仕事はつらいよ!間皇不幸の旅
今晩は。間皇 海斗です。
今回は僕の秘密の仕事についてお話ししましょう。
因みに一人称が僕になっているのは仕事に緊張感をもつ為の仕様です。昔の友からの忠言とでもいいましょうか。
「おら、待たんかごりゃーーー」
「てめー止まれってんだろーが。『ぶぢごろーず』」
「殺すぞぼげー。『までやー』じねー」
突然ですが、皆さん大変です。只今僕達逃走中。
何か悪い事したかって?違います。このヤクザに追われてるのが僕達の仕事の一部なんです。
僕達は引っ越し屋。何やら事情がある人達に変わり夜中に素早く荷物の梱包から詰め込み、ときに逃走をするエキスパート集団。夜中にやるので音には特に気をつけています。いつもと言っていいかどうか分かりませんが、大抵は普通の引っ越しです。だけど時々特殊案件と言われる仕事が入ってくるのです。今回も特殊案件です。
今回の引っ越しは、依頼人がこの街に居られなくなったとの事で何時もより素早く、慎重に、危機感をもって仕事に当たれと言われました。さて、僕達のお仕事ですが、特殊な引っ越し屋との事で僕達チームの呼び方も普通と違うみたいです。簡単にご説明します。
梱包、片付け、詰め込み班は キャット
運転手、ルート作成班は ドック
情報、偵察班は マウス
で、今の僕達の所属が
囮 班 デコイ
大体分かるでしょうけど一応説明しますね。簡単に言えば追いかけられる仕事です。僕達みたいなのが一番いい仕事をするって言われました。誉め言葉でしょうか?何かひっかかります。
さて次は、僕の頼もしい仲間を紹介します。
デコイ班一覧
国籍不明・・・・・・・・・・リチャード
謎のインド人・・・・・・・・アンドラ
南アフリカの戦士・・・・・・ギャヴァン
台湾の元導師・・・・・・・・王 子彰
班長・・・・・・・・・・・・間皇 海斗
これが今の役職です。因みにデコイ班班長には他の社員にはつかない特典があります。会社から保険が自動に掛けられているそうです。班長になる時保険の説明も合わせて受けました。癌や入院保険は充実していましたが、怪我に対する保険がありませんでした。この部署は怪我が日常茶飯事なので入れないと言われました。一体何の為の保険なのでしょうか。一番驚いたのが死亡保険でした。とても充実していました。少し気になるのですが、僕が死んだら保険金は一体どうなるのでしょうか?受け取り人を指定した覚えもありません。死んだ後にお金を貰っても意味がありませんし、お金の行き先が少し気になります。
さて、大体説明しましたが理解して頂けましたか。では冒頭まで戻りまして。
「ごりゃー--!!。死んだらぼげーーー!!」
「まだんがぐりゃーー『死ねやぼげー』なんだらーー」
僕達絶賛逃走中!この間テレビで見ましたけど、逃げるだけでお金が貯まるゲームがあるそうですね。僕達五人で行けば五百万はかたいでしょう。ただ皆日陰者なんでカメラは勘弁。
「はんちょさん。みんないたよ。おしごとクリアか?」
ギャヴァンが細い裏路地から声だけでチームの撤収の報告をしてくる。今回の仕事は依頼人が安全圏まで到達するまでの囮になる事だった。僕達の仕事として言えば比較的楽な仕事になるだろう。依頼人は安全圏に比較的早い時間に入っており、ただ相手側がこちらの予想を超える人数を動員してきた為、予定を越えて残業扱いとなってしまった。今回は情報の正確性に問題があったように思える。情報、偵察班には苦言を呈しておくべきだな。
仕事を終え帰社すると、皆が待っていますからと言われ分からぬままに会議室へと案内された。部屋に入ると拍手で迎えられた。デコイ班は勿論の事、キャット、ドック、マウス班も揃っており、何故皆に拍手されているのかも全く理解していなかった。目を白黒させていると部屋の一番奥から一人の五十代位の男が拍手をしながら歩み出る。いまだ体は鍛え上げているのかがっちりした肉体で、頭髪に白髪が目立ち始めた為か、頭が気になるようで時々拍手を止め髪のセットを手のひら全体で撫で付けている。この男こそこの会社の社長御子柴 玄人である。
「いや、素晴らしい仕事だったよ、間皇君。こちらの情報に誤りがあり迷惑を掛けてしまってすまない。しかし君の現場での状況判断、統率力は見事なものだった。君にはこれからも期待いているよ」
「いえ、全てはデコイの皆が一丸となって完璧に仕事をこなしてくれたからです。感謝は彼らにこそふさわしい」
「なるほど。そうだな。では今一度デコイの皆に拍手を」
その言葉と共にデコイ班に大きな拍手が送られた。その後今回会社のピンチを救ったとして、間皇には金一封が送られる事となった。それに合わせて今回の仕事で特殊案件二十回連続無血完勝である。これにより海斗には『傷 無』の称号が与えられ、時給が百円アップとなった。聞いた当初は喜ばしかったが、よくよく考えると命を張って百円アップ、傷無の称号を貰ったものの称号自体に賞金はなく、特別手当てが出るものでもないので完全に社長の悪乗りによるものである。
金一封の方はそこそこ入っており半分は自分の懐に入れ、半分はデコイの皆と焼き肉食べ放題、回転寿司、最後にステーキハウスと日を分け順繰り周り、久々の贅沢を皆と分かち合った。傷無の称号について皆に聞いてみると、全く意味を持たない社長の悪ふざけと皆早々に気付いており、今の今まで意味を探し求めていた事がばれ間皇はちょっとした恥をかいたのだった。
アルバイトの時給が上がったことにより、以前より暮らしにゆとりが生まれ今では、電車に乗り隣街まで出掛ける様になっていた。その際、駅に備え付けてある温水便座をいたく気に入り隣街にある専門のモデルルームに揚々と出掛け其処に書かれた値段を見て軽いショックを受ける一幕もあった。
今日も隣街を散策していると、何やら物騒な刃物が飾られている店を見つける。間皇が書店で立ち読みして覚えた知識によれば、刀又は日本刀と呼ばれる武器であったような気がする。例えどんな法治国家であっても争いの種は無くならないものだと日本古来の軍の道具を見つめ沁 沁と噛み締める海斗であった。
夕刻を過ぎ日もだいぶ落ちた頃、海斗はどうやら繁華街に入り込んでしまったみたいだ。此処等は水商売の店が多く連なっている様で、日本に海斗として生活する様になってからは全く縁遠い場所になっていた。海斗も魔王であった頃は幾度かこのような店を訪れた事があったが自ずから行く程の興味も無く、いつも部下を伴っての来店となっていた。
海斗は店に興味が無いとばかりに駅へと歩いていた。すると店と店との間の汚い路地裏から男女のいさかう声が聞こえて来た。面倒に巻き込まれるのも御免だと急いでこの場を離れようとするも、日本に来てからの怪しきものを惹き付ける体質がここぞとばかりに面倒事を引き寄せ、男から逃げてきた女がよっしゃと言わんばかりに海斗の胸に飛び込んでくるのだった。海斗はあからさまに面倒だなという顔をし女を見る。女の方は海斗の態度を知りつつ、『ごめんね~』と軽く呟いた。全く悪びれる様子もなく。その後はお決まりのセリフです。
「お願い、助けください」
誰にお願いしてるんだといいたくなる程のこの爆弾女の態度である。
「天音 誰だよ、そいつ」
どうやら先方さんはマジギレ中。早足で近づきつつ此方の返事を聞きもせずいきなり殴り掛かってきた。海斗は異世界転移により力の大部分を失っているが、向こうにいた時の体術や経験等はそのまま残っており、一般人の拳などが易々と当たる程あまい相手ではない。海斗は相手の拳を半身に開いて受け流し、片足をわざと残す事で相手の足を絡ませて男は殴る勢いそのままに盛大に地べたへとすっ転ぶのであった。転がり出た場所が繁華街の通りであり、ようやく賑いだしてきた所に男が突然転がり出てきたのである。皆が好奇の目を向けてくる。その視線に居たたまれなくなった男は此方を振り返りもせず、一目散に逃げていくのだった。
女は危機が去るとさっさと離れ、感謝をするでもなく自分の身だしなみを整えていた。余計な事に巻き込みやがってと心の中で悪態を吐き早々に立ち去ろとするが、海斗の腕にするりと腕を女が絡ませてきた。
「ねぇ、助けてくれたお礼に同伴してあげる」
海斗もテレビで同伴の意味を一応は理解しており、女は金蔓を確保し男は虚しく吸い上げられるだけのシステムと些かねじまがった解釈をしているのだった。
「そういうのは金蔓に言え」
海斗はにべもなく突っぱねる。
女は『えっ』とした顔を海斗に向ける。
まさか断られるとは思ってもいなかった女は海斗の態度に少し苛立ちを見せる。だが直ぐに笑顔を作り今度は真っ正面から海斗の目を見て聞いてくる。
「私と一緒にお店に来てくれるよね」
女は海斗の目を下から背伸びをしながら覗き込んでくる。すると女の目の奥が何やら明滅しているようだ。海斗は頭が少しぼやけてくるのを感じ、もしやと思いテレパスを女の目の奥に送ると、
『えっ、これ魔法。何で』
どうやら今回は上手く一回で繋がったようだ。海斗は女にそうであろうなと思いつつ質問を送る。
『お前も異世界転移に巻き込まれて此方の世界に来たのか?』
『そういう貴方も同じって事よね。ねぇ貴方何処かで会った事ある?』女は可愛く首を傾げながら聞いてくる。
『お前みたいなのは知らないと思うぞ。俺はそこそこ名が知られているけど。お前はどうなんだ』
魔王カイゼルと言えば魔大陸所か人間大陸でも名が知られた魔王である。
『魔大陸なら私の名前を知ってる奴もいるかもね。だけど今の姿と魔大陸での私の姿は全く違うから、今の私を見ても思い出すのは無理よ』
どうやらこの女もギガと同じく姿形が転移後に変わってるのか。ギガの場合種族そのものが変わってたからな。
『だとするともう互いに、自己紹介するしかないよな。だったら俺から。俺は魔王カイゼルだ。ほい、次はお前さんの番』
『魔王、カイゼル?あ、あんた、カイゼルだったのかい。だから何処かで見たことがある顔だと思ったよ。まさか、カイゼルまで』
『おいおいおい、一人で納得すんなよ。お前さんは』
『あ~、悪かったね。わたしゃ、エリーダ。魔大陸じゃ魔 召 のエリーダって呼ばれてたね』
『魔召?エリーダ?・・・・・・あっ、おま、おま、』
海斗は魔召のエリーダと聞いても直ぐには思い出せなかった。それは魔召のエリーダの知名度が低いせい等では決してない。魔召のエリーダと言えば魔法使い特に魔女の間では生ける伝説として語られる程の人物である。では何故直ぐに思い出す事が出来なかったかといえば、その姿である。海斗にも動揺しつい叫んでしまうのだった。
「おま、お前が、あの、あの、あの、ババァ」