変態魔王と自称勇者。どちらもピンチです。
海から戻って、数日。
まだまだ、暑い日が続く夏真っ盛り。
外ではセミが彼方此方で五月蠅いくらいに鳴いていた。
その頃、魔王様はと言えば・・・一人部屋の中、壁の前に立ち尽くしていた。
目を閉じ両手を大きく拡げたその姿は海を割るモーゼの如く雄々しく、その表情は苦難に満ちた人々を慈しむかの様な慈愛に満ちた表情をしていた。それはまるで、一枚の美しい宗教画を見ている様な出で立ちであった・・・・・と、まあ、これは冗談で。
まあ、何だ。早い話、何をしているのかと問われれば・・・・・。
「さすが文明の利器。お前、なかなか優秀だな」
昨日設置されたばかりのクーラーを仰ぎ見、上半身裸でクーラーの口から送風される冷たい風を胸で受け止め、その機能を褒め称えるという謎の儀式を一人執り行っていた。
「はぁぁぁぁぁん、風が冷たい」
間皇海斗、書類(偽造)上では二十歳。異世界では強大な魔力な魔力を持ち、広大な地域を支配した偉大なる魔王の一柱。そんな魔王カイゼルも、異世界から日本に転移したことで、いつの間にか偉大なる魔王から大いなる変態にJOBチェンジしていたようだ。
かれこれ三十分もの間、上半身裸でクーラーの風を受け止めていた。
部屋の中で一人変態の儀式を執り行っている海斗。そこに突如、ピンポーンと現実へと引き戻す電子音の鐘の音が部屋中に鳴り響くのだった。
楽しい一時を邪魔され、不機嫌そうな表情で渋々と玄関の扉を開く。
「おはよう。朝から悪いわね・・・って、ちょっ。あ、あ、あ、あんた。な、な、な、なんて、格好してんのよ」
「おはようございま・・・ま、ま、魔王様!!おおおお、わわわわ、私も、(脱ぎ)い、今(脱ぎ)お側「バタン、ガチャッ」に・・・あ、あれ、魔王様?」
玄関先には共に異世界から転移してきたエリーダ殊美空絵里と、魔王カイゼルの腹心であり懐刀と言われたリゼル改め変態が上半身半脱ぎの姿で立ち尽くしていた。
殊更にリゼルから距離を取る絵里。
「・・・ちょ、ちょっとあんた。何してんのよ・・・」
嫌々ながらも隣の変態に問いかける。
「・・・・・」
隣の変態は何も答えずだんまりである。
立ち尽くす二人。周囲に漂う妙な雰囲気。
この妙な雰囲気の正体は分かっているのだが、何故隣の変態がそういう行動をとったのかが絵里には理解できない。
もう一度、ちゃんと聞いた方がいいのだろうか?
嫌だ、聞きたくない。どうせ、ろくでもない理由だろうし。でもなあ・・・はぁ、仕方ないか。
渋々と、本当に渋々ながら絵里はリゼルに何故そうなったのか聞いてみることにした。
「ねえ、本当は聞きたくないんだけど、どうしても気になっちゃって。一つ聞いていい?」
「貴様如きに答える義理はないが、まあ言ってみろ」
上半身半脱ぎの男が凄んで返答してきた。
この状況がもし、見知らぬ他人同士のやり取りで第三者の視点で見ていたなら笑い話の一つにもなったのであろうが、まさかの知人と当人である。笑い話所か未来の私が思う消し去りたい過去の一つが生まれた瞬間であった。
「あんた、何で脱いでんのよ」
リゼルを見る絵里の目がとても冷たかった。冷たい何て言葉では生やさしい程に。まるで生ごみ、いやそれ以下の目の前にいる存在そのものを侮蔑した眼差しだった。とんでもない例えになるが、見知らぬ脂ぎったおっさんに「あなたの排泄物を集めて二十年間丹精込めて発酵させた二十年物の肥溜めです」と、満面の笑顔で言われたときに相手に向けるような、もうなんて言っていいかわからないくらいの蔑んだ瞳でリゼルを見ていた。
「・・・で、何で脱いでんのって聞いてるの。言葉、分かる?」
海斗の事になると周りを無視して暴走モードに入る魔王様一筋のリゼル。しかし、そのリゼルも今自分に向けられている絵里の視線には気圧されるらしい。
ごくりと喉を鳴らして絵里の質問に答えるリゼル。
「・・・そこに、魔王様がいるから」
この日、初めて山に登らない変態アルピニストが誕生した。
異世界から共に転移してきた魔王と腹心。二人は同時に変態にJOBチェンジする程の息の合ったコンビであった。
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街の彼方此方の建物から煙がモクモクと上がっていた。
これだけ聞くと火事なのではないかと誤解されそうだが、そうではなかった。
煙が上がっているが、火の手は全く確認出来ないのだ。
町中を逃げ惑う人もなく、平和そのもの。
建物の中から金属がぶつかる音と怒鳴り声の様なものが聞こえてくるが、周囲にいる人達はたいして気にせず通りを歩いている。きれやすいお年頃の人達が多いのかな?
周りの人達は何食わぬ表情で歩いていた。
ともすれば、この怒鳴り声もこの町の日常の風景の一部であるようだ。
なんか、とんでもない町に来てしまったと、改めて思う少年であった
「|悪《わり》いが兄ちゃん。そりゃ、無理な話だ」
そう言われ、建物から追い出されてしまった。
これで何件目だろう。数えるのが馬鹿らしくなる程断られてきた。
ここでもか・・・。
まあ、仕方ないか。生まれ育った町を離れてうちに来てほしいなんて、二つ返事で答えられる事じゃないよな。断られるのは当たり前。さあ、次に行こうか。
少年は気持ちを切り替え、次の建物へと入っていく。
あれから、五時間・・・えっ、全滅・・・・・。
少年は打ちひしがれ膝から崩れ落ちた。
この少年の名は七瀬勇気。地球からこの異世界にやってきた自称勇者。今はアスベルトの街でギルド長の職に就く、戦闘以外はなかなかに優秀な少年であった。
その少年が何故、ここにいるのかと言うと・・・・・。
アスベルト。
そこは、かつて強大な魔王が支配していた地。しかし突然、その魔王が姿をくらました。優秀な腹心と共に・・・。
アスベルトは魔族大陸にある街であり、その住人もほとんどが魔族である。魔族は強大な魔力と頑強な肉体を持ち好戦的。強さこそが魔族の誇りであり、己の力を誇示するもの。
しかし、その中にも少数ではあるが戦いを好まない者達もいる。大概そういう者は力が弱く、力が全てと考えるほかの魔族からも蔑まれ、そういった者達は小さなコミュニティを作り、細々と隠れるようにして暮らしていた。
猫獣人のナナリーも虐げられていた一人であった。獣人とはいっても頭に猫耳とお尻の上から尻尾が生えているだけで、動神経は人並みだったし、他の獣人や魔族と比べて力も弱く、感覚に優れている訳でなかった。
その為、この子も小さい頃から他者に役立たずと蔑まれ生きてきた。
しかし、その暮らしが一変する出来事が起こる。それは、七瀬勇気という少年との出会いから始まった。
出会った当初は少し頼りない印象だった少年が、あれよあれよとアスベルトの街を変えてしまったのだ。それも良い方向に。
力が全てと考える魔族を纏め上げ、ギルドなる組織を立ち上げたのだ。
アスベルトの街に限らず、困っている人から依頼をうけて解決する。それがギルドの仕事である。
魔族は基本群れるのを嫌う性格であったが、ギルドが出来てからは数人で一つの依頼をこなしたりと、他者と関わる魔族が増えたように思える。
未だ、力が全てと思っている魔族が大半をしめるが、それでも力ない者達にとって、少しづつではあるが住みやすい街になってきた。
そんな初代ギルドマスターとなった七瀬勇気が部屋の中で雄叫びを上げていたのが二週間前。どうやら依頼先から来た苦情の処理をしていたようだ。
どれもこれも、それほど難しい依頼内容では無かったのだが、力が全てと考える脳筋魔族には、薬の細やかな調合やら、繊細な魔道具作りなどといった仕事は苦手らしく、その手の依頼が悉く失敗に終わっていた。成功して帰ってくる者もいたが全体の数パーセントでしかなかった。
このままではヤバイと危機感を募らせた七瀬。
ならば、その手の仕事が得意な人をスカウトして、アスベルトで働いてもらえばいいんじゃないかと考え行動に移した結果が今の状況であった。
七瀬は一人、途方に暮れていた。
ここに来るまでは一人でも二人でもいい。必ずアスベルトに来てくれる職人をヘッドハンティングするんだと息巻いてはいたが、まさかの全滅。
まともに話さえも聞いてもらえなかったのだ。
このままアスベルトに帰る訳にはいかない。何としても職人をアスベルトに・・・。
七瀬が、ここまで職人を必要とするのにはそれなりの理由があった。勿論、それはアスベルトの為でもあったが、それ以上にギルドやギルドの職員達のためでもある。
毎日、苦情処理の対応に追われるギルドの職員達。
徐々に減少する依頼件数と、それに反して増加するギルドへの不満の声。
職員達は毎日来る苦情の処理で夜遅くまで働き詰めであり、ギルドの対応も限界に近かった。
これを解決するには根本から考え直すしかないと思ったのだ。
アスベルトの街には、七瀬を含めて魔道具職人がいない。魔道具を取り扱う商会や商人はいるが、魔道具作りに精通した職人がおらず、その手の依頼に対して上手くアドバイス出来る人がいない事が先の依頼の失敗に繋がっていると考えた。
ならば、アスベルトの街に職人や元職人をヘッドハンティングし、その人に上手く指導してもらえれば、この手の案件で悩まされる事はなくなるのではと、七瀬は思考したのだが・・・結果は御覧の有様。
声をかけた全ての職人になすすべもなく断られてしまったのだ。
「もう、どうしろと・・・」
自分の不甲斐なさに、肩を落とし俯いて歩く七瀬。
アスベルトではギルドを立ち上げたり、地球の玩具を作り商売したりと全て成功していた。だから、今回も上手くいくだろうと安易に考えていたのだ。
その結果が今の状況である。
今更言っても遅いが、こんな事なら交渉の得意な人を何人か連れてくればよかった。
皆忙しかろうとの思いもあり、一人で大丈夫だなんて見栄を張らなければよかったんだ。
本当、情けない・・・。
どのくらい経ったのか。先程まで大通りを歩いていた筈が、いつの間にやら路地裏の様な場所に迷い込んでいた。
「あ、あれ。ここ、どこ?」
大通りを真っ直ぐ歩いていたと思っていたのだが、何処かで曲がってしまったのだろうか。ずっと俯いて歩いていた為、振り返って見ても見覚えのある建物が見つからない。
七瀬は今日何度目かになる大きなため息をつくと、来た道を引き返そうと反転し一歩を踏み出したその時、突如後ろから何かを破壊するような大きな音が聞こえてきた。




