8
「そんな夢みたいな話あるか」
「いや、だから夢なんだって」
ぼくらは予備校へ向かう途中、いつもとおなじやりとりをする。
へんな夢だと思い、不気味にも感じていたが、テツと冗談めかして話していると、たいしたことではなく思え、ただの夢なんだからどうでも良いことだと気持ちがかるくなった。同時に来年にはまた受験があるのだから、きちんと勉強しなくてはと気持ちが重くなった。やらなければ何も進まない、やらずにいたから進まなかったのだとパーカーのポケットのなかのシャープペンシルを触りながら考えていた。
「あ、ひさしぶり」
ところどころアスファルトに凹凸のある道路を走るバスの中で彼女が言った。
彼女は中学の頃と変わらない姿で、肩まである髪をゆらゆらとバスの揺れにあわせてゆらせていた。
「うん」
ぼくは彼女の座っている二人掛けのうしろの席に座りながら挨拶した。
「いつもこのバスに乗っているの?」
「いや、今日はたまたま」
「そうなんだ」
ぼくは学ランの左ポケットをまさぐり、シャープペンシルが入っていないのであぁ夢だと気が付き、このまま気が付かないでいれば良かったとおもっていると意識がぱっとし、目が覚めた。
身体を起こすと外はまだ暗く、たまにガタガタと車の走る音が聞こえた。
窓辺の勉強机をみると、赤と青の色をしたシャープペンシルがぼんやりとみえた。
授業前に行う漢字の小テストの準備をしているとき、隣の席に座る彼女が、あたふたと布でできたペンケースを探っているのに気が付いた。机の上には細くて青色のシャープペンシルだけが置かれ、消しゴムを探しているようだった。ぼくは赤くてすこしへこみのある缶ペンケースからカッターと消しゴムを取りだし、紙ケースを外し、消しゴムを半分に切った。前半分は使いかけて黒ずんでいるので、白い粉がまぶしてあるようなさらさらとしたきれいな後ろ半分を手にとり、彼女へちいさく声をかけ、手渡した。彼女はちいさく驚いた顔をして、消しゴムを返しかけたが、ぼくはちいさく手を振り、目線を教室の前の時計に向け、すぐに漢字の小テストが始まることを知らせた。彼女は申し訳なさそうな、すこし安心したような表情をして、ちいさく頷いた。
漢字の小テストが終わると、彼女はぼくにありがとうと礼を言い、消しゴムを返そうとした。ぼくは授業はまだあるから今日はそのまま使ってくれて良いと言った。
数日後、彼女はぼくにちいさく細長い紙袋をくれ、中を開けると赤と青の色をしたシャープペンシルがあった。
ぼくが男子高へ入学してから、彼女に会うことはなかった。夢のなかの彼女の姿が中学の頃から変わっていないのは、今の姿をしらないからだ。