第15話 ビル・イン・ダーク 下
雪弥の一蹴りが放たれた直後、猛スピードで打ち返されたミサイル弾が、先程の数倍の速度でもって大男へと向かって弾けた。
視界はより一層悪くなった。しかし、マシンガンの銃撃音はやまない。
「――自分からの攻撃は、ノーダメージなのか」
そうすると、こちらが持っている銃の方も効かないのだろう。
そう推測しながら、雪弥は宮橋のいる方の廊下へ一旦身を滑り込ませた。
「ミサイル弾を蹴り飛ばすって……軍泣かせだなぁ」
「ざっと見た感じだと、頭の部分を押さなければ爆発しないタイプのものだったので、それ以外のところを蹴りました」
雪弥は、ざくっとそう答えた。宮橋が「いや、そういう事じゃなくてだな」と続けようとした言葉は、再び始まった大型攻撃によって遮られた。
大きな爆音が続けて鳴り響いた。砕かれた壁の一部が舞い、近くの柱まで破壊されて破片が飛ぶ。建物が揺れて廊下の上の天井にもヒビが入り、パラパラと頭上から降ってくる。
こちらの姿が見えないというのに、まるで乱れ撃ちだ。
「くそッ、信じられるか!? 破壊兵器が生きているみたいだな」
咄嗟に頭を両腕で庇っていた宮橋が、ようやく一旦、銃撃までやんだところで怒りの声を上げた。
一緒になって壁に背を付けて腰を下ろしていた雪弥は、目を向けられて困ったような表情を浮かべる。
「まぁ、僕も似たような感想が浮かびました。心臓は止まっているけど、肉体の方は生きてもいるみたいですし――」
「そんな冷静な状況分析は求めてないぞッ。ここまでくると、その辺の怪異の方がまだ可愛いわ!」
宮橋が言いながら、怒り心頭といった様子で床をバンバン叩く。その際に、馬鹿力で脆くなっていた床のヒビが増していた。
いきなりの攻撃は、少々ショックもあったのかもしれない。雪弥とて混乱しているし、改めて答えますからと伝えるように、ひとまず降参のポーズで手を上げて見せた。
すると宮橋が一旦静かになった。ぶすっと顰め面で見つめられた雪弥は、「えっと」とぎこちなく声を出す。
「実は以前、アレと似たような形態変形を見た事があります」
雪弥は先日、高等学校に潜入した一件を思い出した。薬による肉体と精神の強制変化、肉体を弄られていた殺人兵――。
とはいえ、これまでとタイプは全く違っている。
あれはどう見ても『機械』だ。生物としての『生』はまるで感じない。宮橋の言うように、機械が生きているみたいだった。
「ですがそれとは違って、なんというか――異様だとは思います」
ずしん、と進んでくる足音が聞こえて、雪弥は警戒へ注意を向けた。
耳を済ませると、蠢いている音が引き続き聞こえてくる。どんな動力でなりたっているのか、先程怒涛の発砲をしてきたばかりだというのに、更に武器を生成するような硬化音も聞こえてきていた。
「僕は人間の皮を、機械が破るというのは見た事がありません」
雪弥はそう答えて、そろりと頭を動かした。
さて、どうしたものか。
そう思って向こうの状況を目に留めようとした時、またしてもマシンガンのスイッチが入れられたかのような連続射撃が始まった。パッと頭を戻してすぐ、近くの至るところを銃弾がえぐり出した。
射的に正確性はなく、距離的にもまだ大丈夫だろう。とはいえ近くの床にも弾がめりこんで次々と破片が上がり、雪弥ははねてきた弾をひとまず自身の銃で撃ち弾いた。
「あのバカ連射はどうにかならんのかッ」
宮橋が細い廊下の壁で身を庇いながら、忌々しげな声で低く言った。
「一体あの身体を生かすために『なんの特別な一族の血』を利用したんだか――ったく、怪奇と科学を融合とか碌な事をしないな!」
一つの人命をなんだと思ってやがる。
ギリィッ、と宮橋の美麗な顔が珍しく憤りに歪んだ時、不意にスーツの胸ポケットから、場違いな平和的着信音が鳴り響き出した。
一体なんの音楽だろう、と雪弥がチラリと横目を向ける。
宮橋は、こんな時に誰だ、と言わんばかりの表情で携帯電話を取り出した。その着信画面を確認した途端、こめかみにピキリと青筋が浮かんだ。
自分に正直な彼は、文句を言ってくれるという態度で即座に通話ボタンを押すと、銃撃音が鳴りやまない中で素早く耳にあてた。
「こんな時に電話してくるな馬鹿三鬼め! 非常に迷惑だ馬鹿タレ!」
一瞬の間があった。
直後、電話の向こうから大きな声が上がった。
『なんで応答一発目で罵声受けなきゃなんねぇんだよ!? ぶちのめすぞ宮橋ッ』
雪弥は煩い破壊音と攻撃音の中、その声を拾って、日中に会った仏頂面の中年刑事を思い出した。
ああ、なんだ、あの人か――でも一体なんの用件なんだろう?
もう勤務外であろう夜の時間を思いつつ、雪弥はだんだん近づいてくる銃撃のうちの銃弾の一つを、持っている銃で弾き返した。
まだ指示は受けていない。日中の戦闘も止められたばかりだ。
どうしたもんかと『護衛対象』で『先輩刑事』である宮橋に目を向けてみると、片耳を押さえて電話口に向かって怒鳴り返していた。
「その前に僕がお前をぶちのめしてビルの上から逆さにつるす!」
『一呼吸で言うなよ……、なんだよマジで怒ってんのか? そういう時のお前って、マジでやっちまうから怖いんだよ……』
理不尽にも一方的に怒鳴られた三鬼が、なんだか電話越しで戸惑い気味にたじたじの声になる。
『言っておくが、それもう二度とすんなよ。俺の二十代の頃の一番のトラウマ級の体験だぞ。というか、なんかそっち騒がしくないか? ちょっと声が聞き取りづら――』
「ああもうッ煩いぞ馬鹿三鬼! こっちは絶賛『戦闘中』だ! 緊急の用じゃないんなら電話してくるなッ」
『は……? おい、宮橋それどういう意――』
直後、宮橋が気付いて目を向け「あ」と声を出した。
保護対象者のレッドラインまで踏み込まれたのを見て取った瞬間、雪弥は反射的にカチリと判断をして飛び出していた。
そこには、身体の半分を機械で覆われている大男の姿があった。偽物の眼球はすっかり上を向いて痙攣し、ずるずると電気コードを吐き続けている口からは、化学薬品交じりの体液が溢れ出ている。
なんだか、何百もの蛇に身体を覆われているような姿にも思えた。喉仏や肩、四肢、それから身体から噴き出し蠢く先も不統一で武器を生成し続けている。
そのあらゆる銃口が、一斉にガチャリとこちらを向いた。
どうやら目ではない部分で人間を識別しているらしい。もっとも効率的実用性からいくと、熱探知機かな、と雪弥は黒くした瞳を、ゆらりとブルーに鈍く光らせて冷静に思った。
生きている気配が、ない。
なんだ、動いているだけの『ただの武器』じゃないか――。
その獲物の前に実際に立った途端、心が早急に冷めていくのを感じた。どうしてか、期待後の失望感に似た感覚が、胸の内側に広がる。
「ただの人形に用はないよ」
知らず、冷やかな呟きが自分の唇からこぼれていた。
直後、攻撃が打ち出されるのを察知した方の武器を、雪弥は伸ばした自身の爪で切断した。銃撃を開始した銃口を抉り取り、床まで伸びている機械の蠢きごと両足を横に一刀両断する。
大男は、やはり痛がりもせず壊された反応も見せなかった。ギギギと鈍くなった動きで、引き続き攻撃態勢に入ろうとする。
「――ああ、そうだ。お前、中身は脆かったりするのかな」
斬った感触から察して、雪弥は冷酷な目で口許を僅かに上げる。。
噴き出すでもない血液と、機械オイルが絡んだ爪先を引っ込めると、打ち出されかけた小型のミサイル弾を素手で掴んで、大男の顎が外れて唇が裂けるくらいの容赦のなさで口に押し込んだ。
ほんの僅かな沈黙の後、大男の胸から上が吹き飛んだ。一体どの『部品』か『部分』かも分からないものが弾けて、液体がぴしゃりと飛散する。
ずん、と重量感ある音を立てて『残った部分』が崩れ落ちた。
気付いてすぐ通話ボタンを切っていた宮橋が、携帯電話を持ったまま、しばし茫然と見つめていた。
標的の『完全沈黙』を確認して、雪弥はスーツに付着した余計な物を手で払った。
「この後に及んでも、殺すな、というんじゃないでしょうね」
蒼い光を帯びた冷ややかな目を、彼へと向けてそう言う。
「『壊』さなければ、きっと『コレ』は止まりませんでしたよ」
戦闘痕でまだ少しだけ視界が悪い中、雪弥と宮橋の目がじっと見つめ合う。
やがて宮橋が、ふぅ、と息をこぼして前髪をかき上げながら立ち上がった。
「これに関しては責めないさ。何せソレはもう、魂も抜かれて『理』からも外されている。まさに生きている動く死体みたいなもので――僕には、どうしようもない」
自分に言い聞かせるように口にしながら、携帯電話をスーツの胸元のポケットへと戻す。
雪弥は「そうですか」と淡々と答えたところで、ふっと殺気を解いた。今更気付いたようにして、ぼんやりと惨状の方へ目を留める。
それに気付いた宮橋が、顰め面で声を掛けた。
「僕がし掛けた『無音状態』の解除条件は、ここを出る事だ。さっさと行くぞ」
「あの、コレどうしたらいいのかなと」
雪弥は、その死体を見つめた状態で小首を傾げる。
すると、途端に宮橋が「放っておけ」と、心底どうでもいい様子で片手を振って言った。
「君はなんとも思わないだろうが、君のいる『機関』とやらが現物を欲しがったとしても、彼らが回収する前には消えてしまうだろうよ。今のところは『情報だけで十分』だろ」
告げて歩き出す背中を見て、雪弥は「あ――なるほど」と気付いた。
この人、僕の行動を機関が把握しているのを知っているな。
とはいえ、この状況が、外にいる夜狐から見えているのかは知らないけれど。
雪弥は宮橋の後に続いて歩き出しながら、どうしてか以前、夜蜘羅と初めて接触した際、夜狐が全く探知していなかった事を思い出していた。
※※※
「今日はもう遅い。次はまた明日だ」
建物の外に出たところで、宮橋が静まり返った街の夜空を見やって、そう言った。
「生憎僕は、休まないまま翌日も動くなんて事はしない」
結局、例の女の子の保護と捜索に関しては、本日のところはここで終了だ。雪弥はそう理解すると、少し考えて「分かりました」と答えた。
「確かに夜も遅いですからね。勤務時間外の長い残業みたいになってしまって、本当にすみませんでした」
そもそも自分が寄越された明確な理由も分かっていない。けれど護衛の臨時パートナーとして組まされて早々、長時間残業を強いてしまった結果は申し訳なくもあった。
既に連絡先は交換してある。明日の朝、彼の普段の業務開始の時間を見計らって合流すればいいだろう。
彼は駐車場に車を残してあるから、帰りは大丈夫だ。自分は、まずはこの汚れてしまったスーツをどうにかするのを考えてから、その後の事を決めよう。
「それじゃあ、僕はここで」
雪弥は考え終わると、さらっと別れを切り出して踵を返した。
直後、ガシリと肩を掴まれてしまった。なんだか地面に押し込むレベルの力が加えられている気がするな、と思ってそぉっと目を向ける。
「あの……、なんですか?」
「君、どうせまだ何も決めていないんだろ。僕のところに泊まっていけ。ついでにスーツもマンションのクリーニングに出せばいい」
そう提案された雪弥は、遠慮して「いやいやいや」と両手を交えて断った。
「いいですよ、その辺で寝られる場所も捜しますから。携帯番号も登録してあるので、明日、連絡をして合流――」
「後で合流する方が面倒だ。僕は、時間を合わせたり待つのが嫌いでね」
「えぇぇ……」
戸惑う雪弥の意見も聞かず、宮橋が勝手に歩き出す。
「とっとと僕の車を取りに行くぞ。君はひとまず、汚れたスーツの上着くらい脱いでおけ。一部返り血なのがよく分かる」
宮橋はこちらも見ず、どんどん歩いていく。
勝手に決まってしまったらしい。困惑していた雪弥だったが、離れて行く彼の姿に急かされて「待ってくださいよ」と追いかけた。そうして結局はスーツのジャケットを取って、手に抱え持つと、渋々その隣に並んだのだった。




