エピローグ:ピースサイン
〇〇大学 第一学生食堂。
広い学食の白い壁にTV映像が投影されている。食器がこすれあい、各々が雑談に興じている。この騒がしい食堂でも「瓜破市連続失踪事件の続報です」のワンフレーズが響くと、ほんの数秒だけ息を殺して静かになる。そして、彼らの視線はTVが投影されている白い壁に向けられるのだ。
彼らは事件に興味はない。「誰が」いなくなったのかに興味がある。そして「名前を聞いたことがある」人物が紹介されれば有名人でもないのに少しだけ胸を張り「コイツ、知っている」と口にする。彼らの沈黙は、自分の顔の広さを示す準備に過ぎない。
「では、本日入りました新しい失踪者の方の情報です」
女性アナウンサーの顔が代わり、一人の若い人物の写真が映し出される。
マスタードカラーのベレー帽を被った茶色のボブヘアーの女性。
「木品 梨歩(きしな りほ)さん。年齢は22才の女性。身長は153センチ。失踪前夜、自宅近くのコンビニエンスストアで姿を確認して以降、足取りがつかめていません」
情報提供の写真といえば、笑顔が定番だ。けれども、彼女の写真はまるで死ぬことを前提に撮られた遺影である。灰色のブロック塀を背景に直立不動で経っている。世界に絶望しているのだろうか。彼女の目に光はなく、ボォと虚空を見つめる生気の無い顔つきが特徴的だった。
「趣味が悪い写真ね」
まどかはTVから顔を背け、からあげカレーを口に放り込む
「親族曰く、軽度の知的障害があり会話は出来るものの理解には乏しいとのこと。木品さんの目撃情報があれば最寄りの警察に――」
彼女の意識はテレビからカレーへ。もぐもぐと口を動かすも、目の前の人物の箸が止まっていることに気づいた。
「あら増見君、どうしたの?」
光成の視線が白い壁から慌てて真正面に座るまどかへ移る。
「食べないの? 麺が伸びちゃう。もったいないわよ」
まどかの声に光成は曖昧に返事をして、かけうどんを啜る。光成が再び顔を上げた時には次の失踪者情報に変わっていた。
「増見君、悲しそうな顔をしている。さっきの女性は知り合い?」
木品 梨歩のことだ。彼女はその名前すら忘れている。光成は曖昧に笑うと箸をどんぶりの上に置いた。光成とカグヤと共闘し、キャンサーに止めを刺した人物。容姿から察するに彼女の名前は木品 梨歩であることには間違いない。
「知り合いに似ていたんだ」
「へぇ。増見君に女性の知り合いがいたのね」
「でも、別人。他人の空似」
光成はレンゲでうどんの汁をすする。塩気の強いうどん出汁の味がしない。食欲は満たされず、満たされるのは心の喪失。ぽっかりと空いた穴に「木品 梨歩」知りたかった情報が胸の中に埋まっていく。
彼女は「昔から思っていたんです。私は社会になじみにくいつま弾きモノだって」と自分の事を評していた。彼女の生気の無い顔はその証拠だ。けれど、光成は彼女がつま弾きにされた過去を踏み台にして、駆け抜けたことも覚えている。
木品 梨歩。彼女は、社会をつま弾きにした人物なのだ。
(ありがとう)
梨歩は光成に大切なコトを渡し終えた。
「良かった」
光成は顔を上げる。目の前にいるまどかの顔が笑顔に包まれた女性と重なる。全く似ても似つかない女性は飛び切りの笑顔をみせると、すぐにまどかの顔に変わった。
「ど、どうしたの? 増見君」
不審がる彼女に、光成は「大丈夫」と返す。「大丈夫」果たしてこの言葉は誰に向けられた言葉であろうか。
「そういえば増見君。前言ってたイトコさんの話だけど、あれはどうなったの?」
まどかが別の話を振る。光成は麺をすすると普段と変わらず少し困ったような口調で話し出す。食堂は、瓜破市連続失踪事件から気象上に変わると元通りの喧騒に包まれる。
人々は知らない。
瓜破市連続失踪事件の正体を。
彼は知っている。全ては「月」が関わっていることを。
月は昼に寝る。夜に起きだして事件を仄めかすのだ。
Project. Cancer 編 Fin




