カメレオン、捕ったど~!
絵理は沙羅の部屋にいた。
美空絵理と野上沙羅は異世界からの転移者。
転移後、絵理はキャバ嬢として働き、野上沙羅はプログラマーをして暮らしている。
沙羅は仕事柄情報に聡く、絵理はその情報網を頼りにこの頃巷を騒がせる『怪盗カメレオン』の事を相談しに沙羅の部屋にお邪魔していた。
怪盗カメレオン、もしかしたら私達と同じ転移者かもしれない。
「へぇ、片付いてるって言うより、物が少ないわね」
「必要ないから」
絵理はキョロキョロと、沙羅の部屋を興味深そうに眺めていた。
質素なと言うより無機質な部屋である。
絵理達がいる部屋には机に椅子に飾り気のないラックに本棚が一揃い。
机の上にはデスクトップ一式、ラックには絵理の知らない機械が綺麗に並べられ全てが稼働している様だ。
棚には難しい書籍や書類が並び、この部屋を見て、十代の女の子の部屋と誰が思うだろうか。
絵理が部屋のインテリアを眺めている頃、沙羅はパソコンのモニターに集中し、今まで集めた『怪盗カメレオン』の情報を精査していた。
出現日、時間、場所、盗品目等がグラフや地図上に表示されていた。
出現日や時間はまちまちで、盗品は主に食料品。弁当やパン、他にも大量の御菓子も。飲料も甘いジュースが中心であったり。更に、被害に遭ってる店が○○町から数キロ圏内。移動手段が無いのかもしれない。これを踏まえて考えると…………
「相手は子供?」
純粋に考えると、そう言う答えが導き出される。
相手は移動範囲が限られており、目についた店を手当たり次第に盗みに入り、店のお金には一切目もくれず、食料品だけ盗みだす。弁当やパンと共に甘い御菓子や飲料をゴッソリと。余りにも杜撰な犯行、自分は子供だと言っている様なものじゃない。
それでも捕まらないのは、何らかの魔法や力があるから。
「考えて行動してないのね。全くの無計画」
沙羅は椅子の背凭れに凭れ掛かりながら小さく溜め息をつくと、その後の犯人の足取りを捜しに再度モニターに目を向けるのだった。
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先日、聖也達三人が夜回り中に見えない相手と遭遇した駐車場。
海斗、聖也、ラブの二人と一匹が、駐車場の前に集まり論議していた。
内容は、怪盗カメレオンらしき人物について、である。
「なるほど。ここで、見えない相手と出会った、と……」
腕組みをしながら聖也の話を聞く海斗。
海斗の目線の先には、アスファルトに顔近づけて鼻をフンフン鳴らし見えない相手の痕跡を探すラブの姿が。
海斗と聖也の二人はラブの結果待ち。
数分後、二人の元へラブが帰ってきた。
「僅かに匂いが残っておったわ。追うか?」
二人は顔を見合わせ小さく頷くと、ラブが鼻をひくつかせ、残り香をたどり歩きだす。
海斗と聖也もラブの背を追い、犯人の足取りを追跡するのだった。
犯人の追跡調査を開始して数刻。
二人と一匹は小さなアパートの前にいた。
見た目にも築何十年?と、問いたくなる程のボロアパートで、消防法やら建築基準法に引っ掛かりそうな佇まいで、況してや景観を損ねるという理由でいつ取り壊されてもおかしく無いような出で立ちである。
「ここ?本当に?」
海斗は、目の前の建物に人が住めるのかと疑問符を浮かべながらラブに問いかける。
余りにも見た目に酷い建物であった。
皹割れた壁に蔦が絡み付き、二階への階段は雨ざらしの為か錆だらけで所々朽ち果てており、周囲にはゴミが散乱し、生ゴミからは腐臭が漂っている。
誰がみても現在使用されているアパートには見えなかった。
「解体されずに、ただ放置されているだけなのでは?」
「だろうな。ここに、賃貸料払って住もうって奴はいないだろう」
「うむ。脛に傷持つ奴等が如何にも隠れていそうな場所じゃな」
脛に傷持つのは俺達も同じだろうに。
海斗達がボロアパートの周囲を探っている頃、アパート内では……
「ねぇねぇ、外に怪しい人がいるんだけど……警察かな?」
「警察にしちゃ、派手過ぎないか?長髪と赤髪だぞ」
二人の少年が窓枠からそっと顔を覗かせ、外を警戒している。
今までこのアパートを気にして立ち止まる人などいなかったのに。
やはり、俺達を探っている様子だ。
「トト、姿を消して脱出するぞ」
「うん」
トトは俺と手を繋ぐと、二人の体に魔力を纏う様なイメージで魔法を行使する。
すると、忽ちに二人の姿が消えた。
一瞬にして透明人間の出来上がりである。
「行けるよ、クロード」
「よし。そっとな、そっと……」
二人は部屋の扉から顔を出し、誰もいないのを確認すると、忍び足にアパートの一階まで降りてきた。
途中に長髪の男とすれ違ったが、どうやらバレずにすんだ。
心臓が飛び出るかと思ったぜ。
しかしあの長髪、何処かで見た様な気が……まあいいかと、トトに指で逃走方向を伝え、そっと一歩を踏み出すと、
「待たぬか、お主ら」
突然背後から声が掛けられた。
首だけ振り向くが誰もいない。
気のせいかと思い歩きだすと、
「待て、と言うとるに」
今度ははっきり聞こえた。
歩きだしにあわせて声が聞こえる以上、俺達に対して声を掛けているのだろう。
だが、何度振り返っても誰もいない。
クロードとトトは不気味になり早足でこの場から去ろうとする。
するとまた、
「止まらぬか」
声も付いてくるのだ。
「「ひぃぃぃぃ」」
トトもクロードも怖くなり、姿を消すのも忘れ、ただひたすらに声から遠ざかろうと必死に走る。
だが、後ろから何かが走り寄ってくる足音だけが聞こえる。
決して、人間の足音では無い。
「クロード、クロード。何か来るよ」
「いいから走れ」
「ま~て~」
「「ひぃぃぃぃ」」
クロードは遅れがちのトトの手を取ろうと振り返ると、一匹のポメラニアンが目についた。体毛はフワフワで見た目が可愛らしく抱っこすると気持ち良さそうである。見た目だけなら普通のポメラニアン。普通でない部分が一つ。それは…………そのポメラニアンは人語を喋っていたのだ。
「待たぬか、小僧」
「ば、ば、化け物だ~」
二人の足が更に速まる。
「け、警察犬?警察犬?」
顔色を真っ青に染め、涙を浮かべながらトトが叫んでいる。
確かに近頃は災害救援犬など小型犬が登用されるケースも多くある。
だからと言って、
「喋るポメラニアンはいね~」
二人は何処をどう走ったのかさえ分からず、気付けば潜伏中のアパートの前に戻ってきていた。
「「ハァハァハァハァ」」
このポメラニアン、チョコチョコと早えぇぇ。
クロードはアスファルトに座り込み、トトは仰向けに両手両足を広げ倒れ込んでいた。
もう、逃げるだけの体力もなさそうだ。
海斗に聖也にラブが二人を囲うように立っている。
暫くすると、座り込んでいる二人の息も整ってきたので、海斗が事情を聞こうと話し掛る。
「お前達はこの世界の人間か?それとも、俺達と同じく異世界転移で此方にきたのか?」
「え?」
まさかの問い掛けに、クロードの思考が一瞬ストップする。
ま、まさか、こいつらも異世界転移してきたのか?
俺とトトだけじゃなく。
問い掛けてきた男は急かす様子も無く、此方の返事を待っているようだ。
悪い奴等じゃないよな?だけど、話して大丈夫だろうか。
最悪の場合、トトは逃がさないと……
始めて出会った同じ事情を持つかもしれない人間に、嬉しさ半分、怪しさ半分で、自分達の事情を素直に話して良いやらと判断が直ぐにはつかなかった。
トトに聞こうにも俺に寄り添って震えているし。
ここは、自分が確りしなくては。
俺達が訝しんでるのを悟ったのか、赤髪の男が自分の経験した事や正体を話し始めた。
赤髪の男から始まり、長髪にポメラニアンも話す。
正直、犬が話すと言うのもおかしいが。
更には、ここにはいないが、他にも異世界転移してきた者達がまだいるとの事。
二人と一匹の話を聞いた感想は、ただただ吃驚だ。何がって、目の前に魔王カイゼルが居るんだぜ。
膨大な魔力を武器に人間達に恐れられた稀代の魔王が……隣の長髪は魔剣士ゾロアークだって言うし。まあ、一番驚いたのは、俺達を追いかけ廻していたポメラニアンが、魔獣ギガだった事かな。
聞いた当初こそ警戒したが、今では珍しい珍獣位にしか見えなくなってきている。だって、さっきから、トトが抱っこしてモフってるんだぜ。ありゃ無いわ…………
その様子に強張っていた力も抜け落ち、俺は自分達の事を正直に話す事にした。
隠していたって仕方ないし、今の状況から更に悪化する事も無いだろう。
今現在、まともな手段で食べていく事さえ出来ていないのだから。
このまま行けば、最終的に警察にご厄介になるかもしれないし。
それを考えれば、事情を知る魔王の方が多少ましかもと思えたからだ。
「しかし、どうするのですか海斗殿。私は居候の身。勝手に二人を連れて帰る訳には……」
聖也は済まなそうに表情を曇らせている。
「聞くまでも無く、儂にも無理じゃぞ。と、なると……」
「俺しかいない訳だ……仕方ない、大家さんに相談してみるよ」
ポメラニアンには初めから期待していなかったが、聖也にも断られてしまった。
その結果、魔王カイゼルが俺達の事を引き受けてくれたみたいだ。
だ、大丈夫だろうか。食われたりしないよね?
俺達は不安を抱えつつも、魔王カイゼルに着いていく以外の選択肢が今の僕達には残されていないこの現実に、更なる不安を掻き立てられていた。
次回は、5/30(月)0時に