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ルナティック・ダンスホール  作者: はち
project.Hembra
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お調子者の破綻02


 たどり着いた学園講堂には多くの父兄や生徒が集まっている。

 白い立て看板には「中等演劇部記念講演」と毛筆で書かれていた。

 入口から講堂内を覗けば多くの座席が埋まっている。

 娘の舞台を楽しみにしている父兄たちが籍の中央を陣取り。移動しやすいように、と生徒達は通路側に固まっている。

 光成は中央から後方寄りに二人横並びの席を見つけると、カグヤを連れて急いで腰を落とした。

 座席が確保できた。と安心し、時計を見ると開演までまだ時間があった。


「早く着きすぎたかな?」

「マジかよ。だから言ったじゃねーか。もう少しゆっくり行こうぜって」

「いや、良かったよ。電車を一本遅らせていたら、多分席は確保出来ずに立ち見する可能性があったよ」

「立ち見?」

「立ったまま見ることだよ。ほら、あんなカンジに」


 光成は後ろを振り返り、入口付近を顎でしゃくる。

 あの周辺で見るんだ。と言を付けるとカグヤは心底げんなりとした表情で光成に視線を送る。


「ゼッテーやだ。立ち見するぐらいなら俺は帰る」

「そういうと思った。だから早く来てよかったよ」


 光成は立ち上がると、キョロキョロと周囲を伺い始める。その姿が先日テレビで見たミーアキャットに似ているな。などとカグヤは思った。


「今度はなんだ?」

「うん。玲奈ちゃんのご両親も来ているだろうから、挨拶をしようと思ってね」


 だが、目的の二人の姿を光成は見つけることが出来なかった。まだ到着していないと思いカグヤの肩を叩く。


「おれ、入口付近で少し待ってみるから席の確保をしておいてくれ。もし、警備員さんから声をかけられても、コレを見せたら大丈夫だから」


 そういうと、首から下げている葉書サイズの桜祭り参加許可書を胸の高さに掲げた。カグヤの首にも同じものが下げられていた。


「わかったわかった。もう、うっせーから入口でもどこでも行って来いよ。見張ってやるから」

「ありがとう。すぐに戻るから」


 光成はカグヤに目で合図を送るとその場を離れた。




 確かに最初の五分は玲奈の良心に挨拶するため、入口付近に立っていた。

 だが、そぞろと女子二人組がハンカチ片手に移動する姿を見て、淡い尿意を覚える。

 男子トイレは近くにあるも、滅多と足を踏み入れることの出来ない女子校。光成の足は別棟にある男子トイレに向かっていた。

 


 別棟に続く一本道。青天の空。木々に囲まれた学園。そよぐ風の中に甘い香りが混じる。

 香しい。と堪能していると、香りに混じり、覚えのある声が届いた。文化祭を謳歌する声や緊張する声ではなく、僅かながらの怒気を孕む声。

 声の持ち主とかけ離れた印象に光成は足を止める。

 けれども、足を止めているのは光成一人のみ。自分の横を通り過ぎていく人の背中を目で追いかけ、聞き間違いか、と思った。しかし、「ミィ」と雑音の後、再びあの少女の声が届いた。

 聞き間違いではない。

 いかな強固な防犯体制が整った女子学園とはいえ、外部の出入りが激しい本日ばかりは不測の事態は容易に発生する。

 おせっかいであることを自認しつつも彼はつま先は、声のする方向へ向かった。


「私は貴方に来てほしいと言った覚えはない」

「君を心配してのことだ。君に何があれば私も立場上よろしくないのでね」

「心配はいらない。貴方の立場は私が保障する」

「ふぅん。君が保障出来るという根拠はどこにある。で、そのような権力がどこに?」

「それは貴方も同じ。私に不測のことがあって貴方の立場が揺らぐなど何故言える。揺らぐような力でもないはず。立場が揺らぐのであればすでに――」


 会話はそこで止まった。

 会話の主は、鹿住 梨花で、振り返ったのは四十がらみの男性。

 梨花のコバルトブルーの瞳は大きく見開かれた。男性の茶色の虹彩が光る。彼の場合、驚きではなくて納得だった。

 彼は梨花の肩を叩きその場をい後にする。

 光成の横を横切る瞬間、思わず男に声をかけてしまった。


「あのっ……」



 光成は不思議だった。会話の用意はない。けれども、声をかけなくてはならない気持ちで一杯だったからだ。そのような気持ちの源泉を彼は知らない。


「ここは女子校です。ご両親でなければ、なれなれしく女性に触れるべきではありません」


 男性は目を細め、光成の指摘に満足そうに首を縦に振った。「ありがとう」と返す声も、まるで教師が生徒に向ける親しみのある口調であった。

 光成は言葉を重ねようとしたが、意外なことにが梨花の声で止められた。


「貴方は……」


 光成は男の背中を目で追い、再び彼女に向き合う。



「貴方は、期待を裏切らまい人であって欲しいと願っていましたが。違うのですね」


 梨花の視線が地面に落ちる。再び光成へ向かった時には能面のような顔となっていた。


「私は願う。せめて、玲奈だけの期待は裏切らないで欲しい」

「り、梨花ちゃーー」

「増見さん、貴方にファーストネームを呼ばれるほど私たちの仲は親しいものではない」

「うぐっ……」



 正論だった。二の句が継げぬ光成にダメ押しで彼女は口を開く。


「早く講堂に戻ってください。玲奈が待っている」

「き、君だって。演劇部なんでしょ? それなら……」

「わかっています。だから、速やかに戻ってください。これ以上……、私を裏切らないで」

「ちょ、ちょっと待って。お、おれは君に何も、何もしていないじゃないか」

「えぇ。何もしていません。ですが、今・ここに・存在していた。それが、私にとっての裏切り行為なのです」


 それだけを言うと、彼女も光成の側を去った。

 桜祭りに招待したのは玲奈。桜祭りの招待状を渡したのは梨花。ムヘルナで出会った際、梨花は光成に文化祭に来てほしい。自分達が所属する演劇部の舞台を見てほしいと言った。にもかかわらず、先ほどの発言だ。

 光成の理解が追いつかない。自分の何が彼女をそこまで追い詰めたのか全く持って理解が出来ない。そして、先ほどすれ違った男性。彼は、光成の記憶にひっかかる。

 僅かな時間、質の異なる刺が二本刺さった。


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