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ルナティック・ダンスホール  作者: はち
project.Cancer
9/38

☆悪意と喜劇

 最初は無視をした。しかし、彼らの吐く息は恐ろしい程に臭い。飲み屋から流されるムワッと香り立つ排水溝の臭い。それに近かった。息がかからぬよう顔を背ければ、彼を囲む集団と目が会う。集団と集団の隙間、ガラス越しに見えるコンビニ店員は店外の事は関係ないと言いたげにソッポを向いていた。


「無視するなよー。俺、泣いちゃう」


 リーダー格と思しき男の演技がかったセリフに周囲がドッと笑う。馴れ馴れしくカグヤの肩を抱いた。彼もまた吐く息が臭い。カグヤは眉間に皺を寄せ、目を細めた。


「ケーカイすんなって。別に変な事をするわけじゃないし。俺は、ちょーっと提案をしに来ただけなんだからサッ」


 そう言うと、一人の男がスマートフォンをカグヤに差し出した。画面に映るのはボディーラインが強調された服を着た若い女性。出るところは出ており肉付きも良い。顔立ちは大変よく上玉だ。

 カグヤの視線が男の顔と女の画像 交互に動いた。この手の類は全くもって興味が無い。無視を貫き通そうと思ったが、光成の言葉が彼をこの場に留める。

 日本の夜は、「知恵の無い者」を獲物とし

       「隙ある者」を餌食とする。

 なるほどと納得した。そして、これが彼の危惧していた事なのかと理解する。知恵が無く、隙が多い人物とはいかなる者かを認識した。

 光成の忠告に従うなら、一刻も早くコンビニに入り助けを呼ぶべきであろう。しかし、彼はその選択肢を選ばない。むしろこの現状を楽しむ方向へ舵を切る。


「こ、この人と知り合いなんですかぁ」


 カグヤは頬を赤く染め、裏返った声で問いかける。女性経験の少ない男特有のコシの無さ。コンプレックスを投げ捨てたい思いを隠さない勢いは、男達の加虐心に火をつけた。

 彼らは女性の裸体画像を何枚もカグヤに見せ付ける。画像を見せ付けるたび「おぉおおお。おおおおおお!」と興奮する声に心地よい気分となる。「童貞め」と心の中で彼を小馬鹿にし、ヒヒヒと卑しい声で彼を評価した。


「そうだぜぇ。こーんな人滅多にいないだろぉ。彼女がさー。どーしてもオニーサンみたいな人がタイプって言うからなー」


 彼らは黄ばんだ歯をカグヤに見せる。スマホをズボンに捻りこみ、代わりに掌を彼に見せる。

 その意味を察するや否や、カグヤは困った指で四本指を立て、返事をする。

 相手方もカグヤの返答に渋い顔を浮かべた。靴を舐める男が(童貞)反抗してきた。軽んじていた男の態度としては不快。皆、互いの顔を見合わせ目で打ち合わせをする。

 言葉は無くとも、結論は一致した。

 金が無ければオとせば良い。オとせる価値をカグヤに見出した。不承不承といつ具合で彼らは首を縦に振った。成立の証として硬い握手が交わされる。


「おし。兄さん。善は急げだ」


 集団の足が動き始める。カグヤに逃げられないよう、四方は囲まれていた。


「あのぉ、どこへ向かうのですか?」

「あー。少し行ったところにあるラブホ街だよ。行った事あるか?」


 カグヤは小さくはにかみながら「いいえ」と返した。素直な男に誰かが親しみを込めて肩を叩いた。


 


 不逞輩の姿は闇夜へ消えていく。コンビニ店員は災難を免れたことに安心し、心から深い息を吐く。

 鮮やかなネオン街の果て、薄汚い路地でカモは狩人に仕留められる。このような喝待つを店員は経験則で理解する。明朝の申し送りノートに書こうとペンを持った時、カモの顔の違和感を思い出した。オドオドと怯えるような表情を浮かべながら彼の表情は愉悦に染まっていた。これから訪れる初めての性交渉への期待ではない。


「あれは、釣り人の顔だ」


 時間をかけ、魚がヒットした時の顔。毛穴から闘争心が湧き出し必ずモノにするという人間の野生味が溢れる一瞬。そこで違和感を理解した。

 カモは釣り人 狩人は魚。

 彼は、ペンを机に置いた。ブルリと身の毛がよだつ恐怖。忘れよう。忘れようと自分に言い聞かせる。


(俺、見ちゃいけないものでも見たかもしんない)


 コンビニの入り口から音楽が鳴る。ビクリと体を震わせ、入り口を見た。そこには残業上がりと思しき中年男性が立っていた。


「い、いらっしゃいませー」


 彼は何事も無かったかのようにレジへ戻る。ビニール袋を弄る指は未だに震えていた。







「あのぉ。キレイなお姉さんってここにいるのですか?」


 カグヤが連れてこられた場所は、オシャレなラブホではなかった。コンビニ店員の予想通り、路地裏の奥だった。汚水の臭いが酷く鼻につく。届く光は弱弱しい星の光。

 このような場所はあの上玉の女には似合わない。女とて場所を選ぶ権利はある。カグヤの問いに対する沈黙が答えだ。

 彼は溜息をつき後ろを振り返る。とっくの昔に出口は塞がれていた。クッチャ クッチャと口の中で弄ぶガムの音。理性無き目がカグヤを捉えている。


「おやまぁ。どこかでスイッチが入ったのかい」


 彼は肩を竦め辺りをグルゥリと見渡す。誰も彼も顔は同じ。理性は無い。正気はどこかで奪い取られた。

 仕方あるまい。彼らは連続失踪事件のコピーキャットにすぎない。コピーキャットは功を急ぎ牙を剥いた。


「目的は見え見え。接近する理由が不自然だもんなぁ。ま、そう仕組まれてたんだろうけどよ」


 彼はクツクツと咽を震わせ笑う。


「俺が欲しかったんだろう?」


 もはやカグヤの中に媚びる姿は無い。舞台は変わったのだ。

 カグヤは人差し指の腹を口の中に突っ込み、そのまま噛み千切った。ガリッと歯のぶつかる音の後、ジュワッと血が滲み出す。

 歯の隙間から零れる血の臭い。男達の身体は小刻みに震えだした。


「あぁ、違う。俺が欲しいんじゃなくてコレが欲しかったんだろう」


 天に掲げる人差し指。男達の理性無き目はごく少量 男の血液に注がれていた。目に光が灯り、獣の如く吼える。狼の遠吠えの声はこの場の異常性を示す。男達は群れだ。誰かが動けばソレに続けと一斉にカグヤに襲い掛かる。


()()()()()()()()()()


 低い声にあわせカグヤも動き出した。

 ギラリと光る目が捉えるのは真正面から飛び出す巨体。

 彼には、男らしく顔面に拳を沈めた。周囲が邪魔なので、彼の腕を一本掴み、ハンマー投げのように体を振り回して放り投げた。着地点にはご丁寧に動物がいた。巨体を避けられず哀れにも下敷きになった。


「ストラーイク♪ ってかなぁ?」


 機嫌よく口笛を吹く。余裕ある仕草は残った獣の感情を逆立てる。

 辛抱ならんと背後から飛び掛る。血液が付着している人差し指を千切ろうと手首を掴む。

 カグヤはニィと歯をむき出しにする。背後を振りかえることをせず、男の両鼻の穴に人差し指と中指を入れた。

 ボールを地面に叩きつける要領で頭から地面に突っ込む。人間の鼻の耐久性はボールよりも脆い。ブチブチと肉がちぎれる音。額から耳障りな音が響き渡る。

 痛みはあるのだろう。彼は、泣き叫びその場でのた打ち回っていた。

 ダラダラと流すのは銀色の血液。

 久々に見れた月の血液にカグヤの興奮は脳天を駆け巡る。興奮のボルテージは高まり、顔を引っかき笑い声を上げると、のた打ち回る男の頭を踏みつけた。

 ダンダンと音の音、グチャグチャと水が飛ぶ音がする。

 靴に

 ズボンに

 床に

 銀色の液体は付着する。


「いいぜぇ。いいぜぇ。来いよ。来いよおおお。もっとかかって来いよおおおお。俺はなぁ、俺はなぁああああ。ガマンしてたんだぜ。したくもねー演技をしてなぁ、テメェらみたいなクソにまで演技をしてなぁ。ああああああ。ガマンしてもう限界だったんだ」


 そう言うと、男の頭から足を離す。そして、己の力を誇示するようコンクリート壁に拳を叩きつけた。ドンッと地響きのような音を立て、ボロボロと破片が地面へ落ちていく。彼は犬歯をむき出しにしニィと笑った。


「我慢できねぇ。限界だ。女とのセックスで満足できねぇ体だ。そうだよ。かかって来いよ。俺の血が欲しければ、俺を満足させろよ。俺を狂わせるような暴力で俺にかかって来いよ。なぁ。なぁ。なあああああああ」


 今までの鬱憤を晴らすよう、クレーターの出来た壁からコンクリート塊を引きずり出す。人間離れした強力(ごうりき)。彼の足元で伸びていた男の指が動く。しぶとい肉体にカグヤは機嫌を良くした。だからご褒美にその体を蹴り、仲間の元へ返してあげた。

 一言も発しない男達。唸り声を上げ、威嚇するようカグヤを睨みつける。

 彼らはまさしく狂った駄犬。人間の体が損傷しても出来の悪いゾンビの如くしつこく襲い掛かる。腕があらぬ方向に折れ曲がっても、カグヤを狙い続ける。痛みはある。その証拠に彼らは鳴く。けれども、動かなければならない。痛みを堪えても欲しい()()が目の前にぶら下がっている。

 伏す仲間の体を蹴りあげまた一人カグヤに襲い掛かる。


「忘れてた。ゴミはゴミ箱へ。ってなぁああああ」


 カグヤは楽しそうに呟き、灰の入った空き缶を男の口の中に押し込んだ。モゴモゴと口を動かす姿を鼻で笑い、やけに大きい丸い鼻をコンクリート塊で叩きつけた。


「そうそう。出る釘は打っといたぜぇ。少しは見ごたえのある顔になったんじゃねーの」


 男の鼻から噴出する銀色の液体。彼はその場で足踏みをすると大の字になり地面に倒れこんだ。顔には苦悶の表情は一つも無い。

 カグヤは笑いながら肉体を破壊する。肉が千切られ、骨の折れる音。痛みを表現する動き。渇望していた破壊衝動が満たされていく。自分の顔面に、拳をたたきつけられ、地面に膝を付いても問題ない。体を走る痛みは生きる証なのだ。

 堪えていた衝動が満たされる快感。強烈な快感に脳内の回路からこげた臭いがする。眦から零れる透明な液体に気づきもせず、彼は拳を振るった。

 そうしなければ、彼の理性はどこかへ消えてしまいそうだった。


挿絵(By みてみん)

イラストは三ツ葉きあ様よりいただきました!

ウサギ印の暗殺屋~13日の金曜日~

オススメはヒロインの恵未ちゃん!

彼女にとびっきり美味しいマカロンを「たーんとお食べ!」とやるのが私の夢です。

彼女の魅力は、本編を読むべし。

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