異世界転移被害者の会
綺麗に整理整頓された部屋である。
部屋に置かれた小物類から女性の部屋だと窺い知れる。
本棚には若い女性が愛読しているファッション雑誌が所狭しと並べられている。
几帳面なのかタイトルごとに分けられ、更に販売日順に並べられている。
今、間皇が座っているピンク色のクッションもそのひとつである。
間皇の隣には可愛らしいポメラニアンが女性に抱っこされて僅ながらに抵抗をしている。
「やめよ、放さぬか」
ポメラニアンが喋り抵抗している。
この犬も間皇と同じく異世界よりやってきた魔獣ギガ。
今は飯山家の愛犬ラブとして生きている。
ラブを抱っこしているのは飯山 愛ではなく、この部屋の住人美空 絵理である。
今日は平日なので愛は今頃学校に行っているはずである。
絵理も間皇やギガと同じく異世界からの転移者である。
異世界では魔召の二つ名をもつ魔女エリーダであった。
この二人と一匹が絵理の部屋に集まり情報交換をしていたが、ある程度話し合うと、一人と一匹が突然じゃれあいだした。
絵理は女性特有のふっくらした太股の上に仰向けに抱っこした一匹のポメラニアンのお腹を撫でて遊んでいた。
ギガは絵理の手元から抜けだそうともがくが、お腹を撫でられるたびに力が抜け上手く抜け出せないでいた。
「ちょっと聞いたよ。ギガあんた見た目で惹き付けて、集まった女子高生を利用して羞恥プレイを享受してるそうじゃないか。とんだ変態になったもんだね」
上手くあしらわれていたギガだったが、流石に今の絵理の台詞を聞き飛び上がって起き、そのまま海斗に飛びかかっていく。
「小僧、貴様か。その戯けた事を言う口を引き裂いてくれる」
勢いよく飛びかかるが所詮かわいい愛玩犬。
直ぐに仰向けにひっくり返され、今度は海斗の手によってお腹をくすぐられるのだった。
今は、一同静かに絵理の話しを聞いていた。
「海斗。この間あんたが刺されて分かった事が一つある。あんたの体の中には今の私達が持っていない膨大な魔力の塊がある」
自分の話しが出てくるとは思っていなかったのか、飲んでいたお茶をテーブルに置き絵理の目を真っ直ぐ目つめ更に詳しく、絵理の話しを聞いていく。
「刺されたあの時の傷あきらかに完治までのスピードが異常だった。あれはあんたの中にある魔力が関係してるんじゃないかと、私はにらんでる」
海斗もあの時の傷の治り方の異常さは気づいてる。
己の体であり刺されてからある程度の時間がたってからであったが、意識外の所で魔力が動いているのを感じ取る事が出来ていた。
「その魔力を小僧が引き出せれば少なからず、魔法の行使も出来るやもしれんな。今儂らが使っているものは、魔法というよりただ魔力を放っているようなものじゃからな」
ギガの言う事に絵理は首を縦に数度振り同意であるとの意思を示す。
これまでギガや絵理が使っていたのは魔法より魔術と言ったほうがいいかもしれないからだ。
魔法と魔術。一口で言っても色々とある。
すごく簡単に説明すると魔法は法則を与えらたもの又は法則を超越したものであり、魔術は法則を与えず魔力そのものを動かし行使するものである。
したがって魔術は魔法より工程が少なく扱いやすいものなのである。
「簡単に引き出すって言うけどよ、どうやって引き出す。今までだって魔法を使おうとしたが発動する気配さえなかったけど」
海斗は二人に問いただす。
「地道に魔力コントロールの腕をあげるしかないんじゃない。私も此方に来てから練習してるけど、前の体と違って上手くコントロールが出来ないんだよ。前の私からしたらほとんど意識しないで使えたものが、今の私じゃ全力でやっても数秒もてばいい位まで弱まっているからね」
「儂も同じだ。儂はグリフォンだった時お主ら以上の魔力を持っていたが、今じゃほれこの通り」
ギガはありったけの魔力を部屋中に放つが、絵理より魔力が弱く二人からすれば愛玩犬が何かに怯え、勇気を振り絞って威嚇している様にしか見えなかった。
海斗達は笑いを堪えどうすれば魔法が使えるのかをそれから数時間話し合うのだった。
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部屋の中では五人の男達が机に向かって作業している。
一人は四角い枠の中にビルや家を描き、一人は人物を描いている。
向かい側の机では、バツ印のある場所をインクで塗りつぶしている人、何かをカッターで切り張り付けてる人がいる。
人物を描いていた男が立ち上がり、一番奥で作業している男に声をかけた。
「先生、チェックお願いします」
奥にいる男は数枚の用紙を受け取りおもむろにチェックをする。
チェックをお願いした男は少し緊張気味に次の指示を待っていた。
数分後ののちどうやらチェックが終わり待っていた男に用紙を手渡す。
「そのまま続けて下さい」
奥の男は簡単な指示を出し作業に戻っていく。
チェックをお願いした男はほっとした顔で机に戻り、次の作業に取り掛かるのだった。
「お疲れ様でした」
四人の男達は奥にいる男に挨拶をし帰っていく。
残った男も帰り支度をするがその手を止めて机に引き返した。
男は引き出しの中から数枚の用紙を取り出し今度は一人で作業を再開するのだった。
男が帰ったのはそれから数時間後の事だった。
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秋葉原にある店舗の一角に長蛇の列が出来ていた。
男性もいるがほぼ女性の列になっている。
列の先頭では椅子に座り一人一人から手渡される本に男がサインをしている。
女性はサイン入りの本を受け取り握手を交わす。
一人一人の時間は数十秒であるがまだまだ列は途切れそうにない。
開始してから数時間ののちようやく終わりの声がかけられた。
「先生お疲れ様でした。お水どうぞ」
一人の女性が男に水を手渡す。
「ありがとう。鮎川さんも大変でしたでしょう」
男は笑顔でそう応えると女性は顔を赤らめて男から目線を外すのだった。
「い、いえ、まだまだ大丈夫ですよ。売れっ子作家の編集者はこれ位で弱音を吐く事はないんです」
そう言って軽く握った拳で自分の胸を軽くぽんと叩くのだった。
サイン会も終わり住居としている部屋に帰ってきた。
疲れを取る為にバスルームに直行する。
一時間近くゆったりと浴槽に浸かり体をほぐしていく。
風呂から上がり冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しペットボトルそのままに、中の水を一気に飲み干していく。
ゴミ箱にペットボトルを捨て、今日サイン会で編集者に貰った雑誌を広げパラパラと眺めていると、自分の特集記事を見つけた。
記事の内容には全く興味は無かったが暇潰し程度に読む事にした。
記事は見開きで掲載され右側には特集されている人物の簡単なプロフィールと、今までの作品集や評価等がびっしりと記載されていた。
この記事によると読者層は若い女性が中心で、女性の心理を上手く表現した作品が多く、若い女性の代弁者になっていると書かれている。
評価も高く愛読者の中にはアイドルの名前や有名女優の名前も載っている。
記事を読み進めるが編集部から寄せられる評価や内容と対して変わらなかったので隣のページに視線をすべらせる。
左のページには特に女性読者の目を惹くだろう細身で中性的な顔をした美しい男の写真が載っている。
髪は長く頭の後ろで括られ、白銀の中に淡く青色が入った髪が綺麗に纏まり肩口までするりと垂れている。
髪の色も相まってその中性的な顔が際立ち、より神秘的な美しさを醸し出している。
女性だけでなく男性も惹き付けられるであろう姿である。
写真の下には大きく名前が載っている。
清華院 真。
勿論ペンネームである。
本名は何処にも記載されていない。
雑誌を閉じて軽く息を吐き、もう一冊の雑誌をパラパラと捲っていると一つの小さな記事が目に留まった。
普通なら読み飛ばすであろうモノクロ写真が載った記事である。
しかし真にとっては奇跡のような出来事であった。
引っ越しのエキスパート集団『宵闇』と書かれた怪しい記事の写真に真が敬愛するあの方が写っていたのだ。
「カイゼル様」