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テーブル席側の壁を見ながら、
「二週間毎の日曜日に、ここで絵の教室を開いていてね」
と、おじさんはつづける。
ぼくは何となく立ちあがり、おじさんと同じ壁をみる。
「みずきちゃんも、よくここに絵を描きに来ていた」
壁の上半分は白く塗られ、下半分は木の板が張られている。白い壁には大小様々なキャンバスが等間隔に飾られ、様々なタッチの絵が並べられている。風景や人物、静物などが写実的であったり抽象的であったり、ばらばらに自由に描かれているようにみえた。
「ほら、そこの角」おじさんは窓側の端の角をみて、それから手前のテーブル席の客に遠慮するように目を逸らし、「あそこに絵を描くスペースをとってね」と説明した。
ぼくは、窓側の角から右側の壁に沿って展示されている絵をぼんやり眺めた。壁の端まで目を向けると、手前におおきな観葉植物が飾られてあるのがみえた。日陰に飾られた観葉植物の奥に隠れるように一枚のちいさなキャンバスがあった。隠れて見えないとどんな絵なのか気になった。
ゆっくりと観葉植物の手前まで歩き、テーブル席の客が顔をあげると、「すみません」と、ちいさく頭をさげながら、観葉植物の横に立った。
観葉植物の葉を避けるように顔を動かし、ちいさなキャンバスを見る。
額のないキャンバスのなかには、油絵具で描かれたおぼつかないタッチの金色の髪をした女の子がいた。
彼女はなにかうれしいものを見つけたみたいにこちらを向いて笑っていて、夢でみた彼女よりとても幼い。
キャンバスのなかをもっとよく見ようと顔を近づけはっとして、上体をもどす。
どうして今おれは絵と夢のなかの彼女を同じ人のように感じてしまっていたのだろう。そもそもどちらも実在しないのに現実にいるかのようにあれやこれや考えて、いよいよおれはどうかしてしまったのかもしれない。
いや、すでにどうかしてしまっているのかもしれない。
「みずきちゃんが描いたの、それだよ」
後ろからおじさんの声が聞こえた。
「どうだった?」
夜、寝る前にメールがきた。
「よかったよ」
ぼくはメールを返す。
「よかったって何が?」
すぐに彼女からメールが返ってくる。
「いろいろ」
ぼくはメールを返す。
「よかった」
彼女からのメールを何度も眺め、やがて眠りこんだ。




