Love,Love,ラブ
「可愛い」
「んふふ……。可愛いって。良かったね、ラブ」
愛は、愛犬であるラブを可愛いと誉められて嬉しそうだ。
ラブを撫でている少女は沙羅。野上沙羅である。沙羅と愛は先日公園で出会い、その時沙羅がラブを可愛いがっていたのをきっかけに知り合ったのだ。ラブを可愛がってくれる人にめっぽう弱い愛であった。
一方ラブは………
(おい、聞こえているんだろ。返事をせぬか小娘)
目の前の少女にテレパスを送っていたのだが一向に返って来ない。返せないのでは無く、返さないのだ。所謂、無視である。
(小娘、いい加減にせぬと儂も逃げるぞ。二度と撫でさせん)
その言葉が効いたのか、漸く返事が返ってきた。
(むぅぅぅ、喋るの禁止。可愛くない。黙ってて)
まるで子供の様な文言。しかし、テレパスを返すと言う事は沙羅も異世界からの転移者で相違ない。後は、誰かと言う事だけ………
ラブは沙羅の手の中から抜け出し距離をとる。沙羅は不満顔である。
(お主誰じゃ。儂を魔獣ギガと知っての事か?)
(えっ!ギガ?魔獣ギガって、グリフォンのギガ。へぇぇぇ、今は可愛いポメラニアン)
(ポメラニアン云うな、悲しくなるだろうが。これは、世を忍ぶ仮の姿よ)
(そのわりに愛撫されると蕩けるよね。まぁ、可愛いから良いけど)
沙羅はラブを捕まえ撫でると、持ちいいとばかりに尻尾を左右に千切れん程に振っている。魔獣の威厳など何処にも無かった。
再度、沙羅の手から逃れたラブは、さっきよりも距離をとり沙羅に問い質す。
(もぅ、分かったから此方来て。私はノーラ。呪 霊ノーラよ。今度は抱っこだからね)
(呪霊ノーラ?知らん)
(私は魔獣ギガ程有名じゃないから仕方ないわよ。どちらかと言えば、人間の方が私を知ってるしね。私は元人間で、生前から魔道具作りを生業にしてたの。死んでリッチとなってからも続けててね、色んな人や魔族が私の魔道具を使ってたわ。ギガには必要無かったみたいだけど)
(ふんっ、儂は道具なんぞに頼る事はせん。この体があれば大概事足りる)
(そうねぇ、このモフモフがあれば事足りるわよねぇ)
ラブが自分の嘗ての姿を想起しているといつの間にやら沙羅が忍び寄り、ラブは沙羅の腕の中に抱っこされていた。ラブは短い手足をバタつかせ脱出を試みるが、沙羅の腕に抱かれ、尚且頬でスリスリされては、脱出等敵う筈がなかった。
そんな一人と一匹のやり取りを愛は笑顔で見つめていた。
後日。
沙羅の住んでいるマンション近くの喫茶店。
ここに海斗、絵里、聖也、リゼル、沙羅、そしてラブが集まっていた。心一は仕事の都合上、欠席となっている。
どうやらこの喫茶店はペット連れ許可の店らしく、他の客も犬愛を連れ飼い主は知り合い同士でお茶を楽しみ、犬は犬同士仲良く遊ぶスペースが設けられその中で遊んでいた。そんな中、ラブは沙羅の膝の上である。
(ラブちゃんは、あっちで遊ばなくていいんでしゅか?)
海斗がからかう。
ラブは沙羅の膝からするりと抜け出し、テーブルの下から海斗の足にガブリと噛みついた。
「痛ってぇぇ。離せ、この馬鹿犬。」
海斗は足を振り引き離そうとするが、思いの外噛み付く力が強い。足をバタつかせるものだから隣や対面に座る人の足も蹴り、方々から顰蹙を買っていた。カウンターの向こうからも『お静かに』と言う視線が飛んでくる。
暫くするとラブも離れ、海斗の対面に座る聖也の隣に座るが、直ぐ様沙羅に抱かれて膝の上に戻される。ここがあなたの場所よと、言わんばかりである。ラブも仕方無しと諦めている様子。
「ねぇ、ノーラ。あ、今は沙羅か。ねぇ、沙羅。貴女、今何をして暮らしているの?向こうでは魔道具作りの天才だったけど、此方でも何か作っているのかしら?」
「趣味で作る物はあるけど、仕事じゃないわね。私の仕事を聞いてどうするの?何かあなた達に関係ある?」
「別に何かしようってんじゃない。俺はあの転移事件を知りたくて皆に協力して貰ってるだけだ。だから、言いたくなければいいし、協力だって出来る限りでいいんだ。協力出来ないなら、そう言ってくれればいいしな」
「宜しいのですか魔王様?私なら全力で協力しますよ、お任せ下さい」
リゼルは胸を張って主張する。
「だけど、お前漫画の仕事が忙がしいってんでこの間も欠席したんだろ?あんまり無理はすんなよ。これからは聖也も協力するって言うし。なっ」
「あぁ、調査等とした事は無いが、出来うる限り協力しよう」
「………………」
左隣に座る絵里が肘で海斗の腕を突ついてくる。顔をそちらに向けると絵里が顔を近付け小さく耳元で呟いた。
「ちょっとはリゼルの事考えてあげなさいよ。いくら変態リゼルでも、流石に気の毒になってきたわ。見なさい、固まってるじゃないの。あれ、あんたが自分より聖也を選んだと勘違いしてるのよ。この間みたいに面倒臭い事になる前に、誤解解いちゃいなさいよ」
絵里の言ってる意味が全て理解出来た訳では無いが、確かに面倒臭い事に一度なっていた。
それは、海斗の家でリゼルと二人きりの所に絵里が現れ、あろう事か、絵里が海斗の彼女だと宣言したのだ。リゼルは頭を抱え、奇声をあげ、涙まで流していた。二人の言う面倒臭い事とは正にそれであった。まさか此処でも、との思いもある。
「リ、リゼル。俺はお前の能力を高く評価している。特に、分析力だな。足を使った調査は任せておけ。その代わり調査の纏めと分析を頼みたい。お前の力が必要なんだ」
海斗の台詞を聞いて、固まったままのリゼルの肩がピクリと動いた。ゆっくりと海斗の方に顔を向けると、
「ふぅぅん、分析ね。私も得意よ。今、システムエンジニアやってるの。色んな企業や大学等から仕事の依頼が来てね。正直大変なんだけど、其れくらいなら手伝っても良いわ。仕事柄情報量も豊富だしね」
と、沙羅が突如協力を申し出てきた。
海斗に向きかけたリゼルの顔が、段々下に向いていく。
「………………」 ←リゼル
「………………」 ←海斗
「………………」 ←絵里
海斗と絵里は、何故、今その話しをするのかと…………。リゼルに至ってはテーブルに突っ伏し、完全に自分の殻に閉じ籠ってしまった。此れには二人もお手上げで、沙羅の素直な協力を喜びつつも『何も起こりません様に』と、祈るばかりであった。
そんな事等我関せずといった面持ちで珈琲を楽しむ聖也、ラブに至ってはあれ程嫌がっていたのに、沙羅に背中を撫でられスヤスヤとお休みであった。
二人は小さな溜め息をつき『これで大丈夫なのか?』と、心の底から思い悩んでいた。
海斗はアパートに帰宅中。
一応、今日の顔合わせで皆の協力に漕ぎ着けた。結果だけなら大成功の様だが、一人大打撃を受けた奴もいた。誰かは、改めて言う必要も無いだろう。
「疲れた。ただの顔合わせの筈が、何でこうなった?沙羅が場の空気を読まなかったからか?それとも、絵里の言う通り俺のせいか?全く分からん」
元々、海斗は他人の感情。特に、好意については鈍い所がある。他人が自分をどう思っているのか等と、考えた事すら無かったのだから仕方ないと言えば仕方無いのだが。リゼルも今まではそれでも良かったのだろうが。
此方に来て別々に暮らす内に寂しくなったのだろうか?等と、トンチンカンな事を考える海斗。全く持って、報われぬリゼルであった。
もうすぐアパートに着く。
すると、アパートの二階から204号室に住む『あけみ』が声をかけてきた。
「マ~君、お帰り」
相変わらずの薄いネグリジェ姿である。目のやり場に困るのだが…………。
「あのね、マ~君。お願いがあるの。今から買い物に行くから、付き合って欲しいの。ダメ?」
小首を傾げて可愛くお願いしてくる。
「買い物くらい付き合いますけど。でも、どうして?」
「だって、明後日のお花見の準備、まだしてないんだもん。マ~君はしたの?」
お花見?何の事?
「おや、海坊帰ってたのかい。だったら、あけみの準備を手伝っておくれよ。まだ終わって無いんだと、仕方ないねぇ」
隣の家から大家さんが顔を出す。海斗の最も苦手な人だ。普段は優しいお婆さんなのだが、一円でも金が絡めば地獄まで取り立てに来そうな鬼と化す。
毎月の家賃回収日には『血の雨が降らない日は無い』と、言われる程の苛烈さである。
「あの、準備って何の?あけみさんがお花見って言ってたけど、それの事ですか?」
「おや、海坊聞いて無いのかい。明後日、そこの公園で花見をするのさ。その為の準備なんだけどねぇ。まぁ、平たく言えば、ご近所さんとの付き合いさね。勿論、天神荘も参加だよ。今回、海坊は初参加だから準備はしなくて良かったんだけど。全くもぅ、仕方ないねぇ」
「だってぇ、忙しかったの」
やれやれといった表情の大家さん。大家さんに済まないけどと言われれば、断る事など出来よう筈もなく。仕方無いのであけみさんと買い物に行く事に。
買い物は、何時も利用する御子柴青果店。野菜や果物等沢山買い込んだ。何人前あるのだろうか?
二人で大量の荷物を持ち歩いている。残りは後で配送してくれるそうだ。だったらそれでよくね?と、言いたくなるが、仕込みに時間がかかる物もあるとか。料理を余りしない海斗には分からない事であった。
「マ~君、重い。持ってぇ」
そう言われても、両手が塞がっている海斗には無理な相談であった。しかし、海斗達の後ろから手伝いの声がかかる。
「良かったら、私が持ってあげましょうか?マ~君」
「………………」
其処には何故か、絵里と沙羅の姿が………………。
次回は3/28(月)0時に