第四話 港町アケル
チリンチリンと、扉に取り付けられた鈴を鳴らしながら、私は宿の外に出た。外はすっかり朝の陽気でポカポカと温かく、海からの潮風が町を活気付けていた。一日が始まるって感じがする。
良い朝だ。こういう日は、なんだか良いことが起こりそう。
「さてと。右か左か、どっちに行こうかな」
目の前の、多くの人が行き交う大きな道を見ながら呟く。
左は少し上り坂になっていて、多くの店が営業を始めているのが見えた。右は下り坂で、様々なお店に挟まれた道をちょっと行った所に開けた場所があり、その向こうには青い海が見える。
海か……行ってみようかな。
少し興味が湧いてきたので、右に進んで行くことにした。
主に魚介類を扱う店の横を通り過ぎると、そこで買い物をする人達の会話が聞こえてきた。
「ふむ……今日は、この魚を使いましょうか。揚げると美味しいんですよね~」
「あら、お宅がそうされるのなら、私はこちらの魚にしましょう。良い出汁が出るんですよ」
「そうなのですか。なら、明日はそちらにさせてもらいます」
昼食か、夕食に使う魚を選んでいるようだ。仲の良い主婦の方々が情報交換をしながら、何を買うのかを決めている。
その向かい側のお店では、腕輪――ブレスレットと言うのだったか――やネックレス、ピアスなどのアクセサリーを売っていた。若い女性が好みそうな所だ。朝だからなのか、まだお客さんは少ないが。
食料品に小物類、服に軽食まで、色々な物を売るお店があるんだなぁ。今はお金を持っていないから何も買えないけど、少し覗いたりして見ようかな。
でも、今は海を見に行きたい。後にしよう。
首を回して周りを見ながら歩みを進める。段々と強くなる潮の香り。波の音も聞こえてきた。
宿から見えた広場に出ると、すぐ近くに白く高い大きな建物――灯台が見えた。
「うわぁ……大きいな」
確かこれ、夜になると光るんだよな。崖の上から見た時も光っていた気がする。
この大きな灯台から少し離れた所には多くの船が泊まっていて、その近くには魚市場と思われる屋根のある場所があった。港町と言うからには、ここが港なのだろう。
そしてこれより向こうには、どこまでも広がる海があった。
岩場になっている波打ち際まで移動して、海からの空気を思いっきり吸い込む。
「すぅ~……はぁ~……」
良い香り。服に付いた臭いは不快だったけど、空気から潮のにおいがするのは別に嫌じゃない。むしろ、海に来たって感じがして好きだ。
波の音も相まって気分がよくなる。
海は良いなぁ。穏やかで、静かで、人がいなくて。一人というのは寂しいけど、同時になぜか少し落ち着く。
「はぁ……」
海は良い物だなぁ。いつまでも見ていられる。
近くにあったいい感じの岩に座り、海に浮かぶ船を見ていると、海からの風が私の髪をなびかせた。顔にかかった髪の毛を手で払う。
その風が止んだ後も、私はずっと、海を眺め続けていた。
◇ ◇ ◇ ◇
日が沈み、夜の帳が下りた頃。宿屋のドアに付いている鈴が鳴った。
「ああ、やっと帰って来たわね」
入ってきた人物を見てフェニさんがそう呟く。カウンターに座っていた私が後ろを振り向くと、私もまったく同じことを思った。
「うーっす、帰ったぞ」
「遅いわよ」
「あ、えっと、お帰りなさい、です」
一応帰ってきた彼らにそう挨拶すると、二人が二人とも私のことを見て驚いて、呆れたように、
「お前、まだ起きてたのか?」
「子供は早く寝ろよ」
と言ってきた。
「こっ……こ、子供じゃないですっ!」
カイさんの言葉にムッとして言い返すが、すぐに反撃されてしまう。
「いや、どう見ても子供だろ」
「む、むぅ~……で、でも……!」
子供じゃない。私はれっきとした大人だ。大人、だよね?
一瞬言葉に詰まるが、もう一度何か言ってやろうとする。しかし、そこでフェニさんに口を出されてしまった。
「こらこら、そうやって決めつけないの。エルフの寿命はあんた達人間よりも長いんだから、見た目子供でも意外と成人してたりするのよ? 知らないの?」
ん? エルフ? それって、何のことだ?
彼女の言葉に含まれていた聞き慣れない単語。その意味を考える前に、カイさんの声が聞こえた。
「知っている。それを加味した上での予想だ」
「……その理由を聞いてもいいですか」
腑に落ちないので、私が子供だと思う理由を聞いてみる。すると、
「言動」
「言動だな」
「まぁ……私も言動でそう思ってたんだけど……」
即答された……フェニさんにも同じ理由で思われてた……げ、言動って、私、そんなに子供っぽいことしたかな……。
三人に同じことを言われて、少し落ち込む。
「はぁ……」
「ま、まー、そんなことは置いといて、あんたら食事はどうするの?」
そんな私を気にかけたのか気にしてないのか、フェニさんがそう話を逸らした。
「ああ、飯か。俺ら飯は食ってきたんだわ」
「あら、そう。なら、早く部屋に上がりなさい。こっちはそろそろ明日の準備をしないといけないの」
「そうかい。じゃ、遠慮なく上がらせてもらう」
そう言って、鍵を受け取ったアドレさんが階段の方に向かった。それに気付くと、置いてかれないように私も一緒に付いて行く。
「あなたも、お休みね」
「あ、お、お休みなさい」
フェニさんからの言葉に、頭を下げて言葉を返す。
今日会ったばかりだけど、この人には本当にお世話になった。本当に、感謝している。そのことを行動で表してから、二人に続いて階段を上っていく。
三階まで上がったところで廊下に出た二人に続いて行くと、アドレさんが今日のことを聞いてきた。
「そう言えばお前、今日は何してたんだ? 町を歩くとか言ってたが」
「あ、えっと……今日は、ずっと海を見ていました」
「海をずっと? 一日中か?」
「はい……」
あれから私は日が沈むまでずっと、海を眺め続けていた。空の色がオレンジに変わったことに気付いたからここに戻って来たけど、昼食を取ることも忘れて、夕暮れまで海に魅入っていたのだ。
そんな時間に返ってくると、フェニさんに色々と心配されてしまった。
お昼ご飯はどうしたのか、今までどこで何をしていたのか、何か事件に巻き込まれていないか、などなど。
「お昼に帰ってこれば食事を出してあげたのに……」
「すみません……」
「別に、謝るようなことじゃないわ。無事ならいいの」
そうは言われても、彼女を心配させてしまった申し訳なさで謝らずにはいられない。
その後、もう一度謝ってから夕食を頂いた。そして、特にやることもなく眠くもなかった私は、下でこの二人の帰りを待っていたのだった。
「そんなに長い間何やってたんだ?」
「……ずっと、考えていました」
「何を?」
「自分のことを。思い出せない、自分の過去のことです」
結局何もわからないままだが、あの時色々と考えたことで、自分の中の様々なことに決着が付いた気がする。
「そうか。何かわかったのか?」
「いえ、特には何も。でも……」
「でも?」
「今の自分も、悪くはないかな、なんて思ったりしました」
性別が変わってたり、耳が長くなってたり、記憶がなかったり。そんな、異常だらけで常識の抜けた自分を、やっと受け入れられた気がする。ここで生きていくという、新たな一歩を踏み出す決意がようやくできた。
私の言葉の意味がわからなかったのか、アドレさんが不思議そうな顔をしてきた。
「それは……どういうことだ?」
「えっと、き、気にしないでください」
「はぁ……そうか」
何となく恥ずかしくなったので、とりあえずなかったことにする。本当になかったことになったのかは謎だが、これで大丈夫、なはずだ。
前を歩く二人が止まった。どうやら、私達が宿泊する部屋に着いたようだ。
「着いたぞ」
「ここ、ですか?」
「そうみたいだな。ちゃんと覚えてろよ?」
「い、言われなくても覚えますっ!」
「はっは。そうか、ならいい」
わ、笑われた……うーん、やっぱり私、子供なのかな……。
子供扱いされるのが嫌なのは、早く大人になりたいからだったりするのだろうか。
そんなことに悩んでいる私を置いて、アドレさんが目の前の扉を開けた。先に中に入って行った二人に続いて、私も慌てて中に入る。
私達が泊まるその部屋は、人数分のベッドと椅子があり、机と窓が一つずつある、ごく普通の部屋だった。他にも、入り口近くに扉が一つ、クローゼットが二つある。
「やっぱ明かりがないと何も見えんな」
アドレさんがそう言って、入ってきた扉の近くにあった何かのスイッチを押した。途端に明るくなる視界。
その時、今までずっと真っ暗だったのに、部屋の中が普段通りに見えていたことに気付いた。
「やっぱり……」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いえ、何も」
独り言はできるだけ聞かれたくないので、適当に誤魔化しておいた。
そんなことより、やっぱり私、夜目が効くんだな。効きすぎる、と言った方が良いかもしれないが。不思議だ。
少し目を細めてそんなことを思っていると、三つのベッドのうち一つに、綺麗に畳まれた服があることに気付いた。
「あれ、これは……あ」
そう言えば、朝フェニさんが服をくれるって言っていたっけ。それなのか。
「どうかしたのか?」
「えっと……この服、どこに置いておけばいいでしょうか」
いくつか見覚えのある物があるなと思ったら、私が元々着ていた服だった。きちんと洗ってくれたみたいだ。後で……いや、また明日、あの人にお礼を言っておかないと。
私からの質問には、カイさんが答えてくれた。
「そこのクローゼットに入れておけばいいだろう」
「い、いいんですか? 二つしかありませんけど……」
「お前が一つ使ってくれて構わん。俺らは二人で一つを使う」
「そう、ですか……ありがとうございます」
「別に、礼を言われるようなことじゃない」
そう言ってもらえてので、少し遠慮しながらも服を片方のクローゼットの中にしまう。もう片方のクローゼットには、カイさんが荷物をしまっていた。倉庫扱いか。
あれ、そう言えばアドレさんがいない?
と思ったら、出入り口とは別の扉が開いていた。気になってそちらに行ってみると、予想通り中にはアドレさんがいた。
「何をしてるんですか?」
その部屋はどうやら洗面所のようで、洗面台とタオル類ともう一つドアがあった。そのドアはすでに開いていて、中には便器が見えた。トイレのようだ。
「ああ、壊れてる所とか、不良品がないかを確認してたんだ。何かあったら困るからな」
「あ、そうですか。それで、何かあったりはしたんですか?」
「いいや。大丈夫だった」
「そう、ですか」
何もないのか。よかった。
安心したので、洗面所から出て部屋にあった椅子に座り、そこから窓の外を眺めることにした。
小さな星が瞬く夜空は、ちょうど海が見える方向ということもあり、とても幻想的だった。
凄く、綺麗だ。いつまでも見ていられそう。
そんなことを思いながら外を見続けていると、カイさんに声を掛けられた。
「……お前、何してるんだ」
「あ、カイさん。……外を、見ているんです」
「外?」
私の言葉に、カイさんは不審そうに眉をひそめた。
「はい……」
「何かあるのか?」
「いいえ」
やっぱり不審そうなカイさんだが、それ以上は何も言ってこなかった。静かになる部屋。聞こえるのは、二人が荷物を整理する音だけ。私も手伝おうかと思ったが、何をやっているのかよくわからなかったので止めておいた。
しばらくして、何かの作業をしていたアドレさんが言った。
「さて、そろそろ寝るか」
「そうだな。お前も寝ろよ」
「あ……はい」
二人の作業は終わったようだ。私は椅子から立ち上がって、服が置いてあった窓際のベッドに座る。
ああ、そういえば着替えてなかったな。でも、パジャマを持ってないから別にこのままでいいか。フェニさんからもらった服にも無かったし。
それでも、靴と靴下だけは脱いでおいた。横になって布団を被り、二人に、
「お休みなさい、です」
と一声掛けてから目を閉じる。
「ああ、お休み」
「……お休み」
その二人の言葉で、私の一日が終わった。
◇ ◇ ◇ ◇
目が覚めると、朝だった。カーテンを閉めていなかった窓から光が差し込んできて、部屋の中はかなり明るくなってきている。
まだ眠たいが、頑張って身体を起こす。
「ん……ふぅ」
「あ、起きたか。おはよう」
「……あっ、おはようございます」
アドレさんが朝の挨拶をしてきたので、私も挨拶を返す。一瞬、誰だか思い出せなくて戸惑ってしまった。
二人はすでに起きていて、何かの準備をしていた。
「えっと……何を、してるんですか?」
「ちょっとな。できれば気にしないでくれるとありがたい」
「はぁ、そうですか」
じゃあ、気にしないことにしよう。
彼らのことは気にせずに、ベッドから出て洗面所に向かう。
顔を洗って用を足し、部屋に戻ると、二人の準備は終わっていた。私と入れかわりでカイさんが洗面所に入って行く。
とりあえず朝にやるべきことが終わったので、またベッドに腰掛ける。ここからでも町の喧騒が聞こえてきて、今日も昨日と同じように、町の一日が始まっていることがわかった。
あ、昨日と言えば私、まだ昨日の服から着替えてなかったな。どうしよう。着替えたい、けど……。
私と同じように、ベッドに座っているアドレさんを見る。
「あ、あのぉー……」
「ん? どうした?」
「えっと……着替え、したいんですけど……」
控えめにそう告げると、彼は最初、何のことかわからないというような顔をしたが、すぐに察してくれた。
「ああ、着替えか。わかった、俺らは出てくよ」
「す、すいません……」
「いいって。カイ!」
「朝からなんだよ、師匠」
「この子が着替えるからここから出るぞ。ほら、行った行った」
洗面所から出てきたカイさんに出て行けと告げ、自分自身も部屋から出ていくアドレさん。
「あ、終わったら教えてくれ」
「はい」
彼はそう言ってドアを閉めた。
これで私は一人となり、安心して着替えができる環境になった。ポケットから私が元々持っていたという棒を取り出してから、クローゼットから昨日着ていた服を取り出す。
「はぁ……まだ、少し恥ずかしいけど」
昨日よりは躊躇いなく、服のボタンを外せる気がする。
着替えが終わったので、扉を開けて顔を出し、二人に入ってもいいと言った。
「あの……終わりました。もういいですよ」
「お、そうか」
そのまま二人を中に入れる。その後はやっぱり何もやることがないので、また椅子に座って外を見る。よくわからないが、こうしているとなぜか落ち着いた。
「おーい、飯食いに行くぞ」
しばらくすると、アドレさんが私にそう言ってきた。次いで、ドアを開ける音が聞こえる。
「あ、はい。わかりました」
立ち上がって彼のもとへ向かおうとすると、着替える時にベッドの上に置いたあの棒がそのままになっているのが目に入った。
あ、しまうの忘れてた。
急いでそれを腰に付けた入れ物にしまう。右と左のどちらに入れるか迷ったが、何となくで右を選んだ。
「何してんだ? 置いてくぞ?」
「い、今行きます!」
他に何か忘れ物がないか確認してから部屋を出て、アドレさんが部屋に鍵をかけるのを後ろから見る。
その後、昨日は上った階段を下りて、一階の食堂に移動した。そこにはすでに他のお客さんがいて、フェニさん達親子が昨日と同じように働いていた。
「あ、おはようございまーす」
「おう、おはよう。早速で悪いが、朝飯を出してくれるか?」
「わかりましたー」
朝から元気なフィキさんに朝食を注文して、私達は三人で同じテーブルに着いた。
「ふあぁぁ~……」
大きな欠伸をするアドレさん。その欠伸が収まってから、私は二人に、昨日から気になっていた疑問を投げかけた。
「あの……」
「なんだ?」
「お二人は、その、昨日何をしていたんですか?」
昨日あんな時間までどこにいたのかが気になる。それに、旅をしているとは聞いていたが、何を目的にしているのかは聞いていなかった。少し込み入った質問かもしれないが、聞いてみたかった。
「あー、それは、何だ。言いにくいな……」
「別に、言えないのなら言わなくてもいいですけど……」
「いや、そういう訳じゃないんだ。ただ……」
「ただ?」
なんだろう。気になるな。言葉を濁されると、余計気になる。せめて言えないと言ってくれれば大人しく諦めるのに……。
「そんな渋るようなことかよ」
中々口を開かないアドレさんに痺れを切らしたのか、カイさんが口を出してきた。
「だが、これは一応機密だし……」
え? き、機密? そんなことを私は聞こうとしてたのか? これは聞かない方がよかったかも……。
そう思ってさっきの質問を取り消そうとする。だが、
「自分から言い触らしておいて何を今更」
「……それもそうだな」
カイさんの言葉に、アドレさんが納得してしまった。
え? 言ってくれるの? ていうか、言ってもいいの? どっちなの?
「えっと……さっき、機密とか言ってましたけど……」
もしかしたら、何か危険なことなのかもしれない。そんな疑惑を抱きながら聞いてみる。
「いや、いいんだ。どうせもうみんな知ってることだから」
「酒に酔った師匠が自分で言い触らしてるんだけどな」
「うるせぇよ」
そんなやり取りを見ていると、ふと思うことがあった。
この人達……なんだか、楽しそうだな。お互いを信頼し合っていることがよくわかる。私も誰かと、こんな風にお話がしたいな。
「ったく。話を戻すぞ。俺達はな、監査騎士っていう、ちょっと特殊な仕事に――」
「はーい、朝ご飯でーす。ごゆっくりどうぞ~」
アドレさんの言葉を遮って、フィキさんがお盆に料理を乗せてやって来た。
「あ、どうも。いただきます」
「温かいうちに食べてくださいね」
机の上に朝食を置いて、彼女は戻って行った。食事の内容はスープの具以外昨日と同じだ。同じでも美味しそうなことに変わりはないが。
「ん、こほん……俺達はな」
あ、そこ続けるんだ。そこから続けるんだ。
少し驚きつつも、彼の話に耳を傾ける。さっきは確か、聞いたことがない仕事の所で終わったんだっけ。
「監査騎士っていう、ちょっと特殊な仕事に就いてるんだ」
「か、監査、騎士?」
なんだそれ。聞いたことないぞ。しかも騎士って……ここは中世のヨーロッパか何かなのか?
ヨーロッパの意味もわからなかったが、もう面倒なので気にしないことにした。
「な、何ですかそれは?」
パンを千切りながらそう問いかける
「なんて言ったらいいのか……そうだな。この国で悪いことが起こってないか監視するのが仕事だ。で、問題を見つけたら、潰す」
「つ、潰すって……」
なんというか、もっとましな表現はなかったのだろうか。解決するとか、どうにかするとか。
「ああ。そのために国中を旅して、行きつく町や村で問題があれば潰してきた。んで、時々国王に報告。とまあ、それが俺達のやってることだ」
「は、はぁ……」
こ、国王かぁ。そんな凄く偉い人に報告をするだなんて、とても重要で大変なお仕事なんだなぁ。
よくわからないが、とりあえず今のところはそういう風に納得しておくことにした。昨日の説明よりはわかりやすかったし。
「わかり、ました」
「おお、よかった。ああ、後、あんまり言い触らすなよ。一応秘密だからな」
「あ、はい」
「自分で言い触らすのがいいんだと」
「おい」
やっぱり、楽しそうだ。笑っているから間違いない。
それからは話もせずに、美味しく温かい食事を頂いた。アドレさんは昨日と同じように何度かお代わりをして、追加料金を支払うという羽目になっていたけれど。
「ごちそうさまでした」
食事が終わったので、昨日と同じように手を合わせてそう言った。すると、やっぱりアドレさんに不思議がられてしまった。
「またやってるな。何なんだ? その言葉は」
「えっと……やっぱり、よくわからない、です」
「ふーん、そうか」
何なのかがわからなくても、ついやってしまうこの動作。昨日の夕食の時にも、フェニさんに聞かれたっけ。あの人も不思議がっていたな。本当に何なんだろう?
でもまあ、わからないことは仕方ない。きっとそのうちわかる。他のことも、きっとそのうち思い出せる。ポジティブに、肯定的に考えよう。
「さて、じゃ、俺達はそろそろ行くとするか」
私が食事の時にしてしまう動作のことについて考えていると、昨日のようにアドレさんがそう言って椅子から立ち上がった。
「了解」
彼に続いて、カイさんも席を立つ。
「あ、そうですか。行ってらっしゃい、です」
「おう、行ってくる。あ、お前は今日どうするんだ?」
「私、ですか?」
アドレさんにそう聞かれ、今日これからの事を考える。
うーん、そうだな……今日も昨日と同じように、海でも見てようかな。
「……今日も、海に行こうかと思います」
「海? 昨日一日中見てたのにか?」
「はい……特にやることがないので」
「……そうか。わかった、気を付けてけよ」
「わかりました」
素直に頷いて、私も席から立ち上がる。今日はこの人達と一緒に出掛けることにした。
店の入り口まで移動すると、カウンター奥の台所からフェニさんが、
「あら、あなた、今日も出かけるの?」
と聞いてきた。振り返って彼女のことを見る。
「あ、はい」
「どこに行くとかは決めてある?」
「一応は。海に、行こうかなと」
「そう。今度はちゃんと、お昼には一度帰ってくるのよ」
「わかりました。では」
「ええ、行ってらっしゃい」
彼女からの見送りに頭を下げてから、街に出て外の空気を吸い込む。今日も良い天気で、絶好の散歩日和だ。
「さあーってと。じゃ、俺らは行く。じゃあな」
「はい。行ってらっしゃいです。お気をつけて」
「お前もな。行ってくる」
彼らは昨日私が行った道とは逆の方向に進んで行くようなので、ここでお別れをした。
二人に背を向けて昨日のように道を進んで行くと、前から来る人やお店で買い物をしている人達が、私のことをチラチラと見てくることに気付いた。
ん? ど、どうしてみんな、私のことをこんなに見て……あ、もしかしてこの目の、オッドアイのせいなのかな。
考えてみて思い当たったのは、やはり目の色のことだった。
やっぱり、この目は珍しいのかな。よくよく考えてみれば当然だよな。自分でも驚いたんだし、きっと他の人も同じように……。
理由を考えれば考えるほど、その視線が苦痛に感じて少し下を向く。上着にフードが付いていることを思い出したので、それを被ると少しは落ち着いた。心なしか、物珍しげな視線が少なくなった気がする。
「……はぁ」
数分間ゆっくりと歩き、昨日も来た灯台の下、波の打ち寄せる岩場へとやって来た。
「今日も、ここで一日を過ごすか」
フェニさんにお昼までに帰って来いと言われてしまったから一旦戻りはするけど、その後もここに来るつもりだ。何というか、落ち着くから。
昨日と同じ岩に座ってフードを取り、昨日と同じように海を眺める。
「やっぱり、海はいいなぁ」
なんてことを呟いていると、ふと気になったことがあった。
そういえば、あれはいったい、何なんだろう?
腰の入れ物から、あの何なのかわからない棒を取り出す。
改めてよく見ると、その大きさは片手よりも少しはみ出るくらいで、人差し指と中指で握る所に二つのへこみがあり、それぞれに引き金のような物があった。
その裏側の、親指を立てた時にちょうど触れるくらいの所にもまた十字型のへこみと何かのボタンがあった。四方向にボタンをスライドさせて、何かを切り替える物みたいだ。あと、横にも同じようにして何かを切り替えるためのボタンがある。
なんか色々と付いてるけど……何をどうすればいいのかわからないな。引き金とかは危ない感じしかしないし。
「……あまり触らない方がよさそうだな」
引き金に限らず、もう大体の物が、これ自体が危ない物の気がする。
そう思って入れ物にしまおうとすると、十字のボタンがあった裏側の下の方に、何かが書いてある……いや、彫ってあることに気付いた。
あれ……これ、何か彫ってあるぞ? 何だろう。文字、かな?
指でその部分をなぞり、何と書いてあるのかを調べる。
「これは……れ、れ、レイラ?」
そこには確かに、カタカナで『レイラ』と書かれていた。




