82-(5) 反転
しかし、事件は起きた。生じた大きなうねりに追従し、巻き込まれるその他多くのうねり
が存在しない筈はなかったのだ。
「レプリカの情報が漏れた!?」
式典自体が一通り終わり、ハウゼンら政府関係者もジーク達も、王宮内でホッと一息をつ
いていた頃。
突如として導信網上に、式典で使われた二振りがレプリカ──偽物であるとの情報がリー
クされたのだ。しかも何者かの暴露はそれだけに留まらず、人々を騙した不義を責める文言
と、そもそも本物はとうに奪われているのではないか? という疑惑まで書き込まれる始末。
「よくも……よくも騙したな!」
「許せない! 数刻前の喜びを返せ!」
「……失望した。ハウゼン王、貴方だけは信頼できる王だと思っていたのに……」
はたして、情報は一気に拡散する。
気付けばリークされた真実に、掌で踊らされたことへの怒りに燃え、大勢の市民達が抗議
の声を上げながら王宮前に殺到し始めていた。数刻前には厳かに、そしてその実安堵の象徴
となっていた式典会場の広場には、今や無数の怒号が響き渡っている。
「これは、拙いことになったな……」
ジーク達やハウゼン王、ミルヒなどが集まった王宮のサロンで、同席するセドがごちた。
用心の為に取った手が完全に裏目に出た形だ。次から次へと報告に走ってくる官吏達から
聞かされる城外・市内の様子に、皆の表情がみるみる内に険しいものになっていく。
「イセルナ。これは」
「ええ。“結社”の工作でしょうね。暴露のタイミングといい、人が集まるまでの手際の良
さといい、準備が良過ぎるもの」
「くっそ! 道理で式典中に何もなかった筈だぜ……」
ハロルドが団長を見遣り、まさかと思った可能性はほぼ確信に変わる。
一方でジークはガシガシと髪を掻き、頭を抱えていた。妙に大人しいとは思っていたが、
こんな搦め手を使ってくるとは。どうも嫌な予感というものは当たってしまうらしい。
「お父様……」
「……会見の準備を。皆の誤解を解かねばならん」
くしゃっと表情を顰めるミルヒ。娘の漏らす不安に、暫く思案するように黙っていたハウ
ゼンがそう命じつつ立ち上がる。
はっ! 官吏や大臣らが急ぎ敬礼し、慌てて部屋を出てゆく。どうやら悠長にしている暇
はなさそうだ。情報を隠し、こちら側の弁明が遅れれば遅れるほど、巷に流れた虚偽の噂は
本物になってしまう。
「すまないな。ハクアとコウアを渡すのはもう少し後になりそうだ。騒ぎが治まるまでお主
らは王宮内に居てくれ。……私達のミスだ」
『……』
ごくり。ジーク達は息を呑み、従うしかなかった。寧ろ自分達が彼らの矢面に出てしまえ
ば、この国の王器を引っ掻き回した“犯人”として叩かれかねない。
勿論、元を辿れば“結社”の存在がこのような事態を招いているのだが……そのような事
情は多くの、感情的になってしまった市民達には届かないのだろう。
「ああ。分かった」
「どうか、お気をつけて」
こうなれば素直にレプリカで代用したことを、警備上の用心だったと侘び、本物を改めて
人々の前に開帳する他ないだろう。尤もそれはそれで危険だし、疑いを持ってしまった彼ら
のどれだけがすんなりと矛を収めてくれるかだが。ジークやイセルナ、一同は肩越しに詫び
るハウゼンを責めることなどなく、ただ早期にこの混乱が治まるよう願う。
「ジーク皇子! イセルナ殿!」
だが、ちょうどそんな時だったのである。サロンを足早に去ったハウゼンらとまるで入れ
違いになるように、ハーケンが部下達を率いて現れ、酷く慌てた様子で近付いて来た。
「? どうしたんだ?」
「陛下ならさっき、人々の説得に──」
「ええ、分かっています。それよりも至急皆さんに報せねばならない事が……。つい先刻、
ヴァルドー王都グランヴァールにて、クーデターが勃発しました。反ファルケン王派の軍勢
が王宮や都内を取り囲み、進軍を始めているとのことです。それに、まだきちんと確認が取
れた訳ではないのですが、中には黒衣のオートマタ兵も交じっているとの報告が……」
『──ッ!?』
「何ぃ!?」
息を切らせて話し、数度身振り手振りするハーケン。
その情報に、ジーク達は思わず目を見張った。弾かれるように立ち上がり、硬直し、同席
していたセドもまた青褪める。
「クーデターって……。そりゃあ、あのオッサンならありそうだけども……」
「そ、それ、本当なんですか!?」
「デマにしては悪戯が過ぎるだろう。……確認した。まだ少数だが、導信網にも情報が上が
り始めている」
思わず立ち上がり、しかしキョロキョロと皆を見渡して戸惑うジーク。レナも不安そうな
面持ちを隠せず、嘘であって欲しいと願い、されどハロルドが努めて冷静であろうとしなが
ら取り出した携行端末で真偽のほどを確認していた。
「黒衣のオートマタ──“結社”が絡んでいると?」
「可能性は高いと思われます。ヴァルドーも十二聖ゆかりの聖浄器を有する国ですから」
「鎧戦斧か」
「大都消失事件ノ際、自ラ使ッテイタ物デスネ」
「とにかく急いでください。このままでは聖浄器が奪われてしまう……。それに万一あの国
が、四盟主の一角が落ちるような事になれば、統務院の──特務軍存続の危機です。こちら
の対応は我々に任せて、皆さんはヴァルドーへ! 奴らを追い払ってください!」
「お、おう……!」
焦り、口調が激しくなっていくハーケンに気圧されるようにして、ジーク達は動き出して
いた。互いに顔を見合わせ、頷き合い、この波状攻撃に対抗するには今すぐ打って出るしか
ないと唇を結ぶ。
「急ごう。ルフグラン号へ!」
「ああ。そっちは頼んだぜ、ハーケン王子!」
「はい!」
慌しくも手早く、それぞれに腕の転送リングに魔力を込めて。
ジーク達は一斉にサロンの外へと駆け出しながら、転移の光に包まれてゆく。
「──た、大変なんです! 町の中に、突然軍勢が!」
ダン達が集まる応接間に転がり込んで来たのは、敵襲の報せだった。
何でもいきなり翠風の町市中のあちこちから黒衣のオートマタ兵や魔獣達が現れ、人々に
襲い掛かったのだという。異変に気付いた守備隊が慌ててこれに応戦していったものの、虚
を突かれた状況には変わらないらしい。
目を丸くして、青褪めるアルノーやルーシェ達。ダン達南回りチームの面々は、驚き舌打
ちしつつも、次の瞬間には半ば自ら弾かれるように駆け出していた。
マルセイユ邸──執政館の坂を駆け下り、市内へ。そこは既に拡大する地獄と化し始めて
いた。オートマタ兵や魔獣に襲われ、傷付いた人達が守備隊員らに運ばれている。しかしそ
うして人々を庇いながら戦おうとすれば、どうしても劣勢にならざるを得ない。
この……外道どもがッ!!
ダン達は、駆け抜けてゆくその道中の光景に唇を噛み、怒りを眼に宿して、この軍勢の中
心部へと急ぐ。
「やあ。来たかい」
「思ったより早かったな。チッ、もうちょっと暴れられると思ったのによお」
はたして──いや、他にいる筈もない。
“結社”だった。この二年で更に強化されたオートマタ兵や狂化霊装、手懐けた魔獣達な
どを率い、フェイアン・バトナス・エクリレーヌの使徒三人組がダン達を待ち構えるように
立ち塞がったのだった。
「てめえ……」
「よくも、無関係な町の人々を……!」
「知ったことかよ。俺達は任務通りに動いただけだ。呪うんなら、ここ一週間屋敷ん中に引
き篭もってた自分達を呪うんだな」
剣に斧、槍、拳に魔導。
ダン達八人とフェイアンら“結社”の軍勢。ざらりと瞬間抜き合った得物が、触れてもい
ないのに不快な音を立てて響き合った。
義憤のままに武器を握る手に力が籠もる。だが当のバトナスに至っては、開き直ってまる
で悪びれる様子はない。寧ろ破壊行為を愉しんでさえいるように見える。
「おっと。下手な動きはしないことです。市内の部下達が彼らを攻撃しますよ? 封印解除
ご苦労様でした。天瞳珠ゼクスフィア……渡して貰いましょうか。あくまで今回は、その回
収に来ただけなのでね」
ヒュウッと這い寄るような冷気の筋が幾つも伸び、フェイアンのサーベルの切っ先が一同
に向けられて止まった。眉間に皺を寄せ、しかし現在進行形で町の人々が巻き込まれている
この状況──人質化している今では、迂闊に斬り込めない。守備隊の面々を寄せ集めても、
圧的に人数が足りない。
「クロおじさん……。戻って、来ない?」
「あー、止めとけ止めとけ。こいつはもう裏切り者だ。俺達以上に何が“正しい”のか知っ
てる筈なのに、奴らに靡いたんだ。教主様が許しても──俺が許さねえ」
魔獣達を率い、継ぎ接ぎだらけの人形を胸元に抱え、エクリレーヌがかつての仲間だった
クロムに問い掛ける。しかしそれはすぐに傍らのバトナスに押し留められた。少し困ったよ
うに苦笑いながらも、当の彼に向けられた眼は完全なる敵意だ。
「……」
無言。クロムはダン達の側に立って拳を握ったまま、じっと彼らを見ていた。
刈り上げた短い髪と浅黒い肌、隆々とした身体にややゆったりめに巻いた僧服。一見すれ
ば些末な変化だが、この二年で変わったものはもう元に戻ることはない。
「まさか持ったまま逃げる、なんてことはしねえよなあ? 話は聞いてるぜ。お前ら、この
二年の間に俺達の転移網を真似したんだろ? ……殺すぜ。もしそんな軟弱な選択をしよう
もんなら、この町の連中、一人残さず」
「──っ」
解ってはいた。狂犬なのだ。
それでも半ば反射的にきゅっと唇は結ばれ、両者は睨み合う。
一方その頃、クリスヴェイル城内では、兵を率いたハーケンが領民らに向けた会見準備を
進める父・ハウゼン達の下へと近付いていた。不穏な足音が響いていた。
「……ふっ」
しかしである。暫く睨み合っていたその直後、ダンが小さく口元に弧を描いた。ステラや
グノーシュ以下他の仲間達も同様である。
「まさかお前ら、俺達が今日ここまでで何の策も無しに来たと思ってんのか?」
「? 何を──」
その、次の瞬間だった。突如遠くから無数の足音と剣戟の音が聞こえ、ザザザッと、フェ
イアンがしていた胸ピン型の通信魔導具に激しいノイズと悲鳴交じりの声が届く。
『フェ、フェイアン様ぁ!』
『こちら信徒ヴォーゲン、及び信徒ルビオ! て、敵襲です! 新手の敵が我々を……!』
「何だと? 馬鹿な。この町には私達以上の兵力などいない筈──」
『い、いえ。援軍です! 敵の援軍が突然……』
『しっ、執政館の中から次々と……! きゅ、救援をーッ!!』




