ギガの一日 ―午後―
午後一時。
住宅街を一人(一匹)ぶらつくラブ。
この時間帯の人通りは少なく、何よりこの日はお散歩日和であった。
時々行き交う車や自転車も住宅街を意識してか速度控えめで、のびのびと散歩を楽しんでいた。
塀の上で微睡んでいた猫がラブの姿を目にすると、塀の向こう側へと逃げていった。猫だけでなく、庭先にいる柴犬も、大型犬のシェパードも、電線にとまっているカラスですらラブの姿を見かけると、ピタリと鳴くのを止めるのだ。
まるで、上位者に頭を垂れるかの如く。
ラブは当然だと言わんばかりに、悠々と通りを散歩していた。
この町に引っ越して来たばかりの頃、色々な奴等(?)に絡まれたな。
土地柄を理解する為、ラブは一人(一匹)で出掛ける事が度々あった。
誰かと一緒にいる時に絡まれる事は無かったが、単独行動していると必ずと言って良いほど絡まれるのだった。
懐かしい。この町に来て最初に絡んできたのがアイツだったな。
愛の家を出て一つ先の路地に差し掛かった時、路地裏から突然飛び掛かってきた猫がいた。
そいつが、路地裏のデッドキャット殊、三毛猫の牙王(自称)である。捨て猫らしく、他者に媚びない孤高の姿が、他の野良猫達から厚い信頼を集めていた路地裏の王。
まぁ、一撃ではたき落としてやったが……。
次に闘った相手は、たしか愛の家から二区画先にいるドーベルマンのクロ(飼い主命名)。同じ犬ではあるが、片や警察や軍隊等で活躍する人間からの信頼も厚いザ・番犬。ドーベルマンは知性高く、主人に従順。だが、主人以外には警戒心が強く縄張り意識も高い犬種。知らないにおいのラブをとても警戒していたのだ。
奴との闘いは一瞬だった。だいぶ薄くなったが、獣王覇気を発しながらガンつけたら腹出して恭順の意を示していたっけ。何故か、獣王覇気が犬にしか効かない事。そして、闘う為に産み出された闘犬には効かないって難点がある事が、後日判明する事になる。
散歩をしていると、毎日電線の上から攻撃してきたのが、カラスのクロー(爪)。(決してカラスのcrowでは無いとの事)
ラブが散歩する度に、毎回上から襲いかかって来たのだが、嘗てグリフォンだった時、最も得意だったのが空中戦であった。その時の感覚を思い出し、壁を蹴り、三角跳びの要領でクローを迎撃したのは我の自慢の一つである。
色々な奴と闘ってきたものだ。
今でも目を閉じれば、その光景が鮮明に思い出される。
懐かしき嘗ての強敵よ………………まぁ、死んだ訳じゃないし、会おうと思えば直ぐ会えるんだが。
鼻歌交じりに、一人(一匹)感傷に浸りながら散歩を楽しむラブであった。
午後三時。
ここは公園。
ラブは木陰の中で丸くなって寝ていた。
公園は愛と一緒に散歩する際の定番コースであった。
ここには木陰も水飲み場も、おやつをくれる人もいる。
一休みするには都合の良い場所であった。
スピ~、スピ~、スピ~。
小さな寝息をたて、幸せそうに寝ている。
幸せそうに寝ているラブの耳元に、甲高い幼い子供達の声が聞こえてくる。
ん~~、少々寝すぎたかの。
立ち上がると、背筋を伸ばして眠気を吹き飛ばすラブ。
公園のベンチ近くでは、ベビーカーを押したり、赤ちゃんを抱いた近所の奥様達が井戸端会議を初めていた。
その光景を見て、戦慄する嘗ての魔獣。
な……ま、まさか。
不覚にも気付いていなかった。
嘗ての強敵との思い出に気分を良くし、油断していたのだ。
ラブは、ここに来て後悔する事になる。
自分の気の緩みによって、最大の天敵を懐に招き入れる事になったのだから。
嘗て味わった屈辱と、恐怖がラブの脳裏に焼き付いて離れない。
まずい、まずいぞ。早く逃げなければ…………。
その場をウロウロしていると、
「あ~~、ワンちゃん♥」
ビクッ!!
一人の幼女の声に反応して、数人の幼子達がラブを視界に入れる。
「ホントだ~。ワンちゃんがいる~」
「ちっちゃな、ワンちゃんだ~」
「「「「「わーーーーー」」」」」
一斉に、我先にと駆け寄ってくる幼子達。
ラブは逃げた。無様に逃げた。逃げて逃げて逃げまくり、漸く公園の外に出られる所で身体がフワリと浮いた。
誰かに抱っこされている様だ。
まさか、愛が来てくれたのか?
助かったよ、愛。と見上げると、そこには良い笑顔をした赤毛の男が立っていた。
(小僧、お前か)
赤毛の男はウンウンと頷きながら相変わらず良い笑顔を浮かべている。
(貴様でも良い。助かったぞ、小僧。このまま公園を離れる。行くぞ、小僧)
突然現れてた背の高い赤毛の男に、幼子達は決して近寄ってこなかった。
赤毛の男は何故か公園の中に入って行く。
(ば、馬鹿者、反対だ。公園に入ってどうする)
赤毛の男は幼子達の前で足を止めると、
(どうすると思う?)
ラブは見た。赤毛の男が今でで一番良い笑顔をしているのを…………。
(いや、やめ、止めろーーーーー!!)
「は~い、皆。ワンちゃんが皆と遊びたがってるよ。皆でナデナデしてあげてね~」
赤毛の男はしゃがみこむとラブを地面に下ろすのだった。
「「「「「わーーーーー、ワンちゃんだ♥」」」」」
砂糖に群がる蟻の如く、幼子達はラブに殺到する。
赤毛の男はと言うと、幼子の輪から一人避難し、その光景を満足そうにウンウン頷き眺めていた。
近くで見守る母親達も、赤毛の男に会釈をしたり、子供達の様子を見守るだけで、誰もラブを助ける人はいなかった。
(ギャャーーー、止めろ。痛い、尻尾、尻尾を引っ張るな。頭をグリグリするな。腹毛を毟んじゃない。いやぁーーー!!)
無念。ラブは今日も幼子達の玩具に成り下がるのであった。
午後五時。
ラブは家のソファーで休んでいる。
結局幼子達には全員が満足するまで解放されなかった。
公園に着くまでは揚々と歩いていたのに対し、帰りは震えながら漸く家に辿り着いたのだ。
何があったのかと、嘗ての強敵も頸を傾げていた。
行きはヨイヨイ、帰りはコワイ。
まさに、恐ろしい日本の童唄そのものであった。
「ただいま」
玄関から愛の声が聞こえてきた。
ラブは立ち上がると、愛の元へと駆け出していく。
「ラブ~、ただいま。着替えてくるから、お散歩はちょっと待っててね」
「クゥゥン」
しょげた感じのラブ。
これが、嘗ての魔獣の王かと思うと、笑えてくる姿である。
愛との楽しい散歩も終わり、風呂も晩御飯も済ませれば、後は寝るだけである。
愛も学校の宿題と言うのを済ませると、ベッドの中に入ってくる。
「ラブ~、今日は良い事あった?」
逆である。嫌な事しか無かったが、愛に対して愚痴りたくなかったのだ。
ラブは軽く「ワン」と鳴くと愛の側で丸くなる。
「おやすみ、ラブ」
愛はそう言うと、ラブの背中を二、三度撫でて目を閉じる。
せめて、夢の中では幸せを。
ラブは横で眠る愛を眺ながら、眠りに堕ちていくのだった。




