誰も彼も暑い夏
随分と遅くなり申し訳ないです。当分、不定期連載になります。
と言う訳で、俺達は今海に来ている。
「暑いし、客も多すぎ……」
俺達は遊びに来た訳では無い。
あの日、道雄と時影兄弟が俺の部屋へ顔を出した日……
海斗の部屋。
小さな卓袱台を囲む面々。
海斗の対面には道雄が座り、挨拶を交わしてからは近々の状況などを語り合いほのぼのとした雰囲気を醸し出していたが、その反面左右では絵理とリゼルが向かい合っており、時に視線を交差させは睨みをきかせ、互いに牽制するギスギスした雰囲気が形成されていた。
何なんだろうな、この混沌とした雰囲気。
俺の部屋なのに何故か息苦しい。
道雄は全く気にしてないし、あの二人は言うに及ばず。
海斗がチラリと部屋の片隅に視線をやると、そこには一人と一匹が……部屋の隅には時影とラブが背後に漂う混沌とした雰囲気を我関せずと、ラブは座布団の上で丸くなり、時影は眠るラブの背中を撫でて満足そうな笑顔を浮かべていた。
「大家さんが、そう言ったの?」
「はい。お祖母ちゃんが、海斗さんも手伝う様にって……」
何故に……何故この糞暑い中、外に出て烏賊やらトウモロコシを焼かねばならんのだ。
いくら大家命令だとしても、俺は断固として断る。
「悪いが今回は『そうそう。売り子をしてくれたら商店街で使える商品券と、余ってる暑中見舞の缶詰めセットをあげるって。勿論、バイト代も弾むからって言ってました』…………よし、行こう」
断ろうと口を開いた矢先、くいぎみに話し出す道雄。
内容を聞いて、考える前に了承してしまう俺。
周りからは刺さる様な視線を感じる。
わかってるさ、節操が無いって。
だけど、金があればクーラーが買えるんだぜ。
この殺人的に暑い夏に潤いを……。
よくよく道雄の話しを聞くと商品券は五千円分もあり、暑中見舞セットにはおまけのカル○スまでつくという……行かない理由が無いじゃないか。
「そうだ、皆さんも行きませんか?お祖母ちゃんも、人手はあった方がいいって言ってましたし。バイト代も弾んでくれると思いますよ。食事や交通費や宿もお祖母ちゃん持ちだからお金もかからないし。良かったらどうですか?」
道雄は事も無げに絵理とリゼルを誘う。
いやいや。
二人を誘うのは辞めようよ、道雄……。
わかるでしょ、ね。
道雄は絵理とリゼルに目配せしながら問いかけている。
その瞳はどこまでも澄んでいた。
うん、わかった。
コイツ、マジKY。
大きく溜め息をつく海斗。
海斗の願いも裏腹に、道雄の問いかけに対し無情にも二人は同時に頷くのだった。
海に向かう一台の車。
車内はお通夜の様に鎮まり返っていた。
出発当初からこうだった訳では無い。
出発して暫くは海斗達も会話を楽しんでいたのだが、途中で警察の検問があり呼び止められた所から雰囲気がおかしくなった。
運転席側では手渡された免許証と運転手の顔を見比べて怪訝な表情をする警察官の姿があった。
運転席に座っているのは海斗でもなければリゼルや絵理でもない。
ましてや、道雄や時影でもなければまさかのラブ……でもある筈がなかった。
運転席に座っていたのは野上沙羅。
海斗達と同じく異世界から日本に転移してきた魔人である。
異世界では魔道具作りを得意としていたが、日本では天才プログラマーとしてその業界では知られていた。
異世界では年齢不祥だったが、日本では都合上十八歳としている。
したがって、沙羅が運転していても問題なかったのだが、如何せん見た目が…………。
沙羅はどう見ても十八歳には見えない。
身長は150㎝もなく華奢で童顔。
そんな少女が車を運転していれば検問でなくても止められて当然。
況してや助手席や後部座席にみるからに大人が座っているのである。
警察官からすれば『お前らは何やってんの』である。
警察官は免許証を返しお決まりのお気をつけての言葉と共に通行を許可してくれた。
通りすぎる際、警察官が自分達を見る目が凄く冷たい様に海斗には感じた。
検問を過ぎてからの車内は鎮まり返っていた。
「ねぇ、何で誰も運転免許証持ってないのよ」
沙羅は運転しながら当然の疑問を三人に投げ掛ける。
三人とは海斗に絵理にリゼルである。
十八歳以下の道雄や時影、犬であるラブに聞いたのではない。
「いや、だって免許証取得するのに二十万以上かかるし、お金がね……」
「私の場合お客さんが車出してくれるし、要らないかなって……」
「自分の住んでいる場所では徒歩圏内で大概の物が揃うので。長距離の移動となればタクシーか編集部の人が送ってくれていたので特に必要と考えた事がなくてですね……」
三者三様しどろもどろに答えを返す。
もし三人の内の誰かが運転免許証を持っていれば、こんな居たたまれない雰囲気にならずにすんだのである。
車はどんよりとした空気を纏い海へと走り続けていた。
御剣道場。
聖也は一人剣の型を繰り返していた。
道場からは聖也の振るう木刀の音だけが聞こえてくる。
少し離れた所には床に寝転がり、大きな欠伸をしながら聖也が繰り返す剣の型を見ている男の姿があった。
御剣道場師範代の一人で、聖夜の兄弟子にあたる風間である。
道場の床に肘を立てて掌に頭を乗せ、床に投げ出した右足の踝を左足の親指の先でポリポリと掻いている。
もしこの様な姿を真矢の祖父であり御剣総術師範でもある御剣清舟にでも見つかれば、大目玉をくらう事になるであろう事は風間も承知している。
しかし、今日に限って謂えば清舟は朝から所用と出掛け、夕方まで帰らないと云う。
お茶目でひょうきんな性格の清舟ではあるが、武道や道場の事には人一倍厳しい面もあった。
鬼の居ぬ間になんとやら、風間は久々に道場内で羽を伸ばしていた。
風間は体を起こすと胡座をかき、黙々と木刀を振るう聖也の型に一人の武人として感心しながらも、生来のいたずらっ子な性格が顔を覗かせ、ついつい余計な事を考えてしまうのだ。
(相も変わらず武道一筋か。勿体無いねぇ。これじゃあ、お嬢も大変だな。さてさて、どうするかねぇ……)
そう言えば、お嬢の姿が見当たらないな。
聖也が道場で剣を振ってると甲斐甲斐しくタオルを持って様子を見にくるもんだが、今日は全く顔だしゃしねぇし出掛けてんのかねぇ。
「そういや、お嬢を見かけないが、出掛けてるのか?」
「ええ。学友の三月さん達と、海に遊びに行ってますよ」
聖也は稽古を止め、タオルで汗を拭っている。
「海か。もう、何年も行ってねぇな」
風間は自分が真矢の同年代だった頃の思い出を懐かしんでいると、普段無口な聖也がポツリと洩らした。
「彼らも無事に海に着いたかな?」
「んっ?何の話しだ」
聖也が珍しく独り言を呟くものだから、ついつい聞き返してしまった。
「私の知り合いが、仕事と遊興も兼ねて海に行ってるんですよ」
聖也が剣や武道のこと以外で知り合いの話しをするのは珍しい事だ。
仲の良い友人なのか、話す聖也の口許に笑みが感じられる。
(へぇ、コイツもこんな顔をするようになったのか)
聖也が御剣道場に来てから、一番側で見てきたのは風間である。
当初はただ生真面目で堅苦しい性格だと思っていたが、この頃の聖也は角が丸くなり、少しばかり話し易くなった様な気がする。
これも、その友人のお陰かね。
兄貴分としては嬉しい事だ。
「で、その知り合いは美人かね?」
聖也の兄貴を自称する風間としては、弟弟子の成長を嬉しく思う反面、やはり気になってしまうのも仕方ない事だろう。
風間はいつものにやけた表情でなく、可愛がる弟に向けて優しい笑み浮かべている。
「違いますよ、知り合いは男です。何人か誘って行くと言ってましたが……たしか、その中に風間さんも知ってる女性もいましたね。ほら、先生と飲みに行ったお店で知り合った天音さん」
聖也の言葉を聞いて風間はくわっと目を見開くと、
「何故、それを早く言わないんだーーー!」
その声は道場を突き抜け山中に木霊し、街中まで届いたとか届かなかったとか………。