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こいのうた  作者: あいぽ
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第五話 天野 舞

緑ヶ丘小学校から、少し山を下ったあたりに、大きく美しい湖がある。

その湖は、真夏の陽光をうけ、水面がキラキラと七色に乱反射していた。

周りを見渡せば、美しい緑の木々が息吹をあげてあり、遠くには雄大な山々がそびえているのが見える。


湖の湖畔で、藤川は両手を真っ青な青空へ突き上げ、思いっきり深呼吸をする。

清涼な空気が、身体中に巡ってゆくのを感じる。

この大自然の中にいると、教師という仕事のストレスも、狂気に満ちた保護者たちの言われのなきクレームも、全て吹き飛ばしてくれるかのように清々しい気分になった。


今朝方、藤川は自宅を早く出て、渡辺良太に会う前に、彼が溺れたという湖に来ていた。


ーーWhen I was small, and Christmas trees were tall

ーーわたしたちが小さかった頃、クリスマスツリーはまだ大きかったね


藤川の耳に、どこからか愛くるしい少女の声が聞こえてきた。

その声は、この大自然の湖のように澄んでいて、美しい。


ーーWe used to love while others used to play

ーーわたしたちは、恋をしたんだよ。クラスのみんなが遊んでいる間にね


藤川は、滑らかに読み上げられる英文と、可愛いらしく抑揚をつけて読み上げられる日本語訳に聞き惚れてしまう。


ーーDon't ask me why, but time has passed us by

ーーなんでって聞かないでよ。わたしたちの時間はあっと言う間に通り過ぎてゆくわ


ーーSome one else moved in from far away

ーー……えっと

ーー……えっと


そこで、少女の和訳は急に止まってしまう。

藤川は、和訳を考えている少女の声がなんだかもの悲しく感じてしまう。


「あ、先生! おはようございます!」


すると、先ほどまで英文を和訳していた少女は、湖のほとりにいる藤川を見つけたようで、元気いっぱいに手を振り、藤川のもとに駆けつけて来た。


「あら……あなたは」

「6年3組、天野 舞です!」


少女は、隣のクラスの天野舞だった。

天野は、礼儀正しく藤川にハキハキと挨拶をすると、困った顔で首をかしげて藤川に尋ねる。


「ねぇ、先生……。ここ、ホラ、ここの英文なんて訳すの?」


英会話のテキストだろうか。

藤川は、天野に差し出された英文の書かれたテキストを見つめる。

彼女が先ほど、和訳に困ったところだ。


「えぇと、誰かが、邪魔をする……遠くから来た誰か」


藤川は、天野の突然の質問に、苦笑いを浮かべながらもこう答えた。


「天野さん、ここは『遠くから来た誰かが邪魔をする』だね。そうきっと、前後の文脈から考えると、愛し合っていた二人の間に、遠くから邪魔者が入ったのかしら」


「やっぱり、そうかぁ……」


藤川のその答えに、天野はうつむき悲しげな表情を見せる。

そして、その表情を見て藤川は分かった。

天野は、その英文を訳せなかったのではなく、訳したくなかったのだ。


きっと、天野もクラスの誰かに恋をしているのだろう。

藤川は、天野の目まぐるしく変わる表情や声色に、この子はなんて純粋で愛らしいんだと、くすっと笑いが溢れてしまう。


「先生、何笑ってんですかぁ」


天野の拗ねた表情も可愛いらしい。

藤川は、天野とは学校ですれ違う程度の面識しかなかったが、天野舞はなんて聡明で愛らしい女の子なんだろうと思った。

小学校6年生の少女とは思えないほど、英語の音読も完璧で、全身から知的でとてもしっかりとした大人びた雰囲気を感じる。

しかし、こんな風にちょっと話をしてみると、天真爛漫に色んな表情を見せてくれてとても愛らしい。

藤川は、そんな風に天野の屈託のない笑顔を見ながら、昨日最後に尋ねた少年の話を、ふと思い出した。



『良太ね、舞ちゃんと二人で緑ヶ丘の湖の湖畔に遊びに行ったらしいんだけど、その時、急に足を滑らせてしまい、溺れてしまったらしいんだ』


渡辺良太は、舞ちゃんという女の子と仲が良く、彼女と湖へ出かけていた時に、溺れてしまった。


……舞ちゃんって、目の前にいる天野舞のことだろうか!?


「ねぇねぇ、天野さんって、もしかして渡辺良太くんと仲良しさんかな?」


藤川は、天野にからかいながら尋ねると、天野は顔を真っ赤にして言う。


「仲良しなんかじゃないんだよ、わたしたち愛し合ってるんだよ、先生!」


頬を膨らませる天野は本当に愛らしい。


……やっぱり、この子が舞ちゃんだ!


藤川は、天野の目線までしゃがみ込み口を開く。


「あの時……渡辺良太くんが溺れた時、あなた、一緒にいたわよね。ねぇ、その時の事聞かせてくれない」


「……」


藤川のその言葉に、天野は黙り込んでしまう。

やはり、自分の目の前で仲良くしていた男の子が事故にあったんだから、天野は今でもショックなんだろう。

藤川は、渡辺良太の事を知りたかったからといい、まだ幼い少女にぶしつけな事を聞いてしまった事を後悔する。


「……ごめんなさい、天野さん」


すると、天野は先ほど少し曇らせた表情を和らげ、藤川に尋ねた。


「ねぇ先生、なぜ子どもは結婚できないの? お母さんが言ってたの、あなたと良太くんがどれだけ好き同士でも、結婚は大人にならないと出来ないんだよって」


藤川は、自分を見つめる天野の真っ直ぐで大きな瞳に吸い込まれそうになる。

そして、天野から放たれる思春期特有の甘酸っぱさ、真っ直ぐさはとても美しく、現実の中でストレスにもがき苦しむ自分が情けなくなり、思わず目線を反らしてしまう。

藤川は、渡辺良太に向けられた、天野の真っ直ぐで透明な恋心に、大自然の中で生命の息吹に満ちたこの湖畔のような美しさを感じた。


こんばんは、あいぽです。

ここまで読んで下さいまして、ありがとうございます。

藤川 紘子

天野 舞

この物語の主要人物がようやく出揃い、次回、いよいよ渡辺良太の登場です。

「第六話 渡辺 良太」

お楽しみに。

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