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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-82.願い蝕む器がゆえに
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82-(0) 旧時代の想い

※旧版(現〔上〕巻)の初回掲載日=2017.2/7

 古界パンゲア北方を横断する大山系・竜王峰。

 その中腹に居を構える城塞都市・白咆の街(グラーダ=マハル)──自身が治める領地の屋敷で、ヨーハンは報

告を受けていた。

「……そうか。彼女達は無事、翠風の町セレナスに着いたんじゃな」

『はい。大よそ一週間ほどになりますか。予め根回しを行ってあったようで、到着後は全員

マルセイユ邸に滞在しています』

 執政館内の赤絨毯の一室。以前、ジーク達が彼と会談した場所だ。

 そこで変わらず彼はロッキングチェアに座り、中空に浮かぶホログラム映像──通信越し

に語るセイオンからの情報を聞いていた。その周りには数人、近しい側近達や普段身の回り

の世話をして貰っている使用人らが控えている。あまり詳しい事情までは聞かされていない

のだろう。彼らは皆、ピンと緊張した様子ながら、少なからず頭に疑問符を浮かべているよ

うにも見える。

「一週間か……。順調にいけば、そろそろあやつの書庫に辿り着いておるかのう?」

『おそらくは。伊達に冒険者ではありませんし、アルノー殿の案内があるのなら既に文献の

解読が進んでいる頃かもしれません』

「うむ。送り出した側とはいえ、あまり近寄って欲しくはなかったがの……」

 キィ……。ロッキングチェアを揺らして、ヨーハンは軽く掌で額を覆いながら天を仰いで

いた。映像越しのセイオンも沈黙している。同家重鎮の一人として、今回彼らが自分達を訪

ねて来て以降の動きを追っていたことは勿論、何より彼らに示唆したものの正体をヨーハン

より知らされていたからだ。

「……」

 具体的に何処まで踏み込んであれが書かれているのか、ヨーハン自身、全てを検めた訳で

はない。だが多少なりとも知っていたから、あの時代を生き、先人より続いてきた想いと真

実に触れた一人だからこそ、あの時自分は安易に聖浄器を渡す気にはなれなかった。

 その誕生に込められた秘密。

 故にその力を狙う“結社”の存在。

 先ずは知るべし──現状彼らは敵よりも本当の事を知らなさ過ぎると感じ、だからこそ友

の書庫へと誘ったのだが、はたして彼らが自分達と同じ結論に至るのかは疑問だ。

 もう使われるべきではない。戦いに酔うべきではない。

 ただ、今だけは……。

 そうやって彼らもあの戦争ひびと同じく正当性りゆうをつけ、使い続ける選択をしたのなら? 例外

が広がり続けるのなら?

 自分の示唆は、はたして正しかったのだろうか。もっと頑なに、きちんと訳を話して諦め

させるべきだったのだろうか。

『大爺様?』

「ん……。すまんかったの。また彼女達に動きがあれば、知らせてくれるか? 七星の務め

に忙しいお前には悪いが」

『いえ……。大爺様の命とあらば、是非もありません』

 そうか。ロッキングチェアに腰を下ろしたまま、ヨーハンはフッと自嘲わらった。

 この玄孫が生真面目な人物である事は分かっているが、やはり心が痛み、寂しい気持ちに

なるのは否めない。どれだけ英雄だの、生ける伝説だのと呼ばれようが、誰もその過去の為

切り捨てたはらったもの達のことを想いはしない。

 では、これで──。数拍沈黙があり、やがてセイオンは通信を切った。中空のホログラム

映像はプツンと消えて、室内にはただぱちぱちと暖炉の薪が燃える音だけが聞こえる。傍ら

に控えていた側近達の心配そうな様子・気配が手に取るように分かるようだ。

 十二聖の中でも、当時あまり深く考えなかった自分でさえ、今やこんな有り様だ。

 その代わり、と言っては何だが、あの頃からひたすら思慮の人であったリュノーともの心中は

想像を絶するものであったろう。

 ……あれから、何度悔やんだことか。何度、もっと彼に手を差し伸べてやれなかったのだ

と自責の念に駆られたか。

 他人は自分達を“英雄”だと云う。だがその為に犠牲にしたものは、あまりにも大き過ぎ

たのではないか? 年寄の癇癪と言ってしまえばそれまでだが、自分達はその“大義”の為

に突っ走り過ぎたような気がする。にも拘わらず、奇しくもそのツケが今“彼ら”の逆襲を

生んでいるのだとすれば……。

(リュノー。お前は何処まで知っていた? 知っていて、何処までを墓に持って行った?)

 ギシ。ロッキングチェアに深く、二度三度と座り直す。静かに体重を掛けて長い嘆息をつ

きながら閉じられた空間の頭上を仰ぐ。

 側近達が、その心中を量り切れる筈もなく戸惑っていた。互いに顔を見合わせ、言葉なく

眉根を顰めている。

 遥か遠くの故郷で、これから本格的に雪に閉ざされてゆく天然の要塞の中で、ヨーハンは

ただ煩いの増す余生を迎えるしかなかった。取るべき“清算”に、躊躇い続けていた。

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