予報外れ
日曜日の午後、予報外れの雨が降った。
梅雨が明けてから雨は当分降らず、雨の匂いも忘れ始めていた。仕事終わりの学校からの帰り道、傘を持っていなかった僕は急いで店の軒下に入った。
「あ、みずき先生」
「君は……」
彼女は僕より先にこの軒下に入って雨宿りをしていた。部活帰りなのだろうか、うちの制服を着てるが顔が思い出せない。端正な顔立ちをして他の生徒とは違う大人びた色っぽさがある、雨に濡れた黒い長い髪がより一層僕はそう感じたのかもしれない。
僕は思い出そうとしたがやっぱり彼女の事が思い出せなかった、こんな生徒がうちの学校にいたのだろうか。僕が思い出そうとした間がそのまま沈黙になった。
太陽の見える青い空から重たく強い雨が地面で跳ねる音が軒下の2人に響く。それを彼女は楽しんでいるように思えた。
「楽しそうだね」
「みずき先生には私がそう見えますか?」
彼女は下から僕の顔を覗き込むように見上げてニヤリと笑った。まるで何かを試されてるみたいだった。そして彼女の目は僕の全てを見透かされている気がした。
「……あぁ、僕には楽しそうに見えたよ」
「そうなんですか」
そう言って彼女は黙った、そしてまた空を見た。彼女が黙るとさっきまで重たく強く地面で跳ねていた雨が少しずつ弱まってきた。
「もうすぐ止みますね」
彼女は目を閉じて、大きく深呼吸をした。
「…ペトリコール」
「え?」
「この匂い、ペトリコールって言うんですよ」
「この匂いって、雨の事?」
「そうです、私この匂い好きなんです」
僕も大きく深呼吸してみた。独特で癖のある雨の匂い、その中に土と草の匂いも混じあいじめっとした空気と一緒に僕の中に入ってきた。
目を開けて気づくと雨はやんでいた。
「ペトリコール、覚えました」
「ふふ」
彼女が笑った。
「先生も知らない事あるんですね」
また彼女はニヤリと僕を見た。さっきと同じで僕は見透かされている気がした、それと同時に僕はもう彼女の事を生徒としては見ていなかった。
「君は僕の知らない事をいっぱい知っていそうですね。良かったらまた教えてください」
彼女は目をそらし軒下から出てまた振り向いて僕の目を見た。
「私みずき先生のことが好きなんです」
また彼女は同じ目をしていた。
軒下に入ってからたったの数分だった、彼女にみずき先生と呼ばれた時から僕は彼女の手の内で転がされていた気がする。知っているのはうちの生徒でペトリコールが好きだと言う事だけで僕はまだ彼女の名前も知らない。でも彼女の嘘か本当かもわからないいきなりの告白が僕の気持ちを気づかされた。生徒として見ていなかったのもきっと途中からじゃなくて最初から見ていなかった。僕も彼女の事を好きになり始めているのかもしれない。いや、一目惚れだったのかもしれない。
日曜日の午後、予報外れの雨が降った。その日僕は彼女と出会った。




