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彼女は白いワンピースを着て、机の上のコーヒーカップに手をかけたまま、こちらをみていた。
「あのう、すみません」
ぼくは彼女の席の前までゆっくりと近づき、声にならない声で話しかけた。
彼女はぼくをじっと見つめ、親しい友人に会ったときのように、やわらかく微笑んだ。
彼女は口をぱくぱくとさせ、左手を前に伸ばし、椅子に座るよう促した。
ぼくは彼女の正面の椅子に座る。
彼女は外国の映画にでてくるような、目鼻立ちの整った顔立ちをしていた。年齢は年上にも年下にもみえ、よくわからない。彼女は口をぱくぱくとさせ、ぼくをじっと見た。それからまた口をぱくぱくとさせ、ぼくは曖昧に頷いた。彼女は立ちあがり、うす暗いカウンターに入っていった。躊躇なくカウンターに入る姿をみて、なんだかそわそわした。
彼女がカウンターにいる間、ぼくは彼女のコーヒーカップを眺めた。白いコーヒーカップの上部にはクローバーや花の模様が描かれ、カップの中にはコーヒーがまだ半分ほど残っていた。
ふと、夢のなかのコーヒーは飲めるのだろうか、と考えた。
彼女のコーヒーカップを手元に寄せ、カップを持ち上げたとき、彼女のものを勝手に飲もうとしていたことに気が付き、躊躇した。
カップを机の上に戻すと、カップの中の黒い液体がゆらゆら揺れた。
ぼくは左ポケットに手をつっこみ、右のポケットにも手をつっこんだ。両方のポケットはからっぽで、これは夢なんだから勝手に飲んでもだいじょうぶだろうと思い、夢だからと傍若無人に振る舞えば、それは現実でも癖になり、要らぬトラブルのもとに繋がるのではとも考えて、彼女がここに戻って来るのを待つことにした。
ぼくはじっとコーヒーカップの中を覗きこんだ。カップの中の黒い液体は現実と同じように液体っぽく揺れ、これまで液体の揺れ方など気にしたことはなかったが、ぼくの夢にしてはうまくできていると感心した。
コーヒーの揺れは、時間が経つとおだやかにおさまりはじめた。揺れがおさまるにつれ、コーヒーカップの中に映る頭から鼻あたりまでの自分の顔が、次第にはっきりとみえてきた。
揺れがおさまったとき、見覚えの無い、知らない顔がぼくを覗きこんでいた。




