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化粧?仮生?怪生?

 微かにだが扉の奥から水の音が聞こえてくる。

 綺麗に整理された部屋。

 海斗は可愛らしいピンクのクッションを尻に敷き右手をテーブルの上に乗せ、中指でテーブルの天板をコツコツとつついていた。

 この部屋の住人が出してくれた飲み物も既にぬるくなっており、ある程度の時間が経過している事を表している。


 暇なので首を回し周囲を見渡している。

 左からは水の音が扉より漏れ聞こえ、隣にも扉がある。

 配置的にトイレだろうか。

 他にも扉が一つありベッド等の寝具が見当たらない事から、向こうが寝室だろうか。

 自分よりもずっと良い生活をしてそうだ。

 目につく家具や家電もそこそこの値段しそうな物がある。

 指でコツコツとつついているこのテーブルも木目調にガラス天板のオシャレな造りである。

 向かい正面にあるテレビも32型の有名ブランド製品で、更にその下のラックには同ブランドの高級ブルーレイレコーダーが設置されていた。

 あまりの自分との格差に涙が出てきそうだ。

 水の音も止み暫くするとようやくこの部屋の住人が姿を見せた。


 「ごめ~ん。待った?」

 全く悪びれる様子も無く軽い謝罪をしてくる。

 路地裏で出会った時と全く変わっていない。

 女は俺の目の前まで来て右手を腰に当てそのスタイルを見せつける様にポーズをとっている。

 その顔はどうだと言わんばかりに自信に満ち溢れていた。


 もし互いに普通の人間であり、特殊な事情や性癖がなければどれだけ興奮する状況か。

 目の前には金髪で顔立ちも整いすらりとした美女が部屋着で男にその姿を見せつける様に立っている。

 年齢は二十か少し下か。

 よくよく見るとさっきまでシャワーを浴びていた為、首筋や髪に水気がありぱっちりとした目とぷっくりとした瑞々しい唇、化粧等必要としないのではと言いたくなるような美しい女が目の前に立っている。

 だが一番目を引くのはそのスタイルだろう。

 背丈は170近くと日本の女性としてはすらりと高く足も長い。

 腰回りも女性らしく出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。

 上はと言えばやはり目に入るのが大きく自己主張している胸だろう。

 薄い部屋着一枚で隠すには無理があるように思える。


 こんな美人が目の前にいるのに海斗は全く男としての反応をみせなかった。

 海斗が何の反応も見せない事に不満を募らせとうとう女が先に口を開いたら。


 「ちょっと、サービスしてるんだから何か言いなさいよ。大体こんないい女が目の前にいてやってるんだから感謝の一言位は述べなさい。あっ、それとも緊張して言葉が出てこないとか?」


 言いたい事を言って女は満面の笑みを浮かべ海斗の反応をまっている。


 海斗もようやく重い口を開いた。


 「ババァ、お前何やってんの。年甲斐も無く『私いけてる~』って恥ずかしくねぇのか。大体中身は枯れ枝みてぇな皺くちゃだろう。それに興奮する方がどうかしてっだろうが」


 「なっ、違うわよ。皺くちゃじゃないもん。良く見なさいよ、何処に皺があるのよ。それに枯れ枝って何よ。失礼にも程がある」


 女は海斗に掴みかかり顔を真っ赤にしながら海斗の体を前後に大きく揺さぶる。

 直ぐ近くにシャワー上がりの女の顔があり、仄かにリンスの香りがただってくる。

 その香りから顔を背けるが、今度は自己主張の激しい胸が目に入ってしまい女が動く度に揺れる胸から目が離れ無くなっていた。

 流石にこれには女も気付き勝ち誇った様な態度で海斗をいじりだす。


 「へ~、あんたは枯れ枝に興奮する変態とは違うんじゃなかったっけ。だけどあ~れ~、さっき僕は何処を見てたのかな?何々、もしかしてママが恋しくなっちゃったのかな」


 今度は海斗が顔を赤らめ女の視線から顔を反らす。

 無意識とは言え自分のとった行動を本気で恨み、拳を強く握りしめ悔しさをたえるのだった。


 そんなやりとりも落ち着きお互いに近況を話し合っていた。

 女は向こう(異世界)では魔召(ましょう)のエリーダと呼ばれ魔法使い特に、魔女から絶大な信仰を受けていた。

 召喚魔法を得意とする事から二つ名が魔召と呼ばれる事となる。

 そんなエリーダだが転移後何故か若がえり今は天音(あまね)という源氏名で週3日キャバクラで働いているそうだ。

 人気が高くこの界隈ではNo.1キャバ嬢となっているらしい。

 本名と言うには違う気がするが表の名は美空 絵理(みそら えり)と名乗り暮らしているようだ。

 因みに年齢は二十歳。若く設定しようとしたが、酒が飲めなくなるからやめたと言っていた。


 性格や仕事はどうであれ意外としっかりとした生活基盤をもっているようだ。

 俺などは此方でも命を張って生きているのに。

 むしろ向こう(異世界)にいた時の方がのんびり暮らしていた気がする。

 そういえばあいつも一緒に巻き込まれていたよな。

 何時かこっちで会うことになるかもな?

 あいつの事だからきっちりとした生活をしてそうだな。



 「で、あんた今まで調査と言いながら其処らをプラプラして、鬼ごっこやかくれんぼをして小銭を稼いでいたって訳だ」

 海斗の近況を聞くと絵理はあからさまに海斗を馬鹿にし、大きな胸を支える様に腕を組みながら大きな溜め息をつくのだった。


 「おい、馬鹿にすんなよ。俺だって真面目に考えて行動してるんだ。さっき話した様にそれでギガに会って、テレパス(精神通話)だって使える様になったんだから。転移についてもいずれ必ず見つけるさ」 

 海斗は馬鹿にされた事を不満げに応える。


 絵理は海斗の顔を一瞥し仕方ないと子供にものを教える様に海斗に語りかけた。


 「あんた本当に分かっていない様だから話すけど、今回の転移魔法と言うかあれがまともな魔法に思えるかい?」


 「まともって、だけど魔法は魔法だろう。違うのか?」

 海斗はやはり不満げに応え、絵理はまた大きな溜め息をつき語りだした。


 「確かにあまりに膨大な魔力を感じたよ。魔力ってのは魔素を自分の体に取り込むなり、依り代に移すなり、何らかのかたちで魔力に変えるのさ」

 

 海斗はそんな事くらい知ってると態度で表し、絵理は本当に仕方ないと思いながらも子供と接するような感覚を覚え、それを少なからず楽しむ様になっていた。


 「次に魔法ってのは、魔力を集め凝縮しその力に方向性を与えそれを行使する事。例えばフレアランスだったら、火の属性に槍の形を与え放つと言う様にね」


 「だからそれが何だって事だ。そろそろお復習も飽きてきたぞ」

 海斗は焦らされてる事に苛立ちはじめ絵理を睨めつける。絵理は相手は子供と少々意地悪な事を考えて飄々と話しを進めるのだった。


 「あの転移にはある種の方向性は感じたけどね、決定的に足りないものがある様に感じたよ」


 「足りないもの?そんなもん感じなかったぞ」


 「これは力が有る無しとかではないからね。それは意志さ」

 海斗は聞いても分かっていない様なので先に進める事にした。


 「さっき話したように魔法ってのは、属性、形、そして放つと言う行動、これが揃って魔法になる。魔道具だってつかってくれる人がいなけりゃ、ただ魔力が込められた物でしかない。魔法を使うとしたらそれを使う人が必要だろ。そういう事さ」


 「じゃあ、あれは、自然に起こった事だって事か?」


 「まさか、そんなはずないさ。あれには意志は無かったけど、方向性は感じたからね。転移というか召喚に近いものを感じたよ。ただ規模が余りにも大きすぎて完全には理解出来なかったけどね」


 「だとしたら何らかの実験とか?」


 「もしくは事故かも知れないね。あれ程の魔力を操ろうなんてとてもじゃないけど私には無理そうね。そのかわりピチピチに生まれ変われたから、まぁ私はそれで善しとするわ」


 「戻りたいと思わないか」


 「まぁ色々とやり残した事はあるけど、今の生活を考えると割りと此方の世界も楽しいもんよ。出来るか分からない事考えるより、今を楽しめた方がいいじゃない。枯れ枝に綺麗な花が咲いたって感じ」


 まさかギガに続きエリーダまでも、此方の世界をここまで受け入れているとは思ってもいなかった海斗は、正直ショックを受けていた。

 まるで自分だけが必死になっている様な感覚にとらわれていた。


 「帰るって言っても此方の世界は魔素が薄いから無理かもよ。何故か分からないけど使った分の魔力は時間は掛かるけど、元には戻るみたいよ。ただ新たに膨大な魔力を得る為には、向こうでは考えられない位の時間と体力、若しくはお金も必要になるかも知れないわよ」


 「あぁ、分かってる。覚悟はしてるよ。はぁ、金か~。それが一番の問題だな」


 「あんた金持って無さそうだもんね。あっ、お金の相談は他の人にしてね」


 相談するつもりは端から無かったが、だからと言ってその前にいきなり突き放されて喜ぶ者もいないだろう。


 なんやかんやで、時刻は夜の九時を回っていた。

 流石に泊まっていく訳にもいかず絵理に帰る事を伝えさっさと部屋出る。

 絵理も玄関先まで見送りに出てきた。



 「ここでいい」

 海斗は素っ気なく絵理に言った。

 

 「まぁ、あんたの事だから大丈夫でしょうけど、一応ね。気をつけて。暇になったらまた顔出しなさい」

 

 又来いと言われるとは思ってなかったからか、少し戸惑いつつも駅に向かって歩きだそうとしたその時、突然左の脇腹に鋭い痛みが走った。

 痛みは後ろ側からきており、確認の為首を回し見るとそこに黒い何かが立っていた。

 黒いフードをかぶる人物。

 海斗からはそれ以上は見えていなかった。

 

 痛みの原因はどうやらこの人物じゃないのかと思い、腕を掴んで無理矢理に壁に叩きつけ腕を捻り相手の自由を奪う。

 相手も暴れるが床に押さえ込みかためると、逃げる事も難しいと観念したか自然と大人しくなっていった。


 相手を押さえ大人しくなった所で痛みがある箇所に触ると、何やら硬い物に触れている感覚が手より伝わってくる。


 絵理は突然目の前で起こった事に動揺し、何も出来なかった。海斗が相手を床に拘束し少しづつ動揺も収まりつつあった。

 だが、海斗が脇腹から出ている物を掴もうとするのを見て、止める為に声を上げた。


 「駄目。触らないで。そのまま。今救急車呼ぶから」

 自分が思っている以上の声音で叫んでしまい、同階だけでなく他の階にも伝わってしまったみたいで、時間が経つにつれて騒がしくなってきた。

 隣りの部屋の住人も出てきて血をながしている海斗を見て、大丈夫かなどと声をかけてくる。

 血が苦手なのか一番動揺していた。


 刺された本人はと言えば、周りの人が動揺しているのを見ながら何故こうなったのか等と考えていた。

 被害者である海斗がこの場で一番冷静であった。

 海斗は下にうつ伏せでころがっている人物のフードを捲って見た。

 どうやら男の様ではあるが海斗にはこの男が誰なのか分からなかった。

 救急車への連絡が終わったのか絵理が戻って来て床に転がる男を見て『斎藤さん』と呟きあきらかに動揺した顔を見せる。


 「エリーダ、こいつ知り合いか?」

 と海斗が絵理に問いかける。

 刺されているのに全く動揺しておらずあまつさえ本当に痒いのかどうか分からないが平気な顔をして、ぽりぽりと頬をかいているのである。

 あまりの自然体の海斗を見ていると慌てていたのが馬鹿みたいに思えてきて、海斗の問いかけにいつも通りに絵理は返答するのだった。


 「あんたも今日会ったじゃない。繁華街の路地裏で」

 どうやらこの男は路地裏で絵理に絡んでいた人物であった。

 しかし海斗は相手の顔処か存在も完全に忘れており、アイツかと声にだすのも憚られるのではないかとの思いから反応が出来ないでいた。


 「ふ~ん」

 ようやく出した返答がこれである。

 本当にどうでもいいという応えであった。


 その直後救急車と警察が到着し警察は男を連れ警察署に戻る。

 帰り際、絵理に後で話しが聞きたいと伝え後日今回のあらましを話す事となった。

 

 救急車の方は怪我人の筈の海斗がケロッとしており、しかし流血の後はしっかり残っている事から、一応病院で検査する事を海斗に伝えるが本人が異様に嫌がり未だ動けずにいた。

 しかし現場の状況から確認だけと言う事で刺突箇所をその場にて診察する事になった。

 刺された筈の箇所には既に傷も無く、瘡蓋が出来た様子もない。

 ただ流れたであろう血の塊が脇腹や服についており、其処が紛れも無く刺突箇所であると物語っていた。


 救急隊も本人から拒否され、体に至っては傷口すらない様子。

 その為消毒と軽い質疑応答でようやく海斗は解放された。

 

 海斗は絵理の部屋でクッションに座り絵理が帰ってくるのを待っている。

 絵理は隣近所の人に軽く説明と謝罪をし、海斗が着る服を夜間営業しているスーパーまで一人で買いに行っているのである。

 海斗は全く気にする様子も無く帰ろとするが、血のべったり着いた服で電車に乗るのかと聞かれ返答出来なかった。

 その為絵理が買いに行く事になってしまったのだ。


 絵理が出て五十分近く経ちようやく帰ってきた。時刻はもう11時になろうかと言う時間になっていた。


 「随分遅かったな」


 「あんた人を買い物に行かせといてその言いぐさ。色んな事があってお腹減ってるんじゃないかと思って食べ物も買ってたの」


 「あぁ、すまん」

 自分の事を気遣ってくれての事に海斗は申し訳なさを覚えた。


 「別にいいわよ。はい、服これでよかった?大きさは分からないから少し大きいやつ買ってきたから。後で合わせてみて」


 服を海斗に渡すと違う買い物袋から取り出した弁当にサラダ、カップ味噌汁を二人分テーブルに並べていく。


 「そういやあんた刺されたけど、食べて大丈夫なの?」

 海斗はいつの間にか買ってきた服に着替えており、出したばかりの服のゴアゴア感が気になる様であった。

 しかも服には何とも可愛らしいコアラの絵がプリントされていて決して海斗に似合うと言える服ではなかった。

 勿論これは絵理のイタズラである。

 絵理は自分の選んだコアラを見てつかいっぱしりにされた事の溜飲を下げるのだった。


 夜食も食べ終え時間的にはもう電車は動いていない事から、仕方なく海斗を泊める事となった。

 海斗が刺されたのも、そもそも絵理が巻き込んだ事であり鑑みるに今回の事を合わせて二度も助けられた事になる。

 流石に絵理も本当に悪いと反省していた。


 お休みと挨拶し絵理は寝室で海斗は毛布だけ貸してもらいその場でくるまって寝る事にした。


 海斗はずっと考えていた。刺された時には激痛が走ったのに、ものの数分、若しくはもっと早かったかもしれない時間で、まるで傷がなくなっていた。塞がったのではなく、完全に消えていた。

 まるで治癒魔法の様に。

 そんな事を考えながら海斗は眠りに落ちていくのであった。


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