第七話 ナイフと刀
アドレさんに手を引っ張られて大通りを早歩きで進むこと少し。私達は用事があるという、武具屋さんの前にいた。
相変わらず看板の文字は読めないが、剣やら盾やら鎧やらのデザインのおかげで、何を扱っているのかは一応わかった。
「え、えっと、私も行っていいってことで、いいんですよね?」
彼らの用事が何なのかわからないが、私がいても大丈夫なものなのか、念のため確認する。
「何言ってんだ。いいに決まってんだろ。用事っつっても店主に話があっただけだから、お前を連れてくついでで十分なんだよ」
「あ、そうだったんですか」
なんだ、最初から私を連れてくるつもりだったのか。それなら変に心配する必要はなかったじゃないか。
少し損した気分になりつつも、二人と一緒にお店の中に入る。ここの扉にも鈴が付いていて、入る時にチリンチリンという音がした。
狭い店内にはまるで見せつけるように剣やら槍やら鎧やらがすべて抜き身で飾られていて、そのどれもがまだ使われていないとわかるほどキラキラと光を反射していた。
何だろう……私がイメージしていた武具屋とはまったく違うな。武器とかは普通に置かれているけど……これらはただ飾るための物って気がする。実用性じゃなくて、見た目だけを考えて作られたような。
「おやぁ? 誰かと思えば、あんたらだったのかねぇ」
「ああ、婆さん。少し早ぇが来させてもらったぜ」
私が飾られている武器に疑問を抱いていると、店の奥からしわの深い顔の女性が出てきた。この人が、二人が用事のあるっていう店主さんだろうか。
「早速で悪いが、昨日の話はどうなったんだ?」
「もちろん、やっといたぁよ。それよりも、その娘はどうしたんだい? あんた、いつの間に子供作ったんだぇ?」
そのお婆さんは私を見て、アドレさんにそう言った。
は? わ、私がこの人の子供? そんな、まさか。この人が私の父親とか、そんな、別に嫌な訳じゃないけど、なんかちょっと、少し、違うような……。
「何言ってんだ。んな訳ねぇだろ。こいつはただ、ちょっと拾っただけだ」
「拾ったぁ? 本当かねぇ。攫ってきたんじゃあ、ないだろうねぇ?」
「まさか。てか、どうして俺とこいつを見るとみんな同じことを言うんだよ」
二人が私の話題で盛り上がっている。私を除け者にして。……ちょっと嫌な気分だ。
仕方ないので、二人のことは気にせずに、また飾られている武器を眺めることにした。
誰でも使えそうな短剣に、重たそうな両手剣。小さなノートくらいの大きさの盾もあれば、人一人を覆えそうなほど大きい盾もある。
あ、包丁発見。後、あれは銛、かな? 魚を捕まえるための。こんな物まであるのか。なんか、武具屋というより刃物屋って感じがするな。
そんな風に色々な刃物を見ていると、アドレさんとの話が終わったお婆さんが私に話しかけてきた。
「気に入ったのはあったかねぇ?」
「あ、いえ、特には。見ていただけですので」
彼女は少し腰を折り曲げ、ゆっくりと歩いて私の隣に並んだ。そして近くにあった小さなナイフを手に取り、私に渡してきた。
「あんたみたいな小さな女の子には、これくらいの小さな物が良いかもねぇ」
「あ、はい。えっと、どうも」
頭を下げながら両手で受け取る。
軽い。そして、抜き身だ。危ないよ。
刃をお婆さんに向けないように気を付けながら、手に持ったナイフをよく見る。
刃はとても綺麗で、これもまだ一度も使われていないだろうと思える。柄にはよくわからない装飾があり、デコボコしていて持ちにくい。やはり、見た目重視で作られているようだ。
一通り見たので、お婆さんに柄を向けてこのナイフを返す。
「気に入らんかったんけぇ?」
「え、えっと、はい……」
彼女はナイフを元に位置に戻すと、私の手を掴んで言った。
「これのどこが気に入らんかったんだい?」
「えっと……全体的に、です」
「ほぉ? 具体的には?」
言っていいのか迷ったが、聞かれたことに答えないというのは失礼だと思い、思ったことを素直に伝えることした。
「……なんていうか、これは、使うための物じゃない、気がしたからです。見た目だけ、なんですよね」
私が思ったことを思ったまま伝えると、お婆さんは驚いた顔をして、次いで嬉しそうな表情になった。
「ほう、ほう、わかるのかぃ?」
「え、えっと」
「わかるんだねぇ? 嬉しいねぇ、わかる人が来てくれるなんてねぇ。あんた、名前は?」
「えっと、レイラです……」
興奮した様子で名前を聞かれたので、少し引き気味に答えた。
ど、どうしたんだ? この人。わ、わかるって、何を?
「レイラかぇ。いい名前だねぇ。あんた、武器に興味があるのかぃ?」
「えっと……一応、あります」
気になっている程度だけど、一応はある。だから来てみたいと思っていた。
「ほぉ? そうかぇ、そうかぇ」
頷くと、彼女はお店の奥に向かってゆっくりと歩き、奥の扉を開けた。
「ついておいでぇ。いい物を見せてあげるよぅ」
「え、は、はぁ」
どうしよう。ついて行くべきなのだろうか。
ついさっきの、占い店での出来事を思い出して迷っていると、アドレさんに背中を押された。
「ほら、行けよ」
「え、でも……」
迷う私にアドレさんが、
「あいつは、大丈夫だから」
と言って、頷いて見せた。
「わかり、ました」
この人がそう言うのなら、大丈夫だろう。アドレさんを信じて、私も店の奥に向かった。
扉をくぐった先には、さっきまで私達がいた場所よりも広く、そこにあった物とは違った武器や防具が置いてあった。すべての剣が、きちんと鞘に収められている。
一目見るだけで、こっちの物はちゃんと使うことを考えて作られていることがわかった。変な模様もないし、少し汚れていたり埃を被っていたりしている物もあるが、全部がちゃんと手入れされていて、今すぐにでも使えそうだ。
なんか、凄い光景が広がっている。
「これは……す、凄いですね」
「わかるかぇ? ここにあるのはほとんど全部、家の爺さんが作った物だぇ。表の飾りとは違って、ちゃあんと使うために作った物だぇ。ここになら、あんたが気に入る物もあるはずだぇ」
彼女はそう言って、お店のある一角を示した。
「あそこに、あんたが扱える短剣がある。他にも武器はあるんだが、まずはあそこから見ていくのがおすすめだねぇ」
「あ、はい……」
なんだか、いつの間にか武器を見ることになっている気がする。私は本当に見たいからいいのだけど、少し強引すぎやしないか?
「あたしゃあ、これと少し話があるからねぇ。終わるまで好きなだけ見て行ってくれぇよ」
お婆さんはそう言って、アドレさんと一緒にお店のさらに奥にあるドアの先に行ってしまった。残されたのは私とカイさん。
か、カイさんと一緒か……少し、緊張するな。
何を言ったらいいんだろう。何をすればいいのだろう。そんなことに迷っておどおどしている私のことを気にせずに、カイさんは自分が見たい武器の所へ行ってしまった。その様子を見ていてふと思う。
……別に、あの人と二人だからって、無理に話をする必要もないか。
今のところはそういうことにしておいて、私も店主さんに言われた短剣コーナーへと向かった。
そこに置いてある短剣やナイフは、柄や鞘に変な装飾もなく、普通に使うための物だった。何となく、こういうのが私の好みな気がする。
試に一本取ってみる。さっき持ってみた物よりも少し重たい。
うん、私の手の形には合ってるな。これなら使いやすいかも。
鞘から抜くと、シャリン、という心地いい音とともに、ピカピカと輝く刀身が出てきた。こっちもまだ使われたことはないようだ。でも、表のやつとは何かが違った。作り方だろうか。
手の上で短剣をくるくると回す。
……ちょっと違うかな。
自分の中の良し悪しの基準がわからないが、何となく、これを使うのは嫌だと思った。
刃を鞘にしまい、元あった場所に置く。
そこでふとカイさんの方を見ると、彼は普通の片手剣を見ていた。彼も私と同じように剣を手に取って鞘から抜き、その刀身の輝きに魅入っていた。凄く熱心そうだ。
後で私も、見てみようかな。
次に行く所を決めつつ、もう一つ目についた剣を手に取る。今度は見た目がサバイバルナイフのやつを選んでみた。
鞘から抜く。刃が曲がっていないか確認する。手の上でくるくる回し、何度か素振りをする。ヒュッ、ヒュッ、と風を切る音。それらを確認した後、刃を鞘にしまった。
……うん、これは良い物だ。気に入った。何となく、気に入った。
気に入ったからと言って何かをする訳ではないのだが、とりあえず、ここでいい物が見つかった。なので、カイさんがいる片手剣コーナー、の隣の、刀が一振りだけ置いてある所に向かった。
どうして一振りだけしかないのか、見つけた時から気になっていた。
一本しかないその刀を手に取ろうとすると、ちょうどお婆さんとアドレさんが戻ってきた。思わず手を引っ込める。
「待たせたねぇ。どうだい。いいのはあったかぃ?」
私を見つけて話しかけてきたお婆さんに、
「ええ、まぁ」
と答える。ゆっくりと近づいてきた彼女は続けて、
「そうかい、そうかい。どんなのだぃ?」
と聞いてきた。その問いに答えるために短剣の所に移動して、さっき見つけたサバイバルナイフを手に持った。
「これ、なんですけど」
「おやぁ、それかねぇ。どうしてそれを選んだんだぃ?」
「えっと、サバイバルナイフなので、肉とか野菜とかも切れて、対人戦でも使えるからです。後、大きさも。小さめなので、袖の中などに隠しやすいところがいいと思いました」
口に出してから思った。あれ……私、こんなことを思ってたっけ?
私がこれを選んだのは、何となくっていう理由だったはず。それなのになんで、こんなに詳しいことを言えるんだ? こんなことを考えて、いや、どうしてこんなことを知っているんだ?
また、知識の出所がわからない。
考えてみると、確かに私はそんなことを考えてこのナイフを選んだ、気がする。忘れかけていた、というか、まったく気にしていなかった。当然のことだから、気にする必要がなかったんだ。
頭の中で、一応の結論が出た。
「ほう、ほう。よく見てくれてるねぇ、嬉しいねぇ。いいよぉ、いいよぉ、買っていくかい?」
「あ、えっと……おいくら、なんですか?」
もし買えるのなら、買おうかな。
そんなことを考えながら値段を聞く。
「そうだねぇ。これは、うん。銀貨八枚くらいだねぇ」
「あ……そう、ですか」
ぎ、銀貨八枚……つまり八千セル……やっぱり、買えない。
お婆さんの口から発せられたその大きすぎる金額に、私はがっくりと肩を落とした。
買えない……別に欲しい訳じゃないけど、ここまでお金が足りないなんて……昨日、私がフェニさんのお手伝いをちゃんとできていなかったことが嫌でもわかってしまう。
私、あんまりお仕事できなかったからな……仕方ないとはいえ、なんだか少し悲しい気分になる。
「なら、いいです」
「おやぁ? いらないんかぇ?」
残念そうなお婆さん。その顔を見てしまうと、私が買わないという選択をしたことが間違っているような気がしてしまう。
「はい……お金、足りないので」
「そうかぇ。なら、仕方ないねぇ」
その理由を聞いて納得してくれたのか、うんうんと頷いてから私の手からナイフを取った。
「他には何か、気になる物はあったかぇ?」
「あ、はい。あの刀が少し、気になってます」
さっき持ってみようとしていた刀を指差して、そちらに移動する。今度こそ手に取ってみると、ナイフよりは明らかに重かった。
……あれ? 何か、違和感があるような……?
「ほほう、これかねぇ。いい物に目を付けたねぇ。これは最後の仕入れの時の一番いいやつだったかねぇ」
「あの、抜いてみてもいいですか?」
「もちろんいいよぉ」
お婆さんのお許しが出たので、刀を鞘から抜いた。
シャリン、という心地の良い音。
「おぉ」
思わず声が出てしまうほど美しい刀身。
持った瞬間何かが違うとは思っていたが、抜いてみて確信した。これは表にあったなまくらどもとは違う、人を斬ったことのある刀だと。
恐らく、かなり昔に作られた物だろう。ここに来るまでの経緯は知らないけど、どこかで人を、生き物を大勢殺したことはまず間違いない。妖刀と呼ばれてもおかしくないほどの何かを感じる刀だ。
それでもやっぱり、妖刀なんて言ったけど普通に使える刀だ。何となく欲しくなってきた。
でも、これも買うことはできないだろう。こんなにいい物なんだし、値段も物凄く高いに決まっている。
色々と考えながら刀を鞘にしまう。
「どうだい? それは」
「とても、凄い刀です。何か謂れがあったりするんですか?」
「謂れぇ? あたしゃあ何も聞いてないけどねぇ。何かおかしなところでもあったのかい?」
誰が使っていたのかはわからないのか。うーん、残念。少し気になったけど、わからないのなら仕方ないか。
「いえ、別にそういう訳では」
「そうかい」
刀をお婆さんに渡して、一応値段を聞いてみる。
「えっと、これは、その、買えるんですか?」
「もちろん。売り物だからねぇ」
「ちなみにお値段は?」
「そうだねぇ。これは、確か……大銀貨三枚くらいだねぇ」
「そ、そうですか」
三十万セル……やっぱりあのナイフよりも高かった。まぁ、刀だし、良い物だし、仕方ないよな。
今度はとても高すぎる金額だったので、すっぱりと諦めることができた。
「レイラー、そろそろ帰るぞー」
ちょうとその時、戻ってきてからカイさんと話をしていたアドレさんが、私に向かってそう言ってきた。
「あ、わかりました」
結構長い間ここにいたし、そろそろ時間的に戻らないといけないのか。
「もう行くのかぇ?」
「はい、そうみたいです」
「そうかぃ。また来てぇよ」
お婆さんは私の手を掴んで、優しく言った。
「あんたみたいなわかる人は中々いないからねぇ。あたしとしちゃあ、いい話し相手だからねぇ。また来てくれるとうれしいよぉ」
「わかりました。また来ますよ。必ず」
今日は武器を見ているだけだったけど、それでも楽しかった。お婆さんとのお話も。今日行ったお店の中で一番いい所だったな。
「ほら行くぞ」
「はい。それでは」
「それじゃあねぇ」
手を振って別れを告げ、武具屋を出る。
大通りに戻ると、アドレさんがさっきのお店の感想を聞いてきた。
「どうだった、あの店は」
「……すごく、いい所ですね。面白くて」
率直な感想を述べる。
「面白い、ねぇ」
彼は少し不思議そうな表情で私のことを見てきた。私、何か変なこと言ったかな?
「それにしても意外だったな」
ん? 意外? 何がだ?
「何がですか?」
アドレさんの言葉の意味がわからず首を傾げていると、彼の次の言葉で何のことなのか理解できた。
「お前、武器のことわかるんだな」
「あ……そのことですか」
武器のことね。それは私も意外だった表にあった物がただの飾りだとなぜかわかったし、あのナイフの良いところだって、なぜかわかってしまった。刀だってそうだ。どうして、ただ刀を持っただけで人を斬ったことがあるってわかってしまうのか。自分でも気になっていた。
「私も、意外でした」
「ん? 自分でもか? ああ、そうか。お前は記憶が無いんだったな」
え、忘れてたのか。大切なことなのに。
少し悲しくなる。
「……忘れないでくださいよ」
「すまんすまん。でー、なんだ。あそこに行ったことで、何か思い出したりできたのか?」
「……いえ、何も」
わからないことが増えただけだ。まぁ、でも、あそこのお婆さんは優しかったし、また来いって言われたから、お話しするためにまた行きたいとは思っているけど。
「そうか。でも、少しの手掛かりはあったよな」
「え? そう、ですか?」
私の記憶に関することなんて何かあったっけ?
「え、だってほら、お前は武器のことを知ってるんだろ? それがわかったじゃないか」
武器のことを知っているってわかった? それは……えっと、考え方が違うのか?
私はわかってしまうことを不思議に思いはしたがそこまで深く考えていなかった。だけど彼はそのことに着目してポジティブに考え、その知識があると解釈したのか。
まさに発想の転換。私にはない考え方だ。
「そう、ですね。そう言う考え方もありますね」
「ん? お前はそう思ってなかったのか?」
不思議そうなアドレさん。彼には、私がどう思っているのかはわからないのか。
「はい……ただ、わかってしまうとだけ。わかってしまう理由がわからないので、あまり考えないようにしていたんです。その……いくら考えても思い出せないのは、辛いので」
「ふうん。考えないように、ねぇ。だが、そんなことをしてると、そのうちわかることまで考えなくなるぞ。辛いのはわかるが」
アドレさんのたしなめるような言葉をよく考えていて、頷くまでに少し時間を空いた。
「……そうですね。気を付けます」
確かに彼の言う通りだ。最初に色々考えすぎたせいで、私はもうどうせ何もわからないと諦めてしまっていた。
だけど、それでは駄目だ。アドレさんはそう言っているんだ。何もわからないからこそ、一つ一つの手掛かりを無駄にしないよう、よく考えるべきだと。
武具屋からそう時間もかからずに、私達は宿屋に戻ってきた。
「あ、帰って来たわね」
「えっと、戻りました」
中で待っていたフェニさんに挨拶をすると、彼女は、
「お昼はどうしたの?」
と聞いてきた。
「えと、一応食べましたけど……」
お腹をさすりながら考える。
お昼の時間にはあの串焼きを食べた。でも、一本だけだからあんまりお腹は膨れてない。今はまだ大丈夫そうだけど、このままでは多分、夜までは持たないだろう。
なので、彼女に何か食事を頼むことにした。
「その、できれば少し軽めの何かを頂きたいな、と……」
新しく作ってもらうのは気が引けるが、ここは遠慮するべきではないと思って素直に頼む。
「わかったわ。じゃあ、軽いサンドイッチ作ってあげる。座って待ってて」
「はい」
言われた通りにカウンター席に座ると、後ろからアドレさんが、
「じゃ、俺らはまた出かけるわ」
と言うのが聞こえた。振り向いて彼のことを見ると、二人はすでに入口に向かっていた。
「え、行っちゃうんですか?」
置いて行かれるのが寂しくて、思わずそう声を掛ける。
「すまんな。俺達はまだ、用事が残ってるんだ」
「あ、そう、ですか」
そうか。まだ、お仕事があるのか。それなら仕方ない、か。
「わかりました。じゃあ、その……行ってらっしゃい、です」
仕事なら、引き止める訳にはいかない。そう思って素直に送り出す。
「おう、行ってくる。じゃあまたな」
「……それじゃあ」
そう言って彼らはドアを開けて、店の外に出て行った。
「さ、できたわよ」
フェニさんの声が聞こえたので前に向き直ると、目の前に頼んだサンドイッチがあった。
黄色と緑色と赤色の、卵とレタスとハムか何かがパンに挟まれている、とても美味しそうな物だ。三角の形に、二つに切られている。
「どおぞ。足りなかったら言ってね。また作るから」
「はい。いただきます」
いつものように手を合わせて、食べ始めようとするとフェニさんは、
「ああこらこら。食事の時くらいフード取りなさい」
と言ってきた。今日は私の他にお客さんがいるので、まだフードを被ったままだった。
「あ……はい」
指摘されては仕方ないので、ゆっくりとフードを取る。
はぁ……あんまり取りたくなかったんだけどな。
フードを取ると、私の顔を、目を見られてしまう。そして、この目を見られればきっと、物珍しげにチラチラと見てくる人がいるだろう。それがいつも嫌だった。
……やっぱり、見られるのは嫌だなぁ。でも、そうだな。私が周りを見なければみられることも多分ないと思うし、気を付けてれば大丈夫かな。
できるだけ周りに目をやらないようにしながら、一つ目のサンドイッチに手を付ける。
「……美味しい、です」
「そう、ありがとう」
一つ目を食べ終わったので二つ目を食べようとすると、
「あ、そうそう、レイラちゃん。ちょっといいかしら」
フェニさんが私に話しかけてきた。
「あ、はい。なんですか?」
まだ何かあるのかな?
手を止めて話を聞く。流石に、食べながら話すのはちょっとお行儀が悪い気がした。
「食べ終わってからでいいんだけど、今日もまた、少しお手伝いを頼める? 今回も、お金はちゃんと渡すから」
ああ、またお手伝いのお願いか。まぁ、やりたいことももうないし、どうせ暇だし、昨日楽しかったし、今日もまたやってもいいかな。
そう思いながら頷く。
「わかりました」
「ありがとう。最近はなんだか忙しくってね。人手が足りないのよ」
「そうなんですか」
宿屋さんも大変なお仕事なんだな。まぁ、私がするのは、夜の酒場のお手伝いだけなんだけど。
「ええ、そうなのよ。まぁ、私達にとっては利益が出るから忙しいのはむしろ嬉しいんだけど、二人だけじゃ厳しくて。もしかしたら、しばらくの間はお願いするかもしれないわ。それでもいい?」
「大丈夫ですよ。やることもないですし。むしろ、こっちからお願いしたいと思っていたくらいです」
単純な作業だけだったけど楽しかったし、何かやることがあった方が、暇でボーッとしているよりはましだ。お金も少量だけどもらえるし、私にとってはいいこと尽くめだし。
「あ、そうなの。ありがたいわ。じゃあ、これからしばらくの間お願いね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
お手伝いとはいえ、働かせてもらうんだ。ありがたく思って、一生懸命頑張らないと。
そう決意を固めて頭を下げてから、改めて、二つ目のサンドイッチに手を伸ばした。
◇ ◇ ◇ ◇
「お疲れ様。今日もありがとう」
一日の仕事が終わってふぅーっと息を吐いていた私に、フェニさんが労いの言葉をかけてきた。
「あ、はい……おつかれさまです」
今日はほんと疲れた……ここ数日で一番疲れたんじゃないかって思えるほど疲れたなぁ。フェニさんが人手不足という理由がよくわかる一日だった。朝からずっと働いていたせいかもしれないけど。
「えっと、あなたは明日、午前中はお休みね」
「あ、そうでしたっけ」
ということは、明日がお給料を貰える日か。うーん、どうだろう。頑張ってお仕事したけど、どのくらい貰えるのかな。
私がこの町に来て、フェニさんからお手伝いのお願いをされた日から二週間ほどが経った。その間にお手伝いはお仕事となり、お礼はお給料となっていた。つまり私は、ここで正式に働くことになったのだ。
あれは、お手伝いを始めて一週間くらいの頃のこと。私がいつものようにお皿洗いをしていると、フェニさんから、
「あなたはとても頑張っているから、そろそろちゃんとした店員として雇ってあげたいんだけど」
と言われた。
「え、い、いいんですか?」
店員として、雇うって?
驚いて、洗っていたお皿を落としそうになる。だが、何とか落ちる前に掴むことができた。
あ、あ、危ない……よ、よかった。
「あ、大丈夫?」
「は、はい。そ、それより、さっきの話は本当ですか?」
や、雇ってくれるって言ったんだよね?
「ええ、本当よ。レイラちゃんは本当に頑張ってくれているし、私達だってあなたと仕事するのが楽しいわ。だから、もしよかったらレイラちゃんを雇いたいなって思って」
わ、私を雇ってくれるなんて……凄く、嬉しい。
ここでのお手伝いは、よくしてもらっているフェニさん達への恩返しでもあり、何も定職に就いていなくて、大量に有り余っている私の時間を消費することができるいい機会でもあった。
暇でいるのは、考えたくもないことを考えてしまうから辛い。だから、できるだけ何かやるべきことに縛り付けられていた方が精神的に楽なんだ。
そんな私にとって、ここが働くことができるというのは、単純に恩返しもできて余計なことを考えないでいい時間が増えるということだ。
この、私が求めていたありがたい提案に頷かないはずがない。
「も、もちろんいいです! 精一杯働かせていただきます!」
そう言って私は、勢いよく頭を下げた。食器を洗いながらでも、礼をせずにはいられなかったのだ。
そんな私にフェニさんは、
「わかったわ。じゃあ、明日から早速働いてもらうわね。色々と新しく覚えてもらうことがあるから、明日からは少し早めにここにいてね」
と言い、私の頭を優しくなでた。
彼女の言葉通り、翌日から私は、ここのちゃんとした店員として扱われるようになった。仕事内容も今までやっていた後片付けだけではなく、接客からベッドメイク、お洗濯まで、宿屋さんとしてのお仕事が新しく増えた。
それらをフィキさんに教えてもらいながら一週間ほど続けていると、接客以外は一人でできるようにはなった。初めてお手伝いをした時同様、続けていると自然と覚えられた。
しかし、働き始めて一週間経った今でも、接客だけはまだ慣れることができていなかった。目を見られてしまうのが怖くて、お客さんとまともに会話ができないのだ。
毎日目を見られて驚かれるから、毎回言葉に詰まってしまう。いい加減どうにかしたいけど、もうどうにもならないから仕方ないとは思っている。だけど、容姿の問題というのは中々割り切れないもので、いつまで経っても慣れることができなかった。
給料やお休みなどの契約は、仕事は基本毎日あるが、一週間に一度は午前中お休み、お給料は時給計算で一時間四十セル―-銅貨四十枚――で、お休みの日にもらえることになっている。頑張った分だけボーナスも出るらしい。
そして、明日はその半日休みの日だ。仕事を始めてから初めての休日。半日だけだが、自由な時間と自由に使えるお金があるので、ちょっと町に出てみようと思っている。
本当は仕事をしてもいいのだが、フェニさんが、労働者には最低一週間に半日のお休みを与えないといけない、と言って聞いてくれなかった。町の条例で決まっているらしい。
「じゃ、お給料はまた明日ね」
「わかりました。それでは、お休みなさい」
「ええ、お休み」
フェニさんに挨拶をして自分の部屋に戻る。中に入って明かりを付けると、中には誰もいなかった。アドレさん達はまだ帰ってきていないみたいだ。
「……今日も、いないんだっけ」
あの二人は最近、町の外や夜の町に用事があるということで、宿に戻ることが少なかった。少し寂しいが、向こうもお仕事を頑張っているのだから、仕方のないことだ。
「……はぁ」
着替えなどは後回しにして、今日はもう寝よう。
そう思ってベッドに入る。
「おやすみなさい」
誰もいない静かな部屋に、私の声だけが響いた。




