表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/7

第4話 奴隷からの解放


 アスランの能力が上位三職の知る所となってから十日ほど経ったある日、アスランはゲイルたち下級使用人たちと共に、使用人が使う台所で夕食を摂っていた。


 皆はアスランが奴隷であることを知っていたが、アンジェの目に適った人物として当初から見下す者はいなかった。そこへきて最近の活躍ぶりもあり、皆はアスランを同僚ないしは友人とまで見なすようになっていた。


「なあアスラン、また一緒に娼館へ行こうぜ! そう、アスランには息抜きが必要だ。間違いない」


「えーヤダよ。俺は剣が欲しいから貯金してるって言っただろ? ゲイルは収入の殆どを娼館で使ってるんじゃないのか?」


「だってよぉ、アスランが一緒だと娼婦連中が喜ぶんだよ。連れてった俺にもサービスしてくれるしな!」


「ダシかよっ!? 俺の息抜きとか関係ないじゃないか!」


「へへへ、そうとも言う」


 こんな会話を交わすくらい、アスランたちは気の置けない間柄になっていた。


「ねえねえ、アスランならあたしがタダで相手したげるわよ?」


「またリーネ姉さんはそういうこと言う…俺も男なんだから本気にしちゃうよ?」


 リーネという名のキッチンメイドは、台所専門のメイドとして雇われている。王都のスラムで生まれ育った貧民階級だったが、スープ専門の屋台で働いていた時に、キッチンメイド長が料理の腕を見込んで引き抜ぬいたらしい。

 リーネはアスランよりも二歳年上の十七歳で、キッチンメイドにしておくのが惜しいくらいのプロポーションを誇っていた。


「あたしは本気よ? アスランが水浴びしてる姿を想像しながら独りで慰めてるんだから。あたしの家ならいつ来てもいいのに」


 リーネがそう言って豊かな胸を腕で持ち上げ、アスランにガチでアピールした。


「なんだよアスランばっかずりぃぞ! 俺の相手もしてくれよリーネ!」


「ゲイルはヤダ。あたしゲイルじゃ濡れない自信があるもん」


「酷っ!? 泣くぞ!」


 バカ話に花を咲かせていると唐突に台所の扉が開き、バトラーのセバスが入って来た。

 上級使用人が下級使用人の台所へ来ること自体が普通ではない上に、序列三位の執事が姿を現したことに皆が驚いた。


「そうか、お前たちは今時分が食事時だったな。アスラン、私と一緒に来なさい。他の者は食事は続けなさい」


「はい、セバス様。リーネ姉さん、悪いけど俺の食器を片付けといてくれる?」


「う、うん。片付けておくわ」


 セバスに連れられて行ったのは上階にある居間だった。居間には細い金属製の格子で区切られた大きな窓が天井まで続いており、夜は月と星々が、昼は中庭の景観が楽しめる部屋だ。今はシャンデリア型の魔灯が室内を照らす中、窓からは銀色の月光が差し込んでいた。


 居間には錚々たる顔ぶれが並んでいた。未だ言葉を交わしたことのない当主であるロターワルド・アストレアル公爵、正室でありアンジェの母であるフローレンス、アスランの所有者であるアンジェ、侍従長のクレイ、そしてステファン、ケヴィン、セバスの上位三職だ。


 セバスに促された場所で両膝をついて控えると、ロターワルド公爵が言葉を発した。


「お前がアスランか、顔を上げよ。…ふむ、十五歳にしては良い体格をしている。その上、文官の才にも恵まれておるか。亡きウォーカー卿の次男、であるな?」


「はい、旦那様。カイザル・ウォーカーが次男、アスラン・ウォーカーにございます。幸運にもアンジェリーネ様に拾われ、こうして生きながらえております」


「お父様、私が話したとおりでしょう? アスランは騎士爵の子息として見ても、余りある資質の持ち主よ」


「旦那様、私をはじめ、ケヴィン、セバスの両名もお嬢様のご意見に同意いたします。個人的には、稀に見る逸材であると考えておりますれば」


「言葉遣いのみならず、立ち居振る舞いも麗しいですね。アンジェリーネが気に入る理由がわかりましたわ」


「閣下、私からも一言。アスランには武の才もあると見込んでおります。鍛えれば必ずやアンジェリーネ様のお役に立ちましょう」


「ほぉ、お前たちが総じて褒めちぎるとは珍しいな。が、私としても難点は見当たらぬ。良かろう、アストレアル公爵家が後見となる。後はアンジェリーネの好きにするがいい」


 ロターワルドはそう告げると居間を後にした。それに続くようにフローレンス婦人も退出した。

 アスランは奴隷としての品定めを受けていると考えていたが、ロターワルドの『アストレアル公爵家が後見になる』というフレーズが思考に引っかかった。


「アスラン、良かったわね。お父様の許可が頂けたわよ。さあ、ソファにお座りなさい」


「アンジェ様、私が皆様と席を共にするなど。私はこのままで結構でございます」


「アスラン、お嬢の言われるとおりに座れ。奴隷から解放されるとしても、お嬢がお前の主家であることは変わらん。主の命には従うものだ」


 アスランはクレイの言葉を聞いて目を丸くした。そのままアンジェやステファンたちの顔を見回すと、皆が微笑みを浮かべて小さく首肯した。


「ま、まさか…奴隷から解放され、使用人にして頂けるのですか?」


「それは少し違うわ。奴隷から解放するだけで、公爵家が後見なんてするはずないでしょう? アスランはアストレアル公爵家の家臣になるのよ」


「えっ!?」


「驚くのも無理はない。奴隷として買われて半年も経たぬ内に解放だからな。しかも使用人ではなく家臣だ。立場的には俺やランド・スチュワードであるステファンと同じになるわけだ」


「そ、そんな!? ケヴィン様やセバス様を差し置いて私が家臣になるなど…」


「アスランの気遣いは嬉しいが、私もセバスも納得しているのだ。それに、アスランの出自からしても家臣となるに不都合はない。今の身分にしても違法に奴隷へと落とされたのだ。身分登録を訂正すれば問題はない」


「その通りだよ。『アスランを家臣にすべき』と私に進言したのは、他でもないケヴィンとセバスなのだから。二人の心遣いを無下にするものではないよ」


「嗚呼、皆様のご恩情に深い感謝を。感謝を、感謝を…」


 アスランは男泣きに嗚咽を漏らした。下級とはいえ貴族家の子息であった記憶と、日本で何不自由なく幸福に暮らしていた記憶が、その感慨をより一層大きなものにした。


 アンジェから『明朝は奴隷商へ行き奴隷紋を消して身分登録を訂正する』と言われた。どこか満足そうに話すアンジェの微笑に、アスランは人生への希望を取り戻したのだった。


 居間を辞したアスランは今夜で最後となる使用人の宿舎棟へ戻り、ゲイルたちに事の顛末を伝えた。『少し寂しいけど良かったな!』とゲイルたちは心から祝福してくれた。

 奴隷である自分に彼らが親切にしてくれたように、家臣となった後も彼らに親切にしようとアスランは心に誓った。



 明けて翌日、アスランはアンジェとクレイに伴われて奴隷商会へと向かった。

 屋敷から商会への往路はアスランが御者を努めることにした。ゲイルは『俺の仕事を取るなよぉ』と冗談めかして言ったが、アスランは世話になったゲイルに心ばかりだが礼がしたかったのだ。


 商会の玄関先に着くと、奴隷商と部下の男が出迎えのために待っていた。奴隷商はいつもの営業スマイルだったが、部下の男がアスランを見る目には険があった。

 ゲイルもそれに気付いたらしく、『あの男も奴隷だから妬んでんだよ』と耳打ちしてくれた。


「ようこそお越しくださいました、アンジェリーネ様。準備は整えてありますので、どうぞこちらへ」


「ありがとう。さあアスラン、貴方の新しい門出よ」


「はい、アンジェ様。ありがとうございます」


 アスランがアンジェとクレイに追従しようと歩きだした時、ゲイルが拳でアスランの肩を叩きながらニカっと笑ってサムアップした。アスランも笑顔でゲイルにサムアップを返した。


 応接間へ入ると、アンジェはアスランに対する奴隷契約を解除した。それを確認した奴隷商が、解呪のスクロールを使って奴隷紋を消し去った。

 奴隷紋を刻まれる時の苦痛など微塵もなく、アスランは奴隷紋が消えた自分の胸を見たままキョトンとしていた。


「おめでとう。これでアスランは奴隷から解放されたわ。今この時から貴方はアストレアル公爵家家臣、アスラン・ウォーカーよ」


アスランは片膝を突き頭を垂れて臣下の礼を執った。


「ははっ! 私アスラン・ウォーカーは、アストレアル公爵家の剣となり盾となるべく忠誠を尽くします!」


「ええ、凄く期待しているわ」


 こうしてアスランは奴隷身分からの脱却を果たしたのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ