34
「フレンチトーストも頼んだ」
ぼくは言った。
「どうだった?」
ミズさんは言った。
「おばさんに頼んだら、きょとんとされた」
ミズさんはいたずらっぽく笑った。
「あのトースト、お店のメニューじゃないんだね」
ミズさんはすこし微笑んで、「ごめんね」と、たのしそうに謝った。
「いっしょに食べるとちぐはぐな味だった」
「店長がつくってくれたの?」
「うん。ちいさいサイズで」
へぇ、とうれしそうにミズさんは言った。
「はじめは不審がられた」
「そうだよね」
ミズさんは言って、今度はすこし申し訳なさそうな顔をした。
「でも、注文の意図がわかってからは、店長さんもうれしそうだった」
ミズさんは、ぱっと顔を輝かせた。
「あのお店が出来てから」
ミズさんは言った。
「わたしが小学五年生か六年生のときかな。わたしの家の近くにあんぶれらが開店したの。しばらく経った頃、家のポストにあんぶれらから絵画教室の案内チラシが入っていて。喫茶店での絵画教室ってどんなのかなってすこし気になったから、お母さんに頼んで行くことにしたの。はじめはお母さんもいっしょに通っていたんだけど、すぐに飽きちゃって。中学生になる頃にはわたし一人、ずっと通っていて」
ミズさんはちいさく息をつく。
「高校受験が近くなるころには成績があがらないのは絵を描いているからだとか、何かある度、なんでも絵のせいにされて、あんぶれらを辞めさせられたの」
どこでも描けるんだからとか言われて。
ミズさんはやわらかな表情を変えずに、淡々と話した。
「高校に入ってもあんぶれらの前を通るのが気まずくなって、絵を描くのもなんだか悪いことをしているみたいに感じてね」
「ずっと描かなかったの」
「描かなかったなぁ」
ぼくらはしばらくの間、なにも話さなかった。
公園の脇の道路を一台のトラックが通り過ぎて行った。電線の上に数羽の雀がとまり、ちくちくと会話するように鳴いた。
「あのちぐはぐな味のトーストは?」
ぼくは言った。
ミズさんはすこし顔をあげ、言った。
「絵画教室は日曜日の十時から十二時までやっていたの。たまに、十一時をすこし過ぎたあたりでちょっとしたおやつみたいなものを店長が出してくれる時があって」
「それがあれだったの?」
ぼくが言うと、ミズさんは首を振った。
「ほんとはただのフレンチトーストだったんだよ」
ミズさんはいたずらっぽく笑った。
「フレンチトーストに何か載せても良いよって店長が言ったときがあって。カウンターの上にジャムとかヨーグルト、チーズ、梅干しとかいろんな食材を置いてくれたの」
「それで欲張ってたくさん載せたの?」
「うん。欲張ってたくさん載せたの」
ミズさんは得意そうにうれしそうに言った。
「あたしも小学生の頃だったし、遠慮なくなんでもたくさん載せた方が得だとおもって。まだその頃はあたしとお母さんと近くの子どもの三人とか四人くらいだったから、店長も気楽にやっていたのかもね」
「あれ、ぜんぶ一緒に食べるとおいしくないね」
「ジャムを味わってからチーズをのせて食べるとおいしいよ」
ミズさんはひみつを打ち明けるような顔で言った。
「ミズさんの絵」
ぼくが言うと、ミズさんは表情をなくしてぼくを見た。
「壁にかかっている絵をみたよ」
「まだ、飾ってあるの?」
「うん。女の子の絵だった」
「もう、何年も経っているのに……」
ミズさんは申し訳なさそうな顔をした。
「いい絵なんだとおもう」
ぼくは言った。
「今でもあれを描いていた時の事、たまに思いだすよ」
ミズさんは言った。
「あの女の子の絵のモデルはいるの?」
ミズさんは口を閉じ、じっと前をみて、すこし考え、
「ううん。たぶん、いない」
と言った。




