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進化?退化?ティラノが蒲公英!

天神荘201号室。

 海斗の目の前には、背丈二メートルで筋骨隆々の大男が胡座をかき、正面から海斗と顔を突き合わせている。

 この大男の名は 鬼頭 心一(きとうしんいち)

 嘗て、海斗が魔王であった異世界に於いて鬼王(おにおう)グリュードの名で呼ばれた魔王の一角である。


 「カイゼル様も此方に来てたんか。こりゃあ驚いた」


 「あぁ、久し振りだなグリュード。お前も光に呑み込まれてこの世界に来たんだよな」


 「ありゃあ、何だったのか。気付いたら畑さ立ってて、人間の姿になっとった。カイゼル様はあんまし見た目さ変わらんくて、分かりやすくて良か」

 グリュードはニコニコした顔でお茶を飲んでいる。

 本当にこいつがあの、グリュードか?


 「グリュード、今なにして暮らしてるんだ」


 「いやぁオラ畑さ立ってて、行ぐ所さ無ぐで困ってたら、農家のじっちゃとばっちゃに此処に居りゃいいって言われて、今は畑さ耕して暮らしてんだ。こんれが楽しぐってな、本当に幸せだぁ」


 満面の笑みで話すグリュードは嘘偽りなく幸せそうである。

 まさかグリュードまでこの世界で生きる事を受け入れているとは。

 海斗の心の中にはモヤモヤとした感情が渦巻いていた。


 「じゃあ、お前は向こうの世界に帰ろうとは思わないのか」

 ストレートに質問をぶつけてみる。


 「オラ別に帰りてぇとは思ってねぇ。なぁんか向こうの殺伐とした暮らしは、オラに合ってねぇと思うだ。だけんどこっちの皆は優しくてなぁ、オラ此処の生活が好きだぁ。皆と野菜作って暮らすだよ」


 此処まで地球の暮らしに染まっているとは。

 野菜作るって、お前鬼王だろう。

 嘗てのグリュードからは想像出来ない程にかけ離れた答だった。



           @



 此処は魔大陸。

 魔物が跳梁跋扈する最も危険な大陸である。

 人間が一度入れば忽ちに襲われ、魔物の餌食となるだろう。

 人間の住む人間大陸と魔大陸は繋がっており、国境と呼べる線引きは無いが、その近くには人間の住む町や村が存在する。


 ある地方の町や村では、現代日本で考えられない悪習が、未だに行われていた。

 それは(にえ)である。

 若き娘を樹海に連れて行き、古の祭壇に捧げる事で樹海の悪鬼に奉納するのである。

 その祭壇は石を積み重ね造られており、いつ頃からあるものなのか知る者はいない。

 ただ、見た目から推測するに、百年や二百年ではないであろう。

 その間にも何人の乙女達が捧げられてきたのか、祭壇にこびりつく血の痕が物語っていた。


 そんな樹海の奥に悪鬼の集まる集落がある。

 ボロを纏い手には巨大な斧や鉈を持ち、額に一本又は二本の角を生やした鬼である。

 人間に似た姿はしているが種族としては魔物に近く、本能的に行動する者が多い。

 鬼王とはそんな鬼の中で最も強い者の称号。

 歴代の鬼王でグリュード程強く残虐性にとんだ鬼など存在しない。

 この時代の人間にとっては絶望的な存在であった。


 そんなグリュードとカイゼルの出会いは戦いから始まった。

 グリュードがカイゼルの保護下にある人間を殺したのである。

 その人間は魔導師でカイゼルに仕える者であった。

 リゼルより報告を聞くと、カイゼルはそのまま鬼の集落へ向かうのである。

 グリュードは集落へ帰る途中。

 戦いの火蓋は突然切って落とされた。

 グリュードとカイゼルが平原で出会ったのである。


 グリュードは力任せに斧を降り下ろす。

 だが、カイゼルの展開する魔法障壁により逆に弾き飛ばされる。

 その時の戦いは一方的であった。

 グリュードの攻撃は悉く弾かれ、その都度追撃をくらう。

 カイゼルは避けもせず、真正面から受けていた。

 なのに無傷である。

 グリュードにとっては悪夢を見ているかの様。

 自分との圧倒的な力の差。

 初めて恐怖を感じていた。


 「鬼、もう良いであろう。我に服従せよ」


 グリュードはカイゼルの言葉を無視して攻撃を繰り返す。

 鬼王としてのプライドが服従を許さなかったのだ。

 だが、そのプライドも粉々に打ち砕かれる。

 カイゼルから放たれる魔力が格段に増大していく。

 魔力はまるで生きているかの様に蠢き、肌を撫でる様な濃密なものであった。

 今までカイゼルから放たれる魔力とは全く異質なもの。

 ここでグリュードは理解する。

 カイゼルが本気では無かった事に。

 グリュードはこの時始めて敗北を味わった。


 グリュードが恭順の意を示してから数日、鬼達はカイゼルに服従した。

 グリュードを倒したカイゼルの圧倒的強さを、鬼達が恐怖したからである。

 その後人間の被害は少なくなったものの、完全に無くなった訳ではなかった。

 カイゼルにとっても人間全体を守る意思など無かったのだから。



           @



 そんな嘗ての鬼王が野菜とか宣っている。

 海斗にとっては前代未聞である。

 肉食から菜食へ。

 鬼から人へ。

 海斗は心の中で恐竜が蒲公英になったと叫んでいた。


 「グリュード、肉とかは食ってないのか。お前肉食だったろ」


 「あぁ、たまに食べるけんど、脂落としてさっぱりした肉しか食べんようなった。ギトギトなのは胃凭れがなぁ」


 食べる時はしゃぶしゃぶで脂を落としてポン酢をつけてって、女子か。


 駄目だこいつ、完全に自分を忘れてる。

 まぁ、鬼から人になるってのは、それ程の違いなのだろうな。

 海斗は大きく溜め息をつくと、幸せだと語るグリュードを見て、仕方ないかと受け入れる事にした。

 ギガもエリーダも受け入れていた。

 自分と同じ考えでなくてもよいのだから。

 人それぞれである。

 海斗も少しづつ変わってきていた。

 その心境の変化に海斗自信まだ、気付いていなかった。


 「そう言えばグリュード、お前こっちでの名前あるのか。俺は間皇海斗と名乗っているが」


 「オラ、鬼頭心一と名乗ってるだ。ばっちゃに貰った名前だ。実はじっちゃとばっちゃの息子になっただよ。皆優しくてな、オラ本当に幸せだぁ。」


 「そ、そうか。で、今日はこの後どうする。もう七時過ぎてるけど、このまま帰るのか?泊まる所決めて無いなら、家に泊まるか?」


 「あぁ、そりゃ有りがてぇ。ホテルさ行こうと思ってただよ」


 心一は海斗の部屋に泊まる事にした。

 その夜は異世界での話しに盛り上がり、眠りについたのは日付が変わってからであった。


 翌朝心一は、八時過ぎに海斗のアパートを出て帰って行った。

 ちゃんと布団も畳んである。

 人間になったグリュードの几帳面さが、布団の畳み方からにじみ出ていた。

 ピッチリと折り畳まれていたからだ。

 これ程変わったのかと改めて知り、海斗はクックックッと声を洩らし笑ってしまった。

 変われば変わるものである。

 もう異世界に帰れとは口が裂けても言えなくなっていた。



           @



 部屋の中にカタカタとキーボードを打つ音だけが聴こえてくる。

 昼前だというのにカーテンが敷かれているからか、室内は薄暗い。

 パソコンのモニターの光だけが部屋を照らしていた。

 薄暗い部屋でキーボードを打つのは、まだ十代の少女。

 見た目は十四、五歳であろうか。

 しかしモニターに写し出される文字列は、明かにその専門の知識を必要とするものであった。

 何やら相当複雑なプログラムを組んでいる様子。

 少女からは想像出来ない作業であった。


 数時間後、プログラム作業は終了。

 何処かにメールを送り、完了の知らせをする。

 少女は椅子に凭れたまま両腕を頭の上で組み、背筋を反らせて大きく伸びをする。


 「終った」


 小さい声で自分に確認するかの様に呟くと、少女のお腹が『くぅぅ』と小さく鳴り、久々に外に出る事を決意する。

 大きな仕事が終ったからか、少し晴れやかな顔をしていた。

 シャワーを浴び着替えると、小さなバッグを持ち外へ。


 外出するのも数日ぶり。

 その間部屋から一歩も出なかった。

 出かけるのが嫌いな訳ではないが、対人関係が苦手ではあった。

 人前だと言葉が上手く喋れないのだ。

 その為、人前に出ない仕事を選んだ。

 ここ数週間は誰とも話しをしていない。

 それで寂しさや不自由を感じた事は無かった。


 少女はコンビニでサンドイッチと紅茶を買って遅い昼食をとっていた。

 ここは公園で子供達の声がよく聴こえる。

 対人関係に苦手を感じる少女だが、決して子供嫌いでは無かった。

 離れて見る分には、子供は可愛くうつる。

 ただ、近くに来られると、どうしていいのか分からなくなるのだ。

 好きなのに触れ合えない。

 不憫な性格である。


 サンドイッチを十分かけ食べ、家へ帰ろうと立ち上がると、一匹の犬と戯れる少女と目があった。

 少女が会釈して来たので、会釈で返す。

 少女の足下にいる犬も、じっと此方を見ていた。

 まるで何かを探る様に。


 犬を連れた少女が近づいてくる。

 緊張の為か動けずにいた。


 「こんにちは。いい天気ですね」

 犬を連れた少女は、会話の掴みとしては王道な台詞で話し掛けてきた。


 「あ、あ、こ、こんにちは」


 詰まりながら、小さい声でしか返せなかった。

 恥ずかしさのあまり下を向いてしまう。

 すると足下に、可愛らしいオレンジ色したふわふわのポメラニアンがいた。

 少女は可愛らしいものが好きらしく、満面の笑みを浮かべて抱っこする。

 何度かモフモフを楽しんでいたが、飼い主に許可を取っていない事に気付き謝罪する。


 「いいですよ。私は愛、その子はラブって言うんです。可愛がってくれて有り難う」


 どうやら犬を連れた少女は愛で、犬は元魔獣ギガことラブであった。

 少女も自己紹介をする。

 野上沙羅(のがみさら)と。

 沙羅は飼い主の許可が出た事でホッとし、モフモフを楽しんでいた。


 それから三十分。

 沙羅はラブを地面に下ろし、帰ることを伝える。


 「あの、土日はよくこの公園に来ますので、良かったらまた遊んでください」


 愛は沙羅に挨拶をして、ラブと一緒に走って行く。

 沙羅はどの位ぶりか、微笑みを浮かべ愛とラブを見送っている。

 愛達を見送ると、沙羅も公園を背にして歩き去る。

 沙羅の背中を見つめる視線があった。

 ラブである。

 ラブは沙羅を見送ると、飼い主の愛の元へと駆けて行く。

 駆けながらラブは小さな声で、ノーラと、呟いていた。

次回は3月13日(日)0時になります。

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