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第6話 蒼緋蔵雪弥を訪ねたモノ

 どれくらい歩いていただろうか。

 僕の事は気にするな、空気と同じと思え今は意識するな、と、またしても宮橋から不思議な指示のような言葉を掛けられてから、しばらく会話もなく山道を下っていた。


 不意に、草葉が不自然に立てる音を耳にして、雪弥は足を止めた。そちらへ目を向けてみると、随分と大きな肩をした、ずんぐりとした大男の姿があった。


「お前が、蒼緋蔵家の『番犬候補』か」


 大男が、やけに赤みの強い目で真っすぐ見据えてそう言う。体格の大きさや存在感だけでなく、しっかりと見つめ返してくる眼差しや、野太い声からも肉体的以上な自信が漂っているようだった。


 眼球がやけに小さく見えるのは、顔の大きさがあるせいなのだろうか。額には何本の筋が立ち、その首も、両手を合わせても巻き届かないほどに太そうだ。


 その後ろには、一回り小さなずんぐりとした男が二人いた。どちらも妙な気配だ。顔には黒塗り鬼の仮面をはめていて、両腕をだらんとさせて俯き加減で立っている。


 蒼緋蔵家、と聞いて雪弥は顔を顰めた。どうやらエージェント関係ではないらしいと察した途端に、普段の気性も忘れてピリピリと殺気立っていた。


「それ、副当主のこと?」

「左様。番犬候補、すなわち副当主候補である」


 関係もない者からの指摘に、胸がざわついて猛烈に嫌な気持ちになった。


 先日の高等学校への潜入捜査の一件から、よく耳にしている言葉だ。昨日、兄の蒼慶から、当主を支えて守った副当主を『番犬』と呼んでいたようでもあるとは聞いていた。


「僕は、副当主になるつもりはない」


 そう口にしたら、居心地の悪さが急速に増した。兄の、そして家族のそばにいられないと感じた昨夜の事が蘇って、雪弥はざわりと殺気立って瞳孔を開かせた。


 黒いコンタクトの下で、淡いブルーの光が揺れる。


 すると相手の大男が、同じく赤みかかった獣の目を鈍く光らせた。けれど殺気はまとわないまま、ただただようやく納得したように野太い声で「まっことであるらしい」と頷く。


「そのような嘘を付かずともよいぞ、お前こそが『番犬』の役職につく者なのだろう」

「この件に関しては、わざわざ嘘を吐くほどの理由もないんだけど?」

「若き番犬候補よ。武人として我が一族の礼儀(おしえ)に従い、俺は一族の戦士部隊長として正々堂々と宣戦布告する」

「おい。僕の話し聞いてる?」


 勝手に始めるんじゃない、と雪弥は余計に腹が立ってきた。


「僕は、お前から宣戦布告されるいわれもな――」

「我らは、ブラッドクロスにつらなる特殊筋『怨鬼』の一族。血の覚醒を迎えた者達によって構成された、特攻と殲滅のための鬼の戦士部隊」


 唐突に出されたのは、初めて聞くカタカナ名と一族の呼ばれだった。


 特殊筋、と聞いて昨日の蒼慶の話が思い出された。人の形とは異なる姿で産まれる家系、『遺伝的な奇病』を持っている家系、もしくは秀でた戦闘能力やら才能を持つ人間が生まれる家系、と色々と説があり定かではない。


 けれど、ただただ自分にとって必要とすることだけを、目の前から単純に考えればどうだろうか。


 別に自分は、その言葉の歴史やら『含まれる全て』を知りたいわけではない。ならば、導かれる答えは、もっと簡単になるのではないだろうか?


 大昔に、それらが関わった『地獄絵図』のような戦争が起こっていた。それが現代でも再び始まるだろう、と蒼緋蔵家の先代当主は蒼慶に言葉を残した。そして桃宮は、兄に銃を向ける事になって――特殊筋だと名乗った第二人格を持つ愛娘『アリス』に殺された。


 雪弥は思い返して、すぅっと表情から温度を消した。


 じっくりと大男を見つめて考える。

 これまでは引っ掛かっている程度だったが、今は分からなすぎる事が『気持ち悪い』。いい機会だ、この図体のデカい馬鹿は何かしら答えてくれそうだと、コンタクトでさえ隠せない凍える鈍い輝きを宿した目を向けて『吹っ掛けた』。


「君は『そこまでの特殊筋』だと?」

「怨鬼と名の付く古き一族名くらい、蒼緋蔵家の本家の人間ならば知っておろう。時代ごとに蘇りし我が一族は、他の特殊筋と同じく『特殊な家系』として、戦闘特化型だ」


 戦闘特化……つまるところ特殊筋は、ざっくり戦闘系に寄っていると考えればいいのか?


 長いこと領土の奪い合いで、特殊筋の家同士の戦争が続いていたという歴史を聞かされたばかりだ。蒼慶が口にしていた一部の文献にあった武才、戦国時代の絵に描かれていた戦争に使われていたという化け物、考えようによっては戦いに関するだろう。


 そういえば、蒼緋蔵家も戦士の一族と言っていたか。そんな事を冷静な表情の下でなんでもない風に考えながら、雪弥は「で?」と冷やかに問い掛ける。


「『君』は、僕になんの用が?」

「ブラッドクロスは『番犬』の席が埋まるのを望んでいない。此度(こたび)は我らが第一陣として指名され、一族の戦士部隊総出でその懸念(こうほ)事態を潰す事が決まった」


 雪弥は「ふうん」と、薄いブルーの色を覗かせる目をよそに流し向けた。ブラッドクロス、というのが組織的な名前らしい事は分かった。でも、そんな事はどうでもいい。


「へぇ。僕を潰す、ねぇ」


 形のいい唇からこぼれ落ちた澄んだ声に、不意に一帯が殺気で満ちた。


 ピリッと空気が張り詰める。


「――それは、兄さん達に害を与えるためかい?」


 そんな中で、彼が思案気に次の言葉を紡いだ。


 妙な問いの仕方だった。どこか古風、それでいて威圧感のあるニュアンスで、ただただ静かに大男に問う。


 大男は赤みの強い目を、濁った赤に鈍く光らせて堂々とした態度でこう答えた。


「勿論、次期当主の『首』もいずれ頂く」


 その途端、場に漂う殺気量が跳ね上がった。拳を固めた雪弥が「ふざけるなよ」と彼らしくない言葉を低く吐き出して、見開かれた目を大男へと戻した。その目は、血に飢えた獣の目をして、凍えるブルーの光りを灯していた。


「ならば『余計に』潰されるものか。絶対に兄さんのところまで行かせない、こちらにとっても懸念になる貴様等(モノ)を『一人残らず』必ず殺してくれる」


 バキリ、と殺気立った雪弥の爪が伸びる。


 すると、大男が後ろへと飛んで、距離を取ったところで待てというように手を向けてきた。その大きく太い指が三つ立てられるのを目に留めて、雪弥は「なんの真似だ?」と眉を寄せた。


「番犬候補の若者よ、三日後だ」

「三日……?」

「三日後、一族の全戦士を投じてお前を潰してくれよう。だが忘れるな、お前に逃げ場はない、『怨鬼』はどこまでも獲物を追う」


 直後、ふっと小さな風を起こして大男と二人の男の姿が消えた。

 暗殺に多い高速移動かと思ったものの、どういうわけか全く気配が辿れなかった。そこで気配はプツリと途切れてしまっていて、どういう事だろうなと思いながら、急に獲物が消えてしまった呆気に、雪弥の戦闘体勢が解ける。


 その時、後ろで落ち葉と土を踏みしめる音がした。


「不思議そうだね、雪弥君」


 ふっ、と声を掛けられて、雪弥はハタと我に返った。今更のように『この人がいたのだった』と思い出して振り返ってみると、そこには不敵な笑みを口許に浮かべている宮橋がいた。


 目が合った彼が、にっこりと爽やかで美麗な笑顔を返してきた。直前まで、その存在感が全く意識から外れていた雪弥は、軽い足取りで距離を戻してくる彼を心底不思議で見つめ返す。


「…………さっきまで、どこにいたんです?」

「ん? 僕はずっとココにいたよ」


 最初から最後まで全部見ていた、と言いながら宮橋が大男のいた場所へと目を向けた。直前まで止まっていたような風が抜き拭けて、雪弥と彼の柔らかな髪を揺らしていった。


「あれは、正真正銘の『鬼』さ」

「鬼?」

「呪って鬼、怨みに鬼、そして人為的に化す鬼――まぁざっくり言うと、見える方の鬼だよ」


 まるで本に書かれていた一文を読むように口にしていた宮橋が、少し肩をすくめて、あっさりした口調に戻してそう言う。


「あの男は、それらを従える『見える方の鬼』のオリジナルの一族。そして君が気配を追えなかったのは、ここに本体の全部を持ってきていなかったからさ」


 そんな事ありえるのだろうか、と疑問が浮かんだものの考えるのをやめた。これまでの不思議な事を振り返るとありそうな気もしてくるし、気配が追えない経験は少なからずある。


「まぁ僕は考えるのは苦手ですし、ひとまずそういう事にしておきます」


 とはいえ、と雪弥は口にして宮橋と目を合わせた。


「わざわざここまで来たのに、どうして三日後なんて面倒臭い事を言って退散したんですかね?」

「彼は、血に流れる一族の『(ことわり)』に従ったまでさ。簡単に言ってしまえば『しきたり』。昔話でもよく聞くだろう、何日後に迎えに行くだとか命をもらい受けるだとか」


 そう促されて、雪弥は「まぁ、聞き覚えはありますね」と答えた。


「あれらは呪詛みたいなものさ。言葉でもって『必ずそれを達成するぞ』という願掛けとも取れる。どちらかが討たれるまで、相手と己に何かしらの縁や繋がりをもたせたいわけだ」

「ただの殺人予告にしか思えないんですけどね」


 雪弥は、自分がそういった小説やら昔話やらを読んだ際の感想を思い返して、小首を傾げた。


 その様子は、先程までと違って無害そうな雰囲気しか漂っていない。見つめていた宮橋が、フッと美麗な顔に含むような笑みを浮かべた。


「――まぁ、君には、ただの猶予期間付きの無駄な事に思えるだろうね。何せ君なら、『判断した瞬間に喰らい付いて殺している』」


 指で、トンっと胸をつつかれた。


 雪弥は不思議そうに彼を見つめて、こう言った。


「有り前じゃないですか」

「それが、君と一般的なズレなんだよ」


 目の前から指を向けて、宮橋が告げる。きょとんとしている雪弥を見ると、近付けていた顔を起こしてから「前もって言っておくが」とキッパリとした声を出した。


「僕は殺しを肯定しない。どんな理由であれ、人を殺す行為を認めていない」


 宮橋は、自分よりも低い位置にある雪弥の顔を見下ろして、そう言い切った。


 数秒ほど、雪弥は二十歳ほどにしか見えない警戒心ない表情で見つめ返していた。それから、そんな当たり前のこと分かっていますよ、とにっこりと笑って答えた。


「宮橋さんは、刑事さんですからね」


 その時、宮橋のスーツの胸ポケットから着信音が上がった。


 なんだか聞き慣れないアップテンポなメロディー音だ。場の空気を飛ばすみたいな陽気な曲っぽい、と雪弥が目を向ける中、彼が「一体誰だ?」と綺麗な顔を顰めて携帯電話を取り出す。


「なんだ、三鬼か」


 着信の画面を見た途端、宮橋がますます眉を寄せて呟く。それから、何用だとぐちぐち言いながら、ボタンを押して電話に出た。


「おい、いちいち電話を掛けてくるなよ、馬鹿三鬼の分際で」

『テメェぶっ飛ばすぞ! 一言多いッ、つか電話に出て一番の台詞がそれかよっ!』


 クソ忌々しい、と電話越しに男の怒声がもれる。


『そういや、新人研修ってなんだ? この前、相棒にってあてられた新人の男、一週間で泣いて捜査二課に異動にしてたろ。その特別プログラムの試験運用の奴、大丈夫なのか?』

「なんだ、そんな用で電話してきたのか? あれは勝手にぎゃあぎゃあ騒いで数回失神して、気付いたら出勤してこなくて異動希望を出していたんだ」


 腰に片手をあて、宮橋が「だから僕のせいじゃない」と堂々と口にした。数回失神したって、この人何したんだろうな……と雪弥は聞きながら少しだけ気になった。


「よし、用がないなら切るぞ。じゃあな」

『切るのはやめろッ、俺が用も無しにテメェに電話するかああああああああ!』


 再び電話の向こうで男が怒鳴って、用があるので来いと言い出した。


 つまりは呼び出しの電話だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あーーーーーーーー!!!! 夜蜘羅(ブラッドクロス)関係かーーーーーー!!!!!!!! 残念やなー、三大大家の方期待してたわーーー 多分前言ってた「子蜘蛛」「親蜘蛛」っぽい。お面つけて…
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