第6話 明かされる正体
アスランの返答を聞いたクレイが、テーブルに拳を落として激怒した。
「貴様っ! 大恩あるお嬢に教えないとはどういう了見だ!」
「落ち着きなさいクレイ。アスランは『教えない』なんて言ってないわ。それに、世界の終末についてアスランを非難する資格も権限もクレイにはない。そんなもの、神にさえないのだから」
アンジェに諭されたクレイは、苦虫を噛み潰したような顔をつくって腕を組んだ。アンジェは小さなため息をついて再びアスランへと視線を向けた。
「アンジェ様、クレイ様、私は王国を救う方法など知らないのです。いいえ、世界の終末がどういうものかさえ私は知らない…」
「だとしても、アスランには心当たりがあるのでしょう?」
「はい、あります。私の内に存在するもう一人の私にある、と言うべきですか」
クレイは怒りの眼差しを更に強め、アンジェは純粋に意味が理解できないといった表情を浮かべた。
アスランは全てを話そうと決心した。水城 耀の記憶と知識には『話すべきでない』『話しても理解されない』といった事柄が多くある。だが、アスラン・ウォーカーは水城 耀と同一人物なのだとも深く認識できていた。
「長い話になりますが全てをお話しします。私がミズキ・アキラという名の、異世界人である事実を」
アスランは滾々と語った。地球という名の惑星、日本という名の国、水城 耀の生い立ち、文明水準、文化水準、社会システム――
アンジェは数々の質問を投げかけ、クレイは否定の言葉を吐き続けていたが、アスランの理路整然とした説明や例え話を織り交ぜた話を聞き、徐々に閉口していった。
オンラインゲームの仕組みを含む現代科学の説明には悪戦苦闘した。結局は理解されなかったのだが、そもそも電気や電子の概念が存在しないのだから当然であった。
話が紆余曲折する内に万有引力を説いている自分に気付いたアスランは、思わず笑いを漏らしてしまった。その時に『あー、俺はやっぱり水城 耀だ』と実感して涙が溢れたのは蛇足だろう。
北欧神話に突入した頃には、否定的だったクレイも前のめりで聞き入っていた。
いよいよギャラルホルンオンラインとラグナロクを絡めた話を始めようとした時、部屋の扉がノックされた。
クレイが声を張って『入れ』と告げると、ウェイターが姿を現した。
「アンジェリーネ様、誠に申し訳ございませんが、間もなく閉店時刻でございます」
「やだ、窓の外が真っ暗だわ。これが『時間を忘れる』という事なのね…」
「アンジェ様、クレイ様、話の続きは屋敷に戻ってから、もしくは明日にしませんか?」
「私は一晩中でも聞きたい心境だけど、話はまだ沢山あるのかしら?」
「ギャラルホルンオンラインのシナリオだけでも数日は話せます。ステータスやクラスの話に至っては尽きることがないかと」
「とんでもねぇな…」
「取り敢えず屋敷へ戻りましょう。きっとゲイルも待ち草臥れているわね」
店の玄関へ行くと、そこにはオーナーであるジェンキンスが立っていた。アンジェが丁寧に侘びを伝えると、ジェンキンスは逆に酷く恐縮していた。
詫び代も含めてだとは思うが、ワイン数本を飲んだだけで三枚の大金貨を支払ったのには驚いた。奴隷アスラン三人分の金額だ。
外で待っていたゲイルは予想に反して上機嫌だった。どうやらジェンキンスが気を利かせて店の料理を差し入れたようだ。
屋敷へ戻るとそのまま公爵家専用の食堂へと向かった。主家と家臣が食事を共にするなど有り得ないのだが、食事をしながら話の続きを聞きたいというアンジェの意向が通った結果だ。
クレイもこの食堂で食事をするのは初めてだったらしく、『とんでもねぇな…』と再び呟いていた。
一頻り腹を満たしたアンジェが、アスランに話の続きをせがんだ。アスランは何を話すか考えた後に、核心的な事柄を伝えることにした。
「ステータスとクラスについて言及します。実のところ、私は自分のステータスを見ることができます」
「ステータスを見る? それは、自分の強さを視覚的に確認できるという意味かしら?」
「その通りです。『ステータス』と念じれば、目の前に半透明なウインドウ…じゃなく、石板が出現します。そこに文字と数字でステータスが表記されています。表示されるステータスは肉体的・精神的な強さや、修得したスキルです」
「アスラン、俺はスキルってのがよくわからないんだが?」
アスランはクレイの質問を聞いて認識を改めた。この十時間ほど水城 耀として話をしていたので、この世界にスキルが存在しないことを失念していた。
実際には存在するし行使も可能だが、この世界にはスキルの概念がないので理解が及ばない。
「スキルはクラス特有の技術だと考えてください。剣士系統であればソードマンやナイトが使う剣技ですね」
「剣術流派の武技みたいなものか?」
「そう捉えて頂いて構いません。逆にお聞きしたいのですが、お二人は“ノービス”というクラスをご存知ですか?」
アンジェとクレイから返ってきた答えは『NO』であった。この世界でもクラスの概念は存在するし、クラスチェンジも知られている。しかし“初心者”を意味するノービスは存在しない。
アスランの知識にもノービスというクラスなど存在せず、基本クラス取得以前の者は単に半人前、もしくは子供という括りでしかない。
「ギャラルホルンオンラインのクラスには基本クラス、上位クラス、複合クラス、特殊クラスが存在しますが、基本クラス未満の者にもノービスというクラスが付くのです。そのノービスでも修得できるスキルはあります」
「俺たちが知っているのは下級クラスと上級クラスの二つだけだぞ? 俺たち兵士はソードマンを経てナイトへ上がるのが当たり前の道筋だ」
「…そうなんですね」
「えっと、今のアスランはノービスというクラスで、ノービス特有のスキルを修得している。ということかしら?」
「はい。特有と言うほど大したスキルではありません。ミズキ・アキラは最強の特殊クラスで、凶悪とさえ言われる数多のスキルを修得していました。が、アスラン・ウォーカーには継承されていません。許されるなら、スキルは実演する方が解り易いと思います」
「見たいわ! 今すぐやって見せて!」
「今すぐ、ですか? 木剣を用意して庭へ出なければいけませんが」
アンジェはノリノリであった。使用人に木剣を用意させると、先頭を切って庭へと向かって行った。何気にクレイも乗り気のようである。
庭へ出ると、アンジェとクレイが残念そうな顔をアスランに向けた。その理由は、夜の庭が暗闇に覆われているからだった。
アスランはこの事態を予測していたので、『大丈夫です』と告げて魔法スキルを発動した。
「【ライトボール】」
白銀に輝く魔法陣が頭上に展開され、魔法陣の中心から白光を放つ光球が出現した。光球はアスランが意識する高さと方向へ音もなく移動していく。アンジェとクレイは唖然とした表情を浮かべたまま、視線は光球に釘付けだった。
「光精霊魔法…無詠唱の…。それもスキル、なの?」
「はい、魔法スキルです。ノービスは全六系統の精霊魔法をスキルとして修得できます。スキルとして修得すれば呪文や詠唱は不要になります」
「ソーサラーでも無詠唱なんてムリだぞ。とんでもねぇな…」
最早『とんでもねぇな…』が口癖になりつつあるクレイは、半眼で光球を見詰めていた。
「クレイ様、私が放つソードスキルを受けて頂けますか? “スラッシュ”という斬撃スキルを正眼から右袈裟で放ちます。スキルを人に向けて放つのは初めてなので緊張しますが…」
「いいだろう。お前は存在自体が冗談みたいなヤツだが、斬撃の一つくらい軽く往なしてやる。いつでもこい」
「存在が冗談って…ヒドイですよ」
光球に照らされた庭の中央で、5mほどの距離を取ってアスランとクレイは対峙する。アスランは予告どおり正眼に構え、クレイは右脇備えに構えた。アスランの右袈裟に対し、左斬り上げで往なすつもりなのだろう。
「では参ります。【スラッシュ】」
スキルを発動した刹那にアスランの姿が縦ブレし、ロケットスタートも斯くやと言わんばかりの速度で間合いを詰めてスラッシュを放った。
クレイは驚愕に目を見開きながらも、侍従長の意地と経験で木剣を斬り上げた。
―――斬ッ!
一瞬で完結したスキルの実演に、アンジェとクレイは当然ながら、アスランまでもが驚嘆の表情を露わにした。
クレイの木剣が中ほどで真っ二つに断ち斬られ、アスランの木剣はクレイの首元にピタリと添えられていた。
時間が凍りついたかの如く三人は微動だにしない。否、鮮烈に過ぎて動けなかった。一筋の冷や汗がクレイの頬を伝い落ち、『冗談どころか化け物だ。とんでもねぇな…』と呟いた。
「凄い凄い! すごーい! アスラン凄いわ!」
アンジェの称賛が夜の庭に響き渡った。