あかねさす朱の部屋
部屋に茜色の光が差し込む頃、カグヤは部屋に戻ってきた。後ろ手で鍵を閉めると靴を脱ぎ棄て上がりかまちを軽く踏む。
伸びやかな線を引く車のエンジン音に続き、下校途中であろう女子学生の点描を打つ甲高い声が部屋の中を通り過ぎていった。
部屋の隅に鎮座するベットを覗き込めば、窓に向かい背中を丸めて心地好さそうに寝息を立てている男がいた。
夕日に照らされ、顔立ちの陰影がはっきりと分かる。カグヤは物珍しいものを眺めるように光成の寝顔を見つめる。
アーモンド型の形の良いアイホール。鼻筋は一本伸びやかな線を引いたかのように通っている。色白とばかり思っていたが、肌の色は黄色味を帯びており、今は夕日に照らされい人肌を思わせる暖色が強く現れている。
「変な奴」
カグヤの声は光成の耳に届かない。
自分の声に反応しないばかりか、安らかで楽しそうな寝顔に納得がいかない様子で、彼の口はへの字に曲げる。
問いただそうかと、と拳を振り上げる。普段であれば、握りこぶしと破壊衝動が連動し、眠りこけている人間を覚醒させるべく頬を打つのだが、心の裡から破壊衝動が湧き上がることはなかった。むしろ、気の緩んだ寝顔を見る時間に比例して破壊衝動とは別の感情が芽吹きだしている。
「なんだ、これ?」
殴りたいのに殴れない。殴ってはならない。見守らなければならない。カグヤの知らないものに心がザワザワと浮足立つ。
その原因は光成の寝顔にあると判断した彼は腰を落とした。潰していた拳を解くと、ゆっくりと光成の顔にかかる前髪に触れる。
あらわになった額を見て、意外と狭いななどと考えた。
そして、光成が目覚めぬよう、彼の額に自分の額を当て目を閉じる。
部屋に響くのは一つの呼吸。誰のものかはわからなかった。
敬虔な祈りにも似た荘厳な空気が流れ込む。凛と張り詰めた空気はカグヤが目を薄く開けば途切れてしまう。一つしか響かない呼吸もやがて二つとなった。
しばらくして、カグヤの顔が光成から離れていく。
「頑張ったな。コウナ」
そういう彼の表情は、本人は気づいていないが光成の寝顔に似て穏やかで優しいものであった。
カグヤの手が前髪から手が離れると、黒々とした髪が額を隠す。
まるで、夜の色じゃないか。と口走りそうになるのを抑え、何事もなかったかのようにベットにもたれかかり彼の寝息を耳にする。
もうまもなく夜になる。カグヤの活動する時間だ。けれども、橙と紺色が交わる時間が愛おしかった。何事もなく流れていく時の音に耳を傾けカグヤも瞳を閉じる。
なんとなく眠たくなった。瞳を閉じ、触れたものを甘く噛み締めた。




