第20話 蒐集か×店×その男
やがて、スポーツカーは減速して住宅街を抜けた。その先にあったのは、古いフェンスを持った、だだっ広い砂利場の個人敷地だった。
どうやら、砂利部分は駐車場になっているらしい。打ち込まれた数台分の駐車線に従い、そのうちの適当な場所で青いスポーツカーが停車した。
宮橋と共に車から降りた雪弥は、その敷地の奥にある一階建ての物件に目を向ける。
それは、くすんだ白いコンクリート壁をした建物だった。玄関の入り口は、引き戸式になっており、奥の方から倉庫のような別建物がチラリと覗いていた。
「ここが、僕の知っている奴の『店』だ」
そちらへと向かい出しながら、宮橋が言った。
「看板もありませんし、お店というより普通の一戸建てのようには見えます」
「元は、風変わりな収集家みたいなものだからな。それに出入り訪問客も、僕らみたいな〝そちら関係の専門家〟か、それを調べたいとする者が来る程度だ」
そう宮橋は雪弥に教えると、戸の前に立つなりガンガン叩いて鳴らした。
「おい、風間、いるんだろ今すぐ開けろ。三秒以内に開けなかったら、また僕がこの戸をぶち破る」
外には、他に車もない。もしかしたら建物の所有者が不在かもしれない可能性もあるというのに、宮橋が一方的にそう告げたかと思うと、秒を数え始める。
すると、建物の中から、バタンっと何かにがぶつかる音がした。バタバタ……とじょじょに大慌てで近付いてくる音が続く。
その二秒半後、勢いよく内側から引き戸が開け放たれた。
「宮橋さん勘弁してくださいよ! この前、あんたに宣言通り、車のフロントを拳で凹まされたばかりなのに!」
飛び出してきてそんな悲鳴を上げたのは、ラフなパーカー姿の男だった。茶金に染まった髪、耳にはピアスが一組。部屋着なのか、下はゆるゆるのズボンだ。
雪弥は、外に当人の車さえなかった事について納得する。家主不在の可能性も浮かんでいたのだが、どうやら宮橋に修理屋送りにされただけであったらしい。
――それにしても、と、ちらりと思う。
彼は、三秒で出てこなかったから本当に、車に拳を落としたのか。
それはそれで過激な、と、理不尽なその状況を想像した。呑気に首を捻っている雪弥をよそに、風間と呼ばれたその男が宮橋へ続けて言う。
「今日は、一体なんの用なんすか? 試しで相棒にさせられたとかいうあの若い刑事、結局は俺が渡した〝厄避け〟もあって、五体満足で無事だったんでしょう? 商品のいちゃもんを付けられる理由はないと思いますしっ」
慌てっぷりな口調で言いながら、風間はぐいぐいと戸から宮橋を遠ざける。
「というかっ、宮橋先輩! 大学時代からずっと思ってたんですけど、俺をいびって楽しいっすか!?」
「知りたいと言って僕に接触してきたのは、どこのどいつだったっけ?」
「あ~……まぁ、それが俺の運のつきだよね。でも後悔してないっすよ!」
なぜか、風間がバッチリいい顔で親指を立てた。
と、そこで彼が、ふと気付いたように雪弥の方へ目を向ける。
「ん? こちらさんは……?」
ぱちり、とようやく互いの目が合う。
どうやら、宮橋とは大学時代からの知り合いでもあるらしい。様子を見守ってそう理解したところだった雪弥は、少し遅れて慣れない自己紹介を口にした。
「昨日から臨時のパートナーをやっている、雪弥です」
深く突っ込まれたら困るなと思いながら、ざくっとそう答える。するとその途端、風間が全てを察したような顔で、あわあわと口元に手をやった。
「可哀そう……。君ら新人って、全員まずは宮橋さんの相棒にあてられるとか、ほんと残酷だよね」
「…………」
なぜか、心からされてしまった。急きょな臨時の相棒に疑問を抱かれなかったのはよかったが、それにしても一体、これまでの宮橋の相棒候補達に何があったのか。
すると、そんな事はどうでもいいという態度で、宮橋が「おい風間」と呼んだ。
「確認したい事があって来た。お前、L事件関係だという事で県警にも収集を許可されている身で、『厳重な保管』と言いながら、盗人を許したな?」
風間が、しばし理解するための時間を要した。
「盗人……え、ぅえええええ!? いや、いやいや、俺の店に侵入できる奴なんていないですよっ」
何を言われているのか分かったらしい。店の中の物を持ち出されたのでは、という宮橋の指摘に対して、風間は慌ててぶんぶんと手を振って言う。
「なんですか宮橋さん、もしかしてヤバイやつが、うちの店から持ち出されたせいで何か起こったとでも言いたいわけですか!?」
「まさにそうだよ、風間」
「痛っ、いたたたたたた! まだ事実確認もしていないのに理不尽!」
風間が、宮橋に頭を鷲掴みにされて「んぎゃーっ」と騒ぐ。
「なんか怒ってません!? 今日、とくに機嫌悪くないっすか先輩! 先輩の馬鹿力で本気だされたら、俺の頭がぱーんってなるいやああああぁぁ!」
その光景をリアルに想像でもしたのか、 ガタガタと震え上がった風間の口から、女みたいな甲高い悲鳴がもれる。
「宮橋さん、少し落ち着いてください」
騒ぐ風間の涙ぐむ様子をみかねて、雪弥は横から口を挟んだ。
宮橋がちらりと考え、それから少しもしないうちに珍しく素直に手を離す。
「よし、いいだろう」
解放された風間が、直後、自分の頭を両手で揉みほぐしにかかった。「めっちゃ軋んだ」とぶつぶつ言うと、若干涙が滲んだ目で、宮橋を見つめ返す。
「俺のところの〝結界〟は、引き続きほつれ一つなく完璧ですよ。ネズミ一匹入れないっス。だから皆、ワケありは〝ウチに預けて〟もいくわけで」
風間は「それにですね」と、頭から手を離して姿勢を戻しながら続ける。
「レア級の〝お宝〟や危ない代物は、何重にも結界と鍵を掛けてある奥の倉庫にしまいこんでいるんです。そこは、たとえ宮橋先輩だろうと突破できませんよ」
「ほぉ。つまり、盗まれるはずがない、と君は言いたいわけか」
回答を聞き届けた宮橋が、ふっと笑みをもらして鷹揚に頷く。
風間が、言い方にまずった、というような表情を浮かべた。雪弥も、なんだかちょっと嫌な予感がした。
と、宮橋が足元の砂利をざりっといわせて偉そうに腕を組む。
「ふははははは、それに〝僕だって侵入する事が出来ない〟だって?」
「あ、この笑い。めっちゃ嫌な予感っす」
「君は面白い事を言うね。たかが蒐集か、そして魔術師風情の連中が寄越した結界――この僕に突破できないわけがないだろう。必要なら、力付くで踏み入るまでさ」
宮橋が、ゴキリと手を鳴らした。
実に愉しげというか、悪党じみた笑顔である。それを目の前にした風間が、泣きそうな顔で慌ててこう言った。
「か、勘弁してくださいよ宮橋先輩っ。そんなに俺の管理を疑っているんですか? た、確かに最近、あんたにぶっとばされたせいで、新しい用心棒達もまだ病院から帰ってないですけど、侵入なんて本当にされていないと思――」
「あの二人の大男、まだ復帰してないのか? やれやれ、実に軟な用心棒だな」
「あんたが度を知らなすぎるんですッ」
どうやら車だけでなく、用心棒の人間にも何やらやったらしい。
見た目の印象を裏切るくらい腕力でいく人でもあるようだと、雪弥は他人事のように傍観していた。病院送りって、その時には何があったのだろうか?
そこで宮橋が、本題を切り出すようにして美麗な顔をチラリと顰めた。
「緊急を要する。だから、実際に中を改めさせてもらう」
「えぇぇ、いきなり来ておいて、結局は口頭確認だけで終わらす気も全くないんですか!?」
風間は「あの」やら「その」やらと、宮橋を中に入れたくない様子だ。他の客もいないというのに、焦った感じで両手で拒否を示した。
「すみません宮橋さん、できれば遠慮してくださいませんか。あの、来るなんて思っていなかったから念のための準備もしていないですし、その、もしかしたら〝本物〟であるあんたが入ると、他の新しい商品に影響が出るかもしれないし――」
よく分からない言い訳が、しどろもどろに続く。
雪弥はその様子を観察して、なるほどと自分なりに推測する。どうやら『面倒事は避けたいので出来るだけ入れたくない』とでも言いたいようだ。
その時、ふと宮橋に流し目を寄越された。
一体なんだろうと思って、横目にパチリと目を合わせた途端、宮橋が雪弥に『やれ』と顎で指示してきた。気付かずに風間は話し続けている。
「宮橋先輩、そもそもですね、俺はそういう感覚は持ち合わせていないので、魔術が作動しちゃっても分からなというか――ひぃぇえええ!?」
直後、雪弥は風間の胸倉を掴んで持ち上げていた。
持ち上げてみたとはいえ、一体どうしろと、と宮橋に困惑した顔を向ける。だが風間は、宮橋にされたがごとく怯え、浮いた足をバタバタとさせながら叫んだ。
「綺麗な顔したこの美青年めちゃくちゃ怪力なんですけど!? み、みみみ宮橋先輩っ、まさか俺をサンドバックにでもするつもりですか!?」
「ははは、まさか。僕はわざわざそんな手間をかけるのは、嫌いだよ」
ふふん、と宮橋は偉そうだった。
あ、だからさっき、あっさり彼の頭から手を離したのか、と雪弥は気付いた。初の打ち合わせで、臨時の部下でも後輩でもなく〝下僕〟と言われていたのを思い出す。
そもそも、この持ち上げに一体、なんの意味があるのか。
そう雪弥は思って、足をばたばたしている風間の体重も感じていない様子で、吐息を一つもらした。そんな中、宮橋がニヤリとして風間がビクッとする。
「風間、そいつは僕の下僕だ。僕が投げ飛ばせと指示したら、お前は空を飛ぶ事になる」
「マジすか嘘でしょ!? つか、新しいパートナーの新人を下僕呼ばわりって、相変わらずひっでぇ!」
確かに。
雪弥は、風間の言葉に同意できた。でもまぁ新米刑事でもなんでもないんですけどね、と、こっそり思って何も言えない。
「ちなみに彼は、僕以上の怪力だよ」
「えええぇぇ! 宮橋先輩以上のバケモノがいるんですか!?」
「失礼だな。僕は普通だぞ」
「普通じゃないっすよ! あんた、教授のバカ重い机も放り投げてたじゃな――」
「無駄話を続ける気なら、雪弥君に放り投げてもらおう」
「勘弁してください今すぐ案内します!」
とうとう風間が、半泣きでそう叫んだ。
ああ、つまりただの脅しの一役を買われたわけかと、雪弥はようやく理解したところでこの雑用役にはちょっと呆れたりした。




