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最強エージェントは休みが欲しい【第3部/現代の魔術師編(完)】  作者: 百門一新
第1部 学園ミッション編~エージェント4~
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第2話 一章 ナンバー4と呼ばれた彼 上

 西大都市の繁華街の隣に位置する大通りには、新しい市の誕生に合わせて、計画的に建てられた市の建物がいくつも存在している。


 全国でも一、二、と云われるほど外観が美しい市役所、四階建ての市立図書館は三階まで全国各地の書籍が集まり、四階はヨーロッパの一流パティシエがオーナーを務めるカフェまで置いてある。


 強い存在感をアピールするように濃い灰色で四方を覆われた警察署、四階からガラス張りで隣に分館まで持った電気会社。公園と見間違うほどの広さを持った水道局は緑と水場が目を引き、西洋の美術館をモチーフに作られた国立の分館ビルも目新しい。


 国と県が所有する建物は他にも点在しており、「関係者以外立ち入り禁止」の看板を掲げている場所もある。各建物には堅苦しい名前が記載され、身分証や許可証を確認する警備員、建物まで距離がある門と通路がそれぞれ設置されていた。


 名を聞いてもぴんと来ない建物も多くあった。大通りから中道に入ると「コンサルタント」や「事務所」とつく小会社があり、社員の出入りしか見られない真新しい建物がいくつも立ち並んでいる。



 市役所と水道局をはさんだ通りもそうである。しかし、そんな中、他の建物に比べると、より殺風景とした外観と広大な敷地を持っている建物があった。



 太く長い鉄筋の門に、その横に佇む強面の警備員のセットは、この通りではお馴染みの光景だが、敷地内を囲むように建つ高い塀は圧倒的である。二メートルの高さが四方に続き、硬化な分厚い黒鉄が敷地内を守っているようだった。


 隣には似たような塀に囲まれた裁判所が場を構えているが、その塀は大理石に似た素材で造られているため品がある。双方の建物に向かい合うのは、堅苦しい雰囲気でそびえたつ議員会館と税理事務所である。目立つ事もなく静まり返っている通りは、車や歩行者もちらほらとしかいない。


 高い黒塀に囲まれたその建物は、壁に「国政機関」と記されていた。長い鉄の門からは、だだっ広い駐車場を拝むことが出来る。その駐車場の奥に、ほとんど窓のない黒真珠のような四角い建物がそびえ建っていた。


 この通りには限定された者しか入れない建物も多くあるので、将軍のような雰囲気を持った高齢の男や、若くして高級スーツに身を包んだ男たちが乗った外国車が頻繁に出入りする光景も珍しくはない。大通りには注目の若社長が運営する大企業もあったので、話題にすら上がって来ないのだ。


 国の高い役職に就いている者たちがその場所を畏怖するほど、そこには多くの国家機密が詰められていた。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた看板の横に立つ警備員が、多くの給料をもらっている優秀な軍人だという事を知っているのは、この建物の本来の存在意味を知っている者たちだけである。


 とあるお偉い肩書きを持った男がこの建物を訪問した際、その警備員を見て慌てたように頭を下げた話は、付き人たちの間では有名だった。


 国政機関は国立のものであったが、本来の名を「国家特殊機動部隊総本部」といった。各地に秘密裏に分館を持っており、その建物には国で有数の頭脳を集めた「国家特殊機動部隊研究所」や、お面を着用した戸籍すら持たない「国家特殊機動部隊暗殺機構」をはじめとした国一番の人材が集まる総本部である。


 そこに務める者たちは総称でエージェントと呼ばれ、国が立ちあげた特殊部隊の軍人として日々務めていた。長い総称を使う事は滅多になく、国家の重要役職に就いている人間たちはそこを「特殊機関」と呼んだ。


 もともと、特殊機関総本部は、東京の国会議事堂地下と地上の二つに拠点を置いていた。本部を新しく移す事になった時、国が西大都市という新たな市を立ち上げるに至って、そこに巨大な国家機密の建物を作る計画を建てたのである。


 土地開拓の際、数年かけて最下層の階を持った地下を作り、都市計画でその周辺内に裁判所などを設けて建物の注意を外へと向けさせた。周辺にある近づきがたい雰囲気の「コンサルタント」や「事務所」も、表向きは税理士や弁護士事務所だが、そこに務める者は全て特殊機関の関係者であった。


 彼らは選び抜かれた鋭兵たちであり、どの特殊部隊にも勝る戦力を持っていた。偽名と嘘の経歴を常に持ち替え、一般企業や政府、刑事に紛れ込んで活動した。


 本部で活動する「国家特殊機動部隊技術研究課」や各地にある分館の「国家特殊機動部隊所属員」とは違い、本部直属で現場に立つエージェントは、武器の扱いや戦闘術も一流で、頭も切れる優秀な戦士たちだった。


 国家特殊機動部隊総本部のエージェントたちは、ナンバーでランク分けされている。個人が持つ技術や能力で与えられる数字が決まり、各地を転々とする日々の仕事ではナンバーを呼び合うのが常だった。


 所属するエージェントは百の桁からあったが、一桁は九つの席しかない。一人でエージェント数十人分の価値があるとされる彼らは、エージェントやそこに所属する者たちの頂点に君臨していた。


 一桁の数字に就いた九人のエージェントは、国家特殊機動部隊総本部トップクラスの幹部である。そのナンバーだけでも国を動かすほどで、歴代の日本総理大臣の後ろには、常にその九人のエージェントがいた。


 彼らは表では自分が動きやすい地位におり、その優秀な頭脳と能力を活かして大臣や最高裁判官、警視総監などといった役職に紛れ込んでいるが、一桁ナンバーの情報は国家機密のため明らかにはされていない。仕事で関わらざるをえなかった人間が、ごく一部の顔ぶれや、そのナンバーの存在を知っているにすぎないのだ。



 そんな特殊機関の総本部では、国家特殊機動部隊技術研究課によって、日々機材や武器などの発明が行われていた。エージェントが最強として恐れられるのも、彼らが作る物があったからといっても過言ではない。



 アメリカやロシアに続く変形型の小道具は、最軽量で持ち運びができ、スーツ型防弾具は打撃や衝撃を抑える優れ物である。三段階変速バイクは、搭載されたミサイル砲の威力に耐え、タイヤは高い場所からの落下や銃撃にもびくともしなかった。


 最近日本で誕生したもので、海外のエージェントたちに「傑作だ」と呼ばれているものがある。技術班と研究所が共同で開発した、新たなテクノロジーで作り上げた戦闘用車両である。


 前後に武器を搭載しているのは勿論だが、こちらは三段変速に加えて、風圧や走る場に対応する外部変形も備わっていた。走りやすさを優先されているので、ミサイル砲を防ぐことはできないが、従来と違って長距離跳躍とバランス走行にも耐えられる。またデザインがこれまでの堅苦しさから一変し、日本の新型プリウスとあって人気も上々だった。


 彼らが作る武器は、女性でも扱えるほど軽く、反動が抑えられたものも多い。ヨーロッパに出回っているペン型銃も、杖型を改造した日本の技術がそのまま行き渡っている。


 反動が抑えられている小型ミサイル砲もあり、身体の小さな子供や女にでも手軽に扱える代物だった。潜入捜査でドレスを着る女性にとって、太腿にも隠せるタイプの爆弾や超小型砲は現場で大いに活躍していた。


 総本部は、一見すると車も少なく整然としていたが、エージェントたちは様々な場所から地下通路によってやって来る事が多かったため、建物内は騒がしさに溢れていた。


 その地下一階の技術研究課では、時間が空いたエージェントたちが顔を出し、武器の性能を確かめながら技術向上に協力することが日常的に行われている。



 そんな技術研究課は、もっとも人の出入りが多い場所であった。いつも気さくで陽気な空気が溢れているのだが、今日は本部の中でたった九席しかない一桁ナンバーの人間がいたため、室内は張り詰めるような緊張感に包まれていた。そのナンバーを耳にした者は、「よりによって」という顔で黙りこむ。



 技術室に訪れていたのは、一桁ナンバーでも驚異的な身体能力を持ったナンバー4であった。かれこれ八年その地位についているにも関わらず、その人間はひどく若い容姿をしている。


 左手で差し入れのクッキーをつまみながら、悠長に大型の銃を軽々と右手で構え持つ青年がナンバー4だ。


 彼はほとんど正面を見ないまま、的の中心に銃弾を撃ち込み続けている。未完成なその銃の重さや反動を知っている白衣の技術班たちと同様、他のエージェントたちも気圧されたように息を呑んで、その光景を見つめていた。


 発砲音を抑えられたといっても、ジェット機用ミサイル砲の圧縮に成功したばかりの大型銃である。まだ試作段階のため、反動する力と発砲する際の風圧で、空気が重々しく揺れた。


 連射されるミサイル砲に畏怖する者たちの気も知らないで、青年は細い身体からは想像できないほど激しく乱射し続ける。防音を防ぐためのヘルメットも、五十メートル離れた的を捉える機材も付けていない。


 青年は、虫も殺せない小奇麗な顔をしていた。色素が薄く蒼みかかった灰色にも見える髪から覗く大きな黒い瞳は、瞳孔の縁が不自然に碧い円を描いている。その顔にまるで殺気はないが、獰猛な肉食獣のように縮小した彼の瞳孔は、見ている者に冷酷な死を思わせた。


「碧眼の、殺戮者……」


 白衣をつけた高齢の技術班が呟いた。


 ナンバー4は、その身一つで殺人兵器にもなりうるエージェントであった。彼は十代という若さで一桁ナンバーを与えられ、物騒な事とはほど遠い外見と気性で、死と破壊をもたらすギャップから「ペテン師」「道化」という異名もつけられている。


 青年は、国家特殊機動部隊総本部では、異例といえるほど平凡な性格の持ち主だ。エージェント見習いでも裕に出来る「別の人間になりすます」事が不得意で、ぎこちない愛想笑いも学生時代から変わらなかった。


 物珍しい事があると興味を持って近づき、「それも知らないのか」と小馬鹿にされそうな事も平気で尋ねて真剣に感心した。時々年齢よりも遥かに若い表情を浮かべて笑い、自分が就いている地位も関係なく接する事が常だった。


 彼の頭の中には、上に立つ者としての策略や陰謀といった思考はないのではないか、という噂がある。青年のナンバーを知らなかった女性がケーキをお裾分けした際、数日後に訪れた彼が「これ美味しかったから、食べてみて」といって彼女が務めている部屋にメンバー分のケーキを置いていった。誰が持ってきたのかもわからないケーキを美味しく頂いた後、差し入れ人がナンバー4だと知って騒然となった話は有名だった。


 上位ナンバーが、下ランクの者と通常に接すること事態異例である。しかし、彼に限ってはそんな事がしょっちゅう起こった。


 そのため、一見すると普通の青年にしか見えない彼が、ナンバー4だという事すら初対面の人間は信じない。現場を見て知った者だけが、事実に困惑と恐怖を感じて黙り込むのである。


 ナンバー4は、これまで一度も仕事を失敗した事がなかった。所属する班やナンバーによって仕事内容は変わってくるが、ほとんどは警察や政府といった表の機関が対応できない黒い仕事が大半である。武器を持って、相手を力づくで抑え込むことが多い。


 それを、青年は命令一つで簡単にやってのけた。正式にナンバーを与えられる事になったとき彼は十七歳だったが、すでに暗殺の仕事を数え切れないほどこなしていた。


 全てたった一人で現場に乗り込むという異例のものだったが、仕事を終わらせる事に数分とかからなかった。冷酷で残酷なほど俊敏に人の命を奪い、彼は現場を地獄絵図のように血で染め上げた。


 どこまでも平凡で、エージェントから一番程遠いと呼ばれていた青年だった。それと同時に、一桁ナンバーで最も残酷な殺人兵器であり、歴代の中で最も殺しと破壊を楽しむエージェントも彼だと称されていた。


 どちらが本当の彼なのかと噂立ち、恐れられたその異名は「碧眼の殺戮者」とされ、「ペテン師」「道化」という言葉が常に後ろからついてまわった。初対面である場合、彼が一桁エージェントであると信じられない者が続出している事もその所以である。


 国家特殊機動部隊技術研究課に、新たに配属された二人の新人も「ペテン」や「道化」にでもあったような心境だった。あんなのがナンバー4なのかと、二十分前に鼻で笑ったばかりである。その新人たちは、今となってはただ「有り得ない」という表情を浮かべるばかりで、言葉もなく身体を強張らせていた。



「あ、電話入れるのを忘れてた」



 不意に恐ろしい音の連射が止み、思い出したように青年が独り言をもらした。


 間が抜けそうなほどのんきな口調である。澄んだ高いアルトの声が、静まり返った室内に響き渡った。

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