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つかの間の平穏

 「ふぅ、一段落ついたか」


 ここは『宵闇』の事務所。

 時刻は夜中を過ぎ、朝方まで間も無くといった所。


 「そうですね。此方の仕事も落ち着きましたし、今まで通りに戻るんじゃないですか。みなさん、頑張ってくれましたしね」


 「あぁ、裏の分裂やら、何やらで騒がしかったが、少し落ち着いてきたしな。うちはその分、稼がせて貰ったがな」


 事務所には、メガネをかけた三十代の女性と宵闇の社長、御子柴 玄人が、皆の帰りを待っていた。

 海斗達は、今日も特殊案件の引っ越しに出ており、ここ数ヶ月の間、まともな休みが取れない程であった。

 それは、日本社会の裏の大きな組織が二つに分裂する事で、その余波により周りの組織にも少なからず影響がで、慌ただしく引っ越しする組織や個人が多く、その為、宵闇への仕事依頼が殺到したのが原因の一つであった。

 特殊案件だけでなく、普通の引っ越しも行っており、春先のこの季節は引っ越しの依頼が多いのが現状である。今回は、それと合わさるように特殊案件が重なり、嘗て無い程の忙しさとなってしまったのだった。


 「社長。海斗君の事ですけど、アルバイトから契約社員にするんですよね」


 「彼の働きぶりには目を見張るものがある。彼の様な人材は、是非、うちに欲しい」


 「だったら、何故、社員じゃ無いんですか?海斗君なら、何処でもやってけそうですけど…………」


 「………………いざ、と言う時の処置かな。これ以上は、今の所、無理かな………………」


 「そうですか。宵闇に来る人達は、依頼者でも就労者でも、色々な事情を持った人が多いですから、仕方ないですね。海斗君、とってもいい子ですよ」


 「わかっている。皆、いい奴等だ」


 夜も明け、太陽が徐々に昇る頃、海斗達は宵闇の事務所に帰ってきた。



 海斗にとっては久々の休日である。

 先日も、仕事は無かったが代わりに花見があり、休日というには余りに疲れる行事に、心も体も休ませる事が出来なかった。

 その後も、リゼルの家に招待されたり、心一(鬼王グリュード)の家に行き、家族を紹介されたりと、動いてばかりで休めなかったのだ。

 そう考えると、今日は貴重な休日である。

 明日以降も休みにはなっているが、いつ仕事が入り休日返上させられるか分からないのだから。


 仕事と言えば、昨日の出来事ではあるが、とうとう、アルバイトを脱し契約社員に昇格した。これにより、安定的に収入を得やすくなったという事だ。然し、契約社員だ。いつ切られるか分からない不安は残る。まぁ、小さな前進という所だろうか。来月から切り換わるらしい。


 「ふっふっふっ、契約社員か。契約、社員。単語にすると、よりいい響きだな。異界の魔王との『契約』、そして『社員』へ…………あれ?魔王から社員?降格してね?」


 久々の休日を、くだらない言葉遊びで満喫する海斗であった。



            @


 御剣家。

 聖也の居候先である。

 御剣家母家の縁側で、御剣 清舟と風間 竜司が、ほのぼのと茶を喫していた。


 「暇じゃのぅ。のぅ、風間」


 「そうですね」


 「真矢は学校、聖也は道場か………」


 「………………」


 「この頃、良くないニュースを、よく聞くのう」


 『ズズズ』と、風間はお茶を一口くちに含む。


 「夜回りでもするか?のぅ、風間」


 「夜回りですか。勿論、聖也も…………」


 「あやつが()らんでどうする。のぅ」


 「えぇ、えぇ、全くで」


 「楽しみじゃのぅ」


 清舟はニヤリと隣の風間に目を向ける。


 「おやおや、先生。夜回りでは?」


 風間もニヤリと清舟と目を合わす。


 「おぅ、おぅ、そうじゃった、そうじゃった。ほっほっほっ」


 「はっはっはっはっ」


 怪しい笑みを浮かべ、笑う二人。

 どうやら、そういう事に決まったらしい………………


 夕刻に差し掛かる刻、家に帰って来た真矢が台所で夕食を作っている。

 真矢の両親は数ヶ月の海外出張に出掛けていた。

 父親の出張に母も一緒について行き、その間の家事は、全て真矢が代行していた。

 然し、御剣家は広く大きい。

 真矢だけでは手が回らず、見かねた聖也も積極的に協力していた。


 「真矢、()るか」


 台所に真矢を捜しに清舟が顔を出す。


 「何、おじいちゃん?ご飯なら、もう直ぐ出来るから」


 オタマで鍋に味噌を加えながら、背中越しに返事をする。

 台所には、味噌汁の家庭的な香りが漂っていた。


 「真矢。今夜から、夜回りをしようと思っとる。この頃、良くないニュースを聞くからのぅ」


 真矢は鍋の火を止め、清舟の方に向き直る。


 「夜回り?おじいちゃんなら大丈夫だと思うけど、気を付けてよ」


 清舟の強さを知らない訳ではないが、身内が危ない目に遭うかも知れないと思うと心配になる。


 「大丈夫じゃ。風間も居るし、聖也も一緒じゃ。問題なかろう……」


 「へぇ、聖也さんも…………」


 清舟は伝える事は伝えたと、スタスタと台所を後にする。

 真矢は、去って行く清舟を(いぶか)しんでいた。


 その夜。

 颯爽と家を出る清舟と風間。

 聖也は家に一人残る真矢を心配していた。

 実際は道場生が数名離れにいるが、母家には一人である。

 更に、未成年の女の子となれば、心配するのも当然だろう。


 「先生。やはり、私は残っていた方が……」


 聖也は清舟にやはり心配だと進言する。


 「それなら、大丈夫じゃ。もう直ぐ来よる…………ほれっ」


 清舟の目線を追うと、庭先に二人の女性がキャリーバッグを引きながら此方に歩いてくる。

 今から海外旅行にでも行くような出で立ちである。


 「先生、お久し振りです」

 

 動きやすそうなカジュアルな服装の女性が、片手を振りながら清舟に挨拶する。

 長い明るい茶髪。ウェーブした髪が、背中と自己主張する素晴らしい胸の前にふわりと下がっている。

 笑顔を浮かべ、人懐こそうな表情。

 やはり目立つのが、そのスタイル。

 身長175。世の男性が見惚れる程のプロポーション。

 モデルとグラビアアイドルを足した様な体型である。

 

 「お久し振りです。清舟先生」


 もう一人の女性は、手を前で組み、腰を折って挨拶する。

 大企業に勤める、出来る秘書の様な雰囲気。

 服装からスーツ姿で、足下は低いヒールを履いている。

 隣の女性とは反対に、ポーカーフェイスである。

 黒髪のショートカットにメガネ姿。

 少しきつく見える所もあるが、首元にさりげなくネックレスをつける等、女性らしさは決して失われてはいない。

 隣の女性と並ぶと見た目で負けるが、プロポーションは平均より上であろう。

 隣の女性を太陽に例えるなら、此方は月。

 その涼しげな雰囲気を好む男性も、多いのではないだろうか。


 ちぐはぐな二人は清舟を先生と呼んでいた。

 即ち、御剣道場の関係者又は弟子であろうか。

 風間も三人に交ざり、四人で談笑していた。


 「聖也、紹介しよう。こいつが、新しく家族になった、御剣聖也。で、こっちが九重 京子(ここのえきょうこ)と、八代 葵(やしろあおい)だ。これから家で暮らすからのぉ、仲良くやってくれ」


 聖也は『えっ』という表情で清舟を見ると、面白くなりそうだとニヤニヤと笑みを浮かべていた。


 「今、『えっ』て言ったでしょう。酷いぞ、聖也君。まぁ、私は心が広いから許しちゃうけど。私は、九重 京子。これから宜しくね!」


 左手を腰に、右手でピースを突きだし聖也に自己紹介をする。


 葵は一歩踏み出して聖也に挨拶をする。


 「始めまして、聖也さん。私は、八代 葵と言います。これから、宜しくお願いします。それと先生。まさか、聖也さんに何も話していなかったのですか?イタズラも程々にと菖蒲(あやめ)さんからも云われませんでしたか。余りにも目に余る様でしたら、菖蒲さんにご報告しますよ。いいですね」


 清舟はイタズラっ子が悪戯を見られたみたいに葵から顔を反らす。

 頭の後ろで両手を組んで口笛まで吹いている。

 

 「そういえば先生。何処か行く所だったんですか?」


 葵は反省しそうに無い清舟の態度に半ば諦め、この時間に何故三人で庭にいるのか問いかける。


 「おぉ、そうじゃった。これから夜回りする所じゃった。京子、葵、真矢の事は頼んだぞ」


 形勢が悪いと思うや、すっ飛んで街に向かう清舟。

 風間も、やれやれといった態度で清舟を追う。

 聖也も追おうと足を踏み出すと、後ろから葵が声を掛けてきた。


 「聖也さん。申し訳ありませんが、先生の事、宜しくお願いします。真矢さんと家の事はご安心下さい。私達は真矢さんの従姉妹になりますので」


 「そうそう。それに、私と葵は御剣道場の上位者でもあるしね。不届き者が現れたら、身体中の骨をバッキバキにへし折ってやる」


 「わかりました。お任せ下さい」


 葵は『お願いします』と言い、京子は手を振って聖也を見送る。

 見送ると二人は母家へと入って行く。

 玄関では『いらっしゃい』、と笑顔の真矢が二人を迎え入れる。


 聖也は御剣家前に停まっている車に乗る。

 運転手は風間、助手席に聖也。後部座席には清舟。

 街まで車で行き、街中は夜回りという名の繁華街巡りであろう。

 人助けの心が無い訳ではないが、決してそれだけでは無さそうである。

 

 「よし、()くか」


 清舟の掛け声で、一台の車が街中へと走り出して行く。


次回は、5/9(月)0時に

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