろう。それを合図

にしたように中空に幾つものホログラム──通信映像が現れ、彼の不敵な笑みを映す。

「あー、あー。世界の皆よ、聞こえるか? 俺はヴァルドー王国国王ファルケン。この映像

が出回ってる頃には、また“結社”が面倒を起こしているだろう。さっさと始末はつけるつ

もりだが、一つお前らに言わせてくれ」

 既に王宮から上がる剣戟と幾つかの火の手。その不穏と実害が少しずつやや同時並行的に

城下町にも及び始め、導信網マギネットを通じて領民から世界へと発信され始めていたその頃、ファル

ケンは言葉を放った。不安とまだ対岸と。人々のおもむろに上げた顔、瞳に映るかの王の姿

は、まるで対照的に決して折れぬ強さを持っているようにも見えた。

「知っての通り、俺達は“結社”というデカい敵と戦っている。今もちょうど、うちの馬鹿

が面倒を持ち込んできた所だ。この二年、いやもっとそれ以前から、皆はこいつらの影に怯

えてきたと思う。何にしたって関わりたくないだろうと思う」

 映像は二度三度、グノアやクーデター派の臣下達、きょとんとし、或いは訝しげなアヴリ

ルとフェニリアの表情かおを映した。もう一度ファルケンに戻り、彼は続ける。

「だが、俺達について来い。ついて来てくれ。ただ強制はしない。結局はお前らの自由だ。

平凡を選ぶならそれに相応しい安穏を、もしリスクを恐れないならその“背中合わせ”にあ

る報酬を用意する。ヒトはヒト以上ではないが、だからといってヒト以下に堕ちるべきでは

ないと俺は考える」

 人々は目を瞬いていた。或いは逃避し、俯き耳を塞いでいた。色んな人々が生きていた。

「──戦い続けろ。俺達は、準備ができている」

 ニッと嗤い、少し間を置いた一言。

 それは多くの人々にとって、彼の強気の発言、改めてのアピールなのだろうと思われた。

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