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「頭のなかに、昔観た映画の女優だとか何かのイメージはあったのかもしれないけれど」
目の前のだれかをモデルにしたわけじゃないよ、と言った。
「すごく変な話に聞こえるとおもうんだけど」
ぼくは言い、夢の中で出会った金色の髪をした彼女の事を話し、喫茶店でみたミズさんの絵はどこかその彼女によく似ていたのだと話した。それから一呼吸を置いて、あと、実はまだおれは大学生ではなく、予備校に通っているんだごめんとつけ加えた。
「今、その話いる?」
ミズさんはすこし笑い、「受験がんばらないとね」と微笑んだ。
「もう、絵は描かないの?」
ぼくが話をそらすように言うと、ミズさんは一瞬表情をくもらせ、「最近、またすこし」と言った。
「油絵?」
「ううん。水彩」
楽だし、ね。とミズさんはつけ加えた。
「あんぶれらを辞めてから、絵を描くのがすごく悪いことのように感じてしまって。悪いことっていうかわたしが描くのは無駄なんだって。高校に入ってからは友だちとどこかへ出かけたり、たまにアルバイトをしたりして、絵を描かないで過ごしてきたの。大学もお母さんが言うような将来の仕事に役にたつような、絵とはぜんぜん関係のない学部を目指したりして」
でも、とちいさくつぶやき、
「ちょっと疲れてきちゃったのかな。なんとなく家から離れて暮らせる大学を選んで」
「お母さんは賛成してくれたの?」
「受験願いを出して、受かったからね。ちょっともめたりはしたけど、近くの大学よりも良いところだから、就職には有利だよって話したり」
なんとなくしぶしぶ納得するお母さんの表情が想像された。
「一人暮らしをさせてもらってから、やっと気持ちが落ち着いてきたみたいで。お母さんの言いたかったことや気持ちがなんとなくわかってきたっていうか、ね。それでわたしはやっとお母さんのことを切り離して、わたしは描くのが好きなんだっておもえるようになれて」
だれがなんと言ったって、ね。とミズさんはすこしはにかんだ。
「今、描いてるっていう絵は」
ぼくは言うと、彼女はふふ、と顔をすこしほころばせ、「この前、やっと描き終えられたよ」と、言った。




