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「え、聞いていないの?」
「なにも」
「え、ほんとに?」
「うん。なんにも」
セキさんは口に手を添え、ちいさく笑い、「うける」と言った。
ぼくは何が「うける」のかわからず、テツにはすこし腹が立ち、疎外感を感じたが、左ポケットのシャープペンシルを握ると、おれにも話していない事があるともおもった。
「まだ最近らしいから、そのうちテツくんから話すかもね」
セキさんは言い、ぼくをみて、またくすくすと笑った。
11階建てのデパートの10階には書籍フロアがある。セキさんはここの書店は広く、参考書もたくさんあるから気に入っているのだと言い、慣れた足取りで参考書の並ぶ書棚まで歩いた。長い書棚には小学生向けから大学受験用まで、参考書がずらりと並び、セキさんは数冊の参考書を選び、手元に置いた。
一冊を手に取ると、表紙と裏表紙をくるくると確認し、初めのあたりのページをめくり、ぱらぱらと全体のページをめくり、終わりのあたりのページをめくって参考書を閉じた。手元に置いた数冊の参考書も同じように確認すると、書棚を見詰め、別の参考書を一冊取りだし、さっきと同じようにぱらぱらとやった。
セキさんの軽やかな手の動きがきれいだった。
「矢村くん、これ、良いんじゃない?」
セキさんは最後に手に取った一冊をぼくに向けた。
ぱらぱらとめくると、問題と解答が一冊に収められ、解答の解説にはところどころにイラストが添えられ、ていねいに間違いやすいポイント等も書かれてあり、わかりやすそうに感じた。
「それからこれも」
セキさんはぼくの反応をみながら、また別の参考書を薦めた。
今日はコーヒー代とテキスト二冊で三千円前後を使った。財布の中が心許なくなったが仕方がない。勉強机の上の、アニメキャラクターの形をした貯金箱を持ち上げる。小学生の頃からお年玉やお小遣いなどをもらう度、少しずつ小銭を入れ、貯めた。中身の金額はあまり多くはないが、ずっしりとした重さがあり、振るとじゃらりじゃらりと硬貨のぶつかる音がした。貯金箱の底の蓋を開け、硬貨を数枚取りだす。硬貨のなかに五百円玉が一枚あった。
この一枚が小学生の頃のお年玉だったこともあった。
あの頃は、年に一度のお年玉の貴重な五百円だから使うのはもったいないと我慢し、貯金箱に入れていたが、今ではコーヒー一杯飲むだけで消えてしまうのだからすこし虚しい。当時、欲しかったものを買えばよかったとおもったが、欲しいものは五百円では買えなかっただろうから無駄遣いをして浪費を覚えるよりはましだったのかもしれないとおもうことにし、十年後には今日のコーヒーや参考書を買うのに躊躇がないくらい稼げるようになっていたいものだと、五百円玉や数枚の硬貨を財布の中にしまいながらおもった。




