怪しい人と怪しい人とやっぱり怪しい人
「はぁ、今日も疲れた」
引っ越しのバイトも終わり、家路へと急いでいた。
正直あのアパートにあまり帰りたいとは思わない。
何故なら今日は月末、部屋代の支払い日。
あの大家と顔を合わせなくてはいけない日。
最悪だ。
ここに来てからはや三月。
あれから色々経験し、今では一人でなんとか生活出来る様になっている。
向こうにいる奴らは大丈夫だろうか?
あの日、俺は突然膨大な魔力に飲み込まれ、気付いたらこの世界にいた。
ここは地球の日本と呼ばれる国らしい。
来た当初は善良なる市民の皆様にお見せ出来ない様な行動をとってしまい、警官と呼ばれる人に連れていかれ延々と説教されました。
やはり少々動揺していたんでしょうね。
俺は魔王の力によって警官を黙らせ、あわよくば配下にしてやろうと魔法を唱えた所、全く発動されませんでした。
この世界は魔素が極端に少ない事を忘れていました。
4時間の説教の後、ようやく解放されたはいいが行く宛もなく歩いていると、一枚の張り紙が壁に貼られていた。
【入居者募集!敷金、礼金、保証人いらず。この際ハンコも不要です。今すぐ入居可能。優しい大家が懇切丁寧にお世話します。さぁ、いますぐ電話しよう。
××-○○○○-△△△△ 天神荘 管理人 天上 】
実に怪しい。
しかし、行く宛も無い俺にとっては渡りに船と連絡を取ろうとするが、連絡の取り方が分からない。
すでに日は傾いており、ここは人通りも少なく茫然と立ち尽くしていた。
そんな時、
「そんな所でどしたい。んっ、兄ちゃん」
突然後ろから声をかけられビクッと、肩を竦め振り返るとそこには、大きな魚を肩に一匹背負いアルコールの匂いを漂わせた老人がニヤニヤとしながらこちらをみつめていた。
「いや、あの、おれ・・・」
この世界に来てからというもの解らない事だらけだった俺だが、目の前の男はあまりにも出で立ち、雰囲気が怪し過ぎて言葉が出てこず口をパクパクしていると、
「なんだ兄ちゃん、住む所探してんのか?天上さん所だったら連れてってやろうか。どうせ行き先は一緒だ」
この怪しげな老人と一緒に行って大丈夫か本気で考え込んでいると、
「どうしようもね~から、ボ~っと突っ立ってたんだろ。行く所がね~ならはよ来い」
考えても今の状況を打開する案も浮かばす、仕方なしに老人についていく事にした。
後ろから改めて老人を観察するがやはり変だ。
あきらかに周囲と違って見える。
頭髪は白髪に所々黒が入っている。
背は猫背を伸ばせば 160位にはなるだろうか。
体の線は細く、額には深く皺が彫り込まれている。
身体的には問題ない。
だが服装はと問われれば、まずあの靴はなんだ。
草でできてるのか?なんであんなもん履いているのか分からん。
ズボンも少しだぶついている様に見える。
上着もただ羽織っているだけで、胸や腹が見えてしまっている。
腹から胸の下にかけて白い長布が巻きつけてあるがあれは防寒の為か?老人は体温が低いというからな。
だったらもう一枚着ろという話だ。
だが一番目を引くのはやはりあの魚だな。
どう見ても老人が持って歩く大きさではない。
後ろから見ると魚の胴回りで老体が隠れてしまっている。
この世界に来てあんなもん担いでいる人間見た覚えがない。
やはりあの老人が変わっているようだ。
服にしてもこの世界の人間はピッチリとした服を好むようだ。
老人以外皆その様な服をきているからな。
老人に出会ってから然程時間もかからずにどうやら大家さんの家に着いたみたいだ。
老人は『待ってろ』と言い、大家さんの家の中にズカズカと入っていってしまった。
家の玄関前で待っているとすぐに、家の中から老人が出てきた。
肩に担いでいた魚が無くなっていた。大家さんの家に置いてきたみたいだ。
「ほい。兄ちゃんは201号室だ」と、
老人は左手で隣の建物を指差し右手で鍵を渡してきた。
「えっ、あの大家さんは?」
「あぁ、大丈夫。話しは通したし、来るものは拒まずって人だから」
老人は最初に声をかけてきた時のままニヤニヤとした顔で此方を見つめている。
何も詮索されずに済むのは有り難いがただ、信用という一点において信用しきれないものがあるのも事実である。
まぁ、身なりも容姿もこの国の人間とは違っている俺がいうのもなんだけど。
此方が訝しげにしているのを悟ったのか、
「そういや挨拶もまともにしてなかったか。儂は石動 虎二ってんだ。101号室にいる。今日から宜しくな、兄ちゃん」
「えぇ、宜しく。俺は・・・」
しまった~。名前、名前どうするよ。
魔王カイゼルです。絶対通用しね~。
どうするかと悩んでいるとあの警官の名前が浮かんできた。
たしか階堂と言ってたな。
「俺は、ま、まお、まおう、か、かいと・・・」
「間皇 海斗です」
この日から俺、間皇 海斗の日本での暮らしが始まった。