27
休憩時間になり、ぼくは工場の外へ出た。ポニーテールの彼女はぼくよりも先に来ていて、タバコを手にしていた。
「よく吸うんですね」
「ううん。あんまり吸わないよ」
「点けてるだけ?」
「ううん。ちょっとだけ」
ミズさんはそう言ってタバコを消した。
「そうなんだ」と、ぼくは曖昧に相槌を打った。
「やむちゃんはこのバイト、何日入れてるの?」
「今日から三日。ミズさんは?」
「あたしは一週間の募集に応募したから、もうすこし長いかな」
「たくさん稼げる」
「うん。でも、この仕事だと家に帰ると昼まで寝ちゃうから、ほとんど一日なんにも出来なくなる」
「やっぱりそんな感じなんだ」
「うん。帰ってそのまま起きてるなんて無理。この仕事って定期的にちょこちょこ募集があって、何度かやってるんだけど、連勤中に朝から用事を入れて、そのまま夜もバイトに行ったときは死にそうになった」
「朝の授業に出るのも難しい?」
「出ても眠たくてたぶんぼうっとしちゃうよ」
出席日数が足りてないなら行かないとだけどね、とミズさんはすこし笑ってつけ加えた。
空を眺めた。曇っていて、星は見えない。
「ねぇ」
ミズさんは言った。
「次の休憩もここに来る?」
「たぶん」
「眠くなるし、また話せたら話そ」
「うん」
午前三時になるとベルトコンベアはまた動き出し、ぼくは流れてくる冷蔵庫の決められた箇所へパイプを近づけ、点検する。頭の奥はもやがかかったようにぼんやりとしている。砂漠と金色の髪をした彼女のことを考えた。夢をしばらく見ないうち、彼女の姿はぼんやりとして、はっきりと思いだしにくくなっている。そもそも、彼女にはっきりとした姿があったのかさえ、自信がなくなった。
夢のなかで「見た」というのは、この目で見ていたのではなく、頭のなかで想像していただけだ。おれが見た事がない誰かをどれほど詳細に「見る」ことができていたのだろう。今では朧げな金色の髪をした彼女の、親密さをふくんだ微笑みや楽しそうに振る舞う仕草をみたときの自分の気持ちだけが、旅先でわすれた忘れ物みたいにじくじくと心に残っている。
「やむちゃんはバイト代もらったらどうするの?」
「たぶん全部旅費になるとおもう」
「そうなんだ。いいね。どこに行くの?」
「B県あたりに行こうかなって」
「B県?」
ミズさんの声のトーンがあがった。
「あたし、そこの出身だよ」
「そうなんだ。じゃあ、砂丘とかも行った?」
「うんうん。砂丘ね。ちいさい頃におばあちゃんとよく行ってたよ」
世間は狭いわねぇ、とミズさんは大袈裟に懐かしむようにつぶやき、
「ね、やむちゃんはB県のどこに行くの?友達みんなで行ったりするの?」
と言い、「もしかして彼女とか?」と続けて笑い、切れ長の目を細くした。
「砂丘に行ってみようとおもって」
ひとりで、とつけ加えた。
「まだ行ったことがないの?」
「いや、ちいさい頃に一度、連れていってもらったよ」
「あぁ、今回は自分探しで、みたいな」
ミズさんはふむふむと大袈裟に頭を三度振って頷いた。
「そんなんじゃないけど」
「そんなんじゃない、けど?」
ミズさんは悪戯ぽい笑顔でぼくの言葉を繰り返し、すぐに「ごめんごめん」と言い、
「馴染みのある場所がでたからつい、ね。ごめんね」
と、つづけた。
「他に行くところは決めているの?」
「いや、特には」
ぼくはちいさく首を振った。
だったら、ひとつ行ってみて欲しいところがあるんだけど。と、ミズさんは言い、もし、行けたらでいいんだけどね。と、さっきと同じような明るい口調で、さっきとちがってぼくをまっすぐに見て、言った。




