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第2話 一章 「ナンバー4」の里帰り(1)乗り気のしない出発

 経済発展を目的とした西大都市(にしおおとし)が、東京都や大阪府と並んだのは、二十世紀に入った頃からだ。それまでは、岐阜県と山梨県の間に位置している、という新しい都市としての名ばかりが知られていた。


 高層ビル群や三ツ星ホテルが建つにしたがって、多くの企業がその土地を注目するようになった。価格が高騰する土地は次々に売買され、そして今の大都会へと変貌をとげたのだ。


 西大都市の繁華街の隣に位置する大通りには、新しい市の誕生に合わせて、計画的に建てられた市の建物がいくつも存在していた。全国でも一、二、といわれる外観が美しい市役所や、最上階にカフェを設けた四階建ての市立図書館。


 また、強い存在感をアピールするように、濃い灰色で四方を覆われた警察署やち、四階からガラス張りで隣に分館まで持った電力会社。公園と見間違うほどの広さを持った水道局は、緑と水場が目を引き、西洋の美術館をモチーフに作られた国立の分館ビルも目新しい。


 国と県が所有する建物は、他にも点在しており『関係者以外立ち入り禁止』の看板を掲げている場所も多くある。各建物には、堅苦しい名前が記載され、身分証や許可証を確認する警備員や、建物まで距離がある門扉も設置されていた。


 名を聞いてもぴんと来ない建物も多くある。大通りから中道に入ると「コンサルタント」やら「事務所」やらとつく小会社や、社員以外の出入りが見られない真新しい建物がいくつも立ち並んでいるのだ。



 市役所と水道局を挟んだ通りもそうだった。そこには、他の建物に比べると殺風景とした外観と、無駄に広大な敷地を持っている建物がある。



 太く長い黒鉄の門扉と、直立する強面の警備員のセットは、この通りではお馴染みの光景だ。敷地内を囲むように建つ高い塀は圧倒的で、約三メートル近い高さが四方を囲っている。


 その建物の隣には、似たような塀に囲まれた裁判所が構えられているが、その塀は大理石に似た素材で造られているため品がある。双方の建物に向かい合うのは、堅苦しい雰囲気でそびえたつ議員会館と、税理事務所である。


 さて、高い塀に囲まれたその建物だが、門扉近くには『国政機関』と記されてあった。門扉からは、だだっ広い駐車場が見え、その奥にほとんど窓のない黒真珠のような四角い建物がそびえ建っている。


 実はそこは、国の高い役職に就いている者たちが畏怖するほど、多くの国家機密が詰められた場所だった。門扉に立つ警備員が、多くの給料をもらっている優秀な軍人だという事を知っているのは、この建物の本来の存在意味を知っている者達だけである。


 とあるお偉い肩書きを持った男が、この建物を訪問した際、その警備員を見て慌てて頭を下げたという話は、付き人たちの間では有名だった。



 国政機関は、本来の名を『国家特殊機動部隊総本部』といった。短縮して『特殊機関』と呼ばれており、そこにはエージェントと呼ばれる、国が立ちあげた特殊部隊の軍人たちがいた。


 彼らは偽名で一般企業や政府、警察機関にも紛れ込んでいる。各地に支部が存在しているが、総本部には国の頭脳を集めた『国家特殊機動部隊研究所』や、面を着用した『国家特殊機動部隊暗殺機構』もあった。



 もともと、特殊機関総本部は、東京の国会議事堂地下と地上の二つに拠点を置いていた。本部を新しく移す事になった時、国が『西大都市』という新たな市を立ち上げ、そこに巨大な国家機密の建物を作る計画を立てたのである。


 長い年月をかけて何十もの階を持った地下を作り、都市計画でその周辺内に裁判所などを設けて、建物の注意を外へと向けさせた。周辺にある税理士や弁護士事務所も、表向きに建てられたものであり、そこには特殊機関の関係者が入っている。


 各地にある『国家特殊機動部隊所属員』とは違い、本部直属で現場に立つエージェントは、選び抜かれた鋭兵であり優秀な戦士達だった。ナンバーでランク分けされ、百の桁である『999番』から始まっている。


 その中で、九つの席しかない一桁ナンバーは、国家特殊機動部隊総本部トップクラスの幹部である。その情報は、国家機密のため公開されておらず、彼らはその優秀な頭脳と能力を活かし、動きやすい表社会の高い地位に身を置いていた。


 但し、その中で、異例の男が一人いた。


 その人物は数年前、長い間空席だった『ナンバー4』という不吉な数字の席に、最年少でついた男である。他の一桁ナンバーにも一目置かれている人物なのだが、誰よりも平凡を好んでおり、富にも権力にも全く興味を示さなかったのだ。


 異例のスカウトで特殊機関に入ったものの、本人はそうとは知らずに、しばらくはバイトとして現場に入っていた。与えられる任務に対して疑問も覚えないまま現場に立ち続け、気付いたら誰からも恐れられる『ナンバー4』となっていた。


 そんな一風変わった経緯を持っている彼は、生活に困らなければいい、と四番目の席に就任にしても何も望まななかった。通常、一桁ナンバーの人間は、表社会でも高い権力と地位を好きに与えられるにも拘わらず、である。


 ナンバー1は、彼に対して仕方なく、渋々、いや苦渋の末に――決定するまでの間「チクショー、せめて他になかったのか……ッ」と何度も頭を抱えていた――異例となる『普通のサラリーマン』としての偽装身分証を発行した。


 幸いにして多忙のため、一般の会社に足を運んだ事はない。むしろ、そうなりそうになったら全力で止める。他の上位エージェント達の意見は、『彼を民間人の中に放り込むのは、ちょっと危険なんじゃないかな……』と全員一致していた。


  

 ナンバー4。付けられた異名は『碧眼の殺戮者』。


 彼は、本名を蒼緋蔵雪弥(そうひくらゆきや)といった。仕事では冷酷なエージェントとして知られているが、普段の彼からはそれを微塵も感じる事がないくらい、平凡で穏やかな気性の持ち主である。



 総本部内では話題の絶えない彼の噂話に、学園であった犯罪組織の一掃が、数日前から新たな話題として加わっていた。主に彼らをざわつかせているのは、二十四歳にして『誰にもバレないまま高校三年生として過ごした』事である。


 当の雪弥は、そんな話題が総本部の建物内で飛び交っている事も知らなかった。門扉を出たところで、のんびりと爽やかな休日の空を仰いでいた。


「いい天気だなぁ」


 一、二台の車が通り過ぎるばかりで、通行人はそこから先に見える市役所と水道局が立ち並ぶ大通りを、ちらほらと歩いているばかりだ。おかげで、平日とは違う穏やかな空気であると感じて、つい呑気な笑みまで浮かぶ。


 本日は、六月三十一日の土曜日だ。


 雪弥は、この日になって、ようやく休みを取れていた。土曜日という事もあって、学校や公共機関や一部の会社は休みのため、朝の八時を過ぎているにも関わらず、人通りは寂しい。


 朝の陽の光が、彼の灰色とも蒼色ともつかない髪を照らしていた。風が吹くたび、柔らかな髪先が揺れて、不思議な色合いをそこに奏でていく。


「昔からやや明るかったけど、なんだか歳を取ったみたいだなぁ」


 ふと自分の前髪が目に留まった雪弥は、指先で少しつまんで、日差しに透かし見た。

 色素がちょっと抜けたというか、なんだかやや明るくなっている気がする。けれど、しばし眺めていると昔からこうであったような気もしてきて、「まぁいいか」と考えるのをやめて手を離した。


「まぁ、歳を取ると白髪にもなるし」


 休みだという気の緩みもあって、つい腕を組んで思案を口にする。その前を通り過ぎていったスーツの中年男性二人組が、「……こいつ、若いのになんでジジ臭いこと言ってんだろうな」と口の中に呟きを落としていた。


 雪弥は、グレーのスーツに身を包んでいた。すらっとした細い身体に、白い肌に浮くカラーコンタクトで色を変えられた黒い瞳。端整な顔立ちながら目元は優しげで、高級スーツや高価な腕時計をしていても、重々しい威圧感は感じられない。


「しっかし、なんでこの職場は毎度、仕事が終わるたびに健康チェックをするんだろうなぁ。昔っからそれが不思議というか、せっかくもらった休日でも実行されるのが、ちょっと面倒……」


 そう独り言を続ける雪弥の後ろの門扉には、屈強な大男の警備員が立っていた。彫りの深い顔の眉が隠れるほど、深く制服帽をかぶっている。


 彼が軍の中でも、上位クラスの人間である事を知っているのは、特殊機関に務めるエージェントとごく一部の人間だけである。雪弥は背伸びを一つすると、付き合いの長い彼を振り返り、冗談交じりで気分良く声を掛けた。


「これから、大自然の新鮮な空気を吸って来るよ」

「いってらっしゃいませ」


 表向き警備員の彼は、軍人立ちをしたまま、気真面目な様子で言って一礼した。


             ※


 エージェントの中で雪弥は、少し特殊な家庭事情を持っていた。彼は、蒼緋蔵グループを率いる大富豪当主の愛人の子である。父である現蒼緋蔵家当主には、きちんとした正妻がいて、彼女には息子が一人、娘が一人いた。


 雪弥より四つ年上の長男の名を蒼慶(そうけい)、一つ年下である長女の名を緋菜(ひな)といった。父や腹違いの兄弟達だけでなく、蒼緋蔵家当主の正妻である亜希子も、愛人である紗奈恵(さなえ)とその息子の雪弥をすんなりと受け入れて、今の家族構成となっている。


 大富豪の家とあって、親族関係者からは良く思われていなかった。当主は『蒼緋蔵本家としての権限には影響力を持たせない』とわざわざ書面を作り、雪弥に蒼緋蔵の名字を与えたのだが、親族たちはしつこいほど強く反対し続けていた。


 だから雪弥は、外では名字をあまり口にしなかった。


 幼い頃から、自分の存在が、愛する父を悩ませるくらい蒼緋蔵家の人間達から疎まれている事を感じていた。父や義母や兄弟たちが好きだったからこそ、家族に迷惑をかけたくなくて、母が亡くなってから本格的に蒼緋蔵家から距離を置き、表立った関わりを出来るだけ断つように心掛けた。


 現在、家族とのやりとりは、主に電話で取っている。嬉しい事に先日、親族達に慕われている長男の蒼慶が、次期当主となる事が正式に決まったとの知らせを受けた。後は、就任式の日取りが確定し、その日を迎えれば彼が当主となる。


 これでようやく蒼緋蔵家も落ち着き、父もゆっくり出来るだろうと安心した矢先、雪弥はすぐ新しい問題に直面してしまった。


 どうやら兄である蒼慶が、自分の右腕の地位に弟を置く、と言い出したらしいのだ。それは当主にもっとも近い副当主という地位であり、蒼緋蔵グループの中で二番目に権力を持つ立場だった。


 愛人の子が当主の傍にいたら、またしても分家の人間達が勝手に騒ぎ立てるだろう。考えればすぐ想像がつく事なのに、あの冷静沈着でしっかり者の兄が、このタイミングで爆弾を落とすような発言をした事が信じられないでいる。



 なんの気の迷いかは知らないが、それについてはしっかり軌道修正してやるつもりでいた。だから雪弥は、この休日を使って、数年ぶりに蒼緋蔵家へ向かう予定を立ててあった。面と向かって『提案は却下です』と言い、説得するためである。



 前回の仕事の最中も、蒼慶には言われっぱなしで終わってしまったのだが、数年振りに面と顔を合わせて話せば、分かってくれるような気もする。


 きっと兄は、嫌がらせを含んだ気の迷いでも起こしたのだろう。幼い頃は、険悪な仲であったわけでもないのだが、大きくなるにつれて蒼慶に嫌われているような気がしてならない部分もあったからだ。


 時々電話が来るかと思えば、一方的に嫌味を言われて切られる事が続いている。先日、高等学校に潜入した任務でも、たびたび兄からの一方的な電話が入って困らされた。プライベートの携帯電話なら分かるが、現場支給の使い捨ての連絡番号に関しては、どうやって調べているのか大変謎である。


「さて。とりあえず数日はたっぷり眠ったし、頑張るしかないかな」


 本当は、蒼緋蔵邸を訪れる事だけは、避けたかったけれど――


 雪弥は口の中で呟いて、思わず苦笑をこぼした。たった数時間であっても、自分はあそこにいてはいけないのだ。家族以外の者に姿を見られたら、またしても騒ぎ立てられるだろう。


 幼い頃、屋敷にいた使用人に初めて陰口を聞かされた時、わけが分からなくて、胸が痛くなったままに逃げ出した事がある。迷路みたいな蒼緋蔵本館の中を走っていたら、兄の執事が迎えにきて「少し休んでから、ご家族様のもとへ戻りましょうか」としばらく一緒にいた。


 なんだかまともだ、と思っていたのだけれど、その後の会話で全て台無しになった。でも、不思議と胸の痛みはなくなっていた。


「うん、さくっと終わらせて帰ろう」


 次期当主である長男の蒼慶は、一筋縄ではいかない相手だ。苦手意識もある中、雪弥はそんな彼と、実にニ年ぶりの顔合わせとなる。


 会うのは、妹である緋菜の成人式以来だった。十分に心構えはしていたつもりだったが、いざ向かおうと特殊機関の総本部から出発して早々に、歩みは重くなった。面倒事が好きではない性格だったからだ。


 駅に向かう為の大通りに出たところで、思わず足を止めて、朝の光りに目を細めてしまった。少ない通行人達が交差点を行き来する中で、つい溜息が口からこぼれ落ちた。


「う~ん、やっぱり嫌だなぁ……」


 ここで行かなかったら、もっとごたごたが増す可能性もある。更に厄介な問題が発生して巻き込まれる未来を考えると、雪弥は渋々歩き出した。


 思い返せば、仕事の途中で駆け付けた緋菜の成人式も、彼女に花束だけあげて帰ろうと思っていたのに、遅れて到着した袴姿の蒼慶が走って来て、襟首を取っ捕まえられたあげく、久しぶりだとかいう挨拶もなしに説教をされたのだ。


 ますます嫌だなぁ、と思う。けれど、既にこの訪問については知らせてあったので、行かないと、兄からもっと酷い目に遭う予感もひしひしとしている。


 雪弥は、半ば諦めるようにして、とぼとぼと足を進めた。

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[一言] 「本日は、六月三十一日の土曜日だ。」 六月は30日まで!
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