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こいのうた  作者: あいぽ
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第三話 五人の少年たち

今年の夏は特に暑い。

もう夕暮れ時というのに、灼けつくような真夏の太陽を浴びたアスファルトには、揺れるように陽炎が立ちのぼっている。

カツカツとリズムよくヒールを鳴らし、長い影を落として橙色に染まった街を歩く藤川の額からは、何度ハンカチで拭っても汗がじわりとにじみだす。

奥多摩の山間部に位置する緑ヶ丘は、道路をアスファルトで舗装されているといっても、都市部のように綺麗に舗装されているわけではなく、曲がりくねった山道を歩く事は相当の体力を要する。


あと一人……

あと一人でこの不条理な仕事から解放される。


藤川は、何かを睨みつけるようにただひたすらヒールを鳴らし歩き続けた。


一人目の少年の家では、少年の母親に泣きつかれた。

何でうちの子供がこんな目に合わなければならないのと、ただひたすらに涙声で責め立てられた。

二人目の少年の家では、少年の母親にずっとヒステリックに怒鳴り散らされた。

三人目の少年の家では、少年の母親にしつこい程に嫌味を言われた。

四人目の少年の家では、少年の母親に一時間以上も土下座させられた。


藤川は、何で自分がこんな目に合わなければならないのかと、何度も何度も歯を食いしばり、少年たちの母親たちへ謝罪の言葉を述べ続けた。

きっと今月も、また生理が遅れるだろう。

言い尽くせぬストレスに、涙を浮かべそっと両手で自分の腹を撫でる。

もし、自分が母親になれたとしたら、自分の子供を守るためになら、自分もこれほどまでに身勝手な母親になるのだろうか。


我が子を愛するがゆえの母親の愛は、時に狂気に満ちている。


藤川は、自分には手に入れたくても、手に入れられぬ母性というものへの羨望を、まるで打ち消すかのように大きく首を横にふった。


藤川の華奢な脚が、もうこれ以上は歩けないだろうというくらいにクタクタになった頃、ようやく五人目の少年の家の玄関の前に着いた。

そして、今日訪れた四人の少年たちが、怯えながら口にしていた言葉をふと思い出した。


『22時22分、図書室から少女の霊があらわれたんだ……』


藤川は、五人目の生徒の家の前で大きく深呼吸をしたあと、チャイムを鳴らした。


「……はい」

「こんばんは、緑ヶ丘小学校の6年2組の担任をしている藤川です。この度は、色々とご迷惑をおかけ致しましてすい………」

「あっ! 先生ですか、ちょっと待ってくださいねぇ!」


五人目の生徒の母親は、拍子抜けするほど明るかった。

玄関の扉が開き、少しふくよかな少年の母親は、優しい笑顔で藤川を家の中に招き入れた。


少年の家のリビングで、冷たい麦茶を出された藤川は、一気にそれを飲み干した。


「先生、暑い中すいませんねぇ。わざわざ家まで来てくれて。いやね、私、他の母親連中に言ったんですよ。悪いのは息子達なんだし、何も学校に文句まで言う必要はないんじゃないのって」


すると、母親が喋り終わるか終わらない頃に、先ほどまで寝室で寝てたであろう少年がやってきて、泣きそうな声で藤川に訴えかける。


「先生、母ちゃんの言う通りなんだ! あいつらときたら、22時22分の少女霊の話、ハナっから信用してないんだ。だから、オレ、途中で言ったよ。何度も帰ろうって。だけど、アイツらふざけてスマホで少女の霊を撮ろうなんて言って、帰ろうとしないんだ。だから、きっとオレたちはこんな目にあってしまったんだ」


自分に必死に訴えかける少年に、藤川は言う。


「なぜ、あなただけ、少女の霊の話は、噂話ではなく、本当の話だと思って怯えていたの? だって、クラスのみんなは、全然信用してなくふざけてたんでしょ」

「………」


少年は、少し沈黙した後口を開いた。


「だって良太が言っていたから。少女の霊の話……」

「良太!?」

「うん、3組の渡辺良太」


すると、少年の母親がにこやかに口を挟む。


「あぁ、良ちゃんね。あんた昔っから良ちゃんと仲良かったもんね。先生、この子ったら、ホントに意気地のない子でねぇ、この子の幼なじみに、その良太くんって子と舞ちゃんって女の子がいてね、小さい頃から三人でよく遊んでいたの。でね、この子は、ずっと舞ちゃんの事が好きだったみたいなんだけど、いつからか舞ちゃんが、この子ではなく良ちゃんの事が好きなんだって気づいたんだろうねぇ。この子ったら、舞ちゃんを避けるようになって、最近ではもう三人で遊ばなくなったんだよ。自分が好きなくせして、舞ちゃんに変な気ぃ遣ったり、バカだよねぇ、この子は」

「母ちゃん、先生に余計な事言うなよ!」

「……ホントに、あんたのそう言う不器用なとこ、父ちゃんそっくりだよ。でもまぁ、母ちゃんは、父ちゃんやあんたのそういう優しさって、好きだけどね」


藤川は、そんな親子の微笑ましいやりとりと、母親の息子を思う優しい愛情に、今日一日張り詰めていた肩の力が抜けてゆき、自然と笑みがこぼれる。


「でもさぁ、あんた、そう言えば良ちゃんって、こないだ大変な目にあったんじゃなかったけ」

「あ、先生、そうなんだよ。良太のヤツ、実はこないだ湖で溺れてしまって、心臓が止まっちゃったんだって」

「湖で事故!?」


少年のその言葉に、藤川の表情は一気に緊張した面持ちになる。


「そう、良太ね、舞ちゃんと二人で緑ヶ丘の湖の湖畔に遊びに行ったらしいんだけど、その時、急に足を滑らせてしまい、溺れてしまったらしんだ。驚いた舞ちゃんが、大声で助けを求めて、たまたま近くにいた大人が良太を助けたんだけど、その時にはもう、心臓は止まっていたらしい。結局は、駆けつけた救急車の中で、心臓マッサージをする機械みたいなの使って、良太は生き返ったらしいんだけど、それからなんだ。良太がおかしくなったの」

「……渡辺良太くんが、おかしくなった!?」

「そう、なんかね、良太のヤツ、『僕には、みんなが持ってきたお土産が見えるよ』って、言うようになったんだ」

「……みんなが持ってきたお土産?」


藤川は、話の内容が見えず、怪訝な表情で少年に問いかける。

すると、少年は藤川に顔を近ずけて言う。


「先生、知っている? 良太が言うにはね、人はこの世に生まれてくる時に、何か一つお土産を持って生まれてくるんだって。例えば、サッカー選手になれるとか、学者になれるとかって言うお土産。良太が言うには、オレは警察官になれるお土産を持って生まれてきたらしく、オレは将来は警察官になるんだって!」

「……」

「良太のヤツ、心臓が止まった時に不思議な力を手に入れたらしいんだ」


藤川は、少年のその話を聞き、メーテルリンクの「宿命論」を思い出す。

メーテルリンクも、幼少の頃に臨死体験をしている。

そして、その体験をもとに描かれたと言われるのが、チルチルとミチルが青い鳥を探し、不思議な世界を冒険する「青い鳥」である。


ーー人間は生まれてくる前に、『未来の国』で、時のおじいさんから、宿命と言う名のお土産を持たされ生まれくる


メーテルリンクは、人間が生まれてくる前の事を「青い鳥」で、そう説いている。

そして、渡辺良太という少年も、まるでメーテルリンクが説く『未来の国』と同じような話を、この少年にしている。


藤川は、五人の少年たちが口にしていた「少女の霊」が本当なのかどうかより、その不思議な力を持つ渡辺良太に会ってみたくなっていた。

もしも、渡辺良太が、臨死体験をして、人間が生まれて来る前の世界を覗いたと言うのなら、藤川には、どうしても渡辺良太に聞きたいことがあった。


藤川は、明日にも早々に、渡辺良太へ会いに行こうと決心して、少年の家を後にした。


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