タイムマシンの成因
機内には、一人だけ、いた。奮い立たせるように、顔を平手で叩いた。大丈夫。とにかく、欲しい情報を手に入れたら、元の過去の世界に戻ろう。名夏菜野花は意を決して、外に出た。
外界は、黒だった。酸素はある。しかし、視界が真っ暗で、先がほとんど見えない。
高層ビルのような建築物のシルエットは見えた。どこにも、人の気配はなく、閑散としていた。
「まずいよなぁ。これじゃあ、何もわかんない」
タイムマシンから出たもの不安要素があったため、すぐに機内に戻って、必要なものを取ってきた。懐中電灯と、非常食等が入ったリュックサックを肩にかけ、不明な土地を歩いた。この世界に人がいないのであれば、人類未踏の地と呼べるが、実際には、人はいた。
懐中電灯の光を頼りに歩いていたら、建物の曲がり角で、子供に出くわした。
「ねえ、話し聞いてもいい? ねえ、待ってよ。君」
「きゃははは」と笑いながら、暗闇に逃げていった。
「ううぅ。不甲斐ないな自分」
男の子は、暗がりでも、何事もないように走っていた。ここの住人は、夜目がきくのかもしれない、と名夏は思った。流石に、暗い道で迷子になっては困るので、遠出をしないように気をつけながら歩いた。
歩いていると、一軒家を見つけた。暗くて、視界が狭かった為に気づかなかったが、ここは、住宅街だった。インターホンを押してみた。しかし、音が鳴らない。
「…」
ドアをノックしてみた。しかし、中から反応はなかった。名夏は、途方にくれた。さっきから、何の情報も仕入れていない、これでは、なんの収穫もないままに、元の世界に帰ることになってしまう。
「もしもーし。いるんでしょう? 少しだけ、話しをうかがいたいのですが、出てきていただけないでしょうか?」
返事はなかった。仕方ないので、タイムマシンの場所に戻ることにした。眠気が限界にきていたので、タイムマシンで寝ようと思った。
「帰りますか」
さっきの道をたどって帰ると、再び、大きなビルのような建物を見つけた。最初に見つけたやつだろう。人がいる気配はないが、これだけ、存在感を放っているものを見過ごすのは、と得策ではないと思った。なので、後で、調べにいこうと決心した。
今の彼女は、睡魔に襲われていた。
タイムマシンに乗り込み、横になって寝た。爆睡だった。未来に来て、最初は不安でいっぱいだったが、すぐにそんな感情も忘れていた。
朝になった。外に出てみる。朝の日差しは、どこにもなかった。昨日と同じ、真っ暗な世界のままだった。
「太陽は、消滅したのかな?」
地球に太陽の日差しがなければ、死活問題になるのではないか、と名夏は思った。世界の終わりの現場を、見ているような気持ちになって、寂しくなった。
「なにもない、よりかは、あったほうがいいです」
視界には、大きな建物があった。高層ビルのようではあるが、懐中電灯では、はっきりとはわからない。勇気を出して、敷地内に入ることにした。
人の気配は全く感じなかった。
建物の入口の扉を開けようと思ったら、自動ドアで、勝手に開いた。内装は、シンプルで綺麗な感じだった。広々としていて、奥が見渡せないほどに暗い。どこを見渡しても、蛍光灯等の照明器具は見あたらなかった。無音で、冷たい雰囲気のこの空間は、生命の温かみとは、正反対の無機質なイメージを感じさせた。
奥に進むと、なにやら人型のものが立っていた。
近づくと、それは、少しだけ発光した。特に、それ以外は、なにも反応しなかった。近づくと光る、センサーみたいのがあるのかもしれない、と思った。
「話せる?」
言葉が返ってくることはなかった。人型のロボットのような存在は、ただ、そこにいただけだった。それ以外は、光ることしかできない。
「きゃははは」
急に、笑い声がした。昨日と同じ、声だった。二階の方向から、聞こえた気がしたので、階段を上がった。
「ねえ。君は、誰? なんで、笑ってるの?」
返事は、ない。
「ねえ。なにか言ってごらん?」
自然と足は、二階のフロアを探索していた。今まで、どこにも、手がかりはなかった。あの少年なら、なにか知っているかもしれない、と名夏は思った。
相変わらず、天井には、蛍光灯等の照明はない。どこにでも、ありそうな物がない室内。ここは、あまりにも暗かった。じめじめと湿気が多い、
「あれ。どこにいるんですかー。私は、ここですよ。隠れてないで、出てきてくださいよ」
声をかけてみるが、返事はない。二階は、探しつくしたため、三階に向かった。相変わらず、真っ暗だったた。
「ちょっと、怖くなって来ました」
懐中電灯がなければ、今すぐにでも、逃げだしたかった。それでも、ここまで来たのだから成果を出さなければならない、と彼女は意を決して前に進む。
再び、階段があった。四階に続く段を上がったが、そこにも、なにもなかった。静寂と暗闇が空間を支配しているようだった。進むと、再び、階段が現れた。それを上がると、五階だ。
••••••
名夏菜野花は、最上階まで、いった。八十階で、終わりだった。エレベーターはなかった。
「はあ」
その場に座り込み、疲れた足を休ませる。
「きゃははは」
再び、子供の声が聞こえてきた。最上階は、狭い一つのフロアになっているため、簡単に少年を見つけることができた。
「へへ。なにか、面白い?」
少年は小さく首を振った。
「面白くないの、ですか?」
少年は小さく首を振った。
「きゃははは」
笑っている。その姿は、楽しそうだった。なのに、すぐにつまらなそうな顔に戻った。短時間で。
「笑っていられる間だけ、面白い?」
少年は大きく頷いた。そして、どこかに消えて行った。
「なんだったんだ」
わからなかった。何もかもが、わからなくて、立った状態のまま静止していた。途方に暮れていた。
有益な情報も、無縁な情報すら得られなかった。このまま、ここにいて、大丈夫なのだろうか、と名夏は心配した。やがて、心配は、許容量を超えたため、いったん外に出ることにした。しかし、八十階を自分の足で、下りなくてならない。
「はああ。なんで、こんなところまで来てしまったんでしょう」
わからなくて、独りでに喋った。
••••••
足取りは重かったが、一階まで戻ってきた。外に出ようとしたところで、再び、声がした。
「タイムマシンは貰った」
今度は、声がしっかりとしていた。甲高いきゃははは、という笑い声ではなく、低い声質で、淡々と、それでいて、どこか冷徹な感じがする言葉だった。
「もう帰れない」
その声をきっかけに、名夏は、走り出す。
最初の、出発地点。つまり、タイムマシンの場所まで、一目散に走り続ける。
暗い夜道も、不安を煽っているかのようだった。走り疲れて、少し冷静になった。なぜ、急に、あんなことを、言ってきたのだろう。『タイムマシンは貰った』だなんて、わざわざ言う必要は、ない。
名夏菜野花は、疑問点に着目した。
「なぜ、教えたんだ。私は、タイムマシンを盗まれたのではないのですか」
空を見上げる。そこには、朝日が、出ていた。
太陽が、出ていた。
「はあ⁉︎」
なにが、なんだかわからなくなった。ここは、未来。だけど、ちゃんと、日は昇る。世界の終末ではなく、ただ、世界の一日の始まりだった。
そして、また名夏菜野花は走り出す。
スタート地点。そこに、タイムマシンは、あった。そこに、人影が、あった。
「ねえ! それ、どうするつもり?」
「……」
「返してください」
「これは、私のものだ。過去を変える権利なんて、物騒なもの、この世界にはないからね」
「あなた、誰なの。なんで、こんなことを?」
「私は、私だ。私をよく見ればわかるだろ」
「わからない」
「また、同じこと言ってるよ…。聞き飽きた。ねえ。あなた、これから、タイムマシンに乗るのはやめて。これは忠告だよ。今回は、絶対に過ちを正さないといけないよ」
「なにを言っているの、ですか? 過去に戻ったらダメなんです?」
「ああ。ダメだ。そこには、地獄が待っている。阿鼻叫喚だよ」
しばらく、考えて、直感を口にした。
「あなた、私?」
「そうだ。私だ。名夏菜野花。私は、何度も、死よりも苦しい目にあってきた。こんな思いは、してほしくない。だから」
「そうだったんですか。あ、もしかして、この世界は、タイムマシンを奪われた後の世界ですか?」
「…は。変わってるな。この世界も私も。こうして、目的は果たせた。この未来の情報なんて、酷いものをあんたが持って帰らなければ、こんなことにはならなかったんだがな」
「…そう、ですか。一人で、寂しくなかったですか?」
「なにが」
「ずっと一人だったんでしょう。心細かったんじゃないですか。地獄のような日々だったんじゃないですか。心が、弱っていないですか?」
「…大丈夫だよ」
「よしよし」
名夏菜野花は頑張った『私』の頭を、撫でた。
「よく頑張ったね。えらいえらい。おかげで私の世界は、救われたんだよね」
「きゃははは」と笑いながら、涙腺が緩んでいた。なにもかもが、終わって、一安心した後の、温かみが支配する。名夏はその身体をぎゅっと抱きしめた。いままで、我慢してきたものを解放すると、完全に泣き崩れた。




