鬼遊び
「はぁ、はぁっ」
画面が大きく揺れる。カメラを持つ男は走っているのだろう。
「はぁ…、くそっ!」
何が起こっているのかわからない。男は何かから逃げているのだろうか?それは何から?
「あっ」
画面がくるくると回り大きな音をたてて止まる。男が画面に映る。男は四つん這いになっている。転んだのだろうか。
ギシ、と床を踏みしめる音がなった。男に影がさす。男の後ろに何か立っている。
「っ……!」
男は顔を青くして、ゆっくりと振り返る。
男は後ろいた『何か』を視認すると慌てて後ろに後退る。男が画面外に出て見えなくなった。
「ぁ、くるな、くるなあ!」
ゆっくりと男の方に影が近づく。画面の右側から『何か』が映る。
それは『化け物』だった。
腕が六本あり、頭が三個ある。その内一つの頭には包丁が刺さっている。
化け物が男が行った方に行き見えなくなる。
「ぎゃあっ!」
男が短く悲鳴をあげた。
「い、あ…やめ、やめてくれ」
ギチギチと嫌な音がなる。
「あが、がっ」
ぐちゃ、と何かが潰れる音がすると共に、何か重い物が落ちた音がした。
化け物が画面に映り右側へと消えて行った。
「何ですかこれ」
私はこの映像を見せてきた向かい側に座っている叔父さんに聞く。
「この前さあ、中古で買ったんだ」
「はぁ……」
目をキラキラさせてそう答える叔父さんにため息をつく。何故そんなものを買って目をキラキラできるんだ。
「買って中を見たらびっくりしてさあ」
「そりゃ、そうでしょう」
誰だってこんなの見れば驚く。
「いやー、まさかこんなのが見れるとはね。これ、撮られたのどこなんだろう?」
「まさか行く気ですか?」
「うん」
間髪いれず叔父さんは答えた。
「やめて下さい」
「えー、何で」
「行って死んだらどうするんですか。絶対に、やめて下さい」
「ぶぅぶぅ!」
頬を膨らまして私を見る叔父さんに頭を抱える。
いくら好奇心旺盛といってもこれはさすがに不味いでしょう。
ふて腐れた様子でカメラを見ている叔父さんにまたため息をついた。
叔父さんがいなくなった。昨日から家に帰ってきていないらしい。
「どこに行ったの、叔父さん」
叔父さんの部屋のベッドに座り、ポツリと呟く。
一昨日会ったばっかりなのに。
ふと、机の上に置かれたカメラが目についた。
「……」
立ち上がり、机に近づく。カメラを手で取った。
「……もしかして」
叔父さんはここに映っていた廃校らしき場所に行ったのではないのか?
急いで近くにあったパソコンを開き、立ち上げる。
検索の履歴を見て一番上のものを押した。
「『鬼遊び 夢』?」
ヒットしたものをクリックすると鬼遊びのやり方が表示された。
『鬼遊び』のやり方
まず、紙を用意します。
その紙に腕が六本、頭が三個の化け物を描きます。
色は塗らなくて大丈夫です。
化け物を描いた紙を枕の下に置きます。
これで準備は完了です。
紙を置いた枕で寝れば、鬼遊びができます。
鬼遊びは鬼に殺されないように廃校から脱出する遊びです。
鬼に殺されれば死にます。
ですが、廃校から脱出できれば一つだけ願いが叶います。
どんな願いでも叶います。
もしも叶えたい願いがあるのならば、鬼遊びをやってみて下さい。
死なない覚悟があるのであれば。
「何これ……」
叔父さんはこれをやっていなくなったのだろうか?
現実味が無い。だけど、
「やってみるだけなら、いいよね」
他にあてがあるわけでもない。やってみる価値はある。これで廃校に行けたら、叔父さんはそこにいるだろう。
「絶対に、見つける」
だから待ってて、叔父さん。
化け物を描いた紙を枕の下に置き、その上に頭を置いて横になる。
「叔父さん……」
私は目を瞑った。
「ん、んん……」
ゆっくりと、目を開ける。
座っている。さっきまで横になっていたはずなのに。
「ここは……」
周りを見渡す。ボロボロになった机、椅子、床、壁。ここはどこかの廃校のようだ。
「本当、だったんだ。なら叔父さんは、」
ここにいる。そう言おうとして言葉を切る。
ギシ、ギシ、とこちらに何かが近づいてくる音がする。
咄嗟に近くの机に身を隠す。
「っ……!」
息をのんで何かが通り過ぎるのを待つ。
一歩、また一歩と近づいてくる音がなる。
口に手をあてる。口から悲鳴が漏れないように。
一歩、一歩、一歩。
「………」
止まった。
この教室の前に、いる。
ドキドキと心臓が高鳴る。
早く、早く行け、気づくな。
「……っ」
ギシ、と音がなった。
「!」
動きだした。
通り過ぎろ通り過ぎろ、入ってくるな。
一歩、一歩、音が遠ざかっていく。
音が完全に聞こえなくなった時。
「っはああぁ」
私は息を吐いて床に手をついた。
「何あれ何あれ、怖すぎでしょ」
叔父さんを追ってきたらあんなのがいるとか。
「もー、叔父さんのばかあ……」
思わず叔父さん文句を言った。叔父さんが鬼遊びなんかやらなければ、私はここに来ずにすんだのに。
「…そろそろ、動こう」
早くしないと化け物が戻ってくるかもしれない。
私は立ち上がり、教室の外へと向かった。
暗い廊下を進む。歩く度にギシギシと音がなる。
窓の外を見るが、真っ黒だ。真っ暗ではなく真っ黒。何も見えない。
「叔父さん……」
先ほどから片っ端から扉を開けて中を探しているが叔父さんは見つからない。
「どこにいるの、叔父さん」
廊下の突き当たりにきた。この階の最後の扉を開ける。
そこは保健室だった。
恐る恐る中に入る。部屋の真ん中辺りにきた時、
「っ!」
ガタッと左奥にあるロッカーから音がした。
「叔父さん…?」
ゆっくりと近づき、ロッカーを開けた。
「うわあっ!」
中にいたのは、叔父さんだった。
「叔父さん!」
「ん、え?……あれ、美海?どうしてここに……」
「叔父さんを追ってきたんですよ!昨日から家にいないから……」
「えっ昨日、そんなに時間たってたの!?」
叔父さんが驚いて私の肩を掴んだ。
「そうですよ!もう、心配させないで下さい!」
「ごめん……」
叔父さんが申し訳なさそうに肩を落とす。
「それで、叔父さんはどうして鬼遊びなんか……」
「……ごめん、どうしても叶えたい願いがあって」
「叶えたい願い?」
「………」
叔父さんは何も答えない。言いたくないのだろう。
「………叔父さん」
「ごめん、美海。答えられない」
「……わかった。聞かない」
「ありがとう、美海」
叔父さんが私を見て、悲しそうに笑った。
暗い廊下を叔父さんと二人で歩く。
叔父さんも私もずっと無言でギシギシと床を踏みしめる音だけがなる。
「叔父さん」
「ん?なんだい、美海」
「どうやってここから脱出するの?」
叔父さんが止まる。私もそれを見て止まった。
「……脱出口は一つだけ、昇降口だ。そこから出ないと脱出できない。……昇降口には鍵がかかっていて、それにあう鍵を見つけなければ脱出できない」
「鍵を探してるの?」
「ああ、鬼に見つからないようにな」
叔父さんが歩きだす。私も後ろから後を追う。
「もう上の階は全部探したんだ」
「じゃあ、後は……」
「…保健室と逆の突き当たり、だけだ」
「……待って、そっちには鬼が」
「だからだろう」
「へ?」
「鍵があるから鬼がいるんだろう」
「……鬼は、どうするの」
「近くの教室に隠れてやり過ごしてから行くしかない」
不安だ。本当に大丈夫だろうか?
私は手を握り締めた。
教室に隠れる。
床の軋む音が近づいて遠ざかる。
私と叔父さんは目をあわせて音をたてないよう教室を出た。
保健室とは逆の突き当たりの部屋、校長室だ。
扉を開ける。
中は他の部屋より少し綺麗だった。
叔父さんが机に近づき引き出しを開けていく。
私は叔父さんに近づいて机の中を覗く。
結局一番下の引き出し以外は何も入っていなかった。
一番下の引き出しに入っていたのは、小さな鍵だった。
「これ?」
「ああ、のはずだ」
「じゃあ行こう」
「ああ、」
私達は校長室を出る。扉が閉まる途中で、校長室から小さな笑い声が聞こえた気がした。
鬼がいない。
叔父さんは不思議そうにしているけど、ラッキーだと言って昇降口を目指す。
……嫌な予感する。
昇降口についた。叔父さんは玄関口まで走った。
私も走って叔父さんを追いかける。
「早く脱出しよう!」
叔父さんが鍵を錠に差し込んだ。
すると後ろからギシ、と音が聞こえた。
振り返ると鬼がいた。
鬼が手を伸ばしてくる。
「よし、開いた!」
叔父さんのその声を聞いた瞬間私は、叔父さんを玄関の外へと押し込んだ。
「へ」
叔父さんの間抜けな声が聞こえた。
ああ本当にもう、
「手がかかるんだから」
私は振り返って、
「はは、」
笑った。
上半身を起こす。
隣には妻が寝ている。
ああ、願いは叶ったのか。
妻を起こさぬようベッドから下りて、カーテンを開けた。
いい朝だ。
「!」
携帯がなる。確認するとどうやら兄からのようだ。
「もしもし、朝からどうした?」
「すまない、実は美海が」
「美海?…何かあったのか?」
いったい何が、
「美海が、死んだ」
「……………は?」
美海が、死んだ……?
「心臓発作らしい」
「………」
美海が、あの子が、死んだ?何で、どうして?
「ぁ、」
まさか
「もしもし?もしもし?おい、聞こえてるか?おい、」
携帯を落とす。床に当たって鈍い音がなった。
俺はその場に崩れ落ちた。
あの後美海は逃げたが捕まってしまった。美海が生き残る道もあったかもしれない。
叔父さんがいなかったのは夢の中に身体ごと入っていたから。鬼に殺されて頭が潰されようと、夢なので死因は心臓発作になる。身体ごと行くのは、餓死などしないため。夢の中なので腹は空かないし、喉も渇かない。
叔父さんの願いはいなくなった妻が戻ってくること。妻は三年前から行方不明だった。廃校から脱出して願いが叶い、妻が戻った。
その代わりに、美海は犠牲となった。叔父さんはこの事をずっと後悔し続けるだろう。