ギガの一日 ―午前―
我はギガ。誇り高き魔獣の王グリフォンである。
何かの魔力暴走に巻き込まれ、日本と呼ばれる国に強制転移させられてしまった。普通なら動揺を隠せない所だろうがそこはほら、超強く賢い我の事。あわてふためく事も無く、平穏無事に今現在に至っておる。他の者共ではこうは行かんだろうがな。我以外にも向こうから転移してきた者達がいるが、まぁ今語らずとも良いだろう。大して語る程の奴らではないからな。そんな事より、今日は誇り高くも美しい、我の一日を語るとしようか。
チュンチュン、外では雀が電線の上に器用に留まり朝の訪れを報せていた。
そんな晴れ渡る日の朝方、我の一日は朝の雄叫びから始まる。我が雄叫びを浴びた者は恐怖の余り心の臓も止まると言うが、一体何人が堪えられるのか楽しみな事だ。クックックッ…………。
「きゃんきゃんきゃんきゃん」
ギガはふわふわなベットの上で雄叫び(?)をあげていた。
花柄の布がモゾモゾと動くと、その下から細い腕がニュッと出てくる。腕は迷う事無くギガの頭を捉え、二度三度と優しく撫でるのだった。
「おはよう、ラブ」
背筋を伸ばし眠気を飛ばすと、愛はいつもの明るい笑顔でラブに挨拶をする。
「きゃんきゃん(おはよう、愛)」
魔獣と恐れられたギガ殊ラブの一日は、主人の目覚ましから始まるのだった。
愛と一緒にダイニングへ行くと、愛の母親が朝食の支度をしていた。
「おはよう、愛」
二人(一匹)に気付き、笑顔で挨拶をする母親。その笑顔には皺一つ無く、肌も艶々として母と言うには随分と若々しい人であった。笑顔の時の目元が愛にソックリである。
「お母さん、おはよう」
朝の挨拶を済ませると、愛はお風呂場へと向かう。
「きゃんきゃん(飯!)」
愛以外には決して尻尾を振らないラブであった。
朝シャンを済ませた愛が、リビングで朝食を食べている。
「ラブ~、あなたはこっちよ」
愛の隣にペット用食器が置かれる。
いつもの事ながら、匂いを嗅いで安全を確かめさっそく食べようとすると、
「待て!」との、
母親の声が聞こえた。
ピタッと、ラブの動きが止まる。
「お座り」
スッと、その場で座る。
「立て」
シャキッと立つ。
「後方宙返り」
ピョンッ。
「二足歩行」
トテトテと元の位置に戻る。
「よし………………と見せ掛けて24+63は?」
(え~~~~)
「きゃん、きゃんきゃんきゃんきゃんきゃんきゃんきゃんきゃんきゃん…………………………………………(きゃん×87)」
へッへッへッへッ、舌を出してぐったりとするラブ。
87回も吠えれば、そりゃこうなるわな…………。
(この女、毎回毎回無茶な事言いおってからに。愛の母親でなければ、今頃引き裂いている所だぞ)
ラブの心情など母親は露程も知らず、キラキラとした瞳でラブを見つめ関心している様子。
「凄いわね~。ラブはきっと天才犬よ」
「う、うん。ちょっと出来すぎなくらいに……」
愛はちょっと引きぎみ。
それが母親に対してなのか、ラブに対してなのかは分からない。
「いっそ、テレビに出してタレント犬として活動させたらどうかしら?話題になると思うんだけどなぁ。いっぱいお金を稼いでもらって、そのお金でアフガンハウンドを買うってどうかしら。ねぇラブ~。あなたも兄弟欲しいわよね?」
母は途轍ない良い笑顔をしていた。今まで見た事も無いくらいの。
ラブはあんぐりと口を開け、余りのショックに硬直していた。
食べかけの餌が口元からポロポロと溢れている。
(えっ?それって、ワシの存在意義が…………えっ、クビ?儂、クビなの?首輪をはずされお外に放置、待っているのは保健所職員)
…………(;´゜д゜)ゞあわわわわわわわ。
体中をガクガクと震わせ、口の端から泡が吹いている。
あまりのショックに心がついていけず、床に小便を撒き散らす有り様。
魔獣ギガ。威厳も誇りも、ここに砕け散るのであった。
「もぅ、お母さんあんまりよ。ラブが震えてるじゃない。大丈夫だよ、そんな事しないからねぇ。安心して、ラブ」
愛はよしよしと、ラブの背中を撫でている。
心を砕かれたギガ改めラブは、愛玩犬の如く愛の足に頬擦りしながら震えているのだった。
午後一時。
愛も学校からまだ帰って来ない。実に暇である。
朝食時には、愛の前であるまじき大失態を演じてしまったが、時間が経過する事で精神も落ち着きを取り戻していた。
ラブはリビングのソファーの上で丸くなっている。
姿だけ見ると可愛らしいのだが、考えている事は実に物騒な事だった。
朝食時のあの件である。
(愛の前でなんと言う姿を……。あの女、絶対許すまじ。復讐してやる……)
秘かに復讐を誓うのだった。
そんな物騒な事を考えていると、何処からか「ブイィィィィン」との音が近付いて来て、「スポッ」との音と共に変わらぬ吸引力で体が吸いこまれていく。サイクロン式に……。
ヒギィィィィィィィィィ。尻尾が、尻尾がぁぁぁぁぁ…………。
「あら、この辺りから不穏な気配を感じたんだけど…………気のせいだったみたいね」
母は掃除機からラブの尻尾を引き抜くと、掃除機の先にアタッチメントを装着し床の掃除を再開するのだった。
気配レーダー完備とは、何とも高性能な母親である。
(こ、怖い……)
ラブの心に朝の出来事が甦ってくる。
ここにいては再起不能にされるとの思いから、外に出掛ける事に決めた。




