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最強エージェントは休みが欲しい【第3部/現代の魔術師編(完)】  作者: 百門一新
第1部 学園ミッション編~エージェント4~
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第34話 六章 学生として過ごす最後の学園生活

 不審なベンツは見られず。


 いつも通り「本田雪弥」として登校した雪弥は、一時間目の授業が終わったタイミングで携帯電話に入ったその報告について、ぼんやり考えていた。


 学園に入る前、雪弥は夜狐を呼び出して夜蜘羅の乗った車を探らせた。しかし、返ってきた報告は「ベンツすら確認出来ず」というものだった。潜伏していたエージェントも誰一人として、該当するような車を目撃していないらしい。


 夜狐はあのとき、道路を歩いている雪弥を見つけてそばについていたと言った。逆に「いつ部屋を出たのですか」と尋ねられて、雪弥はまさに抓まれたような気分になった。


 その余韻は午前中いっぱい残った。けれど、もう会う事もないだろう、自分には関係のない男なのだと思うと、考えるのも馬鹿らしくなって悩むのをやめた。


 四時間目の授業も問題なく終えて、修一と暁也の話し声を聞きながら自分たちの教室へと戻る道を歩く。昼休みの時間を使ってナンバー1に連絡を取る予定もあったので、まずはこの少年たちを少しの間、自分から引き離す簡単な方法を思い浮かべる。


 おつかいに向かわせるのが手っ取り早いだろう。そう考えながら、戻ってきた教室の机に教科書をしまおうとしたところで、雪弥は自分の机の引き出しに、知らないメモ用紙が入っている事に気付いた。


 それは小さく折り畳まれており、中には綺麗な字でこう書かれていた。



『旧帆堀町会所で君を見たよ。放課後ショッピングセンターの交差点で待ってる。

                         常盤聡史』



 情報を引き出すために、本人に接触出来たらいいなと考えはいたが、まさか昨日の旧帆堀町会所の名が記載してあったのは予想外だった。どこまで見られたのはか気になるうえ、どういった意図で呼び出されているのか見当もつかない。

 

 彼は既に抹殺リストにも入っているものの、昨日の旧帆堀町会所の現場を見た、という文面からの呼び出しが個人的には気になった。走り書きからすると、一人で待っているという印象も受ける。


 殺すところを見ていたのなら、通常であればすぐにその当人と会おうというような考えにはならない気もする。


 目的は不明だが、ここで起こっている厄介な事件は今夜で全て終わる。作戦開始までは少しくらいなら時間も空いており、そのついでに今後役立つような情報を引き出す接触が図れる可能性もあるのなら、会う方が都合もいいのかもしれない。


 雪弥は冷静にそう思考していたが、無意識にその置き手紙を握り潰していた。


「どうした?」


 不意に修一に問われ、雪弥は、なぜ常盤からの手紙を潰したのか分からぬまま、それをポケットに押し込んで笑顔をとりつくろった。


 昼休みの時間になったというのに、そういえば移動教室の授業から真っすぐ一緒に教室に戻ってきたうえ、今も教室を飛び出す様子がない二人の少年に気付いて、素直に疑問を口にする。


「今日は走り出さないんだね」


 雪弥が小首を傾げると、暁也は「そばパンって気分じゃねぇし」とぶっきらぼうに言い放った。修一は八重歯を覗かせて「今日は普通に焼きそば買おうと思ってさ」と愛想良く答える。



 そばパンをゲット出来た三組の西田が、食堂の販売窓口で感動の声を上げたのはその頃であった。そこには珍しく常盤の姿もあり、彼は三組の男子生徒たちをやかましそうに横目で見たあと、弁当を一つ買って中庭へと向かった。


 そんな常盤が中庭で偶然、大学三年生の里久と居合わせて話しを始めた頃。



 雪弥は二人の少年たちに、今持ちあわせている五千円札を渡して「僕の分と併せて、君たちの好きなのを買ってきてもらってもいいかな」とやったあとで、先に屋上入口に立っていた。


 ナンバー1と連絡を取るため、修一と暁也をしばらく自分から引き離したのである。屋上扉には鍵が掛かっていたが、修一が来るまで待つ選択肢はなかった。雪弥は一秒ほど扉を眺め、躊躇なくドアノブに右手を振り降ろした。


 わずかに金属音が上がったあと、辺りは静けさに包まれた。


 ドアノブから壁にかけて何かがめり込んだような亀裂が入り、虫も殺せない顔で強行突破された鍵は、見事に機能を失って右にも左にもくるくると回るようになった。ドアノブごと切り落としたらさすがに不審がられるだろう、と彼なりに考えての結果だった。


 雪弥は屋上へ出ると携帯電話を取り出し、後ろ手でそっと扉を閉めた。雲一つない青空を眩しそうに見やり、携帯電話を耳に当てて歩き出す。


 しばらくコール音が続き、前触れもなくぷつりと途切れた。



『今夜の作戦事項がすべて決まった。今、時間はあるか』



 低い男の声が響いた。ナンバー1である。雪弥は「大丈夫ですよ、どうぞ」と言いながら歩み続けた。


『先日死亡した榎林を含むメンバー、および里久に関してはすでにエージェントが成り変わって現地に入っている。今日取引に関わる組織は、東京の丸咲金融会社第一支店の尾賀、白鴎学園大学部学長富川、藤村組、そして中国からの密輸業者であり、裏で自称科学者を名乗っている李の四者だ。藤村組に関しては、事務所に残ったメンバーを容疑者としてあげる。他の処分リストはすでに作成済みだ』


 雪弥が上空を飛ぶ鳥へと目を向けたとき、ナンバー1は一度言葉を区切った。『ちゃんと聞いているだろうな』と声を掛けられ、雪弥は空を仰ぎながら「いい天気ですよねぇ」とそのままの心境で返した。


 電話越しに大きな舌打ちが響き、咳払いのあとナンバー1の説明が再開した。


『二十三時に集まるメンバーはリーダー藤村、富川学長、尾賀、李の四人とその部下だろう。何人集まるかは分からんが、一時間前には大学校舎にてブルードリーム使用者の大学生が全員集まる情報は掴んでいる。我々は、取引の材料に使われるのではないかと踏んでいる』

「自称科学者、というのが気になりますね」

『うむ、実はそれだ。李は中国マフィアの間でも有名な狂人でな、人体実験で殺した人間の総数は不明らしい。彼の歳は不明だが、おおよそ七十前後の老人だと噂されている。腕がいいのか知らんが、確実な原料の仕入れ先と、中国に大量の顧客と友人を持っているようだ。現在出回っているブルードリームの提供者で、人体実験用に若い人間が欲しいのではないか、と推測される』

「ずいぶんな変態野郎みたいですね」


 雪弥の口汚い言葉を無視し、上司は『実験体を引き渡すことで、ヘロインを安く買えるという手筈なんだろう』と自身の推測をあっさり口にして、話の先を続けた。


『藤村組は暴力団紛いの小さな詐欺集団だ。富川はただの学長にすぎん。尾賀はこの地域の人間とは一つの接点もなかったようだから、恐らく表社会でも人脈がある榎林側が、今回の話を持ちかけたのだと思う。李から買い取るときは格安で手に入り、売る時は純粋純白の相場にあった高金額。一夜にして、藤村組と富川は大金を得るわけだ』


 ナンバー1が、皮肉気に笑った気配がした。雪弥は屋上の塀に身体を預け、「じゃあ」と疑問を投げかける。


「こっちで新しいタイプのブルードリームを配られていた学生たちは、みんな取引で差し出される用だったんですね。そうとは知らずに、全員が『パーティー』に集まるわけですか」

『作戦が実行されれば、里久に成り変わっているエージェントはそこから退出するがな』


 同じ特殊機関の人間であろうと、作戦が始動されたら学園敷地内からの撤退が決められていた。事が終わるまで、彼らは学園敷地外で待機していなければならない。


『今回お前の任務は、学園内に集まったすべての容疑者、共犯者、関係者の抹殺一掃だ。お前の仕事領域は、いつも通り潜入エージェントによって完全封鎖される。開始の合図と共に学園内の標的を抹殺。――その直前には、県警メンバーを連れた金島が茉莉海署を率いて、藤村組事務所を制圧する手筈になっている。ほぼ同時刻に、我々が東京の丸咲金融会社を中心に根付いている組織を潰す』


 今夜二十三時、茉莉海市では事件に関わるすべての人間が学園に集結する。雪弥は思い返すように考えた。エージェントによって封鎖された敷地内にいる標的は、すべて処分対象である。


 つまり敷地内に集い閉じ込められた者たちは、殺しても構わない人間なのだ。


 知らず雪弥の唇がゆっくりと引き上がった。小さな弧を描いた唇が、今にもクスリ、と笑みをこぼしそうなほど上品にほころんで、冷え切った声色が楽しげに囁かれた。



「大人も子供も関係なく、僕が皆殺しにしていいんですよね」



 青く澄んだ空が眩しくて、雪弥は柔らかく吹き抜ける風にすら殺意を覚えた。まるで五感が異常なほど研ぎ澄まされたかのように辺りの音や色を拾い、身体の内側が、ざわざわとしてひどく落ち着かない。


 目が眩むような光りなんてなければいいのに、と自分のような、そうでないドス黒い怨念のような何者かの声が聞こえる気がした。こんなものがなければ絶望する事もなかった、生きている全てが憎くて恨めしい、この憎しみを決して忘れるものか……ぐるぐると、自分の知らない何かが身体を巡っている。


 眼下に広がる運動場や高等部校舎の窓から、子供たちの楽しげな声が溢れていた。晴れ空に包まれた少年少女は、光の世界に満ちる一つ一つの日だまりのようだ。


「修一、この俺がそばパンを分けてやろうかと言ったのだぞ!」

「だから、俺は普通の焼きそば買ったんだってば」

「お前なんでついてきてんの?」


 聴覚を研ぎ澄まされば、数キロ内で会話する聞き慣れた声も耳に入ってくる。西田と修一と暁也、今日は珍しく三人で移動しているらしい。


 眩しくて、煩わしい。


 この怨み忘れるものかと、遠い記憶や血が囁くように雪弥を無意識に引きずり込む。彼は知らず殺気立ったその瞳孔を碧く光らせて、まるで別人のような落ち着いた雰囲気を漂わせて、美麗に笑んで口の中で呟いた。


 皆、この『私』が殺してしまえれば良かったのに――……



『何か言ったか?』



 しばらく沈黙していたナンバー一が、喉の奥から絞り出すように低く尋ねてきた。その声は、知っていながら正気に戻したいと言わんばかりに苦悩が滲んでいた。


 その声を聞いて、雪弥は我に返った。少し前の自分が、一体何を考えていたのか覚えていなかった。彼からの問い掛けが分からなくて「いいえ?」といつもの声の調子に戻って答えたものの、ぼんやりとした名残で目の前に広がる景色を眺める。


 ナンバー1は『作戦実行の件だが』と言葉を強くした。


『尾崎からは許可をもらっている。派手にやってくれて構わない。二十三時の作戦開始後、お前は封鎖された学園敷地内にてリストアップされた標的をすべて始末しろ。尾賀、富川、藤村、李の四者と、やつらが連れている部下一向、実験体として取引に使われる学生すべての抹殺だ』


 躊躇なくナンバー1は言い切った。


 雪弥はそこでようやく、いつの間にか空にいた鳥を見失っていることに気付いた。少し記憶が曖昧だなと首を捻り、「了解」と言葉を返して屋上扉へと目を向けた。


 二人の少年組がまだ来ないことを確認し、体勢を戻して塀にもたれた。清々しいほど青い晴れ空と、撫でるような風がそこにはあった。子供たちの賑やかな雰囲気が、声と共に屋上へと上がってくる。


 暖かい日差しは少し暑さを増していたが、澄んだ生温い空気はそれを冷ますように吹いていた。一番に昼食を終えた男子生徒たちが運動場へ飛び出したのが見え、雪弥は「元気なのはいいけど、怪我をしないようにね」と思わず小さく呟いてしまった。


 その時、電話の向こうからこう声を掛けられた。


『ところで雪弥』

「はい?」


 冷静に返したが、雪弥は少し驚いていた。ナンバー1が任務の重要な段取りを告げた後に、真面目な空気を変えるように別の話題を振ることは滅多になかったからだ。


 塀から身を起こしてそこに背をもたれ、雪弥は「なんですか」とぶっきらぼうに尋ね返した。その問いには「突然何なんですか」という素っ気なさが含まれていたが、電話越しにいる上司がそれを注意もせず、まるで今任務以上に大真面目な話を切り出すように沈黙を置くのも、かなり珍しいことである。


 もしやそれほど真剣な話なのだろうか。


 自然とそう身構えた雪弥に、彼は唐突にこう述べた。


『女子高生は、もう味わったか?』

「は……? って、こんなときに何言ってんですかあんたは!」


 雪弥は一呼吸に言い切った。なんて上司だよ! と思わず振り返った際、勢いで掴んだ塀にひびか入った。


 ナンバー1は『よし、いつもの感じに戻ったな』とこちらが理解し難い独り言をすると、まるで、これでイケるとばかりに自信が戻った声色で悠々と続けた。


『とくにお勧めは未発達の一年せ――』

「んな事するわけないでしょうが!」


 雪弥は上司の言葉を遮った。言わせてなるものか、と反射的に思ったのだ。


 彼の手元から始まった塀のひび割れは、広がるようにその線を伸ばしていた。亀裂が入ったそこからコンクリートが欠け、ぱらりと落ちていく。ナンバー1は途中で火でもついたのか、電話越しに呼吸を荒くし興奮ままならい様子でまくしたててくる。


『こんなときだからこそ出来ることなのだぞ! しかも、お前にしか出来んことなのだ! 私には絶対潜入出来ない場所にいながら、お前という奴は……ッ』


 悔しそうに言葉を並べるナンバー1に、雪弥は怒りが込み上げた。


 口の端がぴくぴくと痙攣するのを感じ、とりつくろう間もなく表情が強張る。塀を掴んだ手に怒りが伝わり、ばきっと音をたててそこが砕け落ちた。


『まだ間に合うぞ、雪弥!』

「あんた最低だな!」


 雪弥が叫んだとき、ナンバー1の声を水音が遮った。コップ一杯分の水が打つような音だった。その現場の様子が目に浮かんだ雪弥は、思わず呆れ返って言葉も探せない。



 しばらく、双方が静まり返った。雪弥もナンバー1も発言がないまま、ただお互いの沈黙を聞きあう。ようやく静寂に響いたのは、『失礼致しました、ナンバー1』という冷ややかな女性秘書の声だった。



 そこでようやく、上司からわざとらしい咳払いが一つ上がり、雪弥は額を押さえて長い吐息と共に肩を落とした。


『現場指揮はお前に任せる。我々はお前からの作戦開始合図を待つが、合図を忘れてはいないな?』


 ナンバー1は上司振る口調だった。


 つい今しがたの失態をなかった事にするつもりらしい。恐らくは、先程までリザが席を外していたのだろう。電話を終えたあとの言い訳でも考えているらしいナンバー1の語尾は、胡散臭いほど明らかに上から目線である。


「……はいはい、忘れていませんよ」


 夜が降りる、という合図を雪弥は心の中で呟いた。


 とはいえ、秘書に水を掛けられて冷静さを取り戻した上司に、それ以上の言葉が出ず黙りこむ。塀からちぎってしまった瓦礫を眺め、指先で遊ばせながらナンバー1からの最後の言葉を待った。



『話は以上だ』



 早々に通話が切れた。疲れた溜息をもらし、雪弥は携帯電話をブレザーの胸ポケットにしまった。


 持っていた瓦礫を握り潰し、意味もなく指で粉々に砕いて足元へと落とす。乾いた音が平らの灰色かかったコンクリートの地面から上がり、細かい粒子は囁くように吹いた風に流れていった。


「ったく、あの人は……」


 愚痴りそうになった矢先、屋上の扉から人の気配がもれた。雪弥は口を閉じると、手から瓦礫の屑を払い落して何事もなかったかのように振り返る。


「なんか怒鳴り声がしたけど、大丈夫か?」


 まず屋上に姿を現せたのは、修一だった。両手いっぱいに食料を抱えた彼はそう言って、ふと顔を顰めた。


「そういえばドアが可哀そうなことになってんだけど、お前か?」


 雪弥はぎこちなく笑って「まさか」と答えながら歩み寄った。修一の後ろから、「ドアノブがくるくる回るようになってるな」と言って、大量の食糧を抱えて暁也もやって来た。



 一同はいつもの場所に円を描くように腰を降ろし、中央に食糧と紙パック飲料を置き広げた。パンやおにぎり、お菓子や総菜類が三人の中央で山を作っている。



「いつもより量が多いような気がするんだけど……」

「ああ、五千円分って結構難しいよな」


 修一が悪戯っ子の笑みを覗かせた。


 雪弥は、先程手渡した五千円札を思い返し、「なるほどなぁ」と呟いて紙パックのお茶を手に取った。それを見た修一が、途端に慌てたようにポケットを探って数枚の千円札と小銭を取り出した。


「じょ、冗談だって雪弥! ちょっとからかっただけだって気付けよ」

「え? 別にいいよ、駄賃だと思ってもらっておいて構わないから」


 雪弥は当然のように述べた。修一は「え、どうしよう」と真剣に困惑した顔を暁也に向ける。


 今日でこの食事ともお別れだなと思いながら、雪弥は山になった食糧を眺めていた。暁也が怪訝そうな顔を持ち上げ、修一から雪弥へと視線を移し「お前なぁ」と吐息混じりにこう言った。


「お金は大事にしろよ」


 暁也は、まるで良い子の見本のような正論をあっさり言ってのけると、オニギリの袋を開けた。


 それを聞いた雪弥は、複雑な心境であった。働いていない子供に駄賃をあげて何がいけないんだろう、と困惑しつつ紙パックにストローを刺した。やはり、世代が違うと会話は難しいと思いながら、彼は「お金なんてもらえないよ」「これで結構なお菓子が買えるんだぞ」と説得して来る修一から残金を受け取った。



 少年たちは、今日も食欲旺盛だった。暁也はパンよりも米が多く、修一はもっぱらパンが主食となっていた。今日は金曜日なので、唐揚げや焼きそばといった総菜を豪勢に購入したのだと修一は胸を張った。


 土曜日、日曜日の二日間は食べられないので、普段から金曜日だけはこのような食事メニューを取るのだという。修一は総菜のフタを開けて行きながら、「ここの鳥唐揚げメッチャ美味いんだぜ」と雪弥にすすめた。



 唐揚げは雪弥が知っている塩辛さがなく、油分たっぷりで甘かった。暁也はオニギリと一緒に鳥唐揚げをつまみ、修一は菓子パンにそれを挟んで食べる。菓子パンに合うのか、と顔を引き攣らせた雪弥に気付いた暁也が「俺なら食べれねぇな」と素っ気なく言った。


 普段と変わらぬ少年組の食事風景を見て、雪弥は「もう顔を合わせることもないだろう」と静かに思った。一番質素な味と触感のバターパンは、相変わらず食べ進める間にもひどく喉の渇きを誘う。


 飲み慣れた苺牛乳で喉を潤したあと、けれど雪弥は自然と割り箸を伸ばして、少年たちを見ることもなく「一個もらうね」と学生みたいな事を告げて、鳥唐揚げを口に放り込んだ。それは噛みしめれば噛みしめるほど、甘くて濃厚に思えた。


 今日は珍しく、パンとオニギリだけでなくおかずも食べる雪弥を見て、まだ腹をすかせていると思った少年たちが「この苺ジャムパン美味しいぜ?」「これ、初めて買ったシソ昆布オニギリ、結構美味い」と言って食べ物を差し出す。


 雪弥は、どんなに食べても満腹しない胃の持ち主だったが、ぎこちなく笑って「ありがとう」と返した。なぜか物寂しくなり、すすめられた食べ物を一つも断わりもせず口に運びながら、今一度、修一と暁也を見つめた。



 今日の夜から、自分は二十四歳のエージェントに戻る。それを想い、雪弥は修一からもらった焼きそばへと目を落とした。



 僕がここに高校生として戻ることは、もうないだろう。

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