第17話 三章 ゲームセンター外での悲劇と騒動
『で、お前はその人形を飼う事にしたわけか』
「まぁ、そうなりますね」
人のないゲームセンターの裏手で、雪弥は静まり返ったアパートを見上げながらそう囁いた。
電話の相手は、上司であるナンバー1だった。しばらく空いた間の中で、彼がどこか呆れたように息を吐き出す音が続いた。
『……まぁ、大学の学長が協力者だということは予想範囲内だったがな』
「でしょうね」
『しかし、気になるのは話の中であった『取引』だな。青と赤の覚せい剤に関しては、うちでブルードリームとレッドドリームの名が上がっている』
「またややこしい感じの名前が出てきましたね」
『ややこしいどころじゃないかもしれんぞ。今早急に調査をすすめているが、いろいろと厄介そうだ』
雪弥は、腕時計へと視線を落とした。時刻は午後十時を過ぎている。
「長居はできないので、一旦ここで切りますね」
『うむ、引き続き調査を頼む。こちらも、情報がまとまり次第連絡する。あと、飼うんだったらその人形の名も考えておけ』
「了解」
雪弥は電話を切り、ズボンのポケットにしまった。パーカーの腹ポケットに入れられたままの左手は、頭が大きい間抜け面の人形に触れたままである。
白鴎高校に勤務する大学学長の富川と、高等部にいる「明美」という女。高校生の常盤と理香に、組織の一人らしい男「シマ」。
ナンバー1に報告した際、雪弥は、建築事務所として借りられている建物にシマという男が所属している小さな組織がある事を聞いた。今年茉莉海市に入ってきた「シマ」らは、千葉で詐欺の疑いを掛けられた「藤村事務所」のメンバーであった。
大手企業子会社が持っている建築業の名で登録され、表向きは新城忠志という男が率いる建築事務所となっているが、本物の新城忠志が、茉莉海市に入った形跡は一つもない。
「ん~…………、名前かぁ」
動物にしろ人形にしろ、飼うからには名をつけろとナンバー1は述べたが、雪弥はこれまでペットを飼った経験がなかったので、つける名が全く思い浮かばなかった。とりあえずはと思い、ポケットから人形を取り出して、しっくりとくる名を考えてみる。
携帯電話ほどのサイズをした人形は、小さな手足とふっくらとした頭をしていて、小さく膨れた腹まで、持て余すところなく白い生地ぎっしりに綿が詰められていた。のんきな丸い目と笑みを作る三角の口だけで、耳も尻尾も鼻の凹凸もないストラップ人形である。
雪弥はしばらくそれを眺め、意味もなく左右にゆっくりと揺らせた。「のんきな顔だよなぁ」と感想を呟いたところで、ふと名前を思いついた。
「そうだ、白豆にしよう」
雪弥は、白豆と呼ぶことにした人形をパーカーの腹ポケットにしまった。路地を南へと向けて歩き出したとき、ズボンの左ポケットに入れていた携帯電話が震え出す。
画面を確認すると、ナンバー1からだった。雪弥は、目新しい情報でもあったのだろうか、と訝しみながら電話を取った。
「はい、もしもし」
『私だが』
低い声色が笑むように震え、雪弥は怪訝そうに眉を潜めた。
ぶっきらぼうに「なんですか」と問いかけてみると、ナンバー1がしばらく喉の奥で笑いを堪えるような間を置いて言った。
『お前、名は付けたか』
「あ、絶対偵察機で見てましたね」
『いや、見とらん見とらん。リザが保証するぞ』
不意に電話の相手が秘書のリザに変わり、『はい、見ておりませんわ』と涼しげに答える。
「…………で、なんで突然電話してきたんですか」
『いや、飼うのは初めてだろう。うむ、お前が飼いたいと言い出すのも珍しい、いや、貴重だ。で、名前は何とした?』
「ああ、ちゃんと決めましたよ。白豆です」
自慢げに答えた雪弥だったが、受話器から声もなく吹きだす音が聞こえて、片眉を引き攣らせた。
「……ちょっと、めちゃくちゃ笑ってません? 馬鹿にしてます?」
『いや、いや、そんなことは微塵たりとも――』
「僕だってペットの名前ぐらいつけられますよ」
自分のものにするのなら名前を付けろ、と言われると納得してしまうし、愛着ある人形がペットであると言われても違和感を覚えない。
雪弥はそう断言したところで、不意に、くぐもった声を聞いて立ち止まった。尖るような彼の気配を感じ取ったのか、ナンバー1が笑いを途切らせて『どうした』と緊張した声で低く問う。
パチンコ店の裏手にある電柱に、寄りかかってうずくまる人影があった。雪弥はそれが、先程出会った里久という青年であることに気付いた。彼はこちらにに背中を向けてうずくまったまま、鞄をひっくり返して、地面に転がった私物を必死に漁っている。
「……里久さん?」
雪弥は、携帯電話の電源を切らず離した状態で、そう里久に声を掛けた。まさかと思った彼の脳裏には、すでに嫌な予感が形作られていた。
ぴくりと反応した里久が、細い背中を過剰に震わせてこちらを振り返った。開いた瞳孔は、たった一人の人間を見つめるのもようやくといった様子で、冷静さもなく揺れている。
「こ、こんばんは、雪弥くん」
さっきぶりだね、ははは……と里久は親しげに言ったが、その声は苦しげだ。
ナンバー1が電話越しに『どうした』声を掛けてきたが、雪弥は苦み潰すような笑みで里久へと歩み寄る。
「里久さん、一体何をしているんですか……?」
里久は一瞬、躊躇うような表情を浮かべたが、ハッとしたように笑みを張りつかせた。すぐそばまで歩み寄った雪弥に、「ねぇ、雪弥くん」と撫でるような声で話し掛ける。
「勉強でさ、覚えられない事とかあるだろう? 俺、いい物知ってるんだ」
「いい物、ですか……」
『おい、雪弥。まさか、そこに現物を持った使用者がいるのか――』
雪弥は電話には応えず、それを認識すらしていない里久から隠すように背中に回して、地面に散乱した彼の私物を見下ろした。
ペン、メモ帳、英単語帳、携帯電話、財布、ポケットティッシュ、電子辞書、折り曲げられたレシート――そして、里久がようやく見つけたように、素早く手を突き出してある物を掴んだ。
それは、プラスチックの小さな入れ物だった。中には螺旋マークが描かれた青い小さな錠剤が入っており、里久はその容器を乱暴に開けて中身を取り出したかと思うと、水も無しに口に放り込んで喉仏を上下させた。
雪弥はそれを目に留めてすぐ、合成麻薬MDMAを思い起こした。手軽に口内摂取出来るタイプの物で、子供が誤って飲んでしまうほどラムネ菓子によく似た商品である。
プラスチック容器に入っていた青い錠剤は、雪弥も初めて見るタイプのモノで更に小さく、つるりとした飲み込みやすい形状をしていた。彫られた螺旋マークが特徴的で、覚せい剤か麻薬であるのかは一見しただけでは判断がつかない。
服用してほっと一息ついた里久が、落ちついた面持ちで、どこか茫然とした様子でこちらを振り返った。かなりの即効性があるように作られた薬なのか、目が合うと、先程の焦りを一切感じさせない様子で、遠くを見つめるような目で穏やかに笑む。
「里久さん、それ」
雪弥がそう言い掛けたとき、それよりも早く里久が口を開いた。
「すごく頭がすっきりする薬なんだ。ブルードリームっていう、勉強とか精神に良く作用するお薬なんだよ」
「……そう、なんだ…………誰にもらったのか、訊いてもいいかな」
「欲しいの? なら、俺が持っているこいつをあげるよ。俺、親切な人に別の物をもらったんだ」
夢見心地に里久は言い、ふらりと立ち上がると、雪弥にプラスチックの小さな容器を渡した。容器の中に数粒残ったその合成薬物を「ブルードリーム」と呼んだ彼は、思い出し笑いするように唇を歪ませて、電柱に背を預けた。
「上の人間は、俺たちのような人間を助けるべきだろう? 勉強もバイトも親の説教も、苦しくて仕方がなかった俺に、夢の一時を与えてくれたんだ。親切な大人はまだいて、俺を特別に頑張った子だって褒めてプレゼントをしてくれた。全部なかったことにしてくれる、生まれ変わるための赤い夢を、俺はもらったんだ」
里久はきちんと言葉を発せてはいたが、話の内容や説明は明確ではなく、どこか噛み合っていなかった。
「青い薬の他に、君は『赤い薬』を誰か別の大人にもらったわけだね? そして、君は赤い方の薬を持っている、という事で間違いない?」
確かめるように雪弥は尋ねた。里久は数秒を要して「うん」と頷いた。電柱から背中を離すと、鞄を手に取って「あ~あ、こんなに散らかって」と散らばった私物をそこに戻し入れ始める。
彼が服用した薬は効能が強いものではないのか、それとも、切れた薬が回った事で禁断症状や精神面が落ち着いたのか、丁寧にゆっくりと拾い集めるその足取りは、先程よりしっかりとしていた。
「それ、あげるよ。試してごらん。僕は今日は赤い方で夢を見て、明日また、青い方をもらいに行くから平気だよ。気に入ったのなら多めに買っておいてあげるね」
その静かな声色を聞きながら、雪弥は青い薬をポケットにしまい、まるで警戒して毛を逆立てる猫のように神経を研ぎ澄ませた。
薬を飲んだ今の里久に対して、なぜだか無性に背中がぞわぞわとして落ちつかなかった。本能的に嫌な予感を覚え、無意識に強く警戒してしまう。
「里久さん、その赤い薬を見せてくれないかな」
荷物を拾い集めていた里久が、手を止めた。ゆっくりと首を持ち上げて、ぼんやりとした表情の抜け落ちた顔をこちらへ向ける。
じっと目を合わせていると、その手から力が抜けて、せっかく入れた荷物ごと鞄が地面に滑り落ちた。午後十時を過ぎて大半の店がしまっており、まだ開いている飲食店やショッピングセンターに出入りする客の音も少ないせいか、裏通りには雪弥と里久以外の人間はいなくて、鞄が落ちる音がやけに響いた。
「いいよ」
しばらく見つめ合った後、里久が不意に微笑んでそう言った。「特別だからあげるって言われたんだ」と答える口調は幼い。
里久は硬い生地のズボンポケットに手を差し入れ、小袋に入った赤い錠剤を持って見せた。そこには十数粒の真っ赤な、とても小さな丸薬が沢山入っていて、外見はまるで麻薬でも覚せい剤でもない、もしかしたら菓子かインテリアの飾りの材料の一つとでも言われたら、そう見間違えてしまいそうなほどのモノであった。
雪弥は瞳孔を開かせ、暗闇でもハッキリ物が見える眼でもって、里久が掲げているその薬を凝視した。瞳孔が更に収縮し、黒いフィルター越しに青い光を描く。
それは完全な球体で、米粒より一回り大きいというだけであるにも拘わらず、それにも丁寧に螺旋マークが刻まれているのが見えた。
そのとき、薬をぼんやりと見つめていた里久が動いた。彼は無造作に、薬を数粒袋から取り出すと、掌に乗せて至近距離から眺めた。
「なんだか、とてもいい色だなぁ。見ていると、なんでだろう、今すぐに飲まなくちゃいけない気がするんだ」
「里久さん、その薬を飲んじゃ駄目だッ」
猛烈に嫌な感じがした。叫んだ言葉も間に合わず、里久が掌に置いていた複数の丸薬を一気に口に放り込んだのが見えて、雪弥は咄嗟に、何故だか本能的や経験的な直感から、その赤い薬をすぐに吐かせようと彼と距離を詰めた。
その瞬間、素早く伸びた里久の手によって弾き返された。
手だけで素早く振り払うような動作だとは、到底思えないほどの重々しい衝撃が放たれて、雪弥の身体を襲った。
雪弥は反射的に、携帯電話を持っていない左腕で身をかばっていた。里久によって腕一つで弾き返されたその身体が、地面に足をついたまま二メートル滑り込み、彼が履いているスポーツシューズの底が削れて、ひどく熱を持ったまま停止する。
強い衝撃でも耐える腕が、まるで走行する車体を止めた時くらいの威力を受け止めて僅かに痺れるような感覚に、雪弥は苦々しい表情を浮かべて里久へと視線を戻した。
『おいッ、どうした雪弥!』
「……あなたがいっていた赤い薬、なんだかとんでもない代物みたいですよ」
見つめる先では、俯いたままの里久の身体が、項垂れたまま不自然に大きく揺れ始めていた。よろめいて電柱まで後退したかと思うと、そこに背中をあずけて、立っているのもようやくという様子で頭をふらふらとさせる。
雪弥は身構えながら、携帯電話を右耳に当てた。
「青い薬を飲んだ直後だった学園の大学生が、今、僕の目の前で赤い薬を飲みました」
『赤い薬だと?』
「ええ、今東京で起こっている異例の薬物事件、確か『身体が強化された被害者』にうちのエージェントも遭遇して苦労したって言っていましたよね? 僕の方は、それよりも貴重な記録を収められそうですよ。カメラに切り替えますんで、連絡は後ほど」
雪弥はアンテナ上部を取ると、携帯電話本体をポケットにしまった。「こうなるんだったら色々と装備しとけばよかったな」とぼやきながら、ヒューズのような形をした磁石タイプの小型筒を二つに分離し、それを左耳にマグネットピアスのように装着する。
小型カメラが搭載された機器は、人間の体温と微弱電流を感知すると、衛星との通信を始め、すぐ特殊機関本部へ映像が転送されるようになっていた。しかし、それは非常用の予備として取りつけられているものであり、同時に通信出来るような機能はついていなかった。小型マイクや、収納式電磁機器も部屋に置きっぱなしである。
俯いたまま身体を揺れていた里久が、ぴたりと動きを止めたかと思うと、不意に、全く前触れもなく電柱へ拳を叩きつけた。
強靭な力を叩きこまれた電柱が、くぐもる音をたてて拳の形に凹んだ。細かった里久の右腕が、唐突に発達した筋肉に覆われて、筋肉組織が弾けるように腕から肩へかけて膨れ上がる。
それは見つめる雪弥の目の前で、彼の身体の右半分だけみるみる異様に大きさを増していった。
「これはまた、すさまじいな…………」
雪弥は静かに呟き、すっと息を吸い込んだ。意識状態を確認するため、少し大きな声で「里久さん」と声を掛けてみたが、やはり反応はなかった。
里久の服の袖が破れて、とうとう左半分の身体も膨れ上がってしまった。筋肉だけではなく、骨格までも急激に成長し、彼の細かった首が幅の厚い肩に押し潰されて見えなくなる。
優しげだった顔は見る影もなくし、怒りと憎悪しか覚えない恐ろしい形相へと変わるった。里久だったはずの人間の面影を完全になくしたそれは、二メートルの化け物が背中を丸めるように佇んでいるようにしか見えなかった。
「……里久さん、聞こえますか」
雪弥は、もう一度だけ声を掛けた。
すると、黒ずんだ皮膚をした里久が、ゆっくりと顔を上げた。厚い筋肉に覆われた小さな瞳は黒く覆われ、瞳孔が広がって完全に白目が消失していた。大きな鼻穴から荒々しい呼吸が繰り返され、短くなったような感じる頭髪の横からは、伸び上がった耳が小さく覗く。
「リ……ク…………」
野太い雑音まじりの声が、自身の名を不思議そうに口にした。そして、ふっと頭上を見たかと思うと、どこかへ移動するといわんばかりに、コンクリートの地面を叩き割って高く飛び上がった。
雪弥は「げっ」と不意打ちを食らったように呻き、彼の動きを阻止すべく、自身も一蹴りで高く飛び上がった。
「悪いけどッ、人のいるところには行かせられないよ!」
こちらの言葉が通じる通じないは関係なしに叫び、雪弥はパチンコ店の屋上を飛び越えようとしていた里久の太い足を掴むと、一気にその屋上へと引きずり降ろした。
被っていた帽子が風圧で飛ぶことも構わず、その二メートルの黒ずんだ巨体を屋上へと叩きつける。
「ナンバー4、殺してはいけません!」
その時、隣のカラオケ店屋上に、狐面の暗殺部隊員が降り立って鋭い声を上げた。雪弥は暴れる里久を屋上へとねじ伏せながら「じゃあどうしろっていうのさ!」と、怒るように叫び返した。
ナンバー1直属部隊である暗殺機動隊は、ナンバーを持ち合わせてはいないが、一から十八ある部隊隊長が、自身の隊の部下を従えて常に同じ番号を持った上位ナンバーに同行している。ナンバー4である雪弥にも、暗殺起動隊第四番部隊が付いていた。
「もうちょっと早めに来い、つか加勢しろよ!」
雪弥は、かれこれ七年の付き合いになる「狐野郎」に言い掛けて、ぐっと歯を噛み合わせた。
両腕を折られてうつ伏せにされていた里久が、痛みを感じないようにその巨体を激しく動かした。巨体が弾くように立ち上がった拍子に投げ出され、雪弥は空中で舌打ちし、一度屋上に着地してから素早く体勢を整えた。
再び外を目指して重々しく飛び上がった里久の巨体を追い掛けるべく、自身も屋上コンクリートを抉るほどの力で跳躍する。
下へ降りようとしていた里久の太い首を掴みかかると、華奢な身体からは想像できないほどの怪力で、雪弥は彼を再び屋上へと叩きつけた。屋上に全身を打った巨体に対し、空中で素早く隠しナイフを取り出して狙いを定める。
直後、時速二百キロで放たれたナイフが、目にも止まらぬ速さで巨体の四肢を貫いた。雪弥は里久であったとは思えない浅黒い肌をした怪物の上半身の上に着地すると、怒号を上げかけたその大きな口を瞬時に塞ぐように、騒ぎが地上に聞こえないよう腕で締め上げた。
こうなったら、殺すしかない。
雪弥はすぐ行動に移そうとしたが、狐のお面をつけた男が隣の建物から飛び移り、こちらに小型無線を差し向けてきた。
『雪弥、そいつは殺すな。調べたいことがある』
「だそうです」
ナンバー1の声を聞いて雪弥が動きを止めたのを見て、狐面の男がどこかほっとしたようにそう言ったとき、――里久の足が鞭のように伸びて、目にも止まらぬ速さで雪弥の頭上へ踊り上がった。
走行車に轢かれたくらいでは重症にならない強靭な身体をした雪弥は、ギョッとして「骨格を無視して伸縮する仕組みなの!?」と場違いな感想を口にした。
これは久々に苦戦になるかもしれないなと、殺さないやり方での防御と拘束の方法を考え、「チクショー無茶言うなよなナンバー1!」と罵声を上げる。
「ナンバー4!」
狐面の男が、珍しく驚愕を露わに叫んだ。彼らは各数字を持った上位エージェントに専属として仕える他、替えのきかない貴重人材である彼らを、その命を掛けて守る事が最大の役目とされていた。
暗殺部隊の狐面男が鋭く叫んだ瞬間、幹のように太い里久の右腕が同時に動き出し、雪弥を守り加勢するべく動き出そうとした彼に、コンマ一秒で迫った。
その光景を眼にした瞬間、そちらを振り返った雪弥の瞳が見開かれた。
瞬間的に、その表情から人間らしい感情が抜け落ちたかと思うと、雪弥の眼差しが絶対零度の殺意を宿した。その黒く色が変えられた瞳がブルーを灯し、夜空の下の闇で煌々と光った。