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人生楽ありゃ苦労する

 砂場。

 ここは何時も愛がラブを連れて散歩している公園である。

 海斗は砂場で幼女に囲まれていた。


 「はい、おとうさん。ごはんできましたよ」


 一人の幼女がプリンの容器に詰められた砂を海斗に差し出してくる。


 「有り難う。では、頂きます」


 海斗は手を合わせて食事の挨拶をするが、


 「まだでしょ、みんながきてからですよ。まったく、おとうさんはまったく」


 幼女は海斗の顔をチラリと見て、呆れた表情をしながら小さなシャベルでバケツから砂を掬い、残りのプリンの容器に詰めていく。

 二人の幼女が砂場に入ってきた。


 「おかあさん、おとうさん、ただいま。がっこうからかえりました」


 「ごはん、できた?」


 幼女二人は砂場の上に座り、シャベルを持つ幼女と話し始める。

 海斗は話しかけてくる幼女に無難な返事をして、この時間を乗り切ろうとしていた。

 そもそも何故こうなったのか・・・・・



 今日はラブことギガとの情報交換の日。

 しかし何時まで待っても来ない。

 どうなっているんだ。

 ギガが時間に遅れる事等今まで無かったのだが。

 家へ行こうにも、そもそも自宅を知らない。

 一時間待ったが姿を現さなかった。

 どうしようか。

 海斗はベンチの前で悩んでいると、其処に幼女達が声をかけてきたのだ。


 「赤いかみのおにいちゃん。今日はワンちゃんいないの?」


 「どうして?」


 「待ってるけど来ないんだ。何か用が出来たのかな?」


 「じゃあ、おにいちゃんひま?だったら私たちとおままごとしよう」


 「わぁ、それいいね。さんせー」


 おままごとって、海斗は断ろうとするが幼女達に手を引っ張られ、やむ無く砂場に座らされたのだった。


 それから一時間。

 未だに幼女達は海斗を解放してくれない。

 幼女達にとっては久々の大人の遊び相手。

 ここぞとばかりにおままごとの要求をしてくる。

 お父さんから始まり、お兄ちゃん。

 かと思ったら、近所の叔父さんから犬のマルチーズまで。

 所謂、何でもありである。

 海斗と遊べれば役など関係無さそうであった。

 然しもの海斗も二時間を超えた辺りからお開きを唱えるが『あと少しだから』の返事を信じ更に一時間、漸く解放されたのだった。


 海斗はベンチに座り、グッタリと肩をおとしている。

 ギガが何故子供を苦手としているのか、漸く理解出来た。

 こりゃ、キツイ。


 幼女は未だに砂場で遊んでいる。

 『無限の体力か』と、突っ込みたくなる程の活動力だ。

 だが、突っ込んだら最後。

 次は解放してくれないだろう。

 何故なら、幼女達が先程から此方をチラチラ見てくるのだ。

 海斗は背筋を震わせ、空を見上げながらギガに対し『早く来い』と、心の中で呟いていた。



           @



 数時間前。

 ここは飯山家。

 愛の部屋にギガ、いや、ラブがいた。

 今日も、愛とのお散歩の日。

 しかし中々愛が起きてこない。

 ラブは愛のベッドに飛び乗り枕元に近付くと、息苦しく呼吸する愛の姿があった。


 ラブは愛のおでこに前足を付け熱を測ろうとするが、肉球が邪魔をして熱が測れない。

 肉球は熱を通しづらいのだ。

 (ま、まずい。愛が苦しそうだ。何かの病気かも知れん。やばい、やばいぞ)


 ベッドから降りたラブは床をウロチョロして明らかに動揺している。

 (そうだ、下に行けば母親がいる)

 気付くと同時に走り出し、部屋の扉に飛びついた。

 扉の取手はJ型レバー。

 ラブはレバーにぶらんとぶら下がりながら扉を開ける。

 やってる本人?本犬?は必至なのだろうが、随分と滑稽に写る。

 この姿を見て、誰が元魔獣だと思うだろうか。


 ラブは階段を早足で降りて、キッチンにいた母親の足下に飛びつく。


 「あら~、どうしたのラブ。お腹減っちゃった?」


 ラブは母親の足下を跳ね回り、違う違うとアピールする。

 母親はラブの何時もと違う様子に気付き、ラブを抱っこしながら娘の部屋へ向かう。

 部屋へ入ると愛の額に掌を当て熱を測っている。


 「あら、結構高いわ。病院に連れてった方がいいわね」


 母親はまた、ラブを抱っこして一階に降りる。

 「ラブちゃんは一階でお留守番ね。愛の部屋に行っちゃ駄目よ」


 何ともご無体な言葉を投げかけられる。

 ラブは『えっ』という表情を見せ、母親にご再考をと言わんばかりにじゃれつく。

 だが、一度決まった事は覆らなく、母親は外に車のエンジンをかけに行ってしまった。


 ラブは顎を床に付けて二階の様子を伺っている。

 母親はまだ戻ってこない。

 今がチャンスと階段に前足をかけると、


 「ラ~ブちゃん。駄目でしょう。大人しく待ってなさい」


 又々抱っこされ、階段から離れた場所に下ろされた。

 ラブはそわそわするばかりで、何も出来ない自分を情けなく思っていた。

 母親が愛に肩を貸しながら二階から降りてくる。

 近寄ろうとするが、邪魔になるのでそのまま玄関まで見送った。

 母親が一度玄関まで戻ってくるが『留守番宜しく』と、扉と鍵を閉めて行く。

 一匹残されたラブは、二人が帰って来るまで心が休まる事は無かった。

 こうして、海斗との約束が忘れ去られていくのである。



           @



 曇りガラスの向こうから、水の音が聞こえてくる。

 誰かがシャワーを浴びている様だ。

 ガラス越しにシルエットが見える。

 随分と艶かしい影で、入っているのは女性みたいだ。

 水の音が止むと、髪の長い金髪の女性が姿を現し、その豊満な肢体を隠す様にバスタオルを体に巻きつける。

 髪を乾かし、お肌のお手入れなど。

 脱衣場から出てきたのは更に、十分を過ぎてからであった。


 この部屋は、いつか海斗も泊まった事がある部屋。

 だとすると、先程までシャワーを浴びていたのは美空絵理。

 異世界で魔召のエリーダと呼ばれた老婆。

 しかし転移魔法の作用?で、日本に来る事で何故か若返り、今はキャバ嬢として働いている。

 過去どうだったのか分からないが、今は大概の男が振り返る程の美女になっていた。


 絵理は胸元を強調するピンクのロングドレス姿でメイクアップし、小さなバッグを持って部屋を後にする。

 キャバ嬢の格好そのものである。

 この姿で立っているとすれ違う男みな振り返る。

 絵理は誰かを待っている様だ。


 絵理の前に赤い高級外車が停まると、三十代前半らしき男が降りてきて、助手席の扉を空け絵理をエスコートする。

 絵理を車に乗せお店まで送るようだ。

 この男は客で、これを同伴出勤と言うらしい。


 お店に着くと一度絵理と別れ、男は店内へと入っていった。

 絵理は従業員入り口から入り、同僚に挨拶をしてメイクを時間をかけ整えてから、客の待つテーブルへと向かう。

 焦れていた客も絵理の姿を見ると笑みを浮かべ、今までの苛立ちは何処へ行ったのかという面持ち。

 其ほどの魅力が絵理にはあった。


 絵理を指名する客は多い。

 同伴出勤した客だけとはいかない。

 既に、何ヵ所のテーブルも回っていた。

 ここに来てまた、指名が入る。

 今いる客に断りを入れ、新たなテーブルへと移動する。


 すると、テーブルにいたのは見知った顔。

 御剣聖也である。

 聖也も異世界からの転移者であり、魔剣王ゾロアークと呼ばれていた。

 その名の通り剣で右に出るものは無く、体術に於いても同意であった。

 二人は先日、ギガと海斗がよく会っている公園で顔合わせをしていた。

 まさか此処で会うとは。

 二人は固まってしまった。


 「おや、聖也さん。天音(あまね)さん(源氏名)と知り合いでしたか?」


 この男、風間竜司。

 御剣流の聖也の同門であり、兄弟子にあたる。

 道場内では生真面目で紳士ぶってはいるが、中々に砕けた人物であった。

 ここに聖也を連れて来たのも風間である。

 聖也の見た目を餌に、女を釣る魂胆。

 勿論、狙いは絵理である。

 ここら界隈でNo.1と呼ばれる絵理を、無謀にも狙っていた。


 もし、こんな事が真矢にバレたら、懇懇と説教されるであろう事は百も承知。

 其を知って尚、店に足を運んだのである。

 全く、度し難い男である。

 だが、風間にとって最も恐れているのは真矢の祖父御剣 清舟(みつるぎせいしゅう)にバレる事。


 あの老人は、六十になろうかというに未だに女を追いかけ、あまつさえ孫娘の前でそれを公言する人物である。

 風間が最も恐れるのは、黙って二人で遊びに来たのを知られる事。

 後で何を言われるか分からないからだ。


 そんな風間の思いとは裏腹に、絵理は聖也の隣に挨拶をして座る。

 風間は少し悄気(しょげ)た表情を見せるも、反対にいる女性が美女と分かると笑みを浮かべ、積極的に話しかけていた。

 顔が良ければいいようだ。


 「お客さん、ご新規さんですよね。私、天音と言います。宜しくお願いします」

 (何であんたが此処に来んのよ)


 「宜しく。」

 (・・・・・)


 (暗っ)


 「あの、お客さんのお名前、聞いても宜しいですか?」

 (普通、名乗るでしょう)


 「ん、あぁ、聖也」

 (・・・・・)


 (ほんっと、暗いわね)


 聖也は水を飲みながら、聞かれた事に一言二言返すだけで、会話と言うより意志疎通を確認している様な感じになっていた。

 流石の絵理も困り果て、早く時間が過ぎないかと本気で願っている。

 風間の方は話しが盛り上がり対照的であった。


 (ほんっと、地獄だわ)

 (・・・・・)


 この遣り取りで数時間過ごす事となる。

 絵理の精神がゴリゴリ削られる一方、聖也は終始表情が変わらず、楽しいんだか、そうでないんだか、一向に理解出来なかった。


 夜も十一時を過ぎ、聖也達は帰る事に。

 絵理は最後まで笑みを浮かべ見送る。

 だが、心の中では大きなため息をついていた。


 (一番遣り辛い客だったわ)


 日付も変わり閉店を迎えると、絵理も着替えに裏へ入る。

 絵理が着替えていると同期のホステスが話しかけてきた。


 「ねぇ、絵理。あのご新規の格好いいお客さん、知り合いなの?」


 「えっ、あぁ、あの人ね。名前を知ってるくらいよ」


 「えぇ、そうなの。何か余所余所しいから、彼氏でも来たのかなって」


 「あり得ないわ。あれが彼氏だなんて」


 「えぇ、勿体無い。凄く格好良かったじゃない。誠実そうだし。だったら今度紹介してよ、お願い」

 手を合わせてお願いしてくる。


 「はいはい、今度ね」


 「絶対だよ、約束だからね」


 この子は可愛らしい顔で、そんなに男に不自由して無さそうなのに、何故あいつをと。

 そんな事を考えながら家路に着く絵理であった。




 後日、最悪の結果が訪れる。

 聖也をキャバクラに連れていった事が、真矢と清舟にバレたのだ。

 二人供、聖也は強引に誘われただけと理解しているので、原因たる風間にこそ怒りが向けられていた。

 真矢は誠実に何故聖也を連れていき、あまつさえ何故そう言う店に行くのかと説教をし。

 清舟は何故自分を誘わず聖也だけ誘ったのか、何故No.1キャバ嬢のいる店に行ったのかと。

 全く正反対の説教を、懇懇とされる事となった。


 何故バレたのかと考える事こそ、無駄な事。

 清舟の謎の情報網が近隣に張り巡らされているのである。

 楽しそうな事に敏感な老人であった。

 この師にして、この弟子である。

 風間は反省を口にするも、次はどうやって二人を出し抜こうかと、頭の中で考えを巡らせていた。

 勿論、その時も聖也と一緒である。

 その胸の内には弟弟子への愛情も確かにある。

 不器用な聖也を気遣っての事。

 だが、それを表に出すことは決して無い。

 師である清舟も同じである様に。

 

 聖也とは、清舟と風間二人にとって、愛すべき人物である。

 ただ少々、愛すべき人物に対し悪戯が過ぎるのだが。

 聖也も二人の愛情を感じ感謝している。

 まぁ、もう少し静かに見守って欲しいとは、此方も言えずにいたのだった。

 次は3/21(月)0時に。

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